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レーナとレイン、三人家族になってから三ヶ月ほど過ぎたが、レーナの両親について一度も話題が出たことがなかったのがノアは気になっていた。 部屋に飾られている写真はどれもレーナとレインだけ。両親の影はどこにもない。
いつも通り朝朝食を食べていると、レインは「今日は一日店じまいするよ」と言った。レーナは「分かった、ご飯食べたら支度するね」と少し悲しげな顔をしてそう答えた。
「ノア、あんたも着いてきな」
「……いいの?」
「あんたも私達の家族だろう? だったら、うちのことを知っていてもおかしくないさ。それに、ずっと気になっていたことくらい、お見通しだよ」
ノアはレインの言葉を受けて瞬いた。さすが年の功といったところか。ノアはなんて返すのが正解か分からなかった。しんみりとしたこの空気から、色々と察せられるものがあるからだ。
沈黙を貫くノアの代わりに答えるように、レーナは口を開いた。
「ノア、私達もう家族だよね? 私達のこと、ちゃんと知ってもらおうっておばあちゃんと話したの。だから、一緒に行こう?」
ノアを見つめるレーナの瞳は優しい。そこにはいつもならない陰がひっそりと見えている。おそらく、レーナの両親に関することなのだろう。
そして、彼らはもう……。
「分かったわ、アタシも支度する」
「うん、ありがとう」
各々支度をして、店にはクローズドの看板を下げて出発する。
レインが先導して歩き、その後に続くようにレーナとノアが隣に並んで歩く。これから向かう先についてレインは口にしなかったが、花屋に寄り菊の花束を繕ってもらい、疑心は確信へと変わった。これから行くのは、レーナの親の墓参りだ──。
花束を持つレーナに「アタシが持つわ」とノアは気軽に言えなかった。言ってはいけない気がしたし、これはレーナとレインの大切なお参りなのだ。ノアはレディーファーストの男だが、ここはあっさりと身を引いた。
それから三十分ほど歩き、村のはずれにある草原を抜けたところに墓地があった。レインとレーナは迷うことなく一つの場所を目指してひたすら歩く。
そして、辿り着いたのは『キースとレイズ、ここに眠る』と刻まれたお墓だった。
久しぶりに来たからか、お墓の石は少し汚れているようだった。バケツから雑巾を取り出したレインは、レーナとノアに配り「あんた達が磨いてやりな」と言った。
「私は水を汲んでくるよ。レーナ、ノアに話しておやり」
「分かったよ、おばあちゃん」
水を汲みに行ったレインを見送り、レーナはノアに向き直った。いつもはにこにこしているレーナだが、今日は違った。悲しそうに表情を歪ませて、無理やり笑顔を作っていた。
「あのね。私のお父さんとお母さん、私が生まれた日に亡くなったの」
レーナから告げられた言葉に、鈍器で頭を殴られたようなそんなずっしりとした重みがノアを襲う。
レーナの生まれた日に亡くなった。
それは、レーナの誕生日に亡くなったという意味である。めでたい日に両親の死が重なるなんて、どれほど神は残酷なのだろう。
「お母さんはね、身体が弱かったらしいの」
そう言って訥々とレーナは語り始めた。
昔、この村に突如として現れたのが、レーナの父親である少年キースだった。まだ幼い子どもは口減らしに捨てられたのだと幼いながらも理解したキースは、歩いて歩いてこの村に辿り着いたという。
そんな幼子を保護したのがレインだった。年が近い娘のレイズはキースを何かと気にかけていたおかげか、口数の少なかったキースは少しずつ打ち明けるようになり、それから村の子ども達と混ざって仲良く遊ぶようになったのだ。
元々身体が弱かったレイズはレインの娘でありながら魔女としての素質はなかった。それが原因で意地悪を言われたりされたりもしたが、それらから守ったのはキースだったのだ。
思春期を迎えたキースとレイズは恋仲になったという。お互いを思いやる気持ちは人一倍強く、また美男美女へと成長したふたりはお似合いだと囃し立てられた。
レイズは身体が弱いことから子どもを望むのは難しいと言われていたが、二十三歳の時奇跡が起きた。そう、レーナを妊娠したのだ。友達は祝福し、しばらくどんちゃん騒ぎが続いたのだそうだ。
レイズはレーナを妊娠したことが嬉しくて嬉しくてたまらなかった。毎日お腹のレーナに話しかけたり本を読み聞かせたりして、生まれてくる我が子を何度も想像した。
そして、臨月を迎え産気づいた頃、レイズの様子がおかしいことに気づいたレインは金のことなど気にせず、隣街までの病院に連れて行った。
どうにか出産は終えたが、出血があまりにも多過ぎた。そのせいで命の灯火を散らしたのだ。
キースは薬草を摘んでいたため知らせも遅くなり、急いで隣街へと向かった結果、馬車に跳ねられた。キースも同じ病院へと運ばれたが、打ちどころが悪かったせいで二度と目を覚ますことはなかった。
レーナの誕生日は、両親二人の命日でもある。めでたい日なのに、悲しい日が重なってしまったのだ。
レーナの名前はキースが生前つけたものだという。レイン、レイズ、レーナ。名前が似ていれば家族だと分かるから。名前の由来は輝くひと、俺達──キースとレイズ──の奇跡という意味が込められている。
「私の運が底抜けにいいことは、この名前からきているのかもしれないね」
「レイズとキースが起こした奇跡があんただよ、レーナ。今日という日は私にとって大切な日なんだ」
レーナに続くように言葉を紡いだのはレインだった。水を汲みに行ったはいいが、長話になってしまったせいで陰から話を聞いていたのだそうだ。
「悲しくないと言えば嘘になる。だけど、今日はレイズとキースが起こした奇跡が生まれた日なんだ。私は、今日という日を美しいものとして迎えたいんだよ」
「おばあちゃん……」
レーナはレインに縋りつき、わんわん泣いた。
本当はみんなが羨ましかった。お父さんとお母さんが当たり前にいて、家族でご飯を食べて、遊びに行って。そういう普通の日々を送れるみんなが羨ましかったのだ。
でも、レーナにはずっとレインがそばにいてくれた。親のいないレーナを陰で悪く言う者には、レインは魔道具や薬を決して売らなかった。レーナを悪く言うことは、魔女レインの怒りを買うということ。それだけでも十分牽制になったのだが、いいのか悪いのか、レーナには魔女の素質があった。大好きな祖母の尊敬している職業になりたいと思ったのが、いわゆる『ポンコツ魔女レーナちゃん』と呼ばれる所以になったのだが、今は置いておく。
そうやって愛情たっぷり大切に育てられたレーナは、村で一番朗らかな美しい娘へと成長した。
レインの家系はみんな揃いも揃って美形が多く、娘のレイズと孫のレーナもまた美しい娘になったので、気を引こうとするものが多いのだが、ふたりとも恋愛には鈍かった。レイズにはキースが常にくっついていたので付け入る隙がなかったといえる。
レーナは魔女レインの保護下にあったので、下手に近づくと今後の生活に関わってくるという曰くつきがあったため、ヘタレな男どもは唾をつけることすらしなかったし、そもそもレインが許さなかったのだ。
そして、なんだかんだでノアを召喚してしまい、今に至る。
「……とまあ、うちにレーナの親がいないのはそういうわけさ。だけどね、私はレーナを何よりも大切に想っているし、私の大事な孫で唯一の家族だよ」
「レインが過保護な理由が分かったわ。……その、詳しく教えてくれてありがとう。アタシも手を拝んでいいかしら?」
「もちろん。お父さんとお母さんにノアのこと紹介するね」
「あんたはもう私の孫みたいなものだからね。気にするんじゃないよ、ノア」
人間、しかも魔女なのに悪魔に寄り添う珍しいレーナとレインという存在を知ってしまったノアは、もう以前のように人間を下等生物扱いすることはないだろう。
そうでなければ、気に入った──いや、好きになったとはいえ、娘と関係のない親の墓参りすらしないだろうから。
ノアは見よう見まねで手を合わせ、内心でキースとレイズに挨拶をした。
レーナとレインは話すことがたくさんあり、目を瞑ったままひたすらじっと静かに感情と言葉を乗せて、キースとレイズに語る。
──お父さん、お母さん。このひとはノアといって、悪魔で淫魔なの。色々あって彼と家族になったんだ。お母さん、私やっと好きなひとができたよ。そのひとはノアなんだけど、私のことすごく大切にしてくれるの。優しくて大好き。お父さん、いつかノアの元にお嫁に行くけど、またこうして手を合わせにくるからね。お父さん、お母さん、ずっとずっと大好きだよ──
結局三人で丁寧にお墓を磨き、ピカピカになった墓前に美しい花達を添えて三人は墓地を後にした。
帰り道、しんみりとした空気に耐えられなかったレーナは大げさに「私、久しぶりに買ったケーキが食べたい!」と言い出した。
それは、レーナなりの気づかいなのだと悟ったノアとレインはお互い顔を見合わせ、アイコンタクトを取る。ふたりの考えは珍しく意見が合った。ノアはレーナの右手を、レインは左手を握って歩き出したのだ。
「ちょっと、ふたりともどうしたの? ノアはいつものこととして、おばあちゃんまで手を繋ぐなんて珍しいね」
照れたように言うが、嬉しそうにはにかむレーナを見たノアとレインもまた穏やかに微笑んだ。
そして、家族で仲良く手を繋いで向かったのは、村に唯一あるレストランだった。バケツを持つレインとレーナがいることに店主は今日が何の日か察したようで、「お誕生日おめでとう、レーナちゃん」と優しく迎え入れてくれたのだ。
時間帯はお昼ということもあり店は混雑していたが、二十分ほど待って四人テーブルに座ることができた。
「レーナ、誕生日おめでとう。今日は好きなものをお食べ。ケーキでもハンバーグでも、なんでも好きなものを選ぶんだよ」
普段から倹約しているレインは、ここぞという時にお金を使ってこうしてレーナを楽しませてくれた。今日はレーナの両親の命日でもあるが、レーナの誕生日でもあるのだ。過去のひとを偲ぶのも大切だが、今生きているひとを想う方が現実的だし、いつまでも悲しみに暮れているよりよほど健全でいい。レーナはレインのそういうところが昔から好きだった。
「ありがとう、おばあちゃん。何にしようかな」
「いくらでも頼んでいいよ。そうだ、ノアも遠慮しないでお食べ。さっきも言ったろう、あんたは私の孫みたいなもんなんだ、家族に遠慮するなんておかしな話だろう?」
「……分かったわ。ありがとう、レイン」
レーナは目玉焼きハンバーグセットとチーズケーキ、ノアはハンバーググリルセットと紅茶、レインはドリアと紅茶を頼んだ。サイドメニューにあるサラダとピザをそれぞれ分けて食べている頃にはメインディッシュが届き、テーブルには色とりどりの食器がたくさん並んでいた。
小さい頃、家族でご飯を食べることに憧れていた過去があるレーナは、大好きな祖母と大好きなノアとレーナ自身の仲良し家族三人でご飯を食べられるのがどれだけ幸せなことか改めて噛み締めて、なんだか泣きそうになるがぐっと堪える。
紙ナプキンでそれとなく目元を拭い、ナイフをフォークを使ってハンバーグを食べるのだった。
レストランを出た後、再び手を繋いで向かった先は村随一といわれるケーキ屋さんだった。
ここの店主もレーナのことを知っているので、先ほど同様に誕生日を祝われた。
レーナは大好きなチョコレートケーキを初めてホールで買ってもらった。去年までは切り分けてあるケーキだったのだが、今年はノアがいる。大きなケーキを切り分けて家族で食べることができるのだ。それが嬉しくてレーナは家に帰ってもずっとにこにこしていた。
ケーキにろうそくを三本刺す。本来なら二十一本なのだが、それだとケーキがろうそくの穴だらけになるので、十年単位でまとめて合計三本になったのだ。
「ハッピーバースデー! レーナ!」
ノアとレインの声が重なり、レーナは三本のろうそくの火を思い切り息を吹きかけて消した。暗くなった室内にレーナはぽろりと一筋の涙が溢れた。あとからあとから涙は続き、明るくなった室内でも尚泣いているレーナにノアはそっとハンカチを差し出した。
「これ、お揃いのやつだ」
涙を拭いながらレーナはふふと笑った。ローラの親御さんの寝具兼布小物店でお互いに贈り合ったハンカチだから、より嬉しくなった。
レインがケーキを切り分けてくれたので、一番大きな部分はレーナがもらうことになった。細身だが意外と食べるノアがいるので、レーナとレインが食べきれなくても彼が食べてくれる。
誕生日用の大きなホールケーキなどこの家には一度たりとも存在しなかったものだが、今年はノアがいる。それが当たり前になっていることがレーナをさらに喜ばせた。
入浴を済ませ、いつものえっちなレッスンが始まる。
「誕生日を教えてくれないなんて意地悪ね」
キスをしながら茶化すノアに、レーナは視線を右往左往させながらたじろいだ。
「だって、言う機会がなかったというか、言いにくかったというか」
「分かってるわよ。心を許してくれてありがとう。レーナとレインの家族になれて本当に嬉しいの」
「……こちらこそ、家族になってくれてありがとう」
挿入こそないが、擬似セックスは続いていた。レーナはノアのことは好きだが、それを言ったら魔界に連れて行かれるのかも、だなんて考えてしまい素直に好きと言えずにいた。
でも、無理強いは嫌いと常々言っているノアを信じたい気持ちはある。本当のことを言えなくてたたらを踏んでいる状態のレーナは、周りからすればずるい女なのかもしれない。
レーナがどっちつかずだから、ノアも最後までしないのだろう。頭では分かってはいるが、心が追いつかない。最後までしてしまったら、魔界行きは確定なのだ。ノアは無理強いこそしないが絶対的な何かで支配されているような気持ちになるのは、『お手つき』になったからなのだろうか。
ノアのことがいまいち分からないレーナは、またしても悩みを抱え始めていた。
翌日。レーナの誕生日を祝いにローラやリリス、村の友人達がやってきた。店の裏側で作業していたレーナは、友人達の声を聞きつけて奥から出てきた。レインは「今日はもう切り上げていいよ。みんなと遊んでおいで」と、柔らかな笑みを浮かべてレーナはローラとリリスに手を引かれ店を後にした。
みんなそれぞれプレゼントを見繕って、丁寧にラッピングされた包みをレーナに渡す。
「レーナ、お誕生日おめでとう!」
「みんなありがとう! すごくうれしい!」
「ねえレーナ、あのことノアさんにはもう伝えた?」
そう聞いたのは最年少の娘だった。あのこととは、きっとレーナの両親のことを言っているのだ。ローラやリリスは最年少の娘を諫めていたが、ふたりの優しさに心が温かくなったレーナは、レーナは努めて明るく「昨日言ったよ。誕生日も祝ってもらったの」とにこやかに微笑んだ。
それを見て安心したらしい親友ふたりはどこかほっとしたような様子でレーナを見つめ、こちらも優しく微笑んだのだった。
そして、レーナを祝うパーティーが村で一番大きな家に住んでいる娘のもとで行われた。誕生日だからとケーキを焼いて持ってきたり、クッキーやマフィンなど、ささっと食べられるお菓子を用意してくれたのだ。紅茶を淹れてもらい、おいしいケーキ達を食べる。こんな風に祝ってくれる友達がいてよかったと心から思ったレーナは、家族以外のぬくもりを感じてまた涙が零れそうになる。そんなレーナを見て、何も言わずにハンカチを差し出したのは最年長のローラだった。彼女のこういうさりげない優しさが、小さい頃からレーナは大好きなのだ。
「ローラ、ありがとう。大好き」
「あら、私もレーナが大好きよ。ふふ、これじゃノアさんに怒られちゃいそうね」
「そうしたら、私がノアに怒るから大丈夫!」
なんて軽口を叩きながら、楽しい誕生日会を過ごしたのだった。
レーナの誕生日は両親の命日でもある。
しかし、そんな日をただ悲しいだけの日にしたくないと思っているのはレーナやノア、レインだけではないことを改めて教えられたレーナは、生まれてくることができてよかったと両親に感謝の心を忘れずにいようと固く誓った。