テラーノベル

テラーノベル

テレビCM放送中!!
テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

「『お帰りなさい』は言ってくれないのか?」


 暁人さんが帰ってくるまで、まるで心が凍りついたように、何も考える事ができなかった。


 けれど彼に言葉を求められ、私はおずおずと口を開く。


「……おかえり、……なさい」


「ただいま」


 暁人さんはホッと息を吐いて微笑み、私を抱き締めてきた。


(安心する……)


 いい匂いとぬくもりに包まれ、私は彼を抱き締め返そうとする。


(……いけない)


 でもすぐにグレースさんの事を思いだし、彼の胸を押し返した。


「芳乃?」


 不思議そうに、少し悲しそうに目を瞬かせる彼を見て、私は改めて決意する。


 彼の事は好きだし、愛している。


 だからこそ、駄目だ。


「……今度こそ言わせてください。私、このマンションを出て行きます」


 もう、この気持ちは揺らがない。


 だから、泣かずに伝える事ができた。


「『俺の事を好きになりそうだから』が理由なら、出て行く必要はない」


 暁人さんは私がとっさについた嘘を、いまだに信じている。


 彼を好きになったのは本当だけれど、あの言葉を真に受けている姿を見ると、いっそう罪悪感が増す。


 ――この優しい人に、嘘をつきたくない。


 ――お互い傷付いてもいいから、最後に本当の事を言おう。


 凪いだ心で決意した私は、暁人さんを見て弱々しく微笑んだ。


「……あなたが好きです」


 私の告白を聞き、暁人さんは瞠目すると目の奥に歓喜を宿す。


 けれど彼はすぐに切なく笑い、眉間に皺を寄せて溜め息をつくように言う。


「じゃあ、どうしてそんなにつらそうな顔をしているんだ」


 私の肩を抱く暁人さんの手は、微かに震えていた。


「本気で好きだから。……心も体も、引き裂かれそうなほどに好きなんです」


 ぎこちなく笑うと、ポロッと涙が零れた。


「なら、どうして……っ」


「私は!」


 私は何かを言おうとした暁人さんの言葉に、強引に声を被せる。


 また彼に優しく誤魔化されてしまったら、堂々巡りになってしまう。


 そうなる前に、すべてを伝えなければならない。


 私は涙を流し、声を震わせながら、懸命に訴えた。


「私がいると、暁人さんのためになりません。私は愛し合う二人を引き裂く悪魔です。あなたの事が本当に好きで大切だから、あなたを不幸にしないために……どうか、離れさせてください」


 シンと静まりかえったリビングに、涙で歪んだ私の声が響く。


 微かな残響が消えた頃、暁人さんは無言で肩を抱く手に力を込めた。


 少し痛いとすら思える力に、私は驚いて顔を上げる。


 そして、彼の表情を見て静かに瞠目した。


 ――なんて顔してるの……。


 暁人さんはつらくて堪らないという顔をし、必死に歯を食いしばっている。


 彼は体を小さく震わせ、荒れ狂う激情を必死に押し殺していた。


 けれど、どうしても抑えきれない想いを、暁人さんは一言に込める。


「……勝手に俺が不幸になると決めるな!」


 語気を強めた彼の言葉が、スパンと私の心を射貫く。


(……確かに、暁人さんとろくに話し合わずに決めつけてしまったけれど……)


 でも私にだって譲れないものはある。


 愛のために倫理観を失えば、ズルズルと連鎖して周囲を不幸にしていく。


 そんな人には絶対になりたくなかった。


「駄目なんです! 私は暁人さんと一緒にいられません!」


 ムキになって言い返すと、彼は一瞬口を開いて何かを言いかけ、悔しそうに言葉を押し殺す。


 そのあと彼は私を抱き締め、激情で震えた声で囁いた。


「絶対に離さない」


 これ以上ないほど私を求める声を聞き、離れなければならないのに、愛しさが募ってしまう。


「俺はあなたを自分のものにすると、ずっと決めていたんです」


 突如として暁人さんの口調が変わり、私は驚いて顔を上げようとする。


 けれど彼は抱き締める腕に力を込め、私の動きを封じた。


「『芳乃に相応しい男になる』と自分に言い聞かせて、やっとここまできたのに……っ」


 彼の声には、怒り、悲しみ、失望、やるせなさ、……色んな感情が籠もり、グツグツと煮えたぎっている。


(何が言いたいの?)


 混乱している中、暁人さんは私の背中と膝の裏に手を回し、抱き上げた。

八年執着されましたが、幸せです ~傷心のホテリエですが、イケメン御曹司と契約恋人になりました~

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

42

コメント

1

ユーザー

暁人さん、そろそろ本当のことを教えて🙏

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚