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ふたつの道 後編

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ふたつの道 後編

1 - 後編

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2022年07月31日

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━━━━どれだけ呆けていただろう。数時間、数日、数ヶ月…いや、もしかしたらまだ数秒しか経っていないのかもしれない。目の前で死んだ顔をした自分が座っている事以外何も無い。それ以上に探すものも気力もない。ひたすら叫び、暴れ、泣いても悔やんでも腹が減ることはなく眠ることも出来なかった。ただこの謎の空間で、あるかないかもわからない時間をボーッと消費し続けるだけだった。

あぁ、俺、何してるんだろう。

無性に自分を酷く傷つけたくなる。血が赤黒く染み付いたシャツの右袖をまくると、虫に刺されたような小さな傷から熊に引っかかれたような大きな傷まで、白くサラサラとした肌を覆っていた。不思議と痛みは感じなかった。それと同時に、死ぬ事は許されないと確信した。時々、目の前にいる自分が話しかけてくるがそれに反応するのも面倒くさく無視し続ける。今も…。

「どうしてそんなに落ち込んでいるの?」

「…」

「どうして何も答えないの?」

「…」

「やっぱり、あいつらの事気にして…」

「黙れ!」

突然声を荒らげると、自分は肩をビクッと震わせしゅんと小さくなってしまった。これ以上思い出したくない現実、頭に浮かんでくるだけで虫唾が走るようなあの光景は、双刃の心を酷く蝕んでいた。涙は出ない。出るのはか細い呻き声だけ。

「…大丈夫?」

「あぁ…」

「苦しそうだね…お茶でも飲んだら?」

「…あぁ…」

飲めるわけねぇだろ。頭で適当な返事しか出来ず、話のほとんどを右から左へ流す。しかし、今日…『今』の自分は前よりよく喋ることだけはわかった。

誰かに心配して欲しいという気持ちが働いているのだろうか。こういう時に皆が心配してお茶やらお菓子やらゲームの誘いやらしてくれたら…。

そんな考えを働かせていると、また胸が苦しくなる。 時々楽しかった思い出がでてくると瞼の裏がじんわり暖かくなる。ごめんなさい、そんな言葉しか出ずまた無意識に自分を傷つける。

やはり自分に生きている意味は、価値はあるのだろうか。ここから出られたとして合わせる顔は?言葉は?周りの目は?

『俺も俺なりに反省してるし、みんなもみんななりに反省してる。面と向かって話し合って、その結果を伝えたくて、また戻ってきて欲しくてだから…』

だから…何だったのだろう。なぜ先の言葉に耳を貸さなかったのだろう。今更になってあの時のことを後悔する。あの時に見た涙と後ろ姿は、心が虚無に覆われている今でも鮮明に思い出される。それと同時にあの忌々しい光景も…。

突然心臓が苦しくなる。激しく咳き込み、全身に滝のように汗が流れ思わず四つん這いになり顔を伏せる。無意識に呼吸を止めていたかと思ったが、違う。確実にかつ誰かの手により肺から心臓部分を強く締め付ける力が働いていた。そしてその苦しみには、既視感があった。

「やぁやぁ、お目覚めかな?」

場違いなほど明るい声に、呼吸が、内蔵の機能が、あるはずのない時が一瞬だけ止まったように感じた。聞き覚えのある、もう二度と聞きたくなかったあの声が今まさに目の前から響いているのだ。

「どうしたんだい?話しかけられたら、まず相手の目を見て挨拶するのが常識だろう?」

目の前の人物はそう言うとしゃがみこみ、少々乱暴にこちらの顎を掴むとゆっくり前へ向けた。

一切光のない黒く鈍い瞳とはっきり目が合った。

「あ、あぁ…ヴァールさ…」

「はぁい、ヴァールさんで〜す!うんうん、まだ声は出せるねぇ。じゃあ次は、身体テストをしてみよっか。」

息苦しさは消えたものの、絶えず咳は続いている。頭がぼーっとし気絶しそうになるのもつかの間、ヴァールさんの背後から押しつぶされそうな程の殺気を感じた。ヴァールさんがひょいっと避けると鉄パイプを片手に今にも振り下ろしそうな体制をとった自分がいた。驚きながらも反射的に右に転がり避けると、ガンッという鈍い音と共に鉄パイプが床にヒビを入れる。もしあれが直撃していたら、そう考えると背筋が凍り悲鳴が出そうだった。

「おや?よく良けれたねぇ。でも避けるだけじゃテストは終わらないよ?さ、続きも頑張りたまえ〜!」

ヴァールさんがそう言い放つと、背後にどこからともなく現れた『次元の切れ目』に飛び込み、そのまま消えてしまった。

「え、ちょ、ヴァールさん…!」

手を伸ばしかけると、いつの間に背後に回ったのかまたも鉄パイプを持った自分が、殺意剥き出しでこちらを攻撃しようとしていた。

「…っやるしか、ないのか…」

1度飛び退き2、3mほど離れたところで向かい合う。目の前にいる自分が感情だということは大体想像がつく。しかしなぜ突然襲いかかってきたのか、ヴァールさんが関係していることは確実。ならどう操った?あの時、能力を使われた時、あの時から既に干渉していたのか?いや、しかし皆と戦った時は意思があった。感情に任せむやみやたらに暴れていた訳では無い。

それに、何か『使命』なるものがあったはずだ。その使命とは、何だ?誰に言い渡された?誰が何の目的で?

「なんなんだ…?」

思わず考え込み相手から一瞬目を離してしまう。その隙にものすごい速さでこちらに距離を詰めてきた。鉄パイプの尖った先端部分を顔に突き刺すように構え、猛突進してくる。考え事や体力が大幅にダウンしていることもあり、避けきれず頬に傷を負ってしまった。血の流れるくすぐったい感覚がハッキリと伝わってくる。

しかし、息を整える暇もなくあちらは攻撃を仕掛けてくる。反撃する暇はなく一方的に防ぐしかなかったが、相手は仮にも自分。攻撃パターンは自然と読み切っていた。

そしてその時間は、ここから逃げる作戦を考えつくのに十分な暇を与えた。

初めてこの場所で自分の感情と出会い、逃げ出した時、自分のいた階は4階。そして自分の部屋番号は410、1番奥の病室だ。部屋を出てすぐ左には長い廊下、そこを走っていくうちに410、409、408と番号が減っていく。そして405と404号室の間には階段があった。そこを降りていくと、3階、2階、そして1階の受付前まで来る。

しかし、勢いで3階に降りた時に病室の扉や番号は見えなかった。いや、そこに存在していなかった。それは2階も1階も同様だ。それはなぜか、記憶上になかったからだ。もし今いるこの空間が自分の心だとするならば、自分はどこの病院におり、どの階のどの部屋にいるかをある程度把握することは容易い。

だが病院内の構造はどうだろう。1度も来たことの無い病院内の構造、しかも部屋を完全に把握できるわけが無い。4階の、自分のすぐ近くの部屋は見た事あるため、記憶に残るのは当たり前。3階2階は1度も訪れたことがなかった、つまり記憶になかったということは走っている時に部屋が存在しなかったことに説明がつく。そしてここが自分の記憶、心の中だという仮定は目の前にいる自分と先程の推理、ヴァールさんの存在で全て説明できる。

最後のまとめだ。ここから逃げる、目を覚ます方法は感情を殺すことでも、自害することでも、ヴァールさんを倒すことでもない。ただ1つ、この病院内から脱出する方法がある。

全ての考えがまとまった瞬間、一瞬の隙を見て、目の前の自分を押しのけ4階まで全速力で走る。階段を上るのはやはり体力が必要だったがそれは感情も同じ。もう底を尽きるギリギリの体力を振り絞り、4階まで上がりきる。それと同時に、402号室へ向かうとその部屋だけ扉が開いていた。この部屋を使用している患者には時折おじゃましていた。その時知ったことだが、その患者は閉ざされた部屋が苦手らしく、常に扉が開いていた。それは窓も同様、つまり…。

「ま、待て、逃げる気か!」

「あぁ、お前と…俺とこれ以上無意味な戦いはしたくないからな。それに、もうそろそろ目を覚まさなくては、あの人たちに謝らないと…。」

「くっ…俺はいつもそうだ!逃げてばっかで何も出来ない、何をしても失敗ばかり、その失敗を恐れて適当な理由をつけて、常に逃げてきた。これ以上逃げても迷惑をかけるだけだ、いっそ死んだ方がいいんじゃないか?」

やはり、言葉の底に沈めた考えを掘り返し言われるのは苦しいものだ。胸をギュッと押さえ1度深い深呼吸をし開け放たれた窓際にもたれる。あるはずのない風を感じた気がした。

「…死んだ方がいい、か。そうだな、確かに俺はいない方がいいかもしれない。けど、それでも待っててくれる人がいる。1人、知っている限りではね。」

左手の人差し指を唇に当て、薄笑いで見つめ返すと、鉄パイプを構え酷く息切れしている自分が目を小さくしはっとこちらを再度見る。カランっとパイプを落とし膝から崩れ落ちぺたりと座り込む。その顔からは大粒の涙が流れていた。

「…じゃあ、俺はこれで失礼するよ。またどこか、夢ででも会おう、感情の俺。」

感情が何かを言いたそうに手を伸ばそうとしていたが、留まることなく体を後ろへ倒しそのまま暗闇の中へ落ちていく。スっと意識を離す瞬間、あの時窓辺から聞いた賑やかな人々の声が聞こえた気がした。

━━━━━━━━━━━━━━━

「ヴァールさん、話があります。」

「…んだよ、こんな真夜中の路地裏で。別に人なんて殺しちゃいねぇが?」

「それとは別です。ヴァールさん、俺忠告しましたよね?あの人にだけは手を出すなと…」

「あ〜、んな事も言ってたなぁ。どうでもよすぎて忘れてたわ。」

「いい加減にしてください!なぜいつも自分勝手なんですか、なぜ言うことが聞けないんですか!この間だってそうだ、くろんさんの指示を聞かず勝手に動いて、巻き込むはずじゃなかった人達まで巻き込んで…一体何が…」

「黙れ。あまり知ったような口をきくな、腹が立つ。大体、俺はお前らの仲間に入った覚えも、お前らに協力するって言った覚えもねぇ。勝手に仲間扱いすんな。」

「それでも…」

「口答えするな、お前の声聞いてるだけでもイライラする…そんなに友情ごっこしたいなら勝手にしとけ!だがあまり俺を巻き込むなよ、何度でも言ってやる、俺はお前らの仲間でも親友でも家族でもねぇからな、わかったか!」

「…」

「…悪ぃな、もうあんなクソみてぇな社会には戻りたくないんだ。そう思ってんのは俺だけじゃない、お前もくろんさんも…朱華さんもな。」

「…!? お前…」

「じゃあな、しばらくその面見せんな。せいぜいお仲間ごっこ楽しんでくださーい。」

「……っもしもし、くろんさん。はい、はい…すみません。まぁ、余計な情報は漏らされてないのでまだ時間はあるかと…はい、わかりました。失礼、します……。」


「また、戻っちまうのかな。」

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