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―――
翌日俺は熱を出した。
「仁ちゃん大丈夫…?」
「大丈夫大丈夫」
心配そうに顔を歪める舜太が悲しかった。
何をしてんだ俺は…。
「とりあえず解熱剤と、スタッフさんがユンケル買ってきてくれるって。1番たっかいやつ!」
「はは…ほんと申し訳ない」
「今日乗りきったらあとは帰って休み?明日は仁ちゃんオフなんやろ?」
「うん…でもほんと、大丈夫だから。あんがと」
「うん…」
昨日からの一連の流れを思い出すと顔から火が出そうな程恥ずかしい。
社会人らしからぬマヌケさだ。
プライベートで体とメンタルを崩して熱まで出して周りに心配をかけている。
…今日現場入りしてすぐに俺の体調の変化にいち早く気が付いたのは皮肉なことに勇斗だった。
…………
「…ぉはざまーす」
「…」
顔を合わせるのが怖い…なんてことはこの夜に100回はシミュレーションして乗り越えた。
そのせいで気が付いたら朝になっていたが。
あの後俺は数時間かけて自宅まで歩いた。
電車に乗る、タクシーを拾う、なんて考える暇もなくただ無心に足を進めているうちに家に着いていた。
その間雨はずっと降っていた。
滴るなんてレベルではなく、まるで水槽から上がってきたかのように全身がびしょ濡れで、ずっしょりと足跡を付けながらマンションのエントランスを通って部屋に着いた。
「…仁人。」
「…なに」
「ちょっと」
「な、なに…」
シミュレーションはしたのに。
色んな展開を予想したはずなのに。
額に伸びてきた手を払うことは出来なかった。
ひんやりとした勇斗の手が俺の額に触れて優しく覆う。
「…熱あるじゃん」
「…ないよ」
何故か強がってそう言った。
大したことは無い。今日1日くらいは乗り切れる。そう思って家を出たのに…。
こんなに早く気付かれるなんて。
「…」
「…大丈夫だから」
離れた手を確認してそう告げた。
勇斗は表情を少し曇らせたまま俺から離れていった。
ほっとすると同時に寂しさを覚えた。
離れていく背中を見ながらぼんやりする頭で考えていた。
いつも通りなのにそうではない。
そんなにすぐに忘れられる訳無かったんだ…。
少しの間ボーッと立ち尽くしたあと、挨拶をしながら人混みを抜けて楽屋に入った。
「…ぉはよ、」
「仁人」
「…ん?」
「大丈夫か?熱あるんだって」
「え…」
「うん、さっき勇ちゃんが周知してたよ」
「は…?」
「制作にもスタッフさんにも伝わってると思うから、少し休んでな」
「…」
なんだよそれ…。
仕事が早いんだよ…。
心配そうに舜太が近付いてきて始めの場面に戻る。
「ほんとに、大丈夫だから」
体調不良のキャストが居たらある程度周知して指示を仰ぐ。
それは当たり前の事なのかもしれない。
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けど俺は、勇斗が率先してそれをしたことと、自分が情けなくて逃げるように椅子を並べた簡易ベッドに横たわった。
…………
あの後用意してもらった解熱剤と栄養ドリンクを飲んで、効いてきた頃を見計らって撮影が始められた。
頭を下げて現場全体の時間を押してしまった事と自己管理不足を詫びた。
みんな優しかった。
勇斗がなんと言って周りに伝えてくれたのかは直接は聞けなかったが、かなり気を遣って伝えてくれたのだろうと察した。
…………
「吉田くん、一応聞くけど家に帰ってから大丈夫かな?」
「あ…、はい。大丈夫です」
「明日も高熱が出るようなら病院かかってね」
「はい。心配かけてすみません。」
現場に付いていた事務所の人に言われて頭を下げた。
「ふう…」
「吉田さん一人で大丈夫?」
「あ、大丈夫です」
みんな心配してくれて、申し訳がなかった。
その時スっと隣に勇斗が来て、言った。
「彼、俺が引き取るんで大丈夫です」
「…え?」
「あ、そうなの?なら心配ないね」
「ハイ。俺はこの後まだ少しあるんで、先に俺んちに送ってやってくれますか?」
勇斗の家に行く…?
それを勝手に決められていることも勇斗が当然のようにマネージャーにそう話す姿にも面食らって言葉が出ない。
「仁人、これ。鍵渡しとくから先帰ってて?」
「…い、いいよ」
「…いいから。みんな心配してるし、俺も心配だから。ねっ」
「……」
「うん、その方が安心だね。吉田さんだけ佐野さんちに送るから、先に出るよ」
「……ハイ」
俺の手を取って手のひらに鍵を握らされた。
つき返そうとしてもまた握らされ、マネージャーの後押しもあって俺はそのまま現場にあった季節外れのダウンコートを羽織らされて車に乗せられた…。
…………
「じゃあ、後から佐野くん届けるからね。ゆっくり休んで」
「…はい。ありがとうございました」
マネージャーがそう告げて車は走り去った。
「……」
またここに来てしまった…。
あんなに歩いて遠く遠くまで離れたつもりでいたのに…。
ふと空を見上げた。
今日は雲ひとつない晴れの夜空で。
あの日見上げた曇天の夜空とは全く違って。
「月…」
綺麗な三日月が遠くにあった。
周りには星がいくつか見えて、東京の夜空なのにそれは珍しく感じる。
こうして空を見上げることなんて滅多にないのだから、もしかするとこんなに綺麗な夜空が今までにもあったのかもしれない…。
「…寒い」
また熱が上がってきたのを感じて慌ててその場を離れて部屋へと急いだ。
この後どうなるかなんてわからない。
けど確かなのは、勇斗がもうすぐ帰ってくるということ。
俺が居ることをわかっていて、帰ってくる。
…今日はそれだけで十分だ。
ぼんやりとしてきた頭では浮かぶ考えも煩わしい。
勇斗に渡された鍵を使ってエントランスを通り、部屋のドアを開けた…。
…………
家主が不在の家の中は少し冷たく静けさが広がっていた。
…風呂、借りてもいいのかな。
体が凍えるように寒くて、エアコンを付けるがなかなか暖まりそうにない。
また、熱上がってきた…。
バスルームに向かい少し熱めに設定を直してお湯を張る。
その間にキッチンの冷蔵庫を開けて見つけたヨーグルトと水を手に取りリビングに戻った。
さっき渡された解熱剤を用意してヨーグルトの蓋を開けた。
口に運ぶと冷たくて、粘膜までも熱くなっているのを感じた。
…ふとあの日の事を思い出す。
ここで確かに勇斗に『抱かれた』…。
抱かれる、なんて表現の出来事が自分の人生で起こり得るなんて考えたこともなかった。
そしてあの日俺は自分の気持ちを口にした。
最中だった。だけどそれは反射ではなかった。
確かに愛おしいと、感じていた。
目の前の勇斗は今までとなんら変わらぬ姿形でいたけど、少し違った。
熱い視線と同じく熱い吐息…。
そして切なげに告げられた言葉。
自分に向けて言われた言葉。
あの日の勇斗はどうかしていた、それで片付けられたらどれだけ楽だっただろう。
あの日の勇斗を、俺を、説明なんて出来ない。
確かに求め合っていた。
認めたくなかったんだ…。
勇斗を…
勇斗のことを愛してる。
―――