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二人を見れば、ロキもセージも、瞳を大きく開けて驚いた顔をしている。
ハッと我に返ったロキが、妹に近づき胸元に手を当てる。そして現れた魔法陣から、オレンジがかった淡い炎へ変化させる。少しの間息を飲んで見守る俺と、祈るように手を握るセージに、ロキは脈を確かめた上で表情を少し和らげ、「あぁ……」と頷く。
その言葉に、俺はホッと息をついて空を仰ぐ。視界の端ではセージがロキに抱きついて喜び、鬱陶しいと言わんばかりに裏拳を喰らっていた。
「よかっ、た……」
手のひらはヒリヒリと痛み、所々皮も剥けている。そもそもあの拒絶に抗っていたために、体全体が痛む。だが俺は体の痛みよりも、目頭の熱さに耐える。
(あー色々と痛てぇ……、でもここで気を緩めたら……)
ガチで泣きそうなので、最後まで我慢する。
正直に言えば、さっきまでので既に涙や汗や鼻水やらで、顔はぐしゃぐしゃだ。だが俺のミジンコ並みの小さなプライドが、『キャラじゃない』と、自身の威厳と体裁のために許さなかった。セージはともかく、後でロキと妹からネタにされたら、色んな意味で死ねる。
そんなことを考えて耐えていれば、顔を抑えるセージを引きずって近づいて来たロキが、俺を見下ろしてくる。
「とりあえずセージ。アホヒナとこの馬鹿兄貴連れて、さっさと安全なところに移動するぞ」
「いっでっ!?」
ロキは容赦なく……いや、そこそこは加減はしてくれているのだろうが……「オラさっさと立て」と、俺の脇腹を蹴る。ロキさん、俺頑張ったんだから、少しは優しくしてくれないかな!?
心の中でべそをかきながら、ロキに蹴られた脇腹をさすって上半身を起こせば、ロキが俺に背を向けてしゃがんだ。
「どうかしたのか?」
「……ん」
「『……ん』? どうしたロキ?」
「……ん!」
「だから何だよ……?」
意図がわからずに戸惑う俺と、無言のロキを黙って見ていたセージが、口元を軽く隠してクスクスと笑う。セージの笑みの意味も分からず、俺はただ眉を八の字にして二人を交互に見る。そんな俺に痺れを切らしたロキは、小刻みに震えると、不機嫌そうに一際大きく「チィッ!!」っと舌打ちする。と、俺の腕をグイッと掴んで引き寄せた。
「おわっ!?」
そのまま俺は、ロキの小さな背に背負われる。
「ちんたら歩かれても困るからな。しょうがなくおぶってやろうって言ってんだから、さっさとしろよな!!」
(言葉や行動こそは乱暴だが……いや、まさか。しかし、つまりこれは……)
「ロキさんよぉ……、まさか俺を心配してくれてる、のか……?」
「んな……!?」
図星だったのか、ロキは振り返っては魚のように口をパクパクと動かす。そんなやり取りを見ていたセージは、妹をそっと抱き上げながら、さらに微笑ましそうに笑う。
「ふふっ、ロキは本当に、素直じゃないんですから」
「うっせー! バカセージ!! お前は黙ってろ!!」
「あたっ!」
ロキは照れ隠しなのだろうか、セージの横っ腹にローキックを食らわせる。セージは踏ん張ると、慌てて「ぼ、僕は今ヒナコ様を抱えているんだから! 危ないよロキ!」と反論する。そうだぞロキ、今セージさんはウチの妹様を抱えてるんだから、やめてくれ。いや、ウチの妹がいなくてもやめてやれ。
(しかしまぁ……。ぶっきら棒だが、ロキなりに俺を心配してくれている……というかこの数年間、社会の荒波に揉まれ過ぎて、中々に人の優しさに飢えてた俺からすれば……)
「ヤダ〜。お兄さん、ロキさんがイケメンすぎて、惚れちゃいそう〜」
俺は顔を両手で隠しながら、そう漏らす。
「イケ……? なんかよく分かんねーけど、本気でキモイからやめろ」
「言葉のドストレート!!」
やはり塩対応なロキに、『トホホ……』と内心涙を流す。と、ロキの顔を見れば、そんな俺の心の内を見透かしてなのか、嫌悪に満ちたなんとも言えぬ表情で、俺を抱えている手を緩めようとしている。すみません、調子に乗りました。頼むから落とそうとしないでくれ!!
「悪かったって、ちょっと弄りすぎた……謝るから、マジで落とそうとしないで、手を緩めないで。あと頼むからその目やめろ! 絹ごし豆腐並のお兄さんの心は、本気で傷つくからな!?」
「ギャンギャンと耳元でうるっせーな! マジで落とすぞ!!」
ロキに怒鳴られた俺は、某ウサギちゃんのように口元を指でバッテンして黙る。これ以上は、本気でやられそうだ。
「それでは、イオリ様の元に向かいましょう。きっと、お二人のことを凄く心配されている事でしょうから」
セージの言葉に、俺は苦笑いを浮かべる。心配症のウチの幼なじみ様のことだ。こんなボロボロな俺と妹を見たら、きっと泣くまではいかなくとも、お説教は間違いなしだ。
「そうだな。あーあ、なんつって弁解すっかなー……」
「素直に泣きべそかいてたって、言えばいいじゃねーかよ」
「そう言うのやめてくれますー!? 俺的にもキャラじゃなかったって、本気で思ってるんだから!?」
ロキに歩き背負われながら、俺は考える。子供に背負われる、20代前半の成人の絵面とは……なんとシュールな事か。
後ろにのけ反って考えれば、ロキに「おい、倒れるだろうが!」と怒られたが、知るか。もう俺は気にしないぞ。
ふと、噴水の方に目が行く。場の勢いとはいえ、石像を破壊してしまったのだ。弁償代は一体いくらになるのだろうか? ……正直、これっぽっちも考えたくもない。
(あの変な道化師……。あとで、屯所にでも突き出さないとな……)
気絶でもしてるのだろうか……先程から、何もしかけてこない。
そう思って、もう一度壊れた石像の方を見る。……しかしそこには、人影が全く見当たらない。
(……あれ? アイツ、どこに消えた……?)
嫌な予感がした。
周りを見渡すが、どこにもいない。
……と、上空を何かの影が通り過ぎ、俺は反射的に見上げて叫ぶ。
「上か!!」
俺は咄嗟に後ろへと、全体重をかける。俺が重心を変えたことでバランスを崩したロキが、俺を抱えたまま倒れる。
「……っ! 何すんだ馬鹿!」
「伏せろ!!」
俺は起き上がろうとするロキに覆いかぶさって、地面に押し付ける。……そうすれば、ロキの首があった場所に何かが通り過ぎ、そのまま地面に突き刺さる。
――――――それは、1枚のカードだった。
「あぁ……あぁ……! アナタ方のせいで、全てが台無しデス……!!」
憎悪混じりに発せられる、言葉の主の方へと視線を向ければ、一人の人物が立っている。
その人物は、顔を両手で覆っては、爪を立てる。
【それ】は爪が食い込む程力を入れ、己の顔を引っ掻く。歯をむき出し、額には血管が浮かび上がり、その表情は怒りに満ちている。
「お遊戯はお終いデス……親愛なる我が主よ! ワタシのアナタへの忠誠ハ、こんなモノではありまセン……!!」
【それ】は空を仰ぎ叫ぶ。血走った眼が、正気ではないと告げている。
そんな焦点の合わない眼で、俺たちを睨みつける。そして俺を指差して、怒気を孕んだ声で忌々しそうに呟く。
「アナタ方……いや、特にそこの黒髪のアナタ! ……アナタは遅かれ早かれ、我が主の脅威になる! ソウ、ソウデス……ソウに違いない……!」
【それ】は懐からカードの束を取り出すと、頭上に投げる。カードは地面に落ちることなく、【それ】の周りへ浮かんでいるかと思えば、絵柄から次々と魔獣が現れる。