試合が終わり、体育館の熱気が少しずつ落ち着いていく中、桜伊織は静かにベンチに座り、額の汗を拭っていた。楡井秋彦はしばらく様子を見ていたが、伊織の頬に滲む血を見つけると、意を決して近づいていった。
「伊織さん…その、これっす。」秋彦はポケットから絆創膏を取り出し、手のひらに乗せて差し出した。伊織は少し驚いた表情を見せながら、「ありがと。でも、自分で貼るわ。」と受け取る。
しかし、絆創膏を貼ろうとする伊織の手が少し震え、うまく貼れずにズレてしまう。それを見た秋彦は、思わず声をかけた。「あ、俺が貼るっす!その…いいっすか?」と少し緊張した様子で尋ねる。
伊織は一瞬戸惑ったが、静かに頷いた。「お願いするわ。」秋彦は慎重に絆創膏を手に取り、伊織の頬にそっと貼り付けた。その瞬間、彼の心臓はドキドキと高鳴り、顔が少し赤くなる。
「これで大丈夫っす…!」秋彦はぎこちなく笑いながら言い、伊織はふっと微笑んだ。「ありがと。助かったわ。」その言葉に秋彦はさらに顔を赤らめながら、「いえ、全然っす!」と慌てて答えた。
その様子を、蘇芳隼人は少し離れた場所から静かに見ていた。彼は少し胸に違和感を感じていたが再び視線を伊織に向けた。「伊織ちゃんも、ああいう一面があるんだな。」
蘇芳はその場を離れることなく、二人のやり取りを見守りながら、静かにその場の空気を楽しんでいた——。
試合が終わり、体育館には静かな余韻が残っていた。観客たちが少しずつ会場を後にする中、戦った者たちはそれぞれの思いを抱えていた——。
🌿 桜伊織 ベンチに座り、汗を拭いながら静かに息を整える。負けた悔しさは確かにある。しかし、それ以上に感じたのは、戦いの楽しさだった。 「……やっぱり、遥は強かったわね。」苦笑いしながら頬に触れる。そこにはまだかすかな痛みが残っている。 でも、それすらも誇らしい。負けを受け入れ、次へ進むべき道が見え始めていた。
🔥 桜遥 体育館の端で腕を組みながら、少し遠くを見つめていた。試合は終わった。でも、何かが胸の奥に残っている気がする。 「伊織、強くなったな……。」そう呟きながら、ゆっくりと拳を開く。 勝ったはずなのに、ただの勝利とは違う感覚。兄妹として、戦士として、お互いを確かめた戦いだった。
🌙 蘇芳隼人 静かに試合会場を見つめながら、一つ息を吐く。 「伊織、お前……あんな顔するんだな。」遠巻きに見ていた秋彦とのやり取りを思い出しながら、胸の奥で何かがかすかに動くのを感じる。 彼女は戦士だ。でも、それだけではない。戦いの場を離れた彼女の姿を、これまで深く考えたことはなかった。 「……興味深い。」そう静かに呟いて、視線を逸らした。
🌟 楡井秋彦 「伊織さん…いや、桜さん、すげぇっすよ!」体育館を出る仲間たちに興奮しながら話しかける。 でも、先ほどのやり取りを思い出し、思わず頬を触る。 (……俺、ちょっとドキドキしてたっすよね?) 普段は考えないような感情に気付いて、少しだけ照れ臭い気持ちになる。 「ま、俺は俺で強くなるっす!」自分に言い聞かせるように拳を握った。
それぞれが抱える想いは違う。だけど、どの思いも次へと繋がっていく。戦いが終わったからこそ、始まるものがある——。
体育館に集まった仲間たちの前で、桜伊織は静かに立ち上がった。王者決戦が終わり、自分の進むべき道がはっきりと見え始めていた。
「……みんな、少し話したいことがあるの。」
楡井秋彦や桐生三輝、蘇芳隼人が顔を上げ、伊織の言葉に耳を傾ける。伊織は静かに息を整え、まっすぐ前を見据えながら続けた。
「私は防風鈴高校には進学しないことに決めたわ。」
場が静まり返る。楡井秋彦は驚いたように「えっ…!?伊織さん、防風鈴高校に行かないんすか?」と目を丸くする。
伊織はゆっくりと頷いた。「怪我のこともあって、私は違う道を選ぶわ。防風鈴高校の保健の先生になりたいから、普通の高校に進学することに決めた。」
その言葉に仲間たちはそれぞれの表情を浮かべる。桐生は腕を組みながら、「なるほど…戦うだけじゃなく、人を支える道か。」と呟く。
「でも、それだけじゃない。」伊織は続ける。「防風鈴高校に進まなくても、私はここで過ごした時間を大切にしているし、みんなの力になりたい。だから——」
彼女はしっかりと視線を向けて言った。
「防風鈴高校に入らなくてもいいから、何か防風鈴高校の印をください。」
仲間たちは驚きながらも、その言葉の意味を理解する。
蘇芳は静かに目を閉じ、そしてゆっくりと口を開いた。「……うん。なら、伊織ちゃんに何か印を渡すしかないね。」
桐生も微笑みながら、「いっちゃん、君の選んだ道、僕は悪くないと思うよ。」
楡井秋彦は拳を握りながら、「伊織さん…やっぱりかっこいいっす!俺も、もっと頑張るっす!」と嬉しそうに言う。
伊織の決意は固かった。彼女は戦うだけの存在ではなく、支える存在として新たな道を歩もうとしていた——。
つづく
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