体育祭の後、いつものように部活が始まった。私はまだ少し興奮冷めやらぬ感じで、日常に戻るのがなんだか寂しくもあったけれど、そんな気持ちを忘れさせてくれるのはテニス部の練習だった。
あの日、広瀬先輩がふと私に「一緒に練習してみるか?」と声をかけてくれた。なんだかその言葉に引き寄せられるように、私は「やってみたいです!」と答えた。
その日の練習は、テニス部の先輩たちも参加して、少しだけゲーム形式で行われた。私はコートの端で、みんなのプレイを見守っていた。
「くるみ、こっちこいよ。」と広瀬先輩が手を振って呼んでくれる。
「あ、はい!」と私は一歩踏み出し、テニスのラケットを手に取ると、先輩とペアを組むことに。
「ちゃんとボール返せよ。」と冷静な声で言われて、ちょっと緊張しながら構える。
最初は、ラケットを持つ手がぎこちなかったけど、先輩が優しくアドバイスしてくれる。そのおかげで、少しずつボールが返せるようになってきた。
「お、上手くなってきたな。」
その言葉に、ちょっと嬉しくなって「ありがとうございます!」と返事をするけど、練習の最中に、ふとした瞬間に、先輩と私の距離が縮まることに気づく。
「こっち、もう少し体を開けて。」と広瀬先輩が教えてくれると、私はそのまま動きに従い、ふと気がつけば先輩が私のすぐ横に立っていた。
「す、すみません、ちょっと近くなっちゃって…」
そう言って少し下を向いてしまうけれど、先輩は何も言わず、私の動きに合わせてくれる。
そして、ボールを打った瞬間――
ボールが思い切り先輩の方に飛び、私は慌てて反応して、先輩と目が合った。その瞬間、ボールが手から滑り落ち、先輩がそれをキャッチして私に投げ返してくれる。
その動きが無駄なくて、思わず見とれてしまった。
「お前、集中しろって。」と先輩が少し真顔で言ったけれど、その真剣な表情がなんだか妙に近く感じて、私はつい目をそらしてしまう。
「ごめんなさい…」
でも、何かの拍子で、私たちの距離が急に縮まることがあった。
次にボールを打ち返したとき、私は先輩の前に立っていて、そのままお互いに一歩、足を踏み出す。まさにその瞬間――
先輩がほんの少し体を傾けたことで、私たちの顔が近づいて、ほとんど息がかかるほどの距離に。
「あ、あれ?」
その時、私の心臓が一気に高鳴り、何か言おうとしたけれど、先輩は黙ったまま、少し動きを止めていた。
その空気が一瞬で、無言のまま長く続いた。
私の目が先輩を見つめると、先輩の目がじっと私を見返している。
――なんだか、時間が止まったみたいだった。
その後、広瀬先輩は黙ってラケットを持ち直し、「次行こうか。」と軽く言うと、すぐに練習を再開した。
私はそのまま、少し放心状態で先輩の動きを追いながらも、あの一瞬がずっと頭の中で回っている。
「先輩、今、なんだったんだろう……?」
あれが、もしも、普通の会話の延長線上であったなら、あんなにドキドキすることはなかったはず。
でも、何かが起きる予感がしていた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!