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額にひんやりとした感触がする。
うっすらと瞳を開けるとそこはレーナの部屋で、太陽は沈み外が暗くなっているのが分かる。どうやら数時間眠っていたらしい。辺りを見回すと、レーナのベッドの近くに椅子を置いて眠っているノアの姿が目に入った。
意識を失う前にノアにもたれかかったような記憶があるレーナは、彼に申し訳ないことをしたなと反省した。
レーナは上体を起こし、そっとノアの肩を揺すった。
「ノア、起きて」
「ん……」
ゆるゆると瞼を開くノアは、レーナが目を覚ましたことに気付いたようで、がばりと立ち上がりレーナの肩に両手を置いた。
「レーナ! 身体は大丈夫なの!?」
「うん、眠って落ち着いたみたい。ノア、看病してくれてありがとう」
「いいのよ、アタシがやりたくてやってるんですもの」
「それでも、ありがとうね」
「レーナ……」
レーナの健気さに胸を打たれたノアは、触れるだけのキスをした。
そして、額に手を当ててまだ熱があることを確認したノアは、レーナに「横になってなさいな」とゆっくり横たわらせた。
「まだ熱っぽい感じがする……」
「そうよ、レーナは熱があるの。だから、大人しくしていてちょうだい。明日の店はアタシとレインで回すから心配しないで」
「そうだ、お店……」
「アタシ達に任せなさいな。レーナが熱を出すなんて珍しいってレインが言っていたわ。今日は外寒かったの?」
今日はローラとリリスと一緒にピクニックへ行っていたことを思い出した。二人の話を聞いているうちに、ノアとの関係性やこれからのことを考えすぎてしまったのだ。
おそらくこれは知恵熱が出たのだろう。正直に言うのが憚られるレーナは「風が少し冷たかったかも」と苦し紛れの言い訳をした。
それで納得してくれたノアは「そうだったのね、冷えてしまったのなら熱を出してもおかしくないわ」と優しく言ってくれたので、再び申し訳なくなってしまう。
顔を隠すようにレーナは布団を頭から被った。ノアからすれば寒くてそのような行動をしていると思ったのだろう、「温かい紅茶でも淹れる?」と優しい声で言ってくれたので、とりあえず一人になりたかったレーナは「お願い」と布団の中で答えた。くぐもった声だがはっきりと耳に届いたノアは「待っててね」と言って、静かに部屋を出て行った。
ノアが部屋から出て行ったことを確認すると、レーナはそっと布団から顔を出した。考えすぎて知恵熱を出すなんて思いもしなかったが、それだけレーナ自身も真剣に悩んでいることが分かり、自分の臆病さに嫌になる。
ノアならきっと、レーナのわがままを受け入れてくれるだろう。だが、それはノアの優しさにつけ込むようで気が引ける。どうしたらいいのか分からず、足りない頭で考えても最善の答えを出せない。
ぐるぐると巡る思考に頭を悩ませるのは魔女学園の卒業試験以来だ。あの時もテストが終わってから高熱が出たことを思い出し、なんだかおかしくてレーナはくすりと笑った。
「私って本当に考えるの向いてないな」
考えすぎて大切なひとを心配させてしまったことを後悔したレーナは、自分の頭がよろしくないことを改めて思い知らされたのと同時に、頭がよくないのならこれから改善していけばいいのだと奮い立つ。ノアやレインの域には達しなくても、あのふたりの後を追うくらいにはなりたい。
レーナの目標はレインのような立派な魔女だ。そうなるにはもっとたくさん努力する必要がある。
だが、その未来が来るのかどうか分からない。なぜならば、レーナは悪魔ノアから『お手つき』にされた女なのだから。
立派な魔女になりたい。でも、いつかはノアと共に魔界に行かなければならない。その板挟み状態とノアがセックスを最後までしてくれないことが悩みの種なのだ。
『ポンコツ魔女』と揶揄されるレーナは、確かに魔女としては未熟だしおつむもよろしくない。できるのは召喚魔法と錬金術と薬の調合、魔道具作りだけ。それでも、村のみんなはレーナを魔女として認めてくれているからこそ、レインの店に足繁く通ってくれているのだ。
レーナが魔道具などを作っていることを知っているのはレインだけじゃない。もちろんレインの作ったものには遠く及ばないが、それでもレーナ作のものだってきちんと商いとして成り立っている。
ノアが最後までセックスをしてくれないのも、きっと何か理由があるに違いない。悪魔のくせに嘘が嫌いなノアは、やりたくないことや嫌なことは決してやらないし、レーナに好意を見せているのも嘘が嫌いなノアなら絶対にしないことだ。
要するに、レーナに足りないのは自信だ。だからいつまでたってもメイを筆頭に一部から『ポンコツ魔女レーナちゃん』と呼ばれるのだ。その異名が自己肯定感を下げているのだとようやく気づいたレーナは、悲しくなったり落ち込んだり悔しかったりと、色んな感情が押し寄せて疲れてきた。
元々知恵熱が出てしまったので、頭を使うのはよくないのかもしれない。
だが、そのおかげで悩んでいたことを整理することができので結果よしとする。
そこへ紅茶を淹れてくれたノアがノックをして部屋に戻ってきた。トレーにはティーポットとティーカップ、ソーサーとクッキーが載せてあり、夜のティータイムが始まろうとしていた。
「アタシお手製の生姜紅茶よ。寒いって言ってたから、身体を温めるのと胃に優しいものを選んだの。レーナの焼いたクッキーが残っていたから、それも一応持ってきたわ。どう、飲めそう?」
「うん、ありがとう。いただきます」
ノアが自らティーポットからティーカップへと紅茶を注ぐ。生姜の香りが鼻を掠め、こくんと一口飲み込むとまろやかで優しい味がした。もう一口とくり返し飲んでいると身体がぽかぽかしてきた。
「顔色がよくなってきたわね。レーナは笑顔が一番だわ。だから、いつも笑ってアタシを安心させて」
「うん。ごめんね、ノア」
「謝らないの。病人は大人しく寝ていることよ」
「ふふ、はーい」
好きだということを認めてしまえば、こんな風に甲斐甲斐しく世話を焼かれるのも悪くないと思う。レーナはノアのことがちゃんと好きだったのだ。
だから、店のことや将来の自分、ノアが最後までしてくれないことを考えて熱を出すという、いかにもポンコツという異名が際立って悲しくなる。要するに、もっと早く好きだと認めていたらよかったのだ。
ない頭で考えすぎたのがよくないと気づき、今は今、その時がきたらその時だと今を精一杯生きることにした。
翌日。熱はすっかり下がったが、念のため休みをもらったレーナは昨日と違い頭がスッキリしていた。いつかは決断を迫られる時がくるけれど、その時までは今を楽しみたい。
下から微かに聞こえてくるノアとレインのやり取りに耳を澄ませ、願わくはこの時間が長く続きますようにと一人祈りながら、微睡みに身を委ねそのまま眠りに落ちた。
その晩、すっかり元に戻ったレーナを見たノアとレインは微笑みを浮かべ、「元気になってよかったわ/よ」と言い、家族三人はレーナの体調に気をつかった身体に優しい薄味のスープを食べたのだった。
いつも通り入浴後にはレッスンが始まると思っていたが、ノアは「病み上がりに迫ったりしないわよ」とピシャリと言った。
「でも、いいの?」
「当たり前でしょう。無理強いするのは好きじゃないし、レーナだって疲れているでしょう?」
「うーん、そうだけど……。ノアなら嫌じゃないから、どうしたものかなあと思っただけ」
レーナはけろっとした様子でノアを見つめた。どうやらこの娘はとんでもないことを言っているのに気づいていないようだ。
レーナの考えなしの性格に危機感を覚えるのは今に始まったことではないノアだが、こんなに真っ直ぐ生きてきてよく無事だったなと思う。
しかし、彼女にはレインという強い味方がいたことを思い出し、納得すると同時に感謝した。
「レーナ、あなたは本当にレインに感謝なさいね」
「いきなりどうしたの?」
「レインが優秀な魔女でよかったと言いたいの」
「おばあちゃんが優秀なのは分かるよ。それに、私をここまで育ててくれたおばあちゃんには感謝しかないよ」
親のいないレーナは、この狭い村で嫌な思いをしたことや寂しさを感じたことがあるのかもしれない。
しかし、それらを一切感じさせない朗らかな笑みは、レインからの愛情をそのまま受け取ることのできる素直な性格をしているレーナだからこそ、健やかに育ったのだろうとノアは心が温かくなった。
「さあ、愛しのレーナちゃん。そろそろ寝ましょうね。おやすみ」
「うん、おやすみなさい。ノア」
明かりを消してすぐ、レーナから寝息が聞こえたノアはちらりと視線を移した。常に明るいレーナだが、この数ヶ月家族として過ごしているのに自分の親のことを話そうとしないのがノアは引っかかっていた。
ここレーナの部屋やダイニングなどにはフォトフレームに入ったレーナとレインの写真が飾られているのに、レーナの両親と思われるひと達の写真は一枚たりともないのだ。
アルバムはあるようだが、勝手に見ることは憚られる。家族を大切にしているレーナのことだ、両親がいるのなら写真の一枚くらい飾っていてもおかしくない。それすらないのだから、余計に気になるのだ。
自分だって隠し事──次期王であること──をしているくせに、レーナにだけ秘密を求めるのは筋が通らない。レインもレーナの両親について触れたことはないし、この普通の家庭に何かあったのかもしれないと思うと胸が苦しくなる。
だが、それはあくまでノアの想像で、本当のところは分からない。いつかタイミングを見て聞いてみよう、そう思いながら愛しいレーナを瞼に焼き付けて眠るのだった。