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気がつけば、暗く、冷たい……どこまでも広がる、深い闇の中にいた。
突然現れた人物に、黒く禍々しい剣で胸に刺された。
その事実を理解する前に、操り人形の糸が切れたように体の自由が無くなった。
そして意識が途切れる直前……最後に聞こえたのは、自分の名を叫ぶように呼ぶ兄の声だった。
この闇に、匂いはない。声も出ない……いや、音が聞こえないのだ。脈の流れる音も、心臓の鼓動すらも。何一つ分からない。
だからこそ……自分が今、声を発してるのかどうかも分からない。
視界も、自らの意思で瞼を開けてるのかすら分からない……。ただただ、広がるここは『無』の世界。
胸を刺されたはずなのに、痛みは一切ない。それ以前に、体の感覚もない……故に手も足も指一本、動かすことが出来ない。
五感の全てが奪われたような……まるでこの闇の中に溶け込み、自身の『輪郭』が無くなってしまったかのようだ。
――――――だが不思議と、恐怖は感じなかった。
しかし、なぜだろう……体の底から湧き上がる寒さだけは、どうしてだか感じていた。
(不思議……感覚はないのに……凄く……凄く、寒い……)
早く手足を擦り合わせ、自身の息をふきかけて、体を丸めて暖を取りたい……それなのに、それすらも出来きない。ただただ、この寒さに耐えるしかないのだろうか?
そうして永遠にも等しいこの闇の中で、じっと寒さに耐える。……だが、今度は抗いがたい眠気が襲ってきた。
(あれ……? 今度は……凄く、眠くなってきちゃったや……)
――――――このまま意識を手放せば、底知れぬ寒さから開放されるだろうか?
――――――このまま闇と一体化すれば、何もかも楽になれるだろうか?
世界が変われば、何かが変わると思った。……が、現実は甘くない。簡単には変われなかった。
(もう……限界だ……。このまま、眠ってしまおう…………)
そう、意識を手放しかけた時……。何かが、頬に触れる感触があった。
暖かい……細く、華奢なその白い指先が……――――――。
――――――まるで、繊細なガラス細工に触れるように……。
――――――大切なものに、そっと触れるように……。
失いかけていた陽菜子の意識と……陽菜子の『輪郭』を取り戻させるように。優しく……優しく、両手で包み込む。
重い瞼を開けば、淡く……太陽のように暖かな光を纏った少女が、自身の膝に陽菜子の頭をそっと乗せている。そして覗き込むように、少女は陽菜子を見下ろしていた。
フードを被っていて、少女の顔はよく分からない……。背格好からして、歳は陽菜子とあまり変わらないくらいだろうか?
陽菜子とは対照的に、落ち着きのある少女。それでいて、どこか不思議な雰囲気を纏っている。
「…………お願い」
小さく整った口から、言葉が発せられる。弱々しく……それでいて、どこか芯のある透き通るような声。
小さく震える少女の唇から、自分たち兄妹の名が出た。何故この子は、自分たちの名前を知っているのか?
決して、疑問が湧かない訳では無かった。
この少女に、自分は初めて会ったはずなのに……なのに、どうしてだろうか。この少女から、どこか懐かしさを感じる。少女の細い指先から伝う温もりが両親や八尋、伊織たちと一緒にいる時と同じような安心感をくれる。
そんな、不思議な気持ちだった。
(でも……。それ以前に……)
「……ねぇ」
「………………」
少女の頬に手を伸ばして、陽菜子は問いかける。
「……どうして……どうして、泣いてるの……?」
「………………!」
その表情が、声色が。どこが憂いを帯びており、何故だか……今にも泣きそうだと。陽菜子の目には、そう映ったのだ。
「どうして……?」
陽菜子の問いに、少女は口を閉ざす。そしてどこか悲し気に、瞼を伏せた。
表情は読み取れないが、何かを言いたげだった。少女は言葉を飲み込むように、陽菜子が伸ばした手を優しく包み込む。そして少女は、陽菜子の手に自身の頬を擦り寄せる。
それはまるで、愛しいモノに触れるように……それでいて、どこか縋るようで――――――。
その時――何かが割れるような音と共に、無限に広がる闇に亀裂が入った。
「……ヒナ……これだけは、どうか覚えておいてほしい……」
少女は意を決したように、陽菜子へと視線を落とす。
光が差し込むとともに、少しずつ少女の体が崩れはじめる。
崩れ始める少女に、陽菜子は慌ててその言葉の意味を聞こうとするが、上手く声が出ない。
そんな陽菜子とは裏腹に、少女は言葉を紡ぐ。
「だから、ヒナ……――――――」
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