コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
朝倉シンは現実主義者である。
それが坂本商店メンバーと一部のORDERの面々の共通認識であった。
現役殺し屋に元殺し屋、マフィアと普通とはちょっと違う職業故か気配には敏感な者が多いこのメンバーはある共通の問題を抱えていた。
ある日の夕方、店番をしていたルーの前に現れたのは店主の旧友で現役ORDERの一人である南雲その人であった。
盛大に溜息を吐いたルーは南雲ではなく、南雲の後ろを見て眉を顰めた。
「うわ、また大量に引き連れてきたネ」
「やぁチャイナちゃん、シンくんいる?」
「シンは店長と配達ネ」
「う〜⋯ちゃんと買い物するから待ってていい?」
「3万以上で手を打つネ」
「りょーかい」
いつものルーなら南雲の姿を確認した途端、さっさと帰れの一言で終わらせるのだが、今回は少しだけ事情が違った。
「一体、どこに行ったらこんなコトになるネ」
「今回の仕事先だったんだけど、地元でも有名な心霊スポットだったらしくて⋯あ、豹と神々廻と大佛も一緒だったんだぁ」
「ゲ⋯てことはあの3人も来るネ」
「そう、ボクだけ一足先に来たんだ」
じゃないと商店の営業時間内に来られないかもしれないし、と軽薄そうに言うも、顔色は青を通り越して白く、表情も固い南雲にルーはレジ下にストックしてあったクッキーを1枚渡してやった。
「チャイナちゃんコレは?」
「シン特製岩塩クッキー」
「!!」
「取り敢えず食べるヨロシ」
「うん」
「シンが帰ってくるまでの繋ぎにはなるヨ」
南雲がクッキーを囓るのを確認したルーは軽く息を吐き、肩の力を少しだけ抜いた。
自身もマフィアの家の人間で、気配にはそれなりに敏感なせいか、人ならざるモノ⋯所謂処の幽霊とはそれなりに縁があるが、少なくとも目の前の男みたいに一個連隊を率いるような事態になったことは無いと断言できる。
「毎回オマエ達が来る度に店の中が暗くなるネ」
「アハハ、ごめんねー」
「どうやったら一個連隊引き連れるネ」
「ボクも分かんないや⋯でも、ボクがあの面子の中じゃ一番少ないんだよね」
「マジカ」
そう、ORDERメンバーの中でも南雲の取り憑かれ率(量)は一番少ないのである。
次いで少ないのが豹、そして神々廻、大佛の順で増えていく。
だがまぁ、そんな事はこれから帰ってくるシンの前では些細なことなのだけども⋯
「それにしても、シンくんってなんで視えないのに祓えるんだろ」
「アレ、本人は祓ってる自覚無いネ」
「だろうね⋯だからこそ不思議なんだよね」
そう、シンは幽霊が視えないらしい、以前、南雲がシンに『幽霊を信じる?』と聞いたところ、『視えないモノは信じない主義なんだ』とあっさり答えたのだ。
「あれ⋯クマさんもネコちゃんもいない⋯」
「大佛、坂さんとシンくんな」
「すまない、迷惑をかけるが待たせて貰えるか?」
マイペースに──但し顔色は最悪レベル──入ってきた3人にルーは溜息を一つ溢し、シン特製岩塩クッキーを差し出した。
「それ、食べておいた方がいいよ、弱いのはコレだけで居なくなったから」
「「「は?」」」
「シン特製岩塩クッキー、店長もお世話になってるネ」
怪しい商品の謳い文句の様だと思いながらも、3人はシンが作ったという触れ込みに惹かれ、クッキーを口にする──その途端、形すらハッキリしなかったモノが一気に霧散した。
「すごいやん⋯」
「軽くなった⋯」
「マジか⋯」
あまりの即効性に3人は常々思っている疑問を口にする。
「シンくん視えてへんのに何でこんなの作れるんやろか⋯」
「ネコちゃん祓う力も凄いのに視えてないの⋯」
「そこに居るだけ片っ端から祓えるのにな」
「ソレはもうシンだからとしか言い様が無いネ」
「確かに」
中々に失礼な事を言ってはいるのだが、当の本人とそのモン⋯保護s⋯もとい上司がこの場にいないのでスルーされている。
「ネコちゃんクッキー売ってくれないかな」
「せやな、ORDERの会合室にストックしときたいわ」
「買取交渉してみるか」
ほんのり和やか風味──背景と絵面(物理)は黒いが──話していた一同の耳に待ち人の声が届いた。
「ただいまー!」
「戻った⋯」
「店長、シンおかえりネ」
「なぁ、なんか店の中暗くね?」
「それはアッチのせいヨ」
不思議そうに首を傾げるシンに、ルーは──物理含む──店を暗くしている原因を指さし、嫌そうに眉を顰めた。
ルーの指差す先を見たシンの目に映ったのは自身が作った塩クッキーをリスのようにちまちまと食べている殺し屋最高峰の集団⋯なんで?となっても不思議ではない。
「いや、なんで?」
「南雲、ジャマ、帰れ」
「坂本くん酷くない!?」
「豹も神々廻も大佛も帰ってくれ」
坂本はシンを背に庇い、4人を睨みつけ──正確には4人の周囲だが──退店するように言い放つ。
「坂さん、今日は大目に見て貰えませんか?」
「ダメだ」
「クマさんお願い」
「ダメ」
「頼む坂本」
「却下」
坂本とて、元同僚や後輩がどうなっても良い訳ではないが、如何せん数が多過ぎる──よくこれだけの数に憑かれて無事でいられるなというレベルだ──し、性質の悪いモノの割合が多いのだ。
いくらシンの祓う力が強くても、その力が無限とは限らない、もし有限だとしたらシンへの負担はどうなるのか、そう考えての判断である。
「坂本さん?」
「シン、暫くコイツらに関わるな」
「え?はい」
「ちょっと坂本くん、こっちは死活問題なんだってば」
「知らん、自力でなんとかしろ」
自分を蔑ろにする愛弟子に坂本の過保護はカンストしている──最早、愛娘と同レベルだ──為、危険を徹底排除が基本スタイルとなっているのだ、旧友だろうと一切容赦はしない。
例外があるとすれば、シン本人が助けたいと申し出た場合だが、今日みたいな件はシンに自覚が無い為、例外が発生することは無い。
「あれ?」
「シン、どうした?」
「あ、いえ⋯多分⋯」
何かに気付いたらしいシンが店の入口を開ければ、入ってきたのは4人が引き連れてきた総数を軽く上回るナニカを引き連れた篁だった。
固まる坂本達を余所に、シンは篁に楽しそうに話かけ、ケラケラと笑っていた。
「⋯⋯⋯⋯⋯」
「じいちゃんが来るのは久しぶりだな」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
「へー、仕事そんなに忙しかったんだ」
エスパーの力を使って篁と会話をしているらしく、傍から見るとシン一人が話しているように見えるが、よくよく見ると篁の顔も嬉しそうにしているのが分かる。
しかし、坂本やORDERの面々は和むことなど出来ない──殺連の亡霊、どうかすると味方ごと対象を斬り伏せる歩く最終兵器なのだから──し、笑って流すことも勿論出来ない。
今もいつ抜刀するかと戦々恐々としているし、篁が引き連れているナニカも恐ろしいのだ。
「あ、そうだ、じいちゃん新作クッキーの試食してくれね?」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
「うん、塩キャラメルクッキー、今お茶淹れるからさ」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
篁に新作クッキーと普段自分が使う椅子を渡し、戸惑う一同と篁を残し、シンはバックヤードへと入って行ってしまった。
余りの衝撃と篁の連れたナニカに坂本とORDERの面々は距離を取り──ルーはバックヤードに避難──コソコソと会話をしていた。
「ちょっと坂本くんどういうこと⁉」
「知らん⋯」
「坂さん、シンくん篁さんのこと何処まで知っとるん?」
「知らん、オレが聞きたい」
「つーか、篁さんの連れてる奴すら視えてないのか」
「スゴイね⋯さすがネコちゃん⋯」
そうこうしてる間にお茶セットを持ったシン──腰にルーがしがみついている──が戻り、不思議そうに首を傾げた。
「なにやってるんですか?」
「なんでもない、早く茶を持っていってやってくれ」
「はい」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
「ほい、じいちゃんいつもの茶」
自分たちからすれば、篁すら霞む程のナニカ、ソレに気付きもせず世間話に花を咲かせるシンを羨ましく思いながらも坂本達は遠巻きに眺めるしか出来なかったのだが⋯
「しっかし、一体何処に行ったらそんな一個師団引き連れることになるんだ?」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
「へー、囚人墓地にターゲットが逃げてそれを追いかけたんだ、じゃあしょうがないよな」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
「しかも今時間まで墓地内を隈無く追いかけっこ?そりゃこうなるよなぁ」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
「全然迷惑じゃないって、ほらお前らも行くべきところへ行けよ、店暗くなるしさ」
「「「「「「は?」」」」」」
正しく“は?”であるだろう。
視えないと思われていたシンが篁に憑いていた集団を認識し、何なら祓って⋯説得しているのだ、混乱は仕方の無いことと言えよう。
「シンくん視えてるの!?」
「ん?あぁ、じいちゃんや南雲達に憑いてる奴らなら視えてるけど?」
「せやけど、前に変なモノ視たことあるか聞いたら南雲より変なモノは視たこと無いって」
「怪しいモノを視たことあるかって聞けば、アハアハ嗤う南雲より怪しいモノを視たこと無いと」
「奇妙なモノを視たことは?と聞いた時は南雲の変装より奇妙なモノを視たこと無いと言っていたな」
「⋯⋯⋯泣いてもいい?ってかシンくん、恋人に対して酷くない!?」
「事実だろ」
自業自得を地で行ってるのではあるが、多少は同情の余地があってもいいのでは?とは誰も思わない辺りがなんというか⋯まぁ、そういうことである。
「ネコちゃん夜中に不法侵入して瞳のハイライトが消えた状態で見下ろしてくる南雲さんより恐いモノも視たこと無いって言ってた」
「アレはマジで恐かった」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
「南雲コロス⋯」
「ちょっ!!篁さんも坂本くんも待って、ボク本当に死んじゃうから!!」
篁の斬撃と坂本の手当たり次第の攻撃をギリギリで躱しながら叫ぶが、他の面々からの殺気もかなりのもので、流石の南雲も一瞬、本気で死を覚悟した。
だが、それは思わぬ人物からの擁護で沈静化することとなった。
「じいちゃん落ち着いて、坂本さんも」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
「しかし⋯」
「その件に関してはキッチリお仕置き済なので」
「お⋯おし⋯お仕置き⋯」
シンがお仕置きと口にした途端、南雲の顔色は死人レベルに悪くなり、大量の冷汗を流しながらガクガクと震えだした。
それに気付いた面々が南雲に声を掛けようとするも、いつものような屈託のない笑顔──ただし、何処か黒く迫力がある──を向けられ、言葉を飲み込んだ。
それに更に笑みを深くしたシンは、この上なく優しい声で南雲に言い聞かせる。
「次は無いからな?」
「はい⋯」
あの傍若無人の南雲が涙目で項垂れているのをうっかり見てしまった面々は悟る、シンだけは絶対に怒らせてはいけないし、敵に回してもいけないと。
「こ⋯この話はここまでネ」
「おー」
「で、シン、前にあの変態に視えないモノは信じないって言ってたよナ?」
「あぁ」
「でもシンくん視えてるんだよね?ボクに言ったことと違わない?」
「ん?視えないモノは信じないとは言ったけど、視えてないとは言ってないぞ?」
──視えないモノは信じないけど、視えるモノは否定しない主義なんだ──
後ろで頷いている篁は全員に聞こえる言葉を発した。
「一部を知っただけで全部を知った気になるんじゃねぇよ」
至言である。