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−蝉が煩くジワジワと鳴く中、ホールでは葬儀社と花屋の方々が慌ただしく式の準備をしている。
その中に担当者を見つけた。
「失礼致します、納棺師の松澤です。処置にお伺いいたしました」
お辞儀をし挨拶をすると、担当者の男性が早足でこちらですと案内をしながら続けた。
「葬式当日だと言うのにお顔色が優れません。変色が始まりつつあるのでその辺りの処置をお願いします」
「わかりました。ドライアイス二キロ追加お願いします」
葬式までの時間が刻一刻と迫っているためお互いの足取りに焦りが現れる。
私はいつもその場を凌ぐ生き方をしていた。人付き合いも金銭面も家族関係も、全てにおいてその場を漂う線香の煙かのようにふわふわと浮遊した人生。私が唯一没頭できたのが「死」だった。死というのは私自身をリアルに引き込んでくれるもので、思考することによって生きている事を自覚させてくれた。
考えることを放棄するということは人間をやめることと同じだ。一度それから逃げたことで私は死を見た。
「失礼致します」
ある一室に通され、私は一礼をした。手を合わせ面布を外し故人様の顔色の状態を確認する。
「二十分程度の処置で間に合いそうです。本日もよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします。何かありましたらお声がけください」
担当者はそう言い残すと部屋から退室した。この空間では処置をする作業音しか鳴り響かない。
静寂の中、目の前の死に触れるととても生きている実感が湧く。生を自覚するために今日も他人の死に触れる。