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その朝、美咲は鏡の前で自分の顔をじっと見つめていた。
––––––「……なんで、こんなに虚しいの?」–––––-
彼は、彼女を愛している。
確かに、そうなのだ。
鎖の先で、彼は笑っている。
逃げる素振りも見せない。
むしろ、彼女の存在に感謝すらしている。
だけど……
–––「私は……良規くんに、こんなふうに感謝されたかったわけじゃない」–––
望んだのは、狂おしいほどの愛。
欲望にまみれて、壊れるほどに求め合う関係。
なのに……
今の良規はまるで、奴隷のように……
“諦念”の愛を差し出してくる。
それは、美咲にとって“最大の残酷”だった。
「外に行かない?」
その日、突然、美咲はそう切り出した。
『……えっ?』
「今日は天気がいいから。首輪と鎖はそのままでいい。人目につかない郊外までなら、車で行ける。……久しぶりに、外の空気を吸おうよ」
良規は、少し驚いたように目を見開いた。
でもすぐに、静かに頷いた。
『……うん。美咲さんが一緒なら、どこでも行く。』
郊外の森。
木漏れ日が差し込む静かな林道。
鎖の音だけが、風の中に響いていた。
「ほら、空。……綺麗だね」
『……うん、すごく』
良規は空を見上げながら、微笑んでいた。
手足はまだ鎖に繋がれている。
でも彼は、不自由を感じていない。
むしろ……
それが「彼女の愛」であると信じて疑わなかった。
美咲は、その様子を無言で見つめた。
–––––––「もう良規くんは、壊れてる」––––––––-
––––––——「私が、壊したんだ」––––––––––––
–––「なのに、私は……まだ足りないと思ってる」––-
「良規くん、ねぇ……」
そのとき。
美咲は、ポケットから鍵を取り出した。
「これ、あげる」
『えっ……?』
「鎖の鍵。……開けられるよ。逃げたければ、今ここで逃げて。車の鍵も置いてある。携帯もある。警察にだって連絡できる」
『……なんで、そんなことを?』
「試したいの。良規くんが、まだ“自分”を持ってるかどうか」
『そんなの……』
良規は、鍵を見つめた。
そしてゆっくり、両手を伸ばす。
美咲の胸が、一瞬だけ高鳴った。
–––「来る……? ここで、追ってきてくれるの?」–––
けれど……
彼の手は、鍵を彼女の手にそっと戻した。
『いらない』
「なんで……」
『だって、俺にはもう”美咲さんがいなきゃ生きられない”。この鎖がある限り、俺は美咲さんと繋がっていられる。……それが幸せなんだ。』
その瞬間、美咲の中で、何かが完全に壊れた。
「違う、違う……違うの……!!」
『美咲さん……?』
「私は……私を欲しがってほしかったのに!奪ってほしかった!狂って、壊れて、泣きながら追いかけてきてほしかったのに!!」
彼は何も言わなかった。
ただ、静かに、彼女を見つめていた。
その目が、彼女を優しく包んでくる。
“君は、もうすべてを持っている”
そんなふうに言っているように、見えた。
––-––—「……こんなの、勝ちじゃない」––––––––
–––「これじゃ、私は……ひとりぼっちじゃない……?」–––
その夜。
良規は、彼女の寝室にやってきた。
鎖を引きずったまま、ゆっくりとドアを開ける。
ベッドに座る美咲の隣に、そっと腰を下ろす。
『……ねぇ』
「なに?」
『もう少しだけ、繋いでおいて』
「えっ……?」
『美咲さんが、俺を手放せないって証明してほしい』
「なんで……そんなこと……。」
『美咲さんの”愛”を俺はまだ見たい。』
美咲は、目を見開いた。
–––––––––-—「今の言葉……」–––––––––––––
それは……
まるで……
“支配されることへの快感”を、彼が逆に要求しているようだった。
–––––「この人……私の愛に、依存してる」––––––
–––「でもそれだけじゃない。……私の愛に、支配されたいと……望んでる?」–––
ふたりの関係は、ついに対等で異常な共犯関係へと進化し始めていた。
鎖は、もう拘束ではない。
互いを繋ぎ止める「愛の契約」に変わりつつあった。
––––—-「だったら……もうこの先は……」––––––-
その晩、ふたりは同じベッドで眠った。
鎖はそのまま。
鍵は、美咲の胸元に。
互いの鼓動を感じながら、目を閉じる。
そして、誰よりも静かな夜の中で……
美咲は、微かに微笑んだ。
–––「やっと、“良規くんと同じ深さ”まで来たんだね」–––
–––「これからは、もっと深く、沈んでいける」–––