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 ロッテワールドに行ったあの日からほどなくして、菊は日本に帰国することになった。聞けば、元々ひと月ほどの短期留学だったという。


「短い間でしたが……本当に有り難う御座いました。貴方に出会えて良かったです。お陰で留学生活、凄く楽しかったです」


 仁川国際空港のロビーにて、菊は俺に深々と頭を下げて礼を述べた。相変わらず、腰の低い奴だ。


 俺はそんな菊に、こう声を掛けてやった。


「日本に帰っても、俺とお前は……チングなんだぜ。またカトクでやりとりするんだぜ」

「ええ、帰国したら色々お話しましょう。それと、また機会があれば、貴方に会いに……韓国に来ても良いですか?」

「勿論なんだぜ。俺はいつだって、お前が来るなら大歓迎なんだぜ」


 それから菊は大韓航空のジェット機に搭乗し、韓国を後にした。澄み渡る青空の下、日本に向かって次第に遠ざかっていく純白の機体を、俺は空港ロビーの大窓から眺めていた。やがて鳥のように小さくなって、見えなくなるまで。



 俺は……菊を好きになった。菊に恋をした。


 だけど、この想いは……俺だけしか知らないこと。





 その翌年の1月。俺は芸能事務所からスカウトを受けた。それから興味本位でオーディションに応募したところ、どういうわけかあっさり合格したため、高学歴を望む両親をどうにかこうにか説得し、芸能界入りすることになった。


 そもそも俺は、将来の夢なんて一つも持ってなかった人間だ。そんな人間に突如与えられた、きらびやかで華々しい道。進まないわけがなかった。


 それから半年ほどの練習期間を経て、俺は4人の年上のメンバー(つまり俺は「マンネ末っ子」になるわけだ)と共に、『NAVY SKY』というアイドルグループとして、6月にデビューした。俺のポジションはセンターでメインボーカル。一番イカしていて、決まっている存在。まさに「一番星」だ。


 菊は俺のアイドルデビューを、誰よりも喜んでくれた。「ヨンスさんはイケメンだし、歌も上手いし、運動神経も抜群だから、アイドルに向いている人だと思っていました。素敵な道が見つかって良かったですね!」と、そう言ってくれた。


 そして彼は、こうも宣言してくれた。



「私、貴方のペン第1号になりますね!」



 想い人が、俺を応援してくれる幸せ。数多の人間に夢を与えるアイドルとして、あるまじき考えかもしれないが……俺はこの人のために、頑張りたいな。


 それから2年後。「NAVY SKY」は順調に人気を伸ばしていき、ついに国内ツアー公演が決定した。


 そして────奇跡が起こったのは、その一環で釜山に赴いた時のことだった。





 ステージで歌う。ステージで舞う。


 ソウル公演、大邱公演に引き続き、釜山での公演も変わらず大盛況だ。


「ヨロブーン!!今日は来てくれてチンチャ、カムサハムニダー!!」


 目の前の一面を埋め尽くすペン達にそう呼び掛けると、忽ち沸き起こる歓声。その中に────彼はいた。


(…………!!)


 アリーナの最前列。右手にペンライトを持ち、左手に俺の顔写真を貼り付けたうちわを持った…………俺の大好きな人。



 ────来てくれたのか、菊。



「気分もMAXなところで、次の曲いきまーす!!」


 そう声を掛けて、俺はとびきりの笑顔を見せた。日本から再びはるばるとやって来てくれた、俺のペン第1号に…………そう、彼だけのために。


 最前列が、忽ち黄色い声に包まれる。そして菊も……頬を染めて此方を見つめ返した。気付いてくれたかな。



 それから何事もなくライブは終わり、俺はメンバーと共に、釜山の中心部にあるホテルへと戻った。


 暫しの休息。俺は絶好の機会とばかりに、その日の夜、こっそりホテルを抜け出した────





 マスクと眼鏡、そして帽子で顔が目立たないようにし、向かった先は…………ホテルから少し離れたところにある、住宅街の一角にある公園。此処なら人通りも少ないし、パパラッチやサセンに狙われる心配も無い。


 俺はぽつんとベンチに座っている人物に、声を掛けた。


「菊!」

「……ヨンスさん!」

「こんな夜中に呼び出しちまってミアネヨ。自由が利くのがこの時間帯なもんだから……」

「いえ……寧ろ久々にこうして直接会えて、とても嬉しいです」


 忽ちチンダルレ色に染まる、菊の頬。ライブの時に見かけたあの表情と、そっくりそのままだ。俺は菊の隣に腰掛けて、CU(※)で買ったミルキスの缶を一つ手渡した。


 ※……韓国の大手コンビニチェーン。イメージカラーはパープルとライトグリーン。


「お前の分なんだぜ。良かったら飲むんだぜ」

「有り難う御座います」


 俺も自分の分のミルキスを袋から取り出し、プシッとプルタブを開ける。一口呷れば、乳酸菌ベースの甘酸っぱい味が広がり、炭酸の泡がシュワシュワと舌の上で躍る。


「ヨンスさんは、もうすっかりこの国の人気者ですね」

「ああ……お陰で毎日忙しいけどな。お前とも中々連絡取れなくなっちまって……」

「それでも時間の合間を縫って、カトクで話しかけてくれるじゃないですか。いつも気に掛けてくれて、こっちが申し訳ないくらいです……」


 ミルキスの缶を両手で抱えるように持ち、俯く菊。いじらしくて、キヨウォ……と、心の隅で思う。


「それよりも俺、今日のライブでお前を見つけたんだぜ。アリーナの最前列にいたろ?」

「き、気付いていらしたんですか……!?」

「ああ。だからあの時お前に、ファンサしたんだぜ」

「ファンサって、あの笑顔ですよね……?私に向けて……ほ、ホントですか……っ////」

「だってお前は、俺のペン第1号だろ?」


 そう言って微笑みかけると、菊は顔をもっと紅く染めた。そして、こう口にした。


「ヨンスさん、私…………これでも本当は、妬いてたんです」

「……妬いてた?どういうことだぜ?」

「貴方が人気になればなるほど、多くの人から愛されて、貴方もそんな彼等に愛を返して……勿論アイドルだから至極当前のことなんですが、それを何処か面白くないと感じる自分がいて……だからさっきの話を聞いて、凄く嬉しかった。私の存在を、ちゃんと認識して、意識してくれていて……」

「菊…………」

「っ、ごめんなさい……男なのに、気持ち悪いですよね。こんな考え……」


 俺にそう詫びつつ、居た堪れないのかそっぽを向く菊。俺はそんな彼の肩に手を乗せて、言った。


「なぁ、菊」

「…………っ」

「俺、今のお前の話聞いて……チンチャ、めちゃくちゃ嬉しいんだけど」

「…………へ?」


 菊は素っ頓狂な声を上げ、此方を振り向いた。やっと、目が合った。


「お前がそう思ってくれるよりも前から……俺はお前のこと、ずっと思ってたんだぜ」

「え、そ…………それって…………」

「気持ちはおんなじだったんだな。俺も、お前も」


 そこまで言うと、菊は目を見開いて、ぽろぽろと涙を零した。初めて漢江で出会った、あの時みたいに。


 俺は指菊の濡れた目の縁を、指でそっと拭った。そして腕を拡げて、その小さな身体を包み込むように抱き締めた。


「ヨンス、さん…………っ」

「サランハンダ、菊……大好きなんだぜ。お前は?」

「好きです…………大好きです、サランヘヨ…………っ」


 愛の言葉を返し、菊は嗚咽した。俺はマスクを外すと、彼の濡れた頬にポッポを一つ落とし、そして……唇を重ねた。



「両想い」って、多少の困難や苦難を乗り越えてから成就するものだと思っていた。だからこれは、予想外の展開。


 でも……こんなおとぎ話のような実り方があったって、良いじゃないか。





 それから現在。俺は「あの事件」で人気が失墜し、アイドル生命を絶たれ、祖国での居場所を失った。だけど菊は……変わらず俺を愛してくれて、そして助けてくれた。「日本に来て、私と暫く暮らしませんか?」と、打ち拉がれる俺に手を差し伸べてくれて。


 そうして今目の前に広がるのは、漢江ではなく隅田川。場所は違えど、雄大な流れはおんなじだ。


 俺の人生は、これからどうなるのだろう。職も無く、お金もそれほど持っておらず、なおかつ右も左も分からない状態で。だけど……ケンチャナヨ、と思える自分がいるのも事実だ。それは、菊がいてくれるから。「無償」の愛が、其処にあるから。



 だから……これから希望を持って、頑張らないと。


「愛」には「誠」を、必ずや。



 気付けば日は大分高くなり、空も一層青くなり、行き交う人も増えてきた。


 俺は菊の手を握り、「そろそろ帰るんだぜ」と声を掛けた。菊も頷いて、俺の手を優しく握り返した。

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