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#timelesz
いちごみるく
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いちごみるく
1,365
続き
紫耀の家に着いた頃には、
22時を回っていた。
地下駐車場からそのまま上がり、
警備スタッフが周囲を確認してからエレベーターへ乗る。
ようやく玄関のドアが閉まった瞬間。
〇〇「……はぁぁぁ」
全身の力が抜ける。
紫耀「今日やばかった?」
〇〇「朝からずっと働いてる」
靴を脱ぎながら、
そのまま床に座り込みそうになる〇〇。
紫耀「とりあえずソファ行きな」
〇〇「うごけない……」
笑いながら紫耀が荷物を持つ。
〇〇はそのままソファへ倒れ込んだ。
紫耀はキッチンへ向かう。
紫耀「なんか飲む?」
〇〇「水……」
完全に電池切れ。
ぼーっとスマホを見ていた〇〇は、
ふと思い出したように顔を上げる。
〇〇「あ、一応北斗に連絡しとこ」
紫耀「あー、たしかに」
ストーカーの件もある。
誰といるかだけは共有しておいた方がいい。
〇〇はそのまま電話をかけた。
数秒後。
北斗「……もしもし」
少し低い声。
たぶん家。
〇〇「おつかれー」
北斗「お疲れ。終わった?」
〇〇「今終わった」
北斗「遅かったな」
〇〇「ananの打ち合わせ長引いた」
その瞬間、
電話の向こうが少し静かになる。
北斗「……あぁ」
〇〇「で、今日ちょっと紫耀んちいる」
北斗「……は?」
反応が速い。
キッチンの紫耀が吹き出す。
〇〇「いや、ストーカーの件で」
北斗「……」
〇〇「警備もいるし、マネもOK出してる」
北斗「……ならいいけど」
でも声は全然“よくない”。
〇〇「ご飯だけ食べて帰る予定」
北斗「いや、遅くなる前に帰れ」
〇〇「え?」
北斗「長居すんなって意味」
〇〇「なんで」
北斗「最近の状況分かってるだろ」
〇〇「分かってるよー」
北斗「分かってるやつの行動じゃない」
〇〇はソファに沈みながら笑う。
〇〇「大丈夫だって」
北斗「その“大丈夫”が一番信用ない」
紫耀が水を持ってきながら、
面白そうに聞いている。
〇〇「北斗今日厳しい」
北斗「普通」
〇〇「過保護」
北斗「違う」
少し間。
北斗「……心配なだけ」
その声が少しだけ小さくなる。
〇〇はあまり深く受け取らず、
普通に笑った。
〇〇「はいはい」
北斗「はいはいじゃない」
〇〇「じゃあ早めに帰る」
北斗「絶対な」
〇〇「わかったって」
北斗「紫耀いる?」
〇〇「いるよ」
北斗「代われ」
〇〇「また?」
スマホを紫耀へ渡す。
紫耀「もしもし」
北斗「ちゃんと早めに返せよ」
紫耀「保護者?」
北斗「今はな」
紫耀が笑う。
紫耀「大丈夫。送るよ」
北斗「頼む」
少し沈黙。
紫耀「……めっちゃ心配してんじゃん」
北斗「そりゃするだろ」
即答。
その速さに、
紫耀が少しだけ笑う。
紫耀「了解」
電話を切ってスマホを返す。
〇〇「何話してたの」
紫耀「愛重いなーって話」
〇〇「は?」
意味が分からない顔。
紫耀は水を飲みながら肩をすくめた。
紫耀「気づいてないの、お前だけだよ多分」
〇〇「何が?」
紫耀「なんでもない」
〇〇「お腹すいた……」
ソファに沈み込んだまま、
〇〇がぼそっと呟く。
紫耀「なに食う?」
〇〇「んー……」
スマホを持ちながら、
頭が回ってない顔で考える。
紫耀「和食?」
〇〇「いい」
紫耀「韓国料理」
〇〇「いい」
紫耀「寿司」
〇〇「いい」
紫耀「全部いいじゃん」
〇〇「空腹時の人間だから」
紫耀が笑う。
そのまま二人でソファに並び、
Uber Eatsを開く。
〇〇「え、これ美味しそう」
紫耀「深夜に見るやつじゃない」
〇〇「でも今日頑張ったし」
紫耀「その理論で生きてるよな」
〇〇「うん」
即答。
紫耀はメニューをスクロールしながら聞く。
紫耀「結局何系」
〇〇「温かいやつ」
紫耀「まだその情報しかない」
〇〇「あ、鍋」
紫耀「ウーバーで鍋?」
〇〇「たしかに」
二人で笑う。
しばらく悩んだあと。
〇〇「あ、これ」
紫耀「スンドゥブ?」
〇〇「食べたい」
紫耀「じゃあそれにするか」
〇〇「チヂミもいる」
紫耀「絶対言うと思った」
〇〇「あとヤンニョムチキン」
紫耀「食うなぁ」
〇〇「今日カロリーゼロだから」
紫耀「どういう計算?」
〇〇は普通に真顔。
〇〇「疲労で消費」
紫耀「雑すぎる」
注文を終える。
到着予定まで30分。
〇〇「あー……動けない」
そのままクッションを抱えて横になる。
紫耀「寝そうじゃん」
〇〇「3秒で寝れる」
紫耀「風呂先入れば?」
〇〇「ご飯食べてから」
紫耀「絶対そのまま寝るやつ」
〇〇「寝ない」
即答。
でももう半分眠そう。
紫耀はそんな〇〇を見ながら笑う。
紫耀「ananの撮影大丈夫?」
〇〇「大丈夫じゃない」
〇〇はクッションに顔を埋める。
〇〇「露出多いのほんと嫌」
紫耀「でも似合うと思う」
〇〇「それが嫌なの」
紫耀「なんで」
〇〇「変に話題になるから」
紫耀「あー」
〇〇「しかも今回、“大人の色気”とか言ってたじゃん」
紫耀「言ってたね」
〇〇「怖い」
紫耀「でも今日の打ち合わせの時点で強かったよ」
〇〇「え?」
紫耀「空気」
〇〇「またそれ」
紫耀「自然すぎんのよ、お前」
〇〇「意味わかんない」
紫耀は少し笑って、
ソファにもたれた。
紫耀「北斗が心配する理由、分かる気する」
〇〇「なんでそこで北斗」
紫耀「いや別に」
インターホンが鳴る。
紫耀「来た」
〇〇「はや」
〇〇はまだ動かない。
紫耀「取り行く気ゼロじゃん」
〇〇「お願いしまーす……」
紫耀「完全に人んち慣れてる」
紫耀が玄関から戻ってくる。
両手いっぱいの袋。
紫耀「重っ……」
〇〇「きたー!」
さっきまで瀕死だったのに、
ご飯にはちゃんと反応する。
紫耀「現金すぎ」
テーブルの上に料理を並べていく。
スンドゥブ。
チヂミ。
ヤンニョムチキン。
トッポギ。
完全に頼みすぎだった。
〇〇「最高……」
紫耀「絶対食いきれない」
〇〇「食べる」
その時。
紫耀がふと思い出したように冷蔵庫を開ける。
ガチャ。
次の瞬間。
〇〇「うわ」
中には大量の酒。
ビール。
ハイボール。
レモンサワー。
ワインまである。
〇〇「何この冷蔵庫」
紫耀「いただきもの多い」
〇〇「芸能人って感じ」
紫耀「お前も同じ側だろ」
紫耀は適当に缶を何本か持ってくる。
テーブルに並べる音。
〇〇「飲むの?」
紫耀「今日はいいでしょ」
〇〇「たしかに」
一本手に取る。
紫耀「でもお前疲れてるから飲みすぎんなよ」
〇〇「分かってるー」
絶対分かってない返事。
二人で缶を開ける。
カシュ。
〇〇「かんぱーい」
紫耀「おつかれ」
軽く缶を合わせる。
〇〇はスンドゥブを一口食べた瞬間。
〇〇「……うま」
紫耀「生き返った?」
〇〇「生き返った」
さっきまで死にかけてた顔が、
一気に戻る。
紫耀が笑う。
紫耀「ほんと分かりやすい」
〇〇「人間、温かいもの大事」
〇〇はそのままチキンにも手を伸ばす。
紫耀「食欲すご」
〇〇「今日ほんと何も食べれてない」
紫耀「朝から動いてたもんな」
少しずつ力が抜けていく空気。
テレビもつけず、
ゆるく話しながら食べる時間。
〇〇「……なんか久々だね、こういうの」
紫耀「たしかに」
〇〇「最近会っても仕事ばっかだったし」
紫耀「今日も仕事帰りだけどね」
〇〇「それはそう」
笑う。
紫耀は缶を開けながら、
ふと〇〇を見る。
メイクも少し落ちてきて、
完全にオフの顔。
さっきまで現場で空気を支配してた人と、
同一人物に見えない。
紫耀「その感じでanan出れば?」
〇〇「絶対嫌」
即答。
〇〇「オフの方が危ないってマネに言われる」
紫耀「それは分かる」
〇〇「なんで」
紫耀「無防備だから」
〇〇「またそれ」
紫耀は笑う。
でも本気で思っていた。
今の〇〇は、
気を抜きすぎるくらい自然で。
だからこそ、
たぶん一番目を引く。
紫耀「てかさ」
ソファに座りながら、缶を開ける音。
テーブルの上にはウーバーで頼んだご飯と、冷蔵庫から引っ張り出してきた酒が並んでいる。
警備も外についていて、部屋の中だけは少し静かだった。
〇〇「んー?」
〇〇はポテトをつまみながら適当に返事をする。
紫耀は缶を片手に、何気ない顔で聞いた。
紫耀「最近さ、廉どうなん」
〇〇「……急だね」
紫耀「いや、なんとなく」
〇〇「なんとなくで聞く話?」
紫耀「聞くだろ。あいつ分かりやすいし」
〇〇「何が」
紫耀「〇〇に対して」
〇〇は一瞬だけ止まる。
でもすぐに何でもない顔でジュースを飲んだ。
〇〇「普通だよ」
紫耀「普通ではない」
即答。
〇〇「なんで断言なの」
紫耀「昔から見てるから」
紫耀は少し笑う。
紫耀「廉、好きな相手だけめちゃくちゃ分かりやすい」
〇〇「へぇ」
〇〇は完全に他人事みたいな反応。
紫耀「……その顔見るとマジで気づいてないんだな」
〇〇「何を?」
紫耀「いやもういい」
紫耀は呆れたみたいに笑いながら酒を飲む。
〇〇はポテトを食べながら首をかしげた。
〇〇「でも最近よく連絡くる」
紫耀「ほら」
〇〇「映画終わったあとも“ちゃんと寝ろ”とか言ってくるし」
紫耀「彼氏?」
〇〇「違う違う」
〇〇は即否定。
紫耀「否定早」
〇〇「だって廉だよ?」
紫耀「だからだろ」
〇〇「優しいのは昔からじゃん」
紫耀「まぁそれはそう」
少し沈黙。
テレビの音だけが小さく流れる。
紫耀はふと〇〇を見る。
ラフな格好で、髪も少し崩れてて、完全にオフの顔。
でも今日の打ち合わせでは、“大人の色気”をテーマにした企画の話をしていた。
服が乱れるカット。
距離感の近い撮影。
視線だけで魅せる構成。
紫耀は思い出して、少しだけ笑う。
紫耀「今日の打ち合わせ、廉知ったら嫌がりそう」
〇〇「なんで?」
紫耀「えち系多かったから」
〇〇「言い方」
〇〇は笑う。
紫耀「いやでもマジで攻めてたじゃん」
〇〇「まぁananだし」
紫耀「しかも5年ぶりの二人表紙」
〇〇「大人になったねぇ」
紫耀「他人事かよ」
〇〇「だって実感ない」
紫耀は缶をテーブルに置きながら、じっと〇〇を見る。
紫耀「……でもさ」
〇〇「ん?」
紫耀「今日、あの衣装着た時」
〇〇「うん」
紫耀「普通にドキッとした」
〇〇「は?」
あまりにも真顔で言われて、〇〇が固まる。
紫耀は笑いながら肩をすくめた。
紫耀「いや、あれは仕方ないって」
〇〇「急になに」
紫耀「昔より大人になったなって話」
〇〇「おじさんみたい」
紫耀「お前ももう大人だろ」
〇〇「まだ若いし」
紫耀「その発言がもう若くない」
〇〇「失礼」
笑いながらクッションを投げる〇〇。
紫耀はそれを受け止めて笑う。
でもそのあと、少しだけ真面目な声になった。
紫耀「……北斗、心配してたじゃん」
〇〇「ん?」
紫耀「早く帰れって」
〇〇「あー」
スマホをちらっと見る。
“遅くなるなよ”
“送るなら言え”
北斗からの短いLINE。
〇〇は少し笑った。
〇〇「保護者みたいだった」
紫耀「保護者ではないだろ」
〇〇「でも昔からああいうとこある」
紫耀「……まぁ、あいつも分かりやすいしな」
〇〇「?」
紫耀「なんでもない」
紫耀は酒を飲みながら視線を逸らす。
〇〇だけが、何も気づいてない顔でまたポテトを食べ始めた。
気づけばテーブルの上には空いた缶が増えていた。
ウーバーで頼んだご飯もほとんどなくなっていて、追加で頼んだデザートの箱まで開いている。
テレビはもうほとんど見ていない。
BGMみたいについただけ。
〇〇「待って、それほんとにやばいって」
紫耀「いやガチだって!」
紫耀が腹を抱えて笑う。
〇〇もソファに倒れ込みながら笑っていた。
酒が入ってるせいで、二人とも普段よりテンションが高い。
〇〇「え、でもさぁ」
紫耀「んー?」
〇〇「紫耀って昔から変わんないよね」
紫耀「どこが」
〇〇「ノリ」
紫耀「褒めてる?」
〇〇「半分」
紫耀「半分かぁ」
二人でまた笑う。
時間なんてもう全然見てなかった。
時計はとっくに23時を過ぎている。
でも久々にこんなに力を抜いて笑ってる気がした。
紫耀「なんかさ」
〇〇「ん?」
紫耀「昔思い出す」
〇〇「……あー」
紫耀「まだこんな売れる前」
〇〇「みんな若かったね」
紫耀「お前ずっと忙しかったけどな」
〇〇「紫耀もじゃん」
紫耀「いやでもさ」
少しだけ声が落ち着く。
紫耀「昔のお前、今よりもっと無茶してた」
〇〇「あー……してたかも」
〇〇は缶を持ったまま笑う。
〇〇「寝ないで現場行ったり」
紫耀「熱あるの隠したり」
〇〇「それは怒られた」
紫耀「当たり前」
紫耀は呆れたみたいに笑う。
でもその目は少し優しかった。
紫耀「今のほうがちゃんと頼るようになったじゃん」
〇〇「そう?」
紫耀「うん」
〇〇「誰に」
紫耀「北斗とか廉とか」
〇〇「えー」
〇〇はソファに沈み込みながら首を振る。
〇〇「頼ってるつもりない」
紫耀「無意識なんだろうな」
〇〇「そんな変わった?」
紫耀「変わった」
即答。
紫耀「昔は全部一人で抱えてた」
少し静かになる。
〇〇は缶を見つめながら、小さく笑った。
〇〇「……まぁ、今は周りうるさいし」
紫耀「それ愛されてるって言うんだよ」
〇〇「重」
紫耀「ひど」
また笑いが戻る。
酒が回ってるせいで、会話のテンポもふわふわしていた。
〇〇はクッションを抱えながら天井を見る。
〇〇「今日楽しい」
紫耀「酔ってる?」
〇〇「ちょっと」
紫耀「珍しいな、お前こんな飲むの」
〇〇「久々だから」
紫耀「俺も」
紫耀はそう言って、〇〇の前に新しい缶を置く。
〇〇「まだ飲む?」
紫耀「明日昼からだし」
〇〇「じゃあ飲むか」
缶を軽く合わせる音。
静かな部屋。
外には警備もいる。
安心できる空間で、二人は時間を忘れるみたいに笑い続けた。
その頃。
北斗は家でスマホを見ていた。
既読はついてる。
でも返信はない。
北斗「……絶対飲んでんな」
小さく呟いて、ソファに深く座る。
そして数秒後。
スマホが震える。
“写真”
開くと、
酔った顔でピースしてる〇〇と、後ろで爆笑してる紫耀。
さらに一言。
『まだ生きてるー』
北斗「……ガキかよ」
呆れた声。
でもその写真を閉じる指は少しだけ安心していた。
〇〇「……あつい……」
ソファにだらんと倒れ込む〇〇。
頬が完全に赤い。
さっきまで普通に飲んでいたのに、急に酔いが回ってきたらしい。
紫耀「いや酔うの早」
〇〇「酔ってないし……」
完全に酔ってる声。
紫耀は思わず笑う。
テーブルには空き缶がかなり増えていた。
〇〇はクッションを抱えたまま、ふにゃっと紫耀を見る。
〇〇「紫耀ぉ」
紫耀「んー?」
〇〇「なんか部屋回る」
紫耀「それ酔ってるやつ」
〇〇「えぇー……」
〇〇は不満そうに眉を寄せる。
でも数秒後にはまた笑ってる。
酔うと感情が全部顔に出るタイプ。
紫耀「水飲め、水」
〇〇「やだ」
紫耀「なんで」
〇〇「お酒おいしい……」
紫耀「珍しいな」
〇〇は缶を抱えながらソファに沈む。
髪も少し乱れていて、目もとろんとしてる。
完全オフ。
そして完全酔っ払い。
〇〇「ねぇ紫耀」
紫耀「ん?」
〇〇「昔さぁ」
〇〇の話し方がかなりゆっくりになる。
紫耀「おー」
〇〇「紫耀ん家でみんなで鍋したの覚えてる?」
紫耀「あー、あったな」
〇〇「廉が肉全部取ったやつ」
紫耀「それ海人もいた時だ」
〇〇「そーだっけ……」
〇〇はへらっと笑う。
そのままクッションに顔を埋める。
紫耀「眠い?」
〇〇「ちょっと……」
紫耀「ほら見ろ」
〇〇「でも楽しい……」
紫耀はその声を聞きながら小さく笑う。
酔ってる〇〇はかなり珍しい。
しかも完全に気を抜いてる。
〇〇「ねぇ」
紫耀「んー?」
〇〇「北斗に怒られるかな」
紫耀「たぶん」
〇〇「やだぁ……」
全然嫌そうじゃない声。
紫耀「連絡返しとく?」
〇〇「あとでぇ……」
スマホはソファの端に放置されている。
画面には北斗からのLINE。
『何時帰宅予定?』
『生きてる?』
〇〇「ふふ……」
紫耀「なに笑ってんの」
〇〇「保護者……」
紫耀「だから違うって」
〇〇「絶対心配してる……」
紫耀「まぁしてるだろうな」
〇〇はぼーっとスマホを見る。
そして急に真顔。
〇〇「……あ」
紫耀「ん?」
〇〇「anan……」
紫耀「今思い出すな」
〇〇「筋トレしなきゃ……」
紫耀、吹き出す。
〇〇「やだぁ……露出多いぃ……」
紫耀「遅いって」
〇〇「もうやだ……」
〇〇はそのままソファに顔を埋めてジタバタする。
完全に酔っ払い。
紫耀「ほんと弱いな」
〇〇「紫耀が強いの!」
紫耀「まぁ否定はしない」
〇〇「ずるい……」
そのまま〇〇はソファにもたれたまま、うとうとし始める。
紫耀「寝るなー」
〇〇「んー……」
返事がもう眠い。
紫耀は少し笑いながら、テーブルの水を〇〇の前に置いた。
その頃北斗は、返ってこないLINEを見ながら静かにため息をついていた。
北斗「……絶対べろべろだろ」
ー
〇〇「紫耀ぉー、水ぅー」
紫耀「さっき置いたぁー……」
二人とも完全に酔っていた。
さっきまで“まだいける”とか言っていたのに、気づけば会話の速度が半分くらいになっている。
テーブルには大量の缶。
食べかけのポテト。
開けっぱなしのお菓子。
完全に酔っ払い空間だった。
〇〇はソファに横向きで沈み込み、紫耀は床にもたれて座っている。
紫耀「なんかさぁ……」
〇〇「んー?」
紫耀「部屋あつくない?」
〇〇「わかるぅ……」
でも誰もエアコンのリモコンを取りに行かない。
紫耀「取ってぇ……」
〇〇「やだぁ……遠い……」
二人とも動く気ゼロ。
そのまま数秒沈黙。
〇〇「……ねぇ紫耀」
紫耀「んー……」
〇〇「ananやばいよぉ……」
紫耀、急に笑い出す。
紫耀「またそれぇ?」
〇〇「だってぇ……服乱れるやつある……」
紫耀「俺もあるぅ……」
〇〇「え、やば」
紫耀「しかも距離近いやつ……」
〇〇「やばぁ……」
二人で顔を見合わせて笑う。
酔ってるせいでずっと同じ話をしている。
紫耀「廉キレそう」
〇〇「北斗もぉ……」
紫耀「北斗絶対見るじゃん」
〇〇「やだぁ……」
〇〇はクッション抱えながらじたばたする。
紫耀も笑いながら床に転がる。
完全にべろべろだった。
紫耀「てかさぁ」
〇〇「んー?」
紫耀「お前、今日ずっとかわいい」
〇〇「……は?」
一瞬だけ〇〇が止まる。
でも紫耀も酔ってるから、すぐ続ける。
紫耀「なんか今日ふわふわしてる」
〇〇「紫耀も変だよぉ……」
紫耀「俺は元から」
〇〇「それはそう」
紫耀「認めんなぁ」
また笑う。
二人とも笑いのツボが浅くなっていた。
〇〇はスマホを持ち上げる。
画面ぼやぼや。
〇〇「……北斗いる」
紫耀「LINE?」
〇〇「“生きてる?”ってきてる」
紫耀「ははっ……保護者じゃん……」
〇〇「返信するぅ……」
でも指がうまく動かない。
誤字だらけ。
『いきてう』
紫耀「終わってるってそれ……!」
〇〇「えぇぇぇ」
笑いながらまた打ち直す。
でもまた失敗。
『だいじょふ』
紫耀、声出して笑う。
紫耀「北斗心配するってぇ……!」
〇〇「むりぃ……文字うてない……」
そのまま〇〇はスマホを顔に落とす。
紫耀「危なっ」
〇〇「いたぁい……」
二人でまた爆笑。
夜はどんどん更けていく。
でも久々にこんな何も考えず笑って、飲んで、ぐだぐだしてる時間が楽しくて、
二人とも帰る時間を完全に忘れていた。
〇〇「紫耀ぉー」
紫耀「んー……」
〇〇は完全に酔っていた。
頬真っ赤。
目もとろんとしてる。
しかも酔うとかなり甘えたになるタイプ。
〇〇「ねぇぇ」
紫耀「なにぃ……」
〇〇はソファからずるずる近づいてくる。
紫耀「近い近い」
〇〇「えへへ」
全然引かない。
むしろ肩に寄りかかる。
紫耀「重力に負けてる?」
〇〇「負けてるぅ……」
〇〇はそのまま紫耀の腕にぺたっとくっつく。
完全に構ってモードだった。
〇〇「ねぇ話してぇ」
紫耀「ずっとしてるぅ……」
〇〇「もっとぉ……」
紫耀「めんどくさ酔っ払い」
〇〇「ひどぉい……」
でも全然傷ついてない。
むしろ笑ってる。
紫耀もかなり酔ってるから、ツッコミもふわふわしていた。
〇〇「紫耀ぉ」
紫耀「んー」
〇〇「好きぃ」
紫耀「軽っ」
〇〇「友達としてぉ」
紫耀「補足いらん」
〇〇はケラケラ笑う。
そして急に紫耀のほっぺをむにっと掴む。
紫耀「いたぁい」
〇〇「ほっぺあるぅ」
紫耀「当たり前ぇ」
〇〇「かわいい」
紫耀「お前今それ言える顔してない」
〇〇「えへへ」
そのまま〇〇は酔った勢いで紫耀のほっぺにちゅっと軽くキスする。
紫耀「……は?」
〇〇「んふふ」
紫耀、一瞬固まる。
紫耀「お前ぇ……」
〇〇「すきぃー」
紫耀「酔っ払いすぎだろ……!」
〇〇は全然気にしてない。
むしろまた肩にくっついてくる。
〇〇「紫耀いい匂いするぅ」
紫耀「やめろぉ……」
紫耀も顔赤い。
酒のせいだけじゃない。
〇〇はさらに距離を詰める。
〇〇「ねぇぇ」
紫耀「なにぃ……」
〇〇「構ってぇ……」
紫耀「今めちゃくちゃ構ってる……」
〇〇「もっとぉ……」
完全に酔った大型犬みたいになっていた。
紫耀は笑いながら頭を押さえる。
紫耀「北斗に見せられんこれ……」
〇〇「んー?」
紫耀「いやなんでもない……」
すると〇〇はまた不意に紫耀の肩にちゅっとする。
紫耀「おい!」
〇〇「えへへへ」
紫耀「キス魔になってるってぇ……!」
〇〇「紫耀ぉー」
紫耀「だめだこれぇ……」
紫耀も酔ってるせいでまともに止められない。
二人ともふわふわ笑っていて、
部屋の空気は完全に酔っ払いの夜になっていた。
部屋の温度と酒のせいで、〇〇は完全にふにゃふにゃになっていた。
〇〇「暑いぃ……」
ソファに沈み込みながら、ぱたぱたと自分を扇ぐ。
カーディガンはとっくに脱ぎ捨てられていて、シャツのボタンも上の方がゆるく開いてる。
紫耀「お前ほんと暑そうだな」
〇〇「むりぃ……」
〇〇はそのままソファにごろんと横になる。
髪もぐしゃぐしゃ。
目も眠そう。
完全に無防備だった。
紫耀「風邪ひくぞー」
〇〇「ひかないぃ……」
返事もゆるい。
しかも酔ってるせいで距離感がゼロ。
〇〇「紫耀も暑くない?」
紫耀「まぁちょっと」
〇〇「ほらぁ」
〇〇は笑いながらまた近づく。
紫耀「近いってぇ……」
〇〇「だって涼しい……」
紫耀「俺で涼むな」
でも〇〇は気にせず肩にもたれる。
シャツの裾も少し乱れていて、完全にオフ。
紫耀は一瞬視線を逸らして、天井を見る。
紫耀「……これ北斗に怒られるやつだ」
〇〇「なんでぇ……」
〇〇はきょとん。
全く自覚なし。
紫耀「お前その格好無防備すぎ」
〇〇「んー?」
〇〇は自分の服を見る。
でも酔ってるから全然理解してない。
〇〇「暑いからぁ……」
紫耀「いやそうだけど」
〇〇「紫耀も脱げば?」
紫耀「脱がん」
〇〇「えー」
〇〇は不満そうに唇を尖らせる。
そしてまたソファに沈み込む。
〇〇「ねむい……」
紫耀「寝る?」
〇〇「まだやだぁ……」
でももう目が半分閉じてる。
紫耀はその様子を見ながら笑う。
酔って甘えたになるのは知ってたけど、
ここまで無防備なのはかなり珍しかった。
〇〇「紫耀ぉ」
紫耀「んー?」
〇〇「水ぅ……」
紫耀「はいはい」
紫耀がペットボトルを渡す。
でも〇〇はうまく開けられない。
〇〇「むりぃ……」
紫耀「貸せって」
キャップを開けて渡すと、〇〇は満足そうに笑った。
〇〇「やさしぃ……」
紫耀「今さら?」
〇〇「好きぃ」
紫耀「それ酔うとすぐ言うな」
〇〇「へへ」
〇〇は水を少し飲んで、そのまままた紫耀の肩に寄りかかる。
完全に安心しきってる顔。
外では警備が動いていて、
部屋の中だけが、ゆるく時間の流れから切り離されたみたいだった。
〇〇「……ねぇ紫耀ぉ」
紫耀「んー……?」
〇〇はソファに沈み込んだまま、眠そうな目で紫耀を見る。
頬は赤いまま。
声も完全にとろとろだった。
〇〇「一緒に寝よぉ……」
紫耀「……は?」
数秒止まる。
でも紫耀もかなり酔ってる。
判断力はだいぶふわふわだった。
〇〇「眠いぃ……」
紫耀「いや、お前……」
〇〇はそのまま紫耀の袖を軽く引っ張る。
完全に無意識。
悪気ゼロ。
甘えたいだけ。
でも酔ってる今の状況だと破壊力が高すぎた。
紫耀「……それ、誘ってる?」
〇〇「んー?」
〇〇は意味が分かってない顔。
紫耀は片手で顔を覆う。
紫耀「やば……」
酒のせいで理性もだいぶ緩んでいる。
しかも距離が近い。
〇〇は暑そうにしながら、また紫耀にもたれた。
〇〇「だってひとりやだぁ……」
紫耀「……お前ほんと危機感ない」
〇〇「紫耀だから平気ぃ」
その言葉に、紫耀が静かに固まる。
酔ってる〇〇はたぶん深い意味なんて一個もない。
でも言われた側は違う。
紫耀「それズルいって……」
〇〇「んー?」
紫耀はため息みたいに笑う。
そしてソファに頭を預けた。
紫耀「……北斗に殺される」
〇〇「なんで北斗ぉ?」
紫耀「いやなんでもない……」
〇〇はもう半分寝てる。
紫耀の肩に頭を乗せたまま、目を閉じかけていた。
紫耀「ベッド行く?」
〇〇「うん……」
紫耀「歩ける?」
〇〇「むりぃ……」
紫耀「終わってるなぁ……」
笑いながら立ち上がる紫耀。
でも自分もかなり酔っていて、少しふらつく。
〇〇「紫耀も酔ってるぅ」
紫耀「うるさぁい……」
二人でふらふらしながら部屋を歩く。
酔っ払い同士。
笑いながら、
まともな判断なんてほとんど残っていなかった。
〇〇「あっ——」
足がもつれる。
酔いで完全にバランスを崩した〇〇の体が前に倒れる。
紫耀「危なっ!」
とっさに腕を掴む。
でも紫耀自身もかなり酔っていて、踏ん張りがきかない。
二人まとめてベッドに倒れ込んだ。
〇〇「いたた……」
紫耀「っはは、終わってるって俺ら……」
二人ともベッドの上でそのまま笑ってしまう。
〇〇は完全に眠そうな顔。
紫耀も息を吐きながら天井を見る。
紫耀「ちゃんと立てないじゃん」
〇〇「紫耀もぉ……」
〇〇は笑いながら布団に顔を埋める。
紫耀「ほら、もう寝ろ」
〇〇「んー……」
返事はほぼ寝てる声。
紫耀は小さく笑って、近くに落ちていたブランケットを〇〇にかけた。
外は静かな夜。
部屋の中だけが、酒の抜けきらないゆるい空気に包まれていた。
紫耀「……やば」
ベッドの端に座りながらスマホを見る。
時刻は0時を過ぎていた。
隣では〇〇が完全に寝かけている。
ブランケットにくるまって、もう目も開いてない。
紫耀「これ帰せる状態じゃねぇ……」
自分もかなり酔ってる。
でもさすがにこのままはまずい気がした。
紫耀は数秒迷ってから、スマホを操作する。
通話相手。
“北斗”
数コール。
低い声が出る。
北斗『……もしもし』
紫耀「北斗ぉ……」
北斗『……酔ってる?』
紫耀「ちょっとぉ……」
北斗『ちょっとじゃないだろその声』
紫耀は笑ってしまう。
その後ろで、
〇〇「みずぅ……」
北斗、沈黙。
北斗『……〇〇いる?』
紫耀「いるぅ……」
北斗『……どのレベル?』
紫耀「べろべろぉ……」
北斗「はぁ……」
電話越しに深いため息。
紫耀はベッドにもたれながら笑う。
紫耀「ごめんってぇ……」
北斗『お前も酔ってんじゃん』
紫耀「うん……」
北斗『は?』
紫耀「飲みすぎたぁ……」
北斗は再び無言。
数秒後。
北斗『住所そのまま?』
紫耀「うん……」
北斗『行く』
紫耀「たすかるぅ……」
電話が切れる。
紫耀はスマホを胸に落として天井を見る。
紫耀「北斗優し……」
〇〇「……ほくとぉ?」
紫耀「迎え来るってぇ」
〇〇「んぇ……」
〇〇は半分寝ながら小さく笑う。
〇〇「怒られるぅ……」
紫耀「絶対怒られるぅ……」
二人でふにゃふにゃ笑う。
ーーーーーーーーー
北斗side
その頃。
北斗は深夜のタクシーに乗っていた。
スマホには紫耀との短い通話履歴。
そして送られてきた写真。
ソファでへにゃへにゃ笑ってる〇〇。
北斗「……だから早く帰れって言ったのに」
呆れた声。
でもその顔には、本気の怒りより心配の方が強く出ていた。
タクシーの窓の外を見ながら、小さく息を吐く。
北斗「……ほんと手かかる」
タクシーの窓に映る夜景が流れていく。
北斗は後部座席でスマホを見下ろしていた。
画面には紫耀との通話履歴。
その下には〇〇からのLINE。
『いきてう』
『だいじょふ』
北斗「……全然大丈夫じゃねぇだろ」
小さく呟く。
でも思わず笑ってしまう。
完全に酔ってる時の文章だった。
北斗はシートに深くもたれる。
深夜の車内は静かで、
さっきまで家にいた時より、変にいろんなことを考えてしまう。
anan。
今日の打ち合わせ。
“露出多め”
“距離感近め”
紫耀との5年ぶりの表紙。
北斗「……最悪」
誰にも聞こえない声。
朝、筋肉の話で騒いでいた〇〇を思い出す。
“ちゃんと男だった”
“肩とか”
“腹筋とか”
北斗「……だから朝から何言ってんだよ」
耳まで熱くなる。
しかも今は紫耀の家。
酔ってる。
しかも二人とも。
北斗は片手で顔を覆った。
北斗「……無防備なんだよあいつ」
昔からそうだ。
信頼してる相手には、びっくりするくらい警戒心がない。
今日だってたぶん悪気ゼロ。
紫耀だから安心してるだけ。
それは分かってる。
分かってるけど。
北斗「……しんど」
タクシーが赤信号で止まる。
スマホがまた震えた。
紫耀から。
『はやくきてぇ』
その後にもう一枚。
ブランケットにくるまって、半分寝てる〇〇。
髪ぼさぼさ。
たぶん笑ってたあと。
北斗は数秒その写真を見つめる。
そして静かにスマホを閉じた。
北斗「……かわいすぎんだろ」
完全に独り言。
運転手には聞こえてないはず。
たぶん。
北斗は窓の外を見る。
心配。
呆れ。
安心。
いろんな感情がぐちゃぐちゃだった。
でも結局、一番強いのは。
“早く顔見て安心したい”
それだけだった。
タクシーが静かに止まる。
北斗は料金を払って外に出た。
夜風が少し冷たい。
マンションを見上げながら、小さく息を吐く。
北斗「……はぁ」
数分後。
エントランスに現れたのは、キャップを深く被った紫耀だった。
でも足元が若干ふらついてる。
北斗「お前もべろべろじゃねぇか」
紫耀「いやぁ……飲みすぎたぁ……」
北斗「見れば分かる」
紫耀はへらっと笑う。
でもそのあと少し真面目な顔。
紫耀「ごめん、止められんかった」
北斗「……別にいいよ」
北斗は短く返す。
怒ってるというより、完全に呆れてる声。
二人でエレベーターに乗る。
静かな空間。
紫耀「〇〇、途中からキス魔だった」
北斗「……は?」
紫耀「あと構ってちゃん」
北斗「……は??」
紫耀「“紫耀ぉー”ってずっとくっついてた」
北斗、無言。
エレベーターの空気が一瞬止まる。
紫耀「北斗こわ」
北斗「お前それ先に言えよ」
紫耀「いやでも悪気ゼロ」
北斗「それが一番厄介なんだよ」
紫耀、爆笑。
そして部屋の前。
ドアを開けると、
ベッドの上でブランケットにくるまった〇〇がいた。
完全に眠そう。
でも物音で少し目を開ける。
〇〇「……ほくと?」
北斗「……お迎え来ましたよ」
〇〇「んへへ……」
完全に酔っ払いの笑い方。
北斗はベッドの近くまで行って、軽く額に触れる。
熱はない。
ちゃんと生きてる。
その瞬間、やっと少し安心した顔になる。
北斗「水飲んだ?」
〇〇「ちょっとぉ……」
北斗「ちょっとじゃダメ」
〇〇「うるさぁい……」
でも全然嫌そうじゃない。
むしろ安心した顔で北斗の袖を掴む。
紫耀「ほらもう保護者」
北斗「違ぇよ」
即答。
でも〇〇は眠そうに笑いながら、
〇〇「北斗きたぁ……」
とろんとした声でそう言う。
北斗は一瞬だけ黙る。
その顔を見て、紫耀がニヤッとする。
紫耀「顔ゆる」
北斗「うるさい」
でも否定しきれてなかった。
〇〇「……ほくとぉ……」
北斗「はぁ……」
名前を呼ばれた瞬間、北斗は深いため息をつく。
顔は真っ赤。
服は暑かったのか少し乱れてる。
髪もぼさぼさ。
完全に“酔っ払いの〇〇”だった。
紫耀「最初普通だったんだけどさ……途中から急に構ってモード入って」
北斗「見れば分かる」
〇〇「んへへ……北斗きた……」
ふにゃっと笑って、〇〇が両手を伸ばす。
北斗「はいはい」
紫耀「しかも全然立てなくて」
北斗「……お前、どんだけ飲ませたの」
紫耀「いや俺も結構飲んでる」
確かに紫耀も顔赤い。
若干ふらついてる。
でも〇〇ほどじゃない。
〇〇「しょおもいるー」
紫耀「いるよー」
〇〇「たのしかったぁ……」
そのまま床に転がりそうになる〇〇を、北斗が反射的に支える。
北斗「危なっ……」
細い体がそのまま北斗にもたれかかる。
熱い。
酒の匂いと柔らかいシャンプーの匂いが混ざる。
〇〇「んー……」
北斗「立てる?」
〇〇「むりぃ……」
即答。
紫耀が苦笑いする。
紫耀「さっきからずっとそれ」
北斗「……だろうな」
〇〇は北斗の服をぎゅっと掴む。
〇〇「帰るのやだぁ……」
北斗「帰る」
〇〇「やだ」
北斗「帰る」
〇〇「やだもん……」
完全に幼児。
北斗は額を押さえる。
でも数秒後、観念したみたいにしゃがみ込んだ。
北斗「〇〇」
〇〇「んー?」
北斗「掴まれ」
〇〇は意味を理解してないまま、素直に首に腕を回す。
次の瞬間。
北斗がそのまま〇〇を抱き上げた。
紫耀「うわ、軽」
〇〇「……わぁ」
ふわっと浮く感覚に、〇〇がゆっくり目を開ける。
北斗の首に抱きついたまま、ぽけーっと顔を見る。
〇〇「ほくとだ……」
北斗「そうだよ」
〇〇「……いいにおい」
北斗「酔ってるから黙れ」
〇〇「んふふ……」
でも〇〇は嬉しそう。
北斗の肩に顔を埋める。
その無防備さに、北斗の眉がぴくっと動く。
紫耀「……北斗すごいな」
北斗「何が」
紫耀「それ耐えられるの」
北斗「耐えてない」
即答。
紫耀が吹き出す。
北斗は〇〇を抱え直しながら靴を履く。
〇〇「ほくとぉ……」
北斗「ん」
〇〇「すきー」
紫耀「……おぉ」
北斗「……はいはい」
顔は冷静。
でも耳だけ赤い。
〇〇は完全に眠くなってきたのか、北斗にくっついたまま目を閉じる。
北斗はその顔を見下ろして、小さく息を吐いた。
北斗「……ほんと勘弁して」
紫耀「ごめんって」
北斗「お前も飲みすぎ」
紫耀「いやでも楽しかった」
北斗「それは見れば分かる」
部屋を出る直前。
紫耀が少し真面目な顔になる。
紫耀「ちゃんと送ってくれてありがと」
北斗「……別に」
紫耀「あと、警備の人下いるから」
北斗「了解」
北斗は頷いて、そのまま〇〇を抱いたままエレベーターへ向かう。
腕の中の〇〇はもう半分寝てる。
でも時々思い出したみたいに北斗の服をぎゅっと掴む。
〇〇「……ほくと」
北斗「ん?」
〇〇「むかえきてくれた……」
北斗「来るだろ普通」
〇〇「やさし……」
北斗「今さら?」
〇〇「……んへへ」
タクシーに乗り込んでも、〇〇は離れない。
むしろ完全にくっついてる。
運転手が一瞬バックミラーを見る。
北斗「……すみません」
〇〇「ほくとあったかい……」
北斗「静かにしろ」
でも振り払わない。
むしろ落ちないように片手でしっかり支えてる。
窓の外の光が流れていく。
その中で北斗だけが静かに思っていた。
(……こんなの、好きになるなって方が無理だろ)
タクシーがゆっくり走り出して数分。
〇〇は完全に北斗にもたれたまま、とろんとした目で顔を見上げていた。
北斗「……寝ろ」
〇〇「やだ」
北斗「なんで」
〇〇「北斗いるから」
北斗「意味分かんねぇ」
でも〇〇は楽しそうに笑うだけ。
酒で完全に理性が飛んでる顔。
そしてふと、北斗の頬をぺたっと触る。
北斗「冷たい」
〇〇「北斗あったかい……」
北斗「お前が熱いんだよ」
〇〇はそのままじーっと北斗を見る。
距離が近い。
近すぎる。
北斗「……〇〇」
〇〇「んー?」
北斗「顔近い」
〇〇「そう?」
全然分かってない。
むしろさらに近づく。
北斗は今、〇〇が落ちないように片腕でしっかり支えている状態。
逃げ場がない。
北斗「おい」
〇〇「北斗ってさぁ……」
北斗「ん」
〇〇「いい顔してるよね」
北斗「酔っ払いの感想信用ならん」
〇〇「かっこいい」
北斗「……」
不意打ち。
しかも本人は無自覚。
北斗が言葉を失った瞬間。
〇〇がふにゃっと笑って、そのまま。
ちゅ。
軽い音。
北斗の頬にキスした。
北斗「…………は?」
思考停止。
〇〇は満足そう。
北斗「お前今なにした?」
〇〇「んー?」
北斗「誤魔化すな」
〇〇「えへへ」
完全に酔っ払いの笑い方。
北斗の心臓だけがうるさい。
運転手がまたバックミラーを見て、気まずそうに視線を逸らす。
北斗「……終わった」
〇〇「ほくとー」
北斗「喋るな今」
〇〇「すきー」
北斗「だから黙れって……」
でも〇〇は止まらない。
今度は北斗の肩に顔を埋めたあと、また顔を上げる。
嫌な予感。
北斗「待て」
〇〇「ん」
北斗「それ以上近づくな」
〇〇「なんでぇ?」
北斗「危ないから」
〇〇「なにが?」
北斗「俺が」
〇〇「?」
意味が分かってない〇〇は、そのまままた近づいてくる。
北斗は避けようにも避けられない。
支えてる腕を離したら〇〇が倒れる。
次の瞬間。
今度は口元近くに、柔らかい感触。
北斗「っ……!」
完全に固まる。
〇〇「んふふ……」
北斗「お前……」
〇〇「北斗いいにおいする」
北斗は数秒、完全に黙る。
理性総動員。
深呼吸。
でも腕の中の〇〇は無防備すぎる。
熱くて、近くて、柔らかくて。
しかも本人は何も分かってない。
北斗「……マジで勘弁して」
〇〇「?」
北斗「その状態でキス魔になるな」
〇〇「きすま?」
北斗「自覚ないの最悪……」
〇〇は首をかしげたあと、また北斗にくっつく。
そして小さく呟く。
〇〇「ほくと、すきー……」
北斗は目を閉じる。
逃げられない。
離せない。
好きな相手が、自分だけに無防備に甘えてくる。
そんな地獄みたいな幸せを、
北斗はただ耐えるしかなかった。
タクシーの中。
〇〇は完全に北斗に寄りかかったまま、眠そうに目を細めていた。
北斗「……ほんと静かにして」
〇〇「やだ」
北斗「即答すんな」
〇〇はふにゃっと笑う。
そのまままた北斗の頬に軽く触れる。
〇〇「北斗あったかい」
北斗「お前が酔いすぎ」
〇〇「んー……」
ぼーっと北斗を見つめたあと、不意にまた近づく。
ちゅ。
北斗「……おい」
軽く触れるだけのキス。
でも〇〇は満足そう。
北斗「やめろって」
〇〇「なんでぇ」
北斗「なんでも」
〇〇「けち」
北斗「誰のせいだよ……」
そう言ってる間にも、〇〇はまた北斗の肩に顔を埋める。
数秒静かになったと思ったら、
また顔を上げる。
北斗「嫌な予感しかしない」
〇〇「ほくとー」
ちゅ。
今度は反対側の頬。
北斗「……お前なぁ」
〇〇「んふふ」
完全に楽しんでる。
でも本人は酔ってるせいで深く考えてない。
北斗だけがダメージを受けてる。
北斗「これ明日覚えてたら終わりなんだけど」
〇〇「覚えてるよぉ」
北斗「それはそれで困る」
〇〇「なんで?」
北斗「……聞くな」
〇〇は納得してない顔のまま、また北斗にくっつく。
タクシーが赤信号で止まる。
静かな車内。
その中で〇〇が小さく呟く。
〇〇「北斗すきー……」
北斗「はいはい」
〇〇「すき」
ちゅ。
また軽いキス。
北斗はついに片手で顔を覆った。
北斗「……もう無理」
〇〇「?」
北斗「俺の理性が」
北斗はしばらく黙ったまま、窓の外を見ていた。
でも隣では〇〇がまだ楽しそうに笑っている。
完全に酔っ払い。
しかも距離感が壊れてる。
〇〇「ほくとー」
北斗「……何」
〇〇「こっちみて」
北斗「見てるだろ」
〇〇「ちゃんと」
北斗はゆっくり視線を戻す。
すると〇〇は嬉しそうに笑った。
その顔に、北斗の理性がまた削られる。
〇〇「えへへ」
北斗「……ほんとお前」
〇〇「ん?」
北斗は数秒だけ迷ったあと、小さく息を吐く。
そして。
〇〇のほっぺに、軽くキスを落とした。
ちゅ。
〇〇「……!」
さすがに少しだけ目を丸くする。
北斗はそのまま低い声で言った。
北斗「これで終わり」
〇〇「え」
北斗「もうキス禁止」
〇〇「なんでぇ」
北斗「俺が無理だから」
〇〇「むり?」
北斗「……これ以上やると色々危ない」
〇〇は意味が分からない顔。
でも北斗は真顔だった。
耳だけ赤い。
〇〇「ほくと照れてる?」
北斗「照れてない」
〇〇「うそ」
北斗「うるさい」
〇〇はじーっと北斗を見る。
そのあと、嬉しそうに笑った。
〇〇「ほっぺちゅーされた」
北斗「忘れろ」
〇〇「やだ」
北斗「頼むから」
〇〇「えへへ」
全然聞いてない。
北斗は頭を抱えそうになる。
でも次の瞬間、〇〇が眠そうに北斗の肩に頭を預けてきた。
〇〇「……ねむい」
北斗「やっとか」
〇〇「ほくと」
北斗「ん」
〇〇「すきー……」
北斗は少しだけ目を閉じる。
心臓はまだうるさいまま。
でも〇〇はもう半分寝ていた。
北斗はその頭が揺れないようにそっと支えながら、小さく呟く。
北斗「……だからそういうの、酔ってる時に言うなって」
〇〇は北斗の肩に頭を預けたまま、ゆっくり目を閉じていく。
さっきまであんなに騒いでいたのに、急に静かになる。
北斗「……寝た?」
返事はない。
代わりに、小さな寝息だけが聞こえる。
〇〇の手はまだ北斗の服を軽く掴んだまま。
離れる気ゼロ。
北斗はその手を見て、苦く笑う。
北斗「ほんと自由……」
タクシーの揺れに合わせて、〇〇の頭が少し傾く。
北斗は反射的に肩を寄せて支える。
起こさないように。
苦しくないように。
自然すぎる動きだった。
運転手がまたミラー越しにちらっと見る。
北斗は少し気まずそうに会釈する。
でも腕の中の〇〇は全く気づいてない。
安心しきった顔で眠ってる。
北斗はその寝顔を見下ろす。
無防備。
近い。
柔らかい。
しかもさっきのこと全部やっておいて本人は明日たぶん半分忘れてる。
北斗「……最悪」
小さく呟く。
でも声はどこか優しかった。
〇〇「……ん」
寝ぼけたまま少しだけ北斗に擦り寄る。
北斗の呼吸が止まりかける。
北斗「だからやめろって……」
そう言いながらも離さない。
むしろ落ちないようにしっかり抱き寄せる。
タクシーの窓に流れる夜景。
静かな車内。
その中で北斗だけがずっと眠れないくらい心臓をうるさくさせていた。
タクシーがゆっくりマンション前に止まる。
北斗「……〇〇、着いた」
〇〇「んぅ……」
ほぼ起きてない。
目も開いてない。
北斗は小さくため息をついて料金を払う。
その間も〇〇は北斗の服を掴んだまま。
運転手が少し笑いを堪える顔をしていた。
北斗「……すみません」
なんとなく謝ってしまう。
外に出ると夜風が少し冷たい。
でも〇〇はまだ熱を持ったまま、北斗にもたれかかっていた。
北斗「立てる?」
〇〇「むり……」
予想通り。
北斗「だろうな」
そのまままた抱き上げる。
〇〇「わぁ……」
北斗の首に腕を回して、安心したみたいに力を抜く。
警備スタッフが軽く会釈する。
でも北斗はもう気にしてる余裕がない。
エレベーターの中。
静かな空間。
〇〇は北斗の肩に顔を埋めたまま小さく呟く。
〇〇「……ほくと」
北斗「ん」
〇〇「おむかえありがと……」
北斗「はいはい」
〇〇「やさしい……」
北斗「今さら気づいた?」
〇〇「んへへ……」
また笑う。
その笑い方だけで、北斗の力が抜けそうになる。
部屋に着いて鍵を開ける。
やっと家。
北斗は慎重に〇〇をソファに下ろそうとする。
でも。
〇〇「やだ」
北斗「は?」
〇〇「はなれない……」
首に回した腕を離さない。
北斗「……〇〇」
〇〇「このまま……」
完全に眠い声。
北斗は数秒固まったあと、観念したみたいに息を吐く。
北斗「……分かったから、とりあえずベッド行くぞ」
〇〇「んー……」
返事になってない。
でも北斗にくっついたまま、安心しきった顔をしている。
北斗はその顔を見て、小さく目を閉じた。
(こんなん、甘やかすなって方が無理だろ……)
北斗「……とりあえず着替えろ」
〇〇「んー……」
ベッドに座った〇〇は、完全に酔っ払い。
パーカーの裾を掴んだまま動きが止まってる。
北斗「できる?」
〇〇「でき……る……たぶん……」
全然信用できない返事。
案の定、次の瞬間。
〇〇「……あれ」
腕が引っかかって、そのままふらつく。
北斗「危なっ」
倒れそうになる体を反射的に支える。
でも距離が近すぎて、北斗が一瞬固まる。
服も少し乱れてる。
無防備。
北斗はすぐ視線を逸らした。
北斗「……だからちゃんと座れって」
〇〇「むずかしい……」
〇〇はへにゃっと笑う。
そのまままたパーカーを脱ごうとするけど、今度は髪が引っかかる。
〇〇「いたぁ……」
北斗「動くな」
北斗はなるべく見ないようにしながら、そっと髪だけどける。
でも近い。
シャンプーの匂いがする。
北斗「……はぁ」
〇〇「ため息ついた」
北斗「つく」
〇〇「なんでぇ」
北斗「お前が無防備だから」
〇〇「むぼうび?」
意味が分かってない顔。
それが余計に危ない。
〇〇はそのまま服を脱ごうとして、バランスを崩す。
北斗「だから危な……っ」
また支える。
でもその瞬間、肩が少し見えて、北斗は秒速で顔を逸らした。
北斗「……無理」
〇〇「?」
北斗「自分で着替えろ」
〇〇「できないぃ……」
半泣きみたいな声。
北斗は頭を抱える。
北斗「……俺にどうしろって」
〇〇「ほくとぉ……」
助けを求めるみたいに袖を引っ張る。
北斗は数秒黙ったあと、観念したように息を吐いた。
北斗「……見る気ないからな」
〇〇「んー」
北斗は本当に視線を逸らしたまま、最低限だけ手伝う。
袖を通す時も、必要以上に見ない。
むしろ壁を見る勢い。
〇〇「北斗かおあかい」
北斗「うるさい」
〇〇「照れてる?」
北斗「照れてない」
〇〇「うそだぁ」
北斗「……酔っ払い黙れ」
やっと着替え終わった頃には、北斗の精神がかなり削られていた。
〇〇は何も気にせず、そのままベッドへぽすんと倒れる。
〇〇「ねむ……」
北斗「だろうな」
布団をかけると、〇〇は安心したみたいに目を閉じる。
でも最後にまた北斗の服を掴んだ。
〇〇「いかないで……」
北斗「……行かない」
その一言で、〇〇はすぐ寝息を立て始める。
北斗はベッド横に座ったまま、しばらく動けなかった。
頭の中ではずっと同じことだけ回っている。
(ほんとに心臓がもたない……)
北斗「……まだあった」
ベッドに倒れた〇〇を見て、北斗が小さく呟く。
メイク。
このまま寝たら絶対だめなやつ。
北斗「〇〇」
〇〇「んー……」
もう半分夢の中。
北斗「メイク落とすぞ」
〇〇「やだぁ……」
北斗「やれ」
〇〇「ねむい……」
北斗「知ってる」
北斗は洗面所からメイクシートを持って戻ってくる。
〇〇は布団に顔半分埋めたまま、じーっと北斗を見る。
〇〇「なにそれ……」
北斗「メイク落とし」
〇〇「えー……」
完全に嫌がる子ども。
北斗「肌荒れるぞ」
〇〇「うぅ……」
でも抵抗する元気もない。
北斗はベッドの端に座る。
〇〇「自分でやる……」
北斗「できる?」
〇〇「……たぶん」
その“たぶん”が信用できない。
案の定、シートを持ったまま動きが止まる。
北斗「貸せ」
〇〇「ん……」
北斗はため息をつきながら、そっと〇〇の前髪を避ける。
距離が近い。
でも今の〇〇は完全に眠そうで、されるがまま。
北斗「目閉じろ」
〇〇「んー」
北斗はなるべく雑にならないように、ゆっくりメイクを落としていく。
ファンデ。
ラメ。
目元。
〇〇「つめたい……」
北斗「すぐ終わる」
〇〇は途中からほぼ寝てる。
でも時々、北斗の手に頬を擦り寄せる。
無意識。
北斗「……やめろって」
〇〇「ん……?」
意味は伝わってない。
北斗は小さく息を吐いて、最後に口元を軽く拭く。
シートを捨ててからもう一度顔を見る。
ちゃんとすっぴん。
無防備。
幼く見える。
北斗「……落ちた」
〇〇「ありがとぉ……」
目も開けないまま、小さく笑う。
北斗「どういたしまして」
布団をかけ直すと、〇〇はそのまま北斗の手を掴んだ。
〇〇「ほくと」
北斗「ん」
〇〇「やさしいね……」
北斗は数秒黙る。
そして小さく笑った。
北斗「今さらそれ言う?」
〇〇「……すき」
寝ぼけながらの小さな声。
北斗は一瞬だけ固まる。
でも〇〇はもう完全に寝落ちしていた。
北斗は掴まれた手を見下ろしながら、静かに額を押さえる。
北斗「……ほんとずるい」
朝。
カーテンの隙間から光が差し込む。
静かな部屋の中で、一番最初に動いたのは北斗だった。
北斗「……っ」
目を開けた瞬間、数秒固まる。
近い。
いや、近すぎる。
〇〇がすぐ横で寝てる。
しかも完全にくっついてる。
腕に抱きついたまま、すやすや眠っていた。
北斗「……はぁ」
昨日の記憶が一気によみがえる。
タクシー。
キス魔。
「すき」。
酔っ払い。
全部。
北斗は静かに天井を見上げる。
北斗(朝からしんど……)
でも腕の中の〇〇は全く気づいてない。
むしろ安心しきった顔。
メイクも落として、髪も少しぼさぼさで、完全オフ状態。
北斗は起こさないようにゆっくり腕を抜こうとする。
その瞬間。
〇〇「……やだ」
北斗「起きてんの?」
〇〇「……んー……」
半分寝てる。
でも北斗が離れようとしたのは分かったらしい。
〇〇はまたぎゅっと腕を抱える。
北斗「離せって」
〇〇「やだぁ……」
北斗「子どもか」
〇〇「ねむい……」
北斗「俺もだよ」
〇〇は目を閉じたまま北斗の肩に額をこすりつける。
完全に甘えモード。
北斗は数秒耐えたあと、小さく息を吐く。
北斗「……昨日のこと覚えてる?」
〇〇「んー……」
嫌な沈黙。
北斗「おい」
〇〇「……たぶん?」
北斗「一番怖い答え」
〇〇はゆっくり目を開ける。
そして北斗を見る。
数秒。
〇〇「……あ」
北斗「“あ”じゃない」
〇〇「……」
北斗「何思い出した?」
〇〇は急に布団に顔を埋めた。
北斗「おい」
〇〇「……しにたい」
北斗「死ぬな」
〇〇「なんか……いっぱいキスした気がする……」
北斗「した」
〇〇「うわぁぁ……」
布団の中からくぐもった声。
北斗は思わず笑う。
北斗「今さら恥ずかしくなってんの?」
〇〇「だってぇ……」
北斗「昨日めちゃくちゃ強かったぞ」
〇〇「やめて記憶掘り返さないで……」
耳まで真っ赤。
北斗はその反応を見ながら、少しだけ楽しそうに笑った。
でも心の中では別のことを思っていた。
(……覚えてるなら、それはそれで無理なんだけど)
〇〇「……ほんとにした?」
布団に半分埋まりながら、小さい声で聞く。
北斗「した」
〇〇「何回」
北斗「数える余裕なかった」
〇〇「うわぁぁぁ……」
さらに布団へ沈む〇〇。
北斗はその姿を見て肩を揺らす。
北斗「昨日あんな元気だったのに」
〇〇「忘れて……」
北斗「無理」
〇〇「なんでぇ……」
北斗「こっちの精神的ダメージ考えろ」
〇〇は布団から片目だけ出す。
〇〇「……怒ってる?」
北斗「怒ってはない」
〇〇「じゃあなに」
北斗「疲れた」
即答。
〇〇「ごめん……」
しゅんとする。
北斗はその顔を見ると少し困ったように笑った。
北斗「まぁ、無事帰ってきたからいいけど」
〇〇「紫耀にも迷惑かけた……」
北斗「それは後で謝れ」
〇〇「うぅ……」
二日酔いも来てるのか、〇〇は眉をしかめながら額を押さえる。
北斗「水飲む?」
〇〇「のみたい……」
北斗はベッドから降りて、キッチンへ向かう。
その後ろ姿を、〇〇はぼーっと見つめていた。
昨日。
迎えに来てくれたこと。
抱き上げてくれたこと。
メイク落としてくれたこと。
全部うっすら覚えてる。
〇〇「……やさし」
ぽつっと漏れる。
戻ってきた北斗が水を差し出す。
北斗「ほら」
〇〇「ありがと……」
コップを受け取ろうとして、まだ少しふらつく。
北斗「危な」
自然に支えられて、〇〇はまた北斗を見る。
北斗「何」
〇〇「いや……」
北斗「?」
〇〇「北斗ってほんと彼氏みたいだなって」
北斗「……っ」
空気が止まる。
でも〇〇は完全に無意識。
ただ思ったことを言っただけの顔。
北斗は数秒黙ったあと、視線を逸らした。
北斗「……朝から重い」
〇〇「え、なんで?」
北斗「なんでもない」
そのままコーヒーを淹れに逃げるようにキッチンへ向かう。
〇〇はそんな北斗を見ながら首をかしげた。
〇〇「……変なの」
キッチンからコーヒーの匂いが広がる。
〇〇はベッドの上でぼーっとしたまま、その匂いを追うように顔を上げた。
頭はまだ少し重い。
でも昨日よりはマシ。
北斗「頭痛い?」
〇〇「ちょっと……」
北斗「飲みすぎ」
〇〇「……楽しかったんだもん」
北斗「それは知ってる」
北斗はマグカップを置きながら苦笑する。
〇〇は布団を抱えたまま、小さく呟く。
〇〇「紫耀も酔ってたし……」
北斗「お前ら二人とも弱いくせに飲みすぎなんだよ」
〇〇「反省してる……」
北斗「してない顔してる」
〇〇「してる」
全然説得力がない。
北斗は呆れながらも、テーブルに水と軽い朝食を並べていく。
〇〇はその後ろ姿を見つめる。
自然すぎる。
まるでずっと一緒に暮らしてるみたいな空気。
〇〇「……北斗」
北斗「ん?」
〇〇「昨日ほんとありがとね」
北斗の動きが少し止まる。
〇〇「迎え来てくれて安心した」
その声は昨日みたいに酔ってなくて、ちゃんと素直だった。
北斗は少しだけ視線を落とす。
北斗「……迎えくらい行く」
〇〇「でも夜遅かったじゃん」
北斗「お前が“助けて”って感じだったから」
〇〇「言ってないけど」
北斗「顔が」
〇〇は少し笑う。
北斗もつられて笑いそうになって、でもすぐ誤魔化すようにコーヒーを飲んだ。
少し沈黙。
そのあと〇〇が思い出したように口を開く。
〇〇「……あ」
北斗「今度は何」
〇〇「私、北斗に“好き”って言った気がする」
北斗「……言った」
〇〇「うわぁ……」
再び布団へ倒れる。
北斗「二回目だぞその反応」
〇〇「だって恥ずかしい……」
北斗「酔うと距離感壊れるの自覚した方がいい」
〇〇「北斗だからだよ」
北斗「……は?」
〇〇「安心してたから」
さらっと言う。
北斗は完全に固まる。
〇〇はまだ眠そうな顔のまま続けた。
〇〇「北斗いると気抜けるし」
北斗「……」
〇〇「だからあんな酔ったんだと思う」
北斗はしばらく何も言えなかった。
そんな理由、聞きたくなかった。
嬉しくなるに決まってるから。
北斗「……それ、他の男に言うなよ」
〇〇「なんで?」
北斗「危ないから」
〇〇「?」
また分かってない顔。
北斗は額を押さえた。
北斗(ほんとに無自覚なんだよな……)
〇〇は洗面所でスキンケアをしながら、ぼんやり髪をまとめる。
部屋にはドライヤーの音と、コーヒーの匂い。
いつもの朝みたいな空気だった。
北斗はソファに座ったまま、動けずにいる。
頭が重い。
だるい。
身体に熱がこもってる感じがした。
昨日ほとんど寝れていない。
それに加えて、
〇〇に振り回されすぎた。
北斗「……はぁ」
小さく息を吐く。
その時、洗面所から〇〇が顔を出した。
〇〇「北斗?」
北斗「んー……」
〇〇「ほんとに大丈夫?」
北斗「寝不足なだけ」
声に全然元気がない。
〇〇は少し眉を下げて、そのまま北斗の前まで来る。
北斗(近い……)
でも〇〇は気にしてない。
しゃがみこんで、北斗の顔を覗き込む。
〇〇「顔赤いよ?」
北斗「気のせい」
〇〇「熱ある?」
そう言って額に手を伸ばしてくる。
北斗「……っ」
身体が一瞬固まる。
〇〇「んー……ちょっと熱いかも」
北斗「近い」
〇〇「測ってるだけじゃん」
完全に無自覚。
昨日あれだけキスしてきた本人とは思えないくらい普通の顔。
北斗は視線を逸らした。
北斗「……お前ほんと距離感おかしい」
〇〇「え?」
北斗「なんでもない」
〇〇は不思議そうにしながら立ち上がる。
そのまままた鏡の前へ戻っていく。
北斗はソファに深く沈み込んだ。
ぼーっと天井を見る。
〇〇がいるだけで部屋の空気が変わる。
ドライヤーの音。
「あれどこだっけ」って探し物する声。
慌ただしく動く気配。
全部が生活っぽい。
北斗は重い頭のまま目を閉じた。
昨日、
酔った〇〇を抱き上げた時の感触がふいに蘇る。
軽かった体温。
首元に触れた髪。
何回も落ちてきたキス。
北斗「……無理」
小さく呟く。
自分だけがこんなに引きずってるのが悔しい。
その時。
〇〇「北斗ー」
北斗「……ん」
〇〇「私のピアス知らない?」
北斗は薄く目を開ける。
床に転がってる小さなピアスが見えた。
北斗「そこ」
〇〇「あ、ほんとだ」
〇〇は取りに来て、そのままソファの肘掛けにもたれた。
近い。
シャンプーの匂いがする。
北斗は眉をしかめる。
北斗「……お前今日仕事何時から」
〇〇「昼過ぎからCM、そのあと収録とドラマ」
北斗「ハードすぎ」
〇〇「北斗は?」
北斗「午後から雑誌取材」
〇〇「そっか」
〇〇はピアスをつけながら笑う。
〇〇「一緒に家出る?」
北斗「……その前に俺が動けるかだな」
〇〇「重症じゃん」
笑いながら言う〇〇。
北斗はその顔を見て、また静かにため息をついた。
北斗(原因ほぼお前なんだよ……)
〇〇は支度をしながら、テーブルの上にあった体温計を見つける。
〇〇「測りなよ」
北斗「いや大丈夫」
〇〇「その顔で?」
北斗「寝不足」
〇〇「絶対それだけじゃない」
〇〇はそのまま北斗の前まで来て、体温計を差し出した。
北斗「……子ども扱いすんな」
〇〇「いいから」
半分強引に握らされる。
北斗は面倒くさそうにしながらも、観念して脇に挟んだ。
〇〇はその様子を見ながら、ソファの背にもたれる。
〇〇「昨日ほんと大変だった?」
北斗「まぁ」
〇〇「記憶ないの怖い……」
北斗「途中から完全に酔っ払いだった」
〇〇「紫耀にも迷惑かけたかな」
北斗「お前ら二人とも同じレベルだった」
〇〇「ふはっ」
少し笑う〇〇。
北斗はその笑い声を聞きながら、ぼんやり目を閉じた。
だるい。
頭も重い。
でも〇〇が普通に隣にいると、不思議と安心する自分もいる。
ピピッ。
体温計が鳴る。
〇〇「何度?」
北斗「……見なくていい」
〇〇「なんで」
〇〇は体温計をひったくる。
北斗「あ、おい」
〇〇「37.4」
北斗「微妙」
〇〇「普通に熱あるじゃん」
北斗「寝りゃ治る」
〇〇「絶対昨日無理したせいじゃん」
北斗「誰のせいだよ」
〇〇「……紫耀?」
北斗「お前」
即答。
〇〇は声を上げて笑う。
北斗は深くソファに沈みながら、額を押さえた。
〇〇「今日ほんと大丈夫?」
北斗「行くしかない」
〇〇「顔死んでるけど」
北斗「お前もな」
〇〇「私はメイクでなんとかなる」
北斗「芸能人強ぇな」
〇〇は笑いながら、冷蔵庫を開ける。
そのあとスポドリを取り出して北斗に投げた。
北斗「危な」
〇〇「水分補給」
北斗「雑」
〇〇「優しさですー」
そう言って笑う。
北斗はペットボトルを受け取りながら、小さく息を吐いた。
北斗(……ほんと調子狂う)
〇〇は時計を見て、小さく「あ、やば」と声を漏らす。
〇〇「もう出ないと」
北斗「ん……」
ソファに沈んだまま返事をする北斗。
〇〇は急いでバッグに荷物を詰め込みながら動き回る。
スマホ。
台本。
充電器。
リップ。
「あれどこだっけ」と言いながらまた洗面所へ戻る。
その慌ただしい音を、北斗はぼんやり聞いていた。
いつもの朝。
でも今日は頭が重すぎる。
〇〇「北斗ー、ほんとに大丈夫?」
北斗「大丈夫」
〇〇「その“大丈夫”信用ない」
〇〇は靴を履きながら、まだ心配そうに北斗を見る。
北斗は片手を軽く上げた。
北斗「行ってこい」
〇〇「……倒れないでよ?」
北斗「倒れねぇよ」
〇〇「熱ある人ってみんなそう言う」
北斗「マネみたいなこと言うな」
〇〇は少し笑う。
でも次の瞬間、ふっと表情をゆるめた。
〇〇「じゃあ帰ったら連絡する」
北斗「ん」
〇〇「ちゃんと水飲んで」
北斗「はいはい」
〇〇「薬も」
北斗「お母さん?」
〇〇「違いますー」
そう言いながら笑う。
そのあと、一瞬だけ静かになる。
〇〇は玄関のドアに手をかけたまま、振り返った。
〇〇「……昨日ありがとね、ほんとに」
北斗「……別に」
〇〇「助かった」
まっすぐ言われる。
北斗は視線を逸らした。
〇〇は少しだけ笑って、そのまま玄関を開ける。
〇〇「行ってきます」
北斗「……行ってらっしゃい」
ドアが閉まる音。
一気に部屋が静かになる。
さっきまであった気配がなくなるだけで、空気まで変わった気がした。
北斗はソファに頭を預けたまま、長く息を吐く。
北斗(静かすぎる……)
数秒後。
テーブルの上に、小さい付箋が置かれているのに気づく。
『ちゃんと薬飲んで。ポカリ冷蔵庫』
丸っこい字。
北斗はそれを見つめたあと、小さく笑った。
北斗「……だから調子狂うんだよ」
ーーーーーーーーー
部屋は静かだった。
さっきまで〇〇がいた気配だけが残っている。
ソファの上のブランケット。
飲みかけのコーヒー。
テーブルに置かれた付箋。
北斗はそれをぼんやり見つめながら、深くソファに沈み込んだ。
北斗「……だる」
熱っぽい。
頭も重い。
身体が完全に「休め」って言ってる。
でも今日は午後から仕事。
寝るなら今しかない。
そう思うのに、なぜか動けなかった。
静かすぎるから。
〇〇がいる時はずっと何かしら音がする。
ドライヤー。
歌。
「ねぇ北斗ー」って呼ぶ声。
なのに今は時計の音だけ。
北斗は片手で顔を覆う。
北斗(慣れすぎだろ……)
一人の家なんて昔から普通だった。
なのに今は、〇〇が帰っただけで空気が足りない。
スマホが震える。
画面を見る。
『現場着いたー』
その一言だけ。
でもその直後、
『薬飲んだ?』
続けて送られてくる。
北斗は思わず笑った。
北斗『まだ』
数秒後。
『飲め!!!』
即レス。
北斗「怖」
声に出して笑ってしまう。
熱ある時に笑うと少し頭が痛い。
でもなんか、それが嫌じゃなかった。
北斗は重い身体を起こして、冷蔵庫を開ける。
本当にポカリが入ってる。
しかもストローまで刺さっていた。
北斗「……過保護かよ」
多分〇〇は無意識。
こういうことを自然にやる。
だから困る。
優しくされるたび、期待しそうになるから。
北斗は薬を飲みながら、昨日のことを思い出す。
酔って笑ってた顔。
抱きついてきた腕。
“好き”って言った声。
そして。
何回も触れてきた唇。
北斗「……っはぁ」
思い出しただけで熱が上がる気がした。
あれを全部覚えてるの、自分だけ。
〇〇は多分もう半分忘れてる。
それが悔しいような、
安心するような、
よく分からない感情だった。
北斗はそのままソファに倒れ込む。
スマホを胸の上に置いて目を閉じる。
でも最後に見た通知だけが頭に残っていた。
『今日早く終わったら夜ご飯いこー』
北斗は数秒黙ったあと、小さく笑う。
北斗「……行くに決まってるだろ」
薬を飲み終わると、北斗はそのままソファへ倒れ込んだ。
身体が重い。
頭もぼーっとする。
「少しだけ寝るか……」
そう呟いて、目を閉じる。
静かな部屋。
冷房の音だけが小さく響いていた。
でも眠りは浅かった。
変な夢ばかり見る。
昨日の〇〇。
笑ってる顔。
距離の近さ。
首に回された腕。
耳元で言われた「好き」。
熱のせいで現実と夢がぐちゃぐちゃになる。
北斗「……っ」
浅い息を吐きながら目を覚ます。
喉が乾いていた。
身体も熱い。
だるさがさっきより増してる。
北斗はゆっくり起き上がって、額に手を当てた。
北斗「……最悪」
明らかに熱が上がってる。
テーブルの体温計を手に取って測る。
数十秒後。
ピピッ。
北斗「……38.1」
思わず顔をしかめる。
完全に風邪だった。
昨日無理したのと、寝不足と、疲労。
全部まとめて来た感じ。
北斗はソファにもたれながら、ぼんやり天井を見る。
仕事、行けるかこれ。
スマホが震える。
〇〇だった。
『CMおわった!』
そのあとすぐ、
『北斗生きてる?』
北斗は少し迷ってから返信する。
北斗『熱上がった』
既読がつくのが速い。
『え!?何度!?』
北斗『38』
数秒沈黙。
そのあとすぐ電話がかかってくる。
北斗「……もしもし」
〇〇『38!?普通に高いじゃん!』
北斗「うるさ……頭響く……」
〇〇『ごめん!え、病院は!?』
北斗「行かねぇよ寝れば治る」
〇〇『そのタイプ絶対悪化する人』
北斗は思わず少し笑う。
〇〇の声が慌てすぎてる。
〇〇『マネに言った?』
北斗「まだ」
〇〇『言って!!』
北斗「今から言う……」
〇〇『ちゃんと水飲んで、食べて、寝て』
完全にお母さんだった。
北斗は熱でぼーっとしながら、小さく息を吐く。
北斗「……お前仕事中だろ」
〇〇『今移動中!』
北斗「真面目に働け」
〇〇『働いてる!』
少し沈黙。
そのあと〇〇が少しだけ声を落とした。
〇〇『……一人で大丈夫?』
北斗「……」
その聞き方がずるい。
弱ってる時に聞かれると余計に。
北斗はソファに頭を預けたまま、目を閉じる。
北斗「……まぁ」
〇〇『“まぁ”じゃ分かんない』
北斗「寝るから切るぞ」
〇〇『えー』
北斗「お前仕事戻れ」
〇〇『……ちゃんと寝てよ?』
北斗「ん」
〇〇『あと水』
北斗「分かったって」
〇〇『約束』
北斗「はいはい」
やっと納得した〇〇が電話を切る。
部屋がまた静かになる。
でもさっきまでより少しだけ安心してる自分がいて、
北斗は苦笑した。
北斗「……ほんと、調子狂う」
北斗はしばらくソファでぼーっとしたあと、重い腕でスマホを掴んだ。
熱で頭が鈍い。
でも流石に連絡しないわけにもいかない。
通話ボタンを押す。
数コールで繋がった。
マネ「はいはい、どした」
北斗「……熱出た」
マネ「うわ、声やば」
北斗「38」
マネ「ちゃんと風邪じゃん」
北斗「他人事だな」
マネ「いや昨日の時点で危なかっただろ」
北斗は眉を寄せる。
昨日の迎えの件、当然マネも知ってる。
マネ「寝不足?」
北斗「それもある」
マネ「〇〇ちゃん関係?」
北斗「……」
数秒沈黙。
マネ「図星か」
北斗「うるさい」
マネが笑う声が聞こえる。
北斗はクッションに顔を押しつけた。
マネ「で、今日の取材はこっちで調整する」
北斗「悪い」
マネ「ちゃんと休め。今のお前でカメラ前立っても顔死んでる」
北斗「元からだろ」
マネ「病人特有のネガティブやめろ」
北斗は小さく笑ったあと、また目を閉じる。
頭が痛い。
マネ「飯食った?」
北斗「少し」
マネ「薬は」
北斗「飲んだ」
マネ「えら」
北斗「〇〇がうるさかった」
マネ「あー……想像つく」
また笑われる。
北斗は低く息を吐いた。
北斗「……あいつ仕事中なのにめちゃくちゃ連絡してくる」
マネ「心配なんだろ」
北斗「過保護すぎる」
マネ「でもお前、ちょっと嬉しそう」
北斗「切るぞ」
マネ「はいはい」
少し間。
そのあとマネの声が少しだけ真面目になる。
マネ「北斗」
北斗「ん」
マネ「無理すんなよ」
北斗「……分かってる」
マネ「あと、〇〇ちゃんに心配かけすぎんな」
北斗「それは向こうだろ」
マネ「お互い様」
その言葉に、北斗は何も返せなかった。
通話が切れる。
静かな部屋。
北斗はスマホを胸の上に置いたまま天井を見る。
“お互い様”
その言葉だけが妙に残った。
北斗は薬のせいか、少しずつ意識が重くなっていく。
ソファからなんとかベッドへ移動して、そのまま倒れ込んだ。
身体が熱い。
頭もぼんやりする。
天井を見つめながら目を閉じると、昔の記憶がゆっくり浮かんできた。
まだ〇〇と同居する前。
今みたいに、こんな当たり前に家にいる存在じゃなかった頃。
あの日も高熱だった。
ドラマとライブと取材が重なって、完全に身体を壊した日。
事務所で立ってるのもしんどくなって、無理やり帰された。
覚えてる。
ソファで死んだみたいになってたら、インターホンが鳴った。
樹と風磨だった。
樹「お前マジで顔終わってる」
風磨「病人すぎて逆に安心したわ」
北斗「うるせ……」
二人とも勝手に冷蔵庫を開けて、スポドリやゼリーを並べ始めた。
風磨はやたら喋るし、
樹は「熱何度?」ってずっと世話焼いてくるし、
本気でうるさかった。
でもありがたかった。
ぼんやりした意識の中で笑った記憶がある。
しばらくして。
またインターホンが鳴った。
樹「あ、来た」
風磨「じゃ、俺ら帰るか」
北斗「……?」
意味が分からなかった。
でも二人はニヤニヤしながら立ち上がる。
樹「あと任せるわ」
北斗「何を」
風磨「看病係」
そのまま勝手に帰っていった。
数秒後。
玄関から小さい声が聞こえた。
〇〇「おじゃましまーす……」
北斗は薄く目を開けた。
帽子を深く被った〇〇が、コンビニ袋を抱えて立っていた。
あの頃は今よりまだ距離があった。
不仲コンビって言われてた時期。
世間にはバチバチだと思われてて、
実際、二人とも変に意識して空回ってた頃。
なのに〇〇は、少し困った顔で北斗を見て、
〇〇「……ほんとに死にそうじゃん」
って言った。
北斗は熱でまともに返事もできなかった。
〇〇は静かに部屋へ入ってきて、
冷えピタ貼って、
水替えて、
薬飲ませて。
その間ずっと、変に騒がなかった。
ただ普通に隣にいた。
〇〇「寝なよ」
北斗「……仕事……」
〇〇「今日は無理」
北斗「でも……」
〇〇「倒れる方が迷惑」
その言い方が妙に優しかった。
北斗はあの日のことを、熱が出るたび思い出す。
まだ今みたいな関係じゃなかったのに。
〇〇は昔から、こうやって自然に隣に来る人だった。
北斗は熱で重い意識のまま、布団に顔を埋める。
北斗(……懐かし)
今じゃ勝手に家入ってくるし、
冷蔵庫も開けるし、
説教までしてくる。
変わったようで、
根本は多分ずっと変わってない。
北斗は少しだけ笑って、そのままゆっくり眠りに落ちていった。
CM撮影が押して、気づけば15:30。
控室へ戻った〇〇は、椅子に座った瞬間ふぅっと息を吐いた。
マネ「次の収録、入り18時に変わった」
〇〇「え、空いた?」
マネ「二時間くらい」
〇〇はスマホを見る。
北斗から連絡は来てない。
最後は“寝る”だけ。
でも38度。
普通に心配だった。
〇〇「……一回帰っていい?」
マネ「北斗くん?」
即バレ。
〇〇「様子だけ見たい」
マネは少し笑う。
マネ「送るよ」
〇〇「助かる」
そのまま急いで車へ乗り込む。
移動中も〇〇は何回もスマホを見る。
返信なし。
寝てるだけならいいけど。
もし悪化してたら。
そんなことを考えてるうちに、車はマンションへ着いた。
〇〇「ありがとう、すぐ戻る!」
マネ「30分な」
〇〇「がんばる!」
エレベーターを降りて、急いで部屋へ入る。
玄関は静かだった。
〇〇「北斗ー?」
返事がない。
少しだけ不安になる。
リビングにもいない。
〇〇はそのまま寝室のドアをそっと開けた。
カーテンの閉まった薄暗い部屋。
北斗はベッドで眠っていた。
でも顔が赤い。
呼吸も少し熱そうだった。
〇〇「……わ、熱そう」
小さく呟きながら近づく。
北斗は完全に寝てる。
いつもより幼く見えた。
〇〇は静かにベッドの横へ座る。
額にそっと触れる。
熱い。
〇〇「上がってるじゃん……」
思わず眉が下がる。
北斗は少しだけ眉を動かした。
でも起きない。
〇〇は小さく息を吐いて、冷蔵庫から新しいスポドリと冷えピタを持ってくる。
慣れた手つきで交換しながら、ふと昔を思い出した。
あの高熱の日。
事務所から帰った北斗の家に行ったこと。
あの時もこんな顔してた。
〇〇「変わんないなぁ……」
小さく笑う。
その声に反応したのか、
北斗が薄く目を開けた。
北斗「……〇〇?」
〇〇「起きた?」
北斗はぼんやりしたまま天井を見る。
まだ夢みたいな顔。
北斗「……なんでいる」
〇〇「時間空いたから帰ってきた」
北斗「仕事は」
〇〇「あとで」
北斗は少しだけ眉を寄せる。
北斗「来なくてよかったのに」
〇〇「熱ある人がそれ言う?」
〇〇は呆れながら、水を差し出す。
北斗はゆっくり起き上がろうとして、
そのまま少しふらついた。
〇〇「うわ、大丈夫!?」
反射的に肩を支える。
近い距離。
熱のせいか、北斗の視線が少しぼんやりしていた。
北斗「……ほんとに帰ってきたんだ」
〇〇「帰ってくるでしょ普通に」
北斗は数秒黙ったあと、
力の抜けた顔で少しだけ笑った。
北斗「……優しすぎんだろ」
〇〇「普通じゃん」
〇〇はそう言いながら、水を北斗に渡す。
北斗はまだぼんやりしたまま、それを受け取った。
熱のせいで動きが遅い。
〇〇はその様子を見ながら、少し心配そうに眉を寄せる。
〇〇「ちゃんと薬飲んだ?」
北斗「……飲んだ」
〇〇「ご飯は?」
北斗「ちょっと」
〇〇「ちょっとじゃダメ」
完全に看病モードだった。
北斗は水を飲みながら小さく笑う。
北斗「マジで母親」
〇〇「失礼な」
〇〇は冷えピタの位置を直しながら、じっと北斗の顔を見る。
赤い。
思ったよりしんどそう。
〇〇「今日休みにしてよかったじゃん」
北斗「まぁ……」
〇〇「絶対無理だったよ」
北斗「……」
北斗は少しだけ視線を落とす。
〇〇がいると、張ってた力が抜ける。
それが良いのか悪いのか分からない。
〇〇「まだ寝る?」
北斗「ん……」
〇〇「じゃ、寝な」
〇〇が立ち上がろうとした瞬間。
北斗の手が、無意識みたいに〇〇の服の袖を軽く掴んだ。
〇〇「……え?」
北斗自身も数秒遅れて気づく。
北斗「……あ」
熱で判断が鈍っていた。
離そうとする。
でも〇〇は先に小さく笑った。
〇〇「なに、寂しい?」
北斗「違……」
声に全然力がない。
〇〇はベッドの横に座り直した。
〇〇「寝るまでいる」
北斗「仕事は」
〇〇「30分だけ」
北斗は何も言わなかった。
ただ、そのままゆっくり目を閉じる。
〇〇が隣にいるだけで安心する。
昔からそうだった。
熱がある時、
しんどい時、
〇〇はいつも自然に隣へ来る。
〇〇「北斗」
北斗「……ん」
〇〇「ちゃんと寝なよ」
その声がやけに優しく聞こえる。
北斗は半分眠りながら、小さく呟いた。
北斗「……帰んなくていいのに」
〇〇「それは無理ですー」
少し笑った声。
でも〇〇の手は、熱を確認するみたいに北斗の髪を軽く撫でていた。
北斗はその感触に安心したまま、ゆっくり眠りへ落ちていく。
その寝顔を見ながら、〇〇は小さく息を吐いた。
〇〇「ほんと無理しすぎなんだよ……」
部屋は静かだった。
北斗の寝息だけが小さく聞こえる。
〇〇はベッドの横に座ったまま、ぼんやりその顔を見つめていた。
寝てる時はほんとに静か。
普段あんなに拗ねたり、言い返したりするのに。
〇〇「……しんどそう」
小さく呟く。
額に触れると、まだ熱い。
少し汗もかいていた。
〇〇はタオルを濡らして戻ってくる。
その途中でスマホが震えた。
マネ『あと15分で出るよ』
〇〇『りょーかい』
返信して、また北斗を見る。
帰りたくないな、と思った。
でも仕事は待ってくれない。
〇〇は小さくため息をつく。
その時。
北斗「……〇〇」
寝ぼけた声。
〇〇「起きた?」
北斗は目を開けないまま、小さく眉を寄せる。
北斗「……水」
〇〇「あ、ごめん」
急いでコップを渡す。
北斗は半分寝たまま飲んで、そのあとまた枕へ沈んだ。
〇〇「子どもみたい」
北斗「……うるさい」
声が弱い。
〇〇は思わず少し笑った。
北斗はぼんやりしたまま、〇〇の気配を探すみたいに視線を動かす。
北斗「……帰る?」
〇〇「そろそろ」
その瞬間、北斗の眉がほんの少しだけ下がった。
ほんとに一瞬。
でも〇〇は見逃さなかった。
〇〇「なにその顔」
北斗「してない」
〇〇「した」
北斗「熱で顔動いてるだけ」
〇〇「なにそれ」
〇〇は笑いながら、北斗の前髪を軽く整える。
熱で少し汗ばんでる。
〇〇「夜また来ようか?」
北斗「いい」
即答。
でも声が弱すぎて説得力がない。
〇〇「絶対強がり」
北斗「一人で平気」
〇〇「ほんと?」
北斗「……」
数秒沈黙。
北斗はゆっくり目を閉じたまま、小さく呟く。
北斗「……帰ってくるなら、嬉しいけど」
〇〇「え」
北斗「……今の忘れろ」
耳まで少し赤い。
熱のせいなのか、それ以外なのか分からない。
〇〇は少し目を丸くしたあと、ふっと笑った。
〇〇「なにそれ」
北斗「うるさい……」
〇〇「素直じゃん今日」
北斗「熱あるから」
〇〇「じゃあレアだ」
〇〇は立ち上がりながらバッグを持つ。
そのあと、少し迷ってから北斗の頭を軽く撫でた。
〇〇「終わったら帰ってくる」
北斗は薄く目を開ける。
〇〇「だからちゃんと寝て待ってて」
北斗は数秒黙ったあと、小さく頷いた。
その反応が妙に素直で、
〇〇は少しだけ笑ってしまう。
〇〇「ほんと今日おとなしい」
北斗「……誰のせいだよ」
その声を最後に、
〇〇は静かに部屋を出ていった。
ドアが閉まる音がして、部屋がまた静かになる。
でもさっきまでとは違った。
〇〇が「帰ってくる」って当たり前みたいに言ったから。
北斗はぼんやり天井を見上げる。
“帰ってくる”。
その言葉が、妙に胸に残っていた。
同居を始めた頃は、こんな感覚になるなんて思ってなかった。
最初は期間限定みたいなものだった。
仕事の都合。
タイミング。
色んな理由を並べて始まっただけ。
なのに今は、
〇〇がいないだけで家が静かすぎる。
北斗「……重症」
自分で呟いて苦笑する。
熱のせいもある。
多分。
スマホを見ると、〇〇からメッセージが来ていた。
『ゼリー買い忘れた』
そのあとすぐ。
『帰りに買う!』
北斗は小さく笑う。
北斗『別にいらない』
既読。
すぐ返信。
『病人に拒否権なし』
北斗「怖……」
でも嫌じゃない。
むしろ安心する。
北斗はスマホを胸に置いたまま、ゆっくり目を閉じた。
リビングには〇〇が脱ぎっぱなしにした薄いカーディガン。
洗面所には並んだ歯ブラシ。
冷蔵庫には〇〇が勝手に買ったプリン。
生活が混ざりすぎている。
もう“自分の家”というより、
“二人の家”になっていた。
北斗は熱でぼんやりした頭のまま思う。
昨日の夜も。
今日の朝も。
結局ずっと〇〇に振り回されてる。
でも。
帰ってきてほしいと思ってる時点で、もう終わってる気がした。
北斗「……好きすぎるだろ」
熱に溶けるみたいな声で呟いて、
そのまままた眠りに落ちていった。
次に北斗が目を覚ました時、部屋は少し暗くなっていた。
カーテンの隙間から夕方の光が入っている。
身体はまだだるい。
でも少しだけ熱は下がった気がした。
北斗はゆっくり起き上がる。
喉が乾いた。
リビングへ向かおうとして、玄関の方から物音が聞こえる。
ガチャ。
〇〇「ただいまー……」
少し疲れた声。
北斗はその声を聞いた瞬間、無意識に肩の力が抜けた。
〇〇は大きいバッグとコンビニ袋を両手に抱えたまま、玄関で靴を脱ぐ。
〇〇「あっ、起きてる」
北斗「……おかえり」
〇〇「熱どう?」
北斗「ちょいマシ」
〇〇「ほんと?」
急いで近づいてくる。
そのまま当然みたいに額へ手が伸びた。
北斗「……近い」
〇〇「確認中」
真剣な顔。
北斗は少し笑う。
〇〇「さっきより下がってるかも」
北斗「薬効いた」
〇〇「よかったぁ……」
本気で安心した顔をする。
その表情を見て、北斗は少しだけ視線を逸らした。
〇〇はそのままコンビニ袋をテーブルへ置く。
〇〇「はい、ゼリーとポカリとおかゆ」
北斗「買いすぎ」
〇〇「病人セット」
〇〇はコートを脱ぎながら、そのままキッチンへ向かう。
自然すぎる動き。
もう完全に“帰宅後の同居人”だった。
北斗はソファに座りながら、その後ろ姿をぼんやり見る。
北斗「……仕事は?」
〇〇「収録終わった。ドラマは明日リスケ」
北斗「マジ?」
〇〇「北斗が熱出したって言ったらマネが早く帰れって」
北斗「なんでお前基準なんだよ」
〇〇「知らなーい」
笑いながら鍋にお湯を入れる。
その姿を見ていると、なんだか妙に落ち着いた。
〇〇「お腹空いてる?」
北斗「ちょっと」
〇〇「えらい」
北斗「子ども扱いやめろ」
〇〇「病人はみんな子どもですー」
〇〇は振り返って笑う。
北斗はその顔を見たまま、小さく息を吐いた。
熱で弱ってるからか、
いつもより全部近く感じる。
声も。
空気も。
存在も。
北斗「……〇〇」
〇〇「んー?」
北斗「ありがと」
キッチンの動きが少し止まる。
〇〇はゆっくり振り返った。
少し目を丸くしてる。
北斗からこんな素直に言われるの、珍しいから。
〇〇「……今日ほんと素直だね」
北斗「熱あるから」
〇〇「便利な言い訳」
〇〇は笑う。
でもその笑い方は、少しだけ嬉しそうだった。
キッチンからガタガタと音がする。
北斗はソファに座ったまま、その音をぼんやり聞いていた。
何かを落とす音。
「あっつ!?」って小さい悲鳴。
引き出しを閉め損ねる音。
北斗「……何してんだあいつ」
嫌な予感しかしない。
数分後。
また何かが落ちた。
ガシャッ。
北斗「っはぁ……」
結局気になって立ち上がる。
まだ少しふらつく身体のまま、キッチンへ向かった。
そこには、
真剣な顔で鍋と格闘してる〇〇がいた。
髪は適当にまとめられて、
袖は少し落ちてきてて、
なのに本人はめちゃくちゃ集中してる。
〇〇「え、なんでこれ固まるの!?」
北斗「何作ってんの」
〇〇「たまご粥」
北斗は鍋を見る。
ちょっと危険そうだった。
北斗「……大丈夫かそれ」
〇〇「大丈夫大丈夫!」
全然大丈夫そうじゃない。
〇〇は木べらで混ぜながら、難しい顔をする。
〇〇「なんか思ったより料理って忙しい」
北斗「今さら?」
〇〇「普段やってくれる人がいるありがたみ感じてる」
北斗「雑誌のコメントみたいなこと言うな」
〇〇は笑う。
その瞬間また鍋が吹きそうになる。
〇〇「うわっ!」
北斗「危な」
反射的に後ろから手を伸ばして火を弱める。
距離が一気に近くなる。
〇〇「……あ」
北斗の腕が、〇〇を囲うみたいな形になっていた。
熱の残る身体。
近い呼吸。
北斗「だから見てろって」
〇〇「ごめん……」
〇〇は少しだけ大人しくなる。
北斗はそのまま鍋を覗き込んで、小さく笑った。
北斗「なんで粥でこんな戦場になるんだよ」
〇〇「頑張ってるの!」
北斗「それは伝わる」
後ろから聞こえる北斗の低い声。
〇〇はなんか変に落ち着かなくなる。
北斗はまだ少し熱があるせいか、動きがゆっくりだった。
でも自然に〇〇の横へ立って、鍋を混ぜる。
〇〇「寝ててよ」
北斗「お前に任せる方が危険」
〇〇「失礼」
北斗「包丁どこ置いた?」
〇〇「……え」
北斗「“え”じゃない」
数秒後。
シンクの変な場所から包丁が出てくる。
北斗「危なっ」
〇〇「わかんなくなったの!」
北斗は思わず笑ってしまう。
笑うと少し咳が出た。
〇〇「ほら!だから寝ててって!」
今度は〇〇が焦る番。
北斗は咳を落ち着かせながら、小さく首を振る。
北斗「……平気」
〇〇「平気じゃない」
そう言って〇〇は北斗の背中を軽くさする。
その手がやけに優しい。
北斗は少しだけ目を細めた。
北斗「……お前さ」
〇〇「ん?」
北斗「昔より看病うまくなった」
〇〇「え、ほんと?」
北斗「料理以外」
〇〇「なんで!」
すぐ抗議する〇〇。
北斗は小さく笑いながら、鍋を混ぜ続けた。
その空気が、
妙にあったかかった。
ぐつぐつと小さく鍋が音を立てる。
キッチンには卵粥の匂い。
〇〇は北斗の隣で、じっと鍋を見ていた。
〇〇「……なんか共同作業みたい」
北斗「文化祭みたいに言うな」
〇〇「懐かしくない?」
北斗「お前絶対サボる側だろ」
〇〇「失礼。応援担当です」
北斗「一番働かないやつ」
〇〇は笑いながら北斗を見る。
でも次の瞬間、少し眉を寄せた。
〇〇「北斗、立ってて平気?」
北斗「まぁ」
声がまだ少しだるそう。
顔色も完全には戻ってない。
〇〇は心配そうに見上げる。
北斗「その顔やめろ」
〇〇「どの顔」
北斗「心配しすぎな顔」
〇〇「だって熱あるじゃん」
北斗は小さく息を吐く。
〇〇は昔からこうだった。
人のことになると過保護。
しかも本人は無意識。
北斗「……別に死なねぇよ」
〇〇「分かってるけど」
〇〇は小さく呟きながら、お粥を器によそう。
ちょっとこぼす。
北斗「雑」
〇〇「うるさい」
二人でテーブルへ運ぶ。
〇〇はドヤ顔で器を置いた。
〇〇「完成です」
北斗は見下ろす。
見た目は……まぁギリギリ。
北斗「……食える?」
〇〇「多分」
北斗「多分って言った?」
〇〇「気持ちは100%入ってる」
北斗「怖」
でも北斗はちゃんとスプーンを持った。
一口食べる。
〇〇がすごい顔で見てくる。
〇〇「どう!?」
北斗「……」
〇〇「え、なにその間」
北斗「普通に食える」
〇〇「ほんと!?」
一気に顔が明るくなる。
北斗はその反応に少し笑った。
北斗「でも味薄い」
〇〇「うわー!」
北斗「病人食だからギリ許されてる」
〇〇「褒めてないじゃん!」
〇〇は悔しそうにしながら、自分でも一口食べる。
〇〇「あ、ほんとだ薄い」
北斗「今気づいたのかよ」
〇〇「でも優しい味だから!」
北斗「言い換えただけ」
二人で笑う。
その笑い声が、静かな部屋に広がった。
北斗はスプーンを持ったまま、ぼんやり〇〇を見る。
疲れてるはずなのに、
帰ってきて、
不器用な料理までして、
ずっと自分のこと気にしてる。
北斗「……なんでそこまでするんだよ」
〇〇「え?」
北斗「普通、仕事終わりなら休みたいだろ」
〇〇は少しきょとんとして、それから当たり前みたいに言った。
〇〇「だって北斗しんどそうだったし」
北斗「……」
〇〇「一人だと絶対ちゃんとしないじゃん」
即答。
北斗は言い返せなかった。
〇〇はまたお粥を食べながら笑う。
〇〇「ほら、正解って顔してる」
北斗は小さく息を吐いて、視線を落とした。
北斗(こういうとこなんだよな……)
好きになる理由なんて、
ほんとはとっくに数え切れなくなっていた。
その時。
テーブルに置いてあった〇〇のスマホが震えた。
画面に表示された名前を見て、〇〇が「あ」と声を漏らす。
〇〇「廉だ」
北斗の手が一瞬止まる。
でも表情は変えない。
〇〇はそのまま普通に通話を押した。
〇〇「もしもしー?」
廉『やっと出た』
スピーカーじゃないのに、少し拗ねた声が聞こえる。
〇〇「ごめんごめん、今ご飯中」
廉『え、こんな時間に?』
〇〇「うん」
廉『仕事終わった?』
〇〇「終わったー」
〇〇は自然に話しながら、お粥を混ぜる。
北斗は黙ったままスプーンを動かしていた。
廉『そういや今日そっち行こうと思ってたんだけど』
〇〇「え?」
廉『連絡返ってこないし』
〇〇「あー、バタバタしてた」
廉『今家?』
〇〇「うん」
廉『北斗もいる?』
一瞬。
空気が止まる。
〇〇は普通に答えた。
〇〇「いるよー。熱出してる」
北斗「……」
廉『は!?』
声が大きくなる。
〇〇は思わずスマホを少し離した。
廉『大丈夫なの!?』
〇〇「今はちょっと下がった!」
廉『お前また無理させてんじゃないだろうな』
〇〇「なんで私が原因前提なの」
廉『だいたいそうだろ』
北斗は思わず小さく笑いそうになる。
〇〇「失礼すぎる!」
廉『北斗いるなら代われ』
〇〇「えー」
廉『いいから』
〇〇はスマホを北斗へ向ける。
〇〇「はい」
北斗「……なんで」
〇〇「廉が」
北斗はだるそうにスマホを受け取った。
北斗「もしもし」
廉『お前マジで大丈夫?』
北斗「まぁ」
廉『“まぁ”は信用ならん』
北斗「〇〇と同じこと言うな」
廉『だってお前絶対無理するじゃん』
北斗は小さく息を吐く。
向こうで廉が少し笑った。
廉『で?〇〇ちゃんと看病してくれてんの?』
北斗「……してる」
廉『珍しく安心』
〇〇「聞こえてるんだけど!」
後ろから抗議が飛ぶ。
廉は笑っていた。
廉『まぁでも、〇〇いるなら大丈夫か』
その一言に、
北斗は少しだけ視線を落とした。
“〇〇がいるなら大丈夫”。
昔から周りも自然にそう言う。
それくらい、〇〇はいつも隣にいた。
廉『ちゃんと休めよ』
北斗「ん」
廉『〇〇も無理すんな』
〇〇「はーい」
通話が切れる。
静かになった部屋で、〇〇はお粥を食べながら呟いた。
〇〇「廉、なんかお母さんみたいだった」
北斗「お前が言うな」
〇〇「なんで?」
北斗「お前が一番うるさい」
〇〇「えー」
北斗は小さく笑って、またスプーンを口へ運ぶ。
でも心のどこかで少しだけ思っていた。
廉は多分、気づいてる。
自分が〇〇を見る目を。
通話が終わったあとも、
〇〇はなんだか少し機嫌がよかった。
スマホを見ながら小さく笑ってる。
北斗はそれを横目で見て、静かにお粥を食べる。
〇〇「廉さー」
北斗「ん」
〇〇「今日テンション高かった」
北斗「そう」
〇〇「なんか楽しそうだった」
〇〇は嬉しそうに笑う。
その顔があまりにも自然で、
北斗の胸が少しだけ重くなった。
好きな人から電話が来た時の顔。
北斗には分かってしまう。
長年見てきたから。
〇〇「あと“無理すんな”って言ってくれた」
北斗「……よかったな」
〇〇「優しいよね」
北斗は小さく頷く。
廉は優しい。
ちゃんと気づくし、
ちゃんと口にする。
そういうところ、昔から敵わないと思ってる。
〇〇はまだスマホを見ながら笑っていた。
その横顔を見ていると、
熱とは違うだるさが胸に広がる。
北斗「……そんな嬉しい?」
〇〇「え?」
北斗「電話」
〇〇はきょとんとしてから、素直に頷いた。
〇〇「うん、久しぶりだったし」
悪気ゼロ。
北斗は苦笑する。
北斗「そっか」
〇〇「?」
〇〇は不思議そうに北斗を見る。
でも北斗はそれ以上何も言わない。
言えるわけがない。
“その顔、俺にはしない”
なんて。
北斗はスプーンを置いて、ソファにもたれた。
熱のせいで頭がぼーっとする。
なのに変なところだけ鮮明だった。
〇〇「北斗?」
北斗「……眠い」
半分本当。
半分ごまかし。
〇〇はすぐ心配そうな顔になる。
〇〇「ベッド行く?」
北斗「あとで」
〇〇「熱また上がるよ」
そう言って自然に北斗の額へ触れる。
優しい手。
近い距離。
でもその数分前まで、
〇〇は廉の電話で嬉しそうに笑っていた。
北斗はそのギャップに小さく目を閉じる。
好きな人に向ける顔を見せられるたび、
ちゃんと苦しくなる。
それでも。
こうして触れられるだけで安心してしまう自分が、一番厄介だった。
〇〇「ちょっと熱いかも」
額に触れたまま、〇〇が眉を寄せる。
北斗は目を閉じたまま小さく息を吐いた。
〇〇「やっぱベッド行こ」
北斗「……ん」
素直すぎる返事。
〇〇は少し笑う。
〇〇「ほんと今日弱ってる」
北斗「熱あるから」
〇〇「便利だねその言葉」
〇〇は立ち上がって、北斗の前に手を差し出した。
〇〇「ほら」
北斗「子ども扱い……」
言いながらも、その手を取る。
熱のせいで体温が高い。
〇〇「うわ、手熱っ」
北斗「お前が言うから意識するだろ」
〇〇「ごめんって」
ふらつく北斗を支えながら、ゆっくり寝室へ向かう。
近い距離。
〇〇のシャンプーの匂い。
北斗はぼんやりした頭で、それを感じていた。
ベッドへ座ると、どっと疲れが来る。
〇〇「薬追加で飲む?」
北斗「まだいい……」
〇〇はベッド横に座って、心配そうに北斗を見つめる。
その顔が優しすぎて、
北斗は逆にしんどくなる。
北斗「……そんな見んな」
〇〇「なんで」
北斗「恥ずい」
〇〇「熱で?」
北斗「色々」
〇〇は少し首をかしげる。
分かってない顔。
北斗は苦笑する。
北斗「……廉と電話してる時、嬉しそうだった」
〇〇「え?」
急に名前が出てきて、〇〇が目を丸くする。
北斗は視線を逸らしたまま続ける。
北斗「分かりやすい」
〇〇「え、そう?」
〇〇は本気で自覚なさそうだった。
北斗「うん」
〇〇「……やば」
少し照れたみたいに笑う。
その反応に、北斗の胸がまた少し痛くなる。
〇〇「でも久しぶりだったし」
北斗「うん」
〇〇「なんか安心した」
北斗「……」
その“安心”がどういう意味なのか、
聞かなくても分かる気がして、
北斗はそれ以上何も言えなかった。
〇〇は北斗の前髪をそっと避ける。
〇〇「でも北斗も安心するよ?」
北斗「……は?」
〇〇「一緒にいると落ち着くし」
さらっと言う。
またそうやって。
無意識に。
北斗は額を押さえた。
〇〇「なにその顔」
北斗「……ほんとずるい」
〇〇「え?」
意味が分からないまま、〇〇は笑っている。
北斗はその笑顔を見て、
勝てないなと思った。
少し静かになった部屋。
〇〇はベッド横に座ったまま、スマホのスケジュールをぼんやり見ていた。
その時。
〇〇「あ」
北斗「……ん?」
〇〇「ニューヨーク」
北斗は薄く目を開ける。
〇〇「来週GUCCIのショーだった」
北斗「あー……」
そういえば言っていた気がする。
〇〇はスケジュールを見ながら、小さく息を吐いた。
〇〇「やば、時差あるじゃん」
北斗「今気づいたのかよ」
〇〇「最近バタバタすぎて忘れてた……」
〇〇は髪をかきあげながら天井を見る。
GUCCIのショー。
ニューヨーク。
世界規模の仕事。
普通ならもっと浮かれててもおかしくないのに、〇〇はどちらかというと「移動だるいな」みたいな顔をしている。
北斗は少し笑った。
北斗「お前ほんと慣れてんな」
〇〇「いや緊張はするよ?」
北斗「してる顔じゃない」
〇〇「飛行機が嫌」
北斗「そこか」
〇〇はベッドに突っ伏すみたいに倒れ込む。
北斗のすぐ隣。
〇〇「しかも日本人、私と勇人だけなんだって」
北斗「佐野?」
〇〇「うん」
〇〇の声が少し明るくなる。
〇〇「勇人とニューヨークとか絶対うるさい」
北斗「想像つく」
〇〇「ぐるナイのテンションのまま行きそう」
北斗は少し笑ったあと、ぼんやり〇〇を見る。
昔から仲良い二人。
気も合うし、
距離も近い。
ファンから“親友”って言われるくらい自然な関係。
〇〇「でもちょっと安心かも」
北斗「何が」
〇〇「知ってる人いるの」
〇〇は横になったまま北斗を見る。
〇〇「海外のショーって結構緊張するんだよね」
その声は少しだけ素直だった。
北斗は数秒黙ってから、小さく言う。
北斗「……まぁ勇人いるなら安心だろ」
〇〇「うん」
嬉しそうに笑う。
北斗はその顔を見ながら、ぼんやり思う。
廉。
紫耀。
勇人。
〇〇の周りには自然に人が集まる。
みんな〇〇のこと好きになる。
それが当たり前みたいに。
北斗「……モテるな、お前」
〇〇「え?」
北斗「いや別に」
〇〇は不思議そうに笑う。
〇〇「でも勇人ほんと楽しみにしてたよ。“〇〇いるなら安心”って」
北斗「……」
またその言葉。
“〇〇がいるなら安心”。
誰にとってもそうなんだな、と思う。
でも同時に、
自分だけが特別じゃない気がして、
少しだけ苦しくなった。
〇〇はスマホを閉じると、大きく伸びをした。
〇〇「はぁー……やっと一息」
北斗「おつかれ」
〇〇「北斗の看病もしたしね」
北斗「頼んでない」
〇〇「でも助かったでしょ?」
北斗「……まぁ」
素直じゃない返事に、〇〇は少し笑う。
そのまま立ち上がって、クローゼットを開ける。
〇〇「お風呂行ってくる」
北斗「ん」
〇〇は着替えを腕に抱えながら振り返る。
〇〇「北斗、その間ちゃんと寝ててよ?」
北斗「子どもじゃねぇ」
〇〇「病人ですー」
言い返しながら洗面所へ向かう。
数秒後、
〇〇「あっ」
北斗「今度は何」
〇〇「シャンプー切れてたんだった」
北斗「知らん」
〇〇「買っといてって言ったじゃん!」
北斗「熱ある人間に頼むな」
〇〇「忘れてたー」
笑いながらバタバタ戻ってくる。
その慌ただしい感じが、静かな部屋をまたいつもの空気に戻していた。
北斗はベッドにもたれたまま、その姿をぼんやり見る。
〇〇「あと水飲んでね」
北斗「はいはい」
〇〇「ほんとに!」
北斗「分かったって」
やっと満足したのか、〇〇はまた洗面所へ向かう。
ドアが閉まる音。
そのあとすぐシャワーの音が聞こえ始めた。
北斗は小さく息を吐く。
熱はまだある。
頭も重い。
でも不思議と、さっきよりしんどくなかった。
北斗「……帰ってくるだけで違うとか」
自分で言って苦笑する。
洗面所から〇〇の鼻歌が微かに聞こえてくる。
その音を聞きながら、
北斗はゆっくり目を閉じた。
どれくらい寝ていたのか分からない。
北斗はぼんやり目を開けた。
部屋はさっきより暗い。
熱で少し汗ばんでいて、頭もまだ重かった。
でも、さっきよりは呼吸が楽だった。
北斗「……」
静か。
でも完全な無音じゃない。
洗面所の方から、ドライヤーの音が聞こえる。
〇〇がまだ髪を乾かしてるらしい。
北斗はぼんやり天井を見つめたまま、その音を聞く。
一定の風の音。
途中で「あつっ」と小さい声。
多分また変な乾かし方してる。
北斗は小さく笑った。
そのまま身体を起こして、水を飲む。
リビングには〇〇が脱いだカーディガンがそのまま置いてあった。
テーブルには食べかけのお粥の器。
生活感だらけ。
でもそれが妙に落ち着く。
ドライヤーの音が止まる。
少しして、洗面所のドアが開く音。
〇〇「……あ、起きてる」
ふわふわの髪のまま、〇〇が部屋を覗く。
パジャマ姿。
顔も完全にオフ。
北斗はその姿をぼんやり見たまま、小さく息を吐いた。
北斗「長ぇよ」
〇〇「ケアしてたの」
北斗「女子だなぁ」
〇〇「今さら?」
〇〇は笑いながらベッドへ近づいてくる。
シャンプーの匂いがふわっとした。
〇〇「熱どう?」
また自然に額へ手が来る。
北斗は抵抗もしない。
〇〇「んー……ちょっと下がった?」
北斗「多分」
〇〇「よかった」
安心したみたいに笑う。
その顔を見ていると、
北斗はまた思う。
この家に〇〇がいるのが、もう当たり前すぎる。
北斗「……〇〇」
〇〇「ん?」
北斗「ドライヤーうるさかった」
〇〇「最低」
すぐ抗議される。
でも北斗は少し笑っていた。
〇〇はむっとしながらも、ベッドへ腰掛ける。
〇〇「病人のくせに余裕出てきた」
北斗「回復してる証拠」
〇〇「ならよかった」
〇〇はそう言って、濡れた前髪をタオルで拭く。
その何気ない姿を見ながら、
北斗はぼんやり思った。
こういう普通の時間が、
一番離したくないのかもしれない。
〇〇「でも一回ちゃんと測ろ」
北斗「えー……」
〇〇「“えー”じゃない」
〇〇はテーブルの上から体温計を取ってくる。
完全に慣れた動き。
北斗はベッドにもたれたまま、それを受け取った。
北斗「絶対下がってる」
〇〇「その自信どっから」
北斗「感覚」
〇〇「信用ゼロです」
北斗は小さく笑いながら体温計を脇に挟む。
その間、〇〇はベッドの横で髪をタオルで拭いていた。
ドライヤー終わりのふわふわした髪。
眠そうな顔。
完全オフの姿。
北斗はぼんやりそれを見ていた。
ピピッ。
〇〇「どれどれ」
北斗が見る前に、〇〇が体温計を覗き込む。
そして数秒固まった。
〇〇「……38.1」
北斗「え」
〇〇「変わってないじゃん!」
北斗「マジか……」
北斗はそのまま後ろへ倒れ込む。
〇〇は呆れた顔で北斗を見る。
〇〇「全然回復してない」
北斗「感覚では下がってた」
〇〇「その感覚壊れてる」
〇〇は眉を寄せながら、布団を北斗にかけ直す。
北斗「もう測んなきゃよかった」
〇〇「現実逃避するな」
北斗「熱あるとメンタル弱るんだよ」
〇〇「知ってる」
〇〇は少し笑いながら、北斗の前髪を避ける。
熱で額がまだ赤い。
〇〇「今日絶対ちゃんと寝ること」
北斗「はい」
〇〇「水飲む」
北斗「はい」
〇〇「薬飲む」
北斗「……はい」
あまりに素直で、
〇〇は思わず笑ってしまう。
〇〇「ほんと今日レア」
北斗「病人だから」
またそれ。
〇〇は小さく笑いながら、北斗の頬を軽くつついた。
〇〇「早く治してよ」
北斗はその手に少しだけ視線を落として、
小さく呟く。
北斗「……お前がいると寝れない」
〇〇「え!?」
〇〇が一瞬固まる。
北斗は薄く笑った。
北斗「うるさいし」
〇〇「びっくりした!!」
北斗「何期待したんだよ」
〇〇「してないし!」
顔を赤くして抗議する〇〇。
その反応が面白くて、
北斗は久しぶりにちゃんと笑った。
〇〇「もう知らない!」
恥ずかしさをごまかすみたいにそう言って、〇〇は勢いよく立ち上がる。
北斗はベッドの上で小さく笑っていた。
〇〇「病人のくせに余裕あるじゃん!」
北斗「おかげさまで」
〇〇「むかつく!」
〇〇はクッションを軽く北斗へ投げる。
全然力は入ってない。
北斗はそれを普通に受け止めた。
〇〇「もうソファいる!」
北斗「はいはい」
〇〇はそのままリビングへ行ってしまう。
パタパタと足音。
そのあとソファへ倒れ込む音がした。
北斗は静かになった部屋で、少しだけ口元を緩める。
リビングから小さくテレビの音が聞こえ始めた。
〇〇、多分拗ねてる。
でも本気じゃない。
あの感じはただ照れてるだけ。
北斗はぼんやり天井を見ながら、小さく息を吐く。
熱はまだしんどい。
でもさっきより気分は軽かった。
数分後。
リビングから〇〇の声。
〇〇「北斗ー」
北斗「んー」
〇〇「ポカリ飲んだ?」
北斗「……まだ」
〇〇「飲んで!!」
北斗は思わず笑う。
北斗「うるせぇなぁ……」
でもその声が聞こえるだけで、
家がちゃんと家になる気がした。
リビングから〇〇の笑い声が聞こえる。
北斗はぼんやり目を閉じたまま、その声を聞いていた。
〇〇「いやほんとに熱あるの!」
相手に説明してる声。
そのあとすぐ、
〇〇「でもさっきちょっと元気だった」
笑ってる。
多分電話。
北斗は重い頭のまま、なんとなく会話を追う。
〇〇「え、違う違う!」
〇〇「そういう感じじゃないって!」
また笑う。
相手は多分……
北斗(……橋本環奈か)
テンションで分かる。
親友同士の、気を使わない空気。
〇〇「だって急に変なこと言うんだもん!」
向こうでめちゃくちゃ笑われてる気がした。
〇〇「あーもううるさい!」
楽しそうな声。
その音が遠くなったり近くなったりする。
熱のせいで意識がふわふわしていた。
北斗は半分眠ったまま、ぼんやり思う。
〇〇はいつも周りに人がいる。
廉。
紫耀。
勇人。
橋本環奈。
みんな〇〇のことが好きで、
〇〇も自然に愛されてる。
北斗は薄く目を開ける。
寝室のドアの隙間から、リビングの光が少しだけ見えた。
〇〇「えー?ないない!」
また笑ってる。
その声を聞いてるだけで安心する。
でも同時に、
自分だけのものじゃないって当たり前の事実を突きつけられるみたいだった。
北斗「……っ」
少しだけ頭が痛む。
熱がまた上がってる気がする。
意識がゆっくり沈んでいく。
〇〇の声も、テレビの音も、だんだん遠くなる。
最後に聞こえたのは、
〇〇「だから違うってばー!」
っていう、楽しそうな笑い声だった。
北斗はその声を聞きながら、
ゆっくり眠りへ落ちていった。
ーー23:30。
リビングの時計を見て、〇〇は小さく伸びをした。
〇〇「……寝よ」
電話も終わって、テレビも消した部屋は静かだった。
〇〇は洗面所へ向かう。
歯ブラシを取りながら、ふと鏡を見る。
髪ぼさぼさ。
完全オフ。
〇〇「やば」
小さく笑いながら歯磨きを始める。
シャカシャカという音だけが静かに響く。
その間も、少しだけ寝室が気になった。
北斗、ちゃんと寝れてるかな。
熱上がってないかな。
そんなことを考えながら口をゆすぐ。
一方その頃。
北斗は浅い眠りの中にいた。
熱のせいで夢と現実の境界が曖昧になる。
最初は普通だった。
いつもの家。
いつものリビング。
〇〇が笑ってる。
でも途中から少しずつおかしくなる。
北斗「〇〇?」
呼んでも返事がない。
さっきまでそこにいたのに、
気づけば姿が見えない。
部屋だけが静かだった。
北斗は夢の中で立ち上がる。
リビング。
キッチン。
洗面所。
どこにもいない。
北斗「……どこ」
嫌な感覚が広がる。
玄関のドアだけが少し開いていた。
冷たい空気。
北斗は急いで外へ出る。
でも誰もいない。
スマホを見ても連絡はない。
何回電話しても繋がらない。
北斗「〇〇」
声が掠れる。
胸が苦しい。
夢なのに妙にリアルだった。
遠くの方で、
〇〇が誰かと笑っている声だけが聞こえる。
でも姿は見えない。
どんどん遠くなる。
北斗「待って」
伸ばした手が届かない。
その瞬間。
ガクッと身体が揺れて、北斗は息を荒くして目を覚ました。
北斗「……っ、は……」
暗い部屋。
熱い身体。
速い呼吸。
夢だと分かるまで数秒かかった。
北斗は額を押さえる。
嫌な夢だった。
妙に現実感があって、
胸の奥がざわつく。
その時。
洗面所の方から、〇〇の足音が聞こえた。
北斗は無意識にその音へ意識を向ける。
ちゃんといる。
この家に。
その事実だけで、
少しだけ呼吸が落ち着いた。
〇〇は歯磨きを終えると、一度リビングへ戻った。
テーブルの上のスマホが震えている。
〇〇「うわ、仕事だ」
画面を見て小さくため息をつく。
そのままスマホを持って、また洗面所へ戻っていった。
北斗はベッドの上でぼんやりその気配を聞いていた。
まだ胸のざわつきが消えない。
夢のせい。
熱のせい。
頭では分かってるのに、妙に不安が残っていた。
洗面所から〇〇の声が聞こえる。
〇〇「はい、大丈夫です」
仕事モードの声。
さっきまでの柔らかい空気とは違う。
北斗はゆっくり起き上がる。
少しふらつきながら寝室を出た。
洗面所の灯りが廊下に漏れている。
覗くと、〇〇は鏡の前でスマホを耳に当てていた。
髪はラフにまとめられて、
パジャマ姿なのに、
仕事の話になると空気が変わる。
〇〇「ニューヨークは前日入りで大丈夫です」
真剣な横顔。
北斗が来たことにも気づいていない。
北斗はぼんやりその姿を見つめる。
急に。
どうしようもなく触れたくなった。
ちゃんとここにいるって確かめたくなった。
北斗はゆっくり〇〇へ近づく。
そしてそのまま、
〇〇の右肩へ額を預けるみたいに体重をかけた。
〇〇「……!?」
さすがに驚いて肩が跳ねる。
でも電話中。
〇〇「あ、はい……っ」
声が少し揺れる。
北斗は何も言わない。
熱のある身体をそのまま預ける。
〇〇は片手でスマホを持ったまま、もう片方の手で反射的に北斗を支えた。
〇〇「……大丈夫です、はい」
完全に動揺してる。
北斗の髪が首元に触れる。
熱い。
呼吸も近い。
〇〇はなんとか仕事の話を続けながら、小さく北斗を見る。
北斗は目を閉じていた。
しんどそう。
〇〇は少し表情をやわらげる。
そのまま自然に、北斗の頭を軽く撫でた。
北斗の肩が少しだけ力を抜く。
〇〇「……はい、ではまた明日お願いします」
やっと電話が終わる。
スマホを下ろした瞬間、〇〇は北斗を見る。
〇〇「え、どうしたの?」
北斗は答えない。
ただ肩に寄りかかったまま、小さく息を吐く。
〇〇「熱?」
北斗「……夢見た」
掠れた声。
〇〇は少し目を丸くする。
北斗「嫌なやつ」
〇〇「……そっか」
〇〇は優しく返しながら、北斗の頭をまた撫でる。
北斗はそのまま目を閉じた。
〇〇の体温が近い。
ちゃんといる。
それだけで、さっきまでの不安が少しずつ消えていった。
〇〇は北斗を支えたまま、思わず少し笑ってしまう。
こんな北斗、ほんとに珍しい。
普段なら熱があってもしっかり距離を取るし、
弱ってるところなんて絶対見せたがらないのに。
今は違った。
完全に体重を預けてきてる。
〇〇「……え、かわい」
北斗「うるさい……」
すぐ返事は来る。
でも声に全然力がない。
〇〇は嬉しくなって、また頭を撫でた。
さらさらの髪。
熱で少しだけ熱い額。
北斗は抵抗しない。
むしろ少しだけ肩へ擦り寄る。
〇〇「ちょっと待って、ほんとにレアなんだけど」
北斗「知らん……」
〇〇「なにこれ、甘え期?」
北斗は小さく眉を寄せる。
北斗「……熱あるから」
またそれ。
〇〇は吹き出した。
〇〇「便利すぎるでしょその言葉」
北斗は目を閉じたまま、低く呟く。
北斗「……今だけ」
〇〇「え?」
北斗「だから……今だけ許せ」
その言い方が弱すぎて、
〇〇の胸がぎゅっとなる。
〇〇「どうしたのほんと」
北斗「……いなくなる夢見た」
〇〇は一瞬黙る。
北斗の声が、思ったより不安そうだったから。
〇〇「私が?」
北斗は小さく頷く。
〇〇はそのまま北斗の頭を抱えるみたいに軽く引き寄せた。
〇〇「いるじゃん」
北斗「……ん」
〇〇「ちゃんとここに」
北斗はゆっくり目を開ける。
鏡越しに、〇〇と目が合った。
〇〇は少し困ったみたいに笑ってる。
でもその顔がすごく優しい。
〇〇「ほんと今日甘えんぼだね」
北斗「……悪いかよ」
〇〇「悪くない」
即答。
〇〇はなんだか嬉しくて仕方なかった。
こんな風に北斗が頼ってくること、ほとんどない。
いつも一人で抱え込む人だから。
だから余計に、
今この瞬間が特別に感じる。
〇〇「もうちょいこうしてる?」
北斗は数秒黙ってから、小さく頷いた。
〇〇「ふは、素直」
北斗「……今日だけ」
〇〇「はいはい」
〇〇は笑いながら、そのまま北斗を支える。
洗面所の小さい空間。
静かな夜。
北斗の熱い体温が肩に伝わってくる。
〇〇はその重ささえ、なんだか愛おしく感じていた。
北斗は〇〇の肩へ額を預けたまま、ゆっくり息を吐く。
熱でぼんやりしてるのか、
いつもより距離感がおかしかった。
〇〇「北斗、立てる?」
北斗「……んー」
返事が曖昧。
そのまま北斗の腕がゆっくり〇〇の腰へ回る。
〇〇「……え」
後ろから包み込むみたいな形。
完全にバックハグだった。
しかも北斗はそのまま額を〇〇の肩へ押しつける。
体重まで預けてくる。
〇〇「ちょ、北斗」
北斗「……動けない」
声が低くて、熱で少し掠れてる。
〇〇は一瞬固まった。
近い。
近すぎる。
背中に北斗の体温が全部伝わってくる。
〇〇「え、ほんとに大丈夫?」
北斗は小さく首を横に振る。
その動きで髪が首元に触れて、〇〇は変にくすぐったくなる。
北斗「……このまま」
〇〇「このまま?」
北斗「ちょっとだけ」
弱った声。
普段の北斗からは考えられないくらい素直だった。
〇〇は鏡越しに北斗を見る。
目を閉じてる。
完全に安心しきった顔。
〇〇「……レアすぎる」
思わず小さく笑う。
北斗「笑うな……」
〇〇「だって北斗がこんな構ってちゃんなの初めて見る」
北斗は返事をしない。
代わりに少しだけ腕の力が強くなる。
〇〇「うわ」
北斗「……いなくなんな」
熱で判断が鈍ってる。
だから多分、思ってることがそのまま出てる。
〇〇はその言葉に少し目を丸くした。
でもすぐ優しく笑う。
〇〇「どこ行かないよ」
北斗「……ほんと?」
〇〇「うん」
〇〇はそのまま北斗の腕を軽く撫でた。
北斗は安心したみたいに小さく息を吐く。
その姿があまりにも無防備で、
〇〇は胸の奥がじんわり熱くなる。
いつもは絶対こんな風に甘えてこない。
強がって、
平気な顔して、
全部抱え込む人なのに。
今だけは違った。
〇〇「今日の北斗かわいすぎるなぁ……」
北斗「……後で忘れる」
〇〇「忘れない」
即答。
北斗は小さく眉を寄せながら、さらに肩へ体重を預けた。
〇〇は苦笑しつつ、その重みをちゃんと支え続けた。
〇〇は鏡越しに北斗を見る。
後ろからぎゅっと抱きついたまま、
肩へ額を預けて、
半分眠そうな顔。
熱でぼんやりしてるせいか、いつもの警戒心が全部消えていた。
〇〇「……やば」
北斗「ん……?」
〇〇「かわいすぎる」
北斗は小さく眉を寄せる。
でも離れない。
むしろ少しだけ擦り寄ってくる。
〇〇は完全にやられていた。
〇〇(なにこれめろい……)
普段の北斗を知ってるから余計に破壊力がすごい。
絶対こんなの激レア。
しかも本人無自覚。
〇〇は耐えきれず小さく笑う。
〇〇「これ樹に言お」
北斗「……言うな」
即反応。
でも声に力がない。
〇〇「えー絶対言う」
北斗「やめろ……」
〇〇「“いなくなんな”って言ってたって言お」
北斗「……っ」
耳まで少し赤くなる。
熱だけじゃない。
〇〇はそれを見てさらに笑ってしまう。
〇〇「風磨にも言いたい」
北斗「最悪……」
〇〇「“北斗が甘えてきた!!!”って」
北斗は片手で〇〇の服を軽く掴む。
北斗「……ほんとやめろ」
〇〇「なんでー?」
北斗「一生いじられる……」
〇〇「確かに」
想像できてしまう。
樹は大爆笑するし、
風磨は絶対動画撮れって言う。
〇〇は楽しそうに笑いながら、北斗の腕を軽くぽんぽんした。
〇〇「でもほんとかわいい」
北斗「……熱だから」
〇〇「はいはい」
もう何回聞いたか分からない言い訳。
〇〇はそのまま後ろを振り返ろうとして、
でも北斗がくっついてるせいで上手く動けない。
〇〇「重いー」
北斗「……知らん」
〇〇「絶対元気になったら通常モード戻るじゃん」
北斗「戻る」
即答。
〇〇は少し残念そうに笑った。
〇〇「もったいな」
北斗「何が」
〇〇「今の北斗、限定SSRくらいレア」
北斗は小さく吹き出す。
笑うと少し咳が出る。
〇〇「ほらー!」
〇〇はすぐ背中をさする。
その優しい手に、
北斗はまた目を閉じた。
安心する。
悔しいくらいに。
〇〇「はい、もう移動します」
北斗「……ん」
〇〇は北斗の腕をぽんぽん叩く。
でも北斗はまだ後ろから抱きついたまま離れない。
〇〇「北斗ー」
北斗「……」
〇〇「ベッド行こ?」
その言葉で、やっと少しだけ力が緩む。
〇〇は振り返って北斗を見る。
熱でぼんやりした顔。
眠そうな目。
完全にオフ。
〇〇「ほんと今日かわいいな」
北斗「うるさい……」
〇〇は笑いながら北斗の腕を引く。
北斗はふらっと立ち上がった。
でもすぐ〇〇の肩へ寄りかかる。
〇〇「重い重い!」
北斗「……体調悪い人間に厳しい」
〇〇「病人カード使いすぎ」
二人でゆっくり寝室へ向かう。
夜の静かな廊下。
北斗は半分寝ながら歩いてるみたいだった。
〇〇「ちゃんと歩いてー」
北斗「歩いてる……」
声がとろとろ。
〇〇はもう笑いを堪えきれない。
ベッドへ着くと、北斗はそのまま倒れ込むように座った。
〇〇「ほら横になる」
北斗は素直に布団へ入る。
そのまま〇〇の服の裾を軽く掴んだ。
〇〇「……ん?」
北斗「どっか行く?」
〇〇「行かないよ」
北斗「……ならいい」
〇〇はそのやり取りだけでまた胸がぎゅっとなる。
普段の北斗なら絶対こんなこと言わない。
〇〇はベッド横へ座って、前髪をそっと整えた。
〇〇「安心した?」
北斗は薄く目を開ける。
そのまま小さく頷いた。
〇〇「よしよし」
頭を撫でる。
北斗は抵抗しない。
むしろ少し気持ちよさそうに目を細めた。
〇〇(ほんとに今日どうしたんだろ……)
でも嫌じゃない。
むしろ、
こんな風に頼られるのが嬉しかった。
北斗「……〇〇」
〇〇「んー?」
北斗「ここいろ」
〇〇は一瞬きょとんとしたあと、少し笑う。
〇〇「はいはい」
そのままベッドへ軽く腰掛け続ける。
北斗は安心したみたいにまた目を閉じた。
掴んだ裾だけは、
最後まで離さなかった。
〇〇はベッドの端へ腰掛けたまま、北斗を見る。
クイーンベッド。
二人で住み始める時に買ったものだった。
最初は「広い方が楽じゃん」って軽いノリで決めた。
でも実際置いてみたら想像以上に大きくて、
配送の日、二人でめちゃくちゃ笑ったのを思い出す。
〇〇「これ買った時さ」
北斗「……ん」
半分眠った声。
〇〇「でかすぎって二人で騒いでたよね」
北斗は薄く笑う。
北斗「お前、“ホテルみたい!”ってはしゃいでた」
〇〇「言ったかも」
〇〇は笑いながら、ベッドを軽く叩く。
今はその広いはずのベッドで、
北斗が〇〇の服を掴んで離さない。
〇〇「全然広く使えてないけど」
北斗「……いいだろ別に」
熱で少し掠れた声。
〇〇はまた笑ってしまう。
普段なら絶対「離れろ暑い」とか言うのに。
今日は真逆。
〇〇「ねぇ、隣いる方が安心する?」
北斗は数秒黙る。
そのあと、小さく頷いた。
〇〇「……素直」
〇〇の胸がじんわり熱くなる。
こんな北斗、自分しか知らない。
ファンも。
メンバーも。
多分見たことない。
〇〇は少しだけ嬉しくなって、ベッドへ上がった。
北斗の隣。
クイーンベッドだから余裕はあるのに、
北斗は自然に〇〇の方へ寄ってくる。
〇〇「近い近い」
北斗「……寒い」
〇〇「絶対嘘」
でも〇〇は嫌がらない。
むしろ少し笑いながら布団を整える。
北斗は安心したみたいに小さく息を吐いた。
〇〇は横になって、天井を見上げる。
静かな夜。
隣には熱で弱った北斗。
こんな時間が、
なんだかすごく大事に感じた。
その時。
北斗の手がゆっくり〇〇の手首を掴む。
〇〇「ん?」
北斗「……いる?」
眠そうなまま確認してくる。
〇〇は思わず吹き出した。
〇〇「いるよ」
北斗「……ならいい」
その返事を聞いて、
北斗はやっと安心したみたいに目を閉じた。
部屋の電気はもう落としてあった。
間接照明だけの薄暗い空間。
〇〇は隣で眠そうにしてる北斗を見つめる。
熱のせいか、呼吸が少し深い。
でもさっきより表情は落ち着いていた。
〇〇「……安心した?」
小さく聞く。
北斗は目を閉じたまま、ゆっくり頷いた。
そのまま〇〇の手首を掴んだ手に少し力が入る。
〇〇は思わず笑ってしまう。
〇〇「離しませんって」
北斗「……うん」
返事がもう半分寝てる。
〇〇は天井を見ながら、ぼんやり思う。
今日の北斗、本当に甘えんぼ。
夢のせいもあるんだろうけど、
多分熱で心細いのもある。
普段絶対言わないことばっかり言うし、
距離も近いし、
構ってオーラがすごい。
〇〇(ほんとレアだなぁ……)
なんだか嬉しくて、
〇〇は北斗の髪をそっと撫でた。
すると北斗が少しだけ目を開ける。
北斗「……なに」
〇〇「撫でたくなった」
北斗「犬みたいに言うな」
〇〇「かわいいから」
北斗は小さく眉を寄せる。
でも嫌がらない。
むしろ目を細めて、そのまま〇〇の方へ少し寄った。
〇〇「うわ、近い」
北斗「……お前が来た」
〇〇「そうだけど」
二人の距離はほとんどゼロだった。
クイーンベッド広いのに意味ない。
〇〇は笑いながら布団を直す。
その時、北斗がぼそっと呟いた。
北斗「……明日もいる?」
〇〇「いるよ」
即答。
北斗は安心したみたいに息を吐く。
〇〇「どんだけ確認するの」
北斗「……確認したい」
弱った声。
〇〇はまた胸がぎゅっとなる。
〇〇「そんな不安?」
北斗は少し黙った。
暗い部屋。
静かな空気。
その中で、熱に浮かされたみたいに小さく言う。
北斗「……いなくなるの嫌」
〇〇は目を丸くした。
その言葉があまりにも真っ直ぐで。
北斗本人も、多分今しか言えない。
〇〇はゆっくり笑って、北斗の手を軽く握り返した。
〇〇「大丈夫」
北斗「……ん」
〇〇「ちゃんといるから」
その声を聞いた瞬間、
北斗の力が少し抜ける。
安心したみたいに目を閉じて、
そのままゆっくり眠りへ落ちていった。
でも手だけは、
最後まで〇〇を掴んだままだった。
静かな寝室。
エアコンの小さい音だけが響いている。
北斗は眠ったまま、〇〇の手を握っていた。
熱で少し熱い手。
でも握る力はさっきより落ち着いている。
〇〇はその横顔をじっと見つめた。
寝顔、ほんと静か。
起きてる時はあんなにひねくれてるのに。
〇〇「……かわい」
小さく呟く。
もちろん返事はない。
〇〇は少しだけ身体を横向きにして、北斗へ近づく。
前髪が少し邪魔そうだった。
そっと避ける。
熱はまだある。
でもさっきみたいな苦しそうな感じは減っていた。
〇〇「ちゃんと寝れてる」
安心したみたいに笑う。
その時。
北斗が眠ったまま少し眉を寄せた。
〇〇「ん?」
何か夢を見てるみたいに、小さく呼吸が揺れる。
そして。
北斗「……〇〇」
寝言。
〇〇は一瞬固まった。
北斗「……行くな……」
掠れた声。
〇〇は目を丸くしたまま、数秒止まる。
それから、ふっと優しく笑った。
〇〇「行かないって」
寝てるから聞こえてないのに、
自然と返事をしていた。
〇〇は北斗の頭を軽く撫でる。
すると北斗の眉が少しだけ緩む。
〇〇「どんだけ不安なの」
小さく笑いながら呟く。
でもその不安を向けられてることが、
少し嬉しかった。
〇〇はそのまま北斗の手を握り返す。
すると北斗が無意識に近づいてくる。
ほとんど抱きつくみたいな距離。
〇〇「うわ、近」
でも離れない。
熱のせいで体温が高い。
その温度がじんわり伝わってくる。
〇〇はぼんやり天井を見上げた。
こんな北斗、初めて見る。
弱ってて、
甘えてきて、
離れたくないって顔してる。
〇〇(樹に言ったら絶対信じないな)
そんなことを思って少し笑う。
その瞬間、
北斗が眠ったまま〇〇の肩へ顔を埋めた。
〇〇「……っ」
完全に無意識。
でも破壊力がすごい。
〇〇は静かに悶えた。
〇〇(やばい、めろい……)
心臓がうるさい。
なのに北斗は何も知らずに安心した顔で眠っている。
〇〇は観念したみたいに小さく息を吐いて、
そのまま北斗の背中へそっと腕を回した。
「大丈夫だよ」
小さい声でそう呟くと、
北斗は安心したみたいにさらに力を抜いて眠り続けた。
ーー3:15。
〇〇は薄く目を開けた。
部屋は真っ暗。
隣から規則正しい寝息が聞こえる。
〇〇「……ん」
ぼんやりした頭で数秒天井を見る。
それから小さく眉を寄せた。
トイレ行きたい。
でも。
〇〇はゆっくり視線を横へ向ける。
北斗、爆睡してる。
しかもかなり近い。
肩へ顔を埋めるみたいな体勢のまま、完全に眠っていた。
手もまだ〇〇の服を軽く掴んでる。
〇〇「……かわい」
寝顔があまりにも無防備。
熱で疲れてたんだろうな、と思う。
さっきまで不安そうだったのが嘘みたいに、今はすごく安心した顔をしていた。
〇〇はそっと北斗の前髪を避ける。
熱は少し下がった気がする。
呼吸も落ち着いてる。
〇〇「よかった」
小さく呟いてから、再び現実へ戻る。
……トイレ行きたい。
でも離れたら起きそう。
〇〇は慎重に北斗の手を外そうとする。
すると。
北斗「……ん……」
〇〇「っ!」
止まる。
北斗は少し眉を寄せたあと、また〇〇へ擦り寄った。
完全に寝てる。
〇〇は思わず笑いそうになる。
〇〇(どんだけくっつくの)
でも可愛くて起こしたくない。
〇〇はかなり慎重に、少しずつ身体を抜け出した。
北斗の手が空気を探すみたいに動く。
〇〇「ごめんごめん」
小声で謝りながら、やっとベッドから降りる。
その瞬間。
北斗は無意識に〇〇がいた場所へ移動して、枕へ顔を埋めた。
〇〇「……え」
そこ、さっきまで〇〇がいた場所。
しかも安心したみたいな顔してる。
〇〇は完全にやられた。
〇〇(やば……めっちゃかわいい……)
夜中なのに静かに悶える。
こんなの見たらもう無理だった。
〇〇は口元を押さえながら洗面所へ向かう。
でも途中で一回振り返る。
クイーンベッドの真ん中で、
〇〇のいた場所にくっついて眠る北斗。
普段とのギャップがすごすぎて、
〇〇はまた小さく笑ってしまった。
ー
〇〇は静かに寝室へ戻ってきた。
薄暗い部屋。
北斗はまだ爆睡している。
しかも〇〇がいた場所へ完全に移動済み。
布団まで抱え込んでる。
〇〇「……なにこれ」
思わず笑ってしまう。
〇〇はベッドへ上がろうとして、北斗の肩を軽く押した。
〇〇「北斗ー、ちょっとずれて」
反応なし。
完全に寝てる。
〇〇「おーい」
もう一回軽く押す。
すると。
北斗がうっすら眉を動かした次の瞬間、
無意識のまま〇〇の腰へ腕を回した。
〇〇「……っ!?」
そのままぐいっと引き寄せられる。
完全に抱き枕扱い。
〇〇はバランスを崩して、そのまま北斗の胸へ倒れ込んだ。
〇〇「え、ちょ、北斗!?」
でも北斗は起きない。
むしろ安心したみたいに〇〇へ顔を埋める。
腕の力も意外と強い。
〇〇「……うそでしょ」
〇〇の心臓が一気にうるさくなる。
近い。
近すぎる。
熱の残る体温。
規則正しい寝息。
北斗は完全に無意識だった。
〇〇を抱えたまま、小さく息を吐く。
北斗「……ん……」
〇〇「起きてる?」
返事なし。
寝てる。
完全に。
〇〇はしばらく固まったまま動けなかった。
だって今の北斗、
大型犬みたいに〇〇へくっついて安心しきってる。
〇〇(やばい……ほんとにかわいい……)
しかも普段とのギャップがえぐい。
〇〇は顔を隠すみたいに北斗の肩へ額を押しつける。
心臓が落ち着かない。
北斗はそんなことも知らず、
〇〇の背中へ腕を回したままさらに密着してくる。
〇〇「……重いってば」
小声で言う。
でも全然嫌じゃない。
むしろ、
この無防備さを向けられてることが嬉しかった。
〇〇は観念したみたいに小さく笑う。
そのまま北斗の髪をそっと撫でた。
北斗は安心したみたいにさらに力を抜く。
〇〇「……ほんと今日だけだからね、こんなの」
そう呟きながら、
〇〇は北斗に抱き込まれたまま、ゆっくり目を閉じた。
ーーーーーーーーー
☀️7:35。
カーテンの隙間から朝の光が差し込む。
北斗はゆっくり目を開けた。
頭はまだ少し重い。
でも昨日よりだいぶ楽だった。
熱も少し下がってる気がする。
北斗「……ん」
ぼんやりしたまま身体を動かそうとして、
そこで違和感に気づく。
……近い。
視線を下げる。
〇〇がいる。
しかも完全に腕の中。
北斗の胸へ顔を埋めるみたいに眠っていた。
北斗「…………」
数秒、思考停止。
昨夜の記憶が少しずつ戻る。
夢。
不安。
洗面所。
バックハグ。
“いなくなんな”。
北斗「……うわ」
思わず片手で顔を覆う。
やばい。
熱で色々終わってる。
しかも今、
北斗の腕は〇〇の背中へ回ったまま。
〇〇も自然にくっついて寝てる。
距離ゼロ。
北斗は静かに天井を見上げた。
北斗(死にたい……)
昨日の自分を思い出してじわじわ恥ずかしくなる。
絶対甘えすぎた。
しかも〇〇、多分全部覚えてる。
その時。
〇〇「……ん」
腕の中で小さく動く。
北斗「っ」
固まる。
〇〇はまだ半分寝てるみたいに、北斗へ擦り寄った。
北斗の心臓が変な音を立てた。
〇〇「……ほくと」
寝ぼけ声。
北斗「……起きてる?」
〇〇「んー……」
完全には起きてない。
でもそのまま北斗の胸へ顔を埋める。
北斗はもう限界だった。
北斗(無理だろこれ……)
朝から心臓に悪すぎる。
しかも〇〇、無防備すぎる。
北斗は逃げるように視線を逸らす。
でも腕は解けない。
解きたくない自分もいる。
その時、
〇〇がゆっくり目を開けた。
数秒ぼーっとして、
今の体勢を理解する。
〇〇「……え」
北斗「……」
〇〇「……近」
北斗「お前が来た」
即答。
〇〇「絶対違う!」
朝一で小競り合いが始まる。
でも北斗は久しぶりに、
熱以外で顔が熱かった。
〇〇「ていうか離して」
北斗「……あ」
そこでようやく自分の腕に気づく。
〇〇の背中へ回ったまま。
北斗は慌てて腕を離した。
北斗「悪い」
〇〇「遅い」
〇〇は少しだけ赤くなった顔を隠すみたいに布団へ潜る。
北斗「お前も顔赤いじゃん」
〇〇「うるさい!」
北斗「図星」
〇〇「北斗のせいだから!」
北斗は少しだけ笑う。
昨日まであんなに苦しかったのに、
今はこうして普通に話せてる。
その事実だけで少し安心した。
〇〇「……熱あるくせに元気になってる」
北斗「お前がうるさいから目覚めた」
〇〇「最低」
〇〇はむっとしながら枕を北斗へ押しつける。
北斗「危な」
北斗は笑いながらそれを受け止めた。
その時。
ぐぅぅ……
静かな部屋に小さな音が響く。
一瞬止まる。
〇〇「…………」
北斗「……今の」
〇〇「聞こえてない」
北斗「めちゃくちゃ聞こえた」
〇〇「聞こえてない!」
〇〇は布団へ顔を埋める。
北斗は肩を震わせながら笑った。
〇〇「笑うな!」
北斗「いや無理」
〇〇「最悪……」
北斗「腹減った?」
〇〇「……減った」
北斗「素直かよ」
〇〇「だって昨日ちゃんと食べてないし……」
北斗はベッドからゆっくり起き上がる。
まだ少しふらつくけど、
昨日より身体は軽かった。
〇〇「え、大丈夫?」
北斗「平気」
〇〇「病人なんだから座ってて」
北斗「お前の方が世話焼きすぎ」
〇〇「誰のせいだと思ってるの」
北斗「……俺か」
〇〇「そう」
北斗は少しだけ目を細める。
こんな朝が、
ずっと続けばいいのにと思った。
コメント
3件
最高すぎて滅🫶🤞
いちごみるく先生、第99話読了しました! もうね、北斗が熱で弱ってるのにめっちゃ甘えてて、普段のツンデレとのギャップがやばかったです。“いなくなるの嫌”って寝言も、無意識に抱きしめるとこも、全部尊すぎて悶えました。〇〇ちゃんの看病も自然で、二人の距離が確実に縮まってるのが伝わってきて、次が気になりすぎます! お疲れ様です、続き楽しみにしてます🔥