テラーノベル
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数日後。 紫はまた、あのビルにいた。
理由なんてなかった。
ただ、来てしまっただけだった。
「……来てねぇのかよ」
誰もいない空間に、言葉が落ちる。
分かってる。来ない日もあるって。
そう決めたのは、自分たちなのに。
それでも——
胸の奥がざわつく。
「……っ」
苛立ちを押し殺すように壁に寄りかかる。
こんなの、おかしいだろ。
来るかどうかで、こんなに左右されるなんて。
その時。
「……来てたのか」
後ろから声。
一瞬で呼吸が止まる。
「……遅ぇよ」
振り返らずに言う。
「来れる時に来るって話だろ」
そのいつも通りの声が、無性に腹立たしい。
「はっきり言えよ、来なかったって」
「……用事あっただけだ」
「何の?」
「別にいいだろ」
その一言で、胸がざらつく。
「よくねぇだろ」
振り返ると、思ったより近い。
「他に話すやついんだろ」
空気が変わる。
「……何言ってんだお前」
「別に」
視線を逸らしながら続ける。
「俺じゃなくてもいいんだろ」
言った瞬間、変な感覚が走る。
「……それ、嫉妬って言うんじゃねぇの」
「……は?」
「違うならいいけどな」
即答しようとして止まる。
「……違う」
弱い。
「じゃあなんでそんな顔してんだよ」
距離が詰まる。
「別に、普通だろ」
顎を掴まれて顔を上げられる。
「……っ」
「全然普通じゃねぇよ」
近い。
「離せよ」
「嫌だって言ってみろよ」
言えばいいのに——
「……っ、やめろ」
弱い声。
「……ほんとに?」
見透かされてる。
「……なんでお前なんだよ」
桃は目を細める。
「……それ、こっちの台詞なんだけど」
引き寄せられる。
距離が消える。
「……やめろって、言えよ」
言えなかった。
そのまま——触れた。
一瞬で頭が真っ白になる。
離れたと思った次の瞬間、また重なる。
逃げられなかった。
むしろ、掴んでいた。
離れないように。
やっと離れて、
「……ほんと、終わってるな」
紫は何も言えない。
もう——戻れない。
「……帰る」
「ああ」
止められないのが、逆に引っかかる。
外に出ても、落ち着かない。
「……なんなんだよ、これ」
その夜、何度も思い出す。
触れられた感覚。
離れなかった自分。
スマホを見る。何もないのに。
「……ばかだろ」
眠れなかった。
翌日。
またビルの前にいた。
「……早すぎだろ」
それでも入る。
「……は」
いた。
「……来ると思った」
「……うるせぇ」
帰らない。
むしろ距離を詰める。
「……昨日の」
言いかけて止まる。
「何」
「……何でもねぇ」
「……逃げんなよ」
腕を掴まれる。
「……離せ」
「嫌だって言えよ」
言えない。
「……昨日、嫌だったか」
答えられない。
「……だったら、もう来ねぇよ」
心臓が跳ねる。
「……は?」
「来んなって言うなら来ねぇ」
「……っ、別に」
「じゃあ何だよ」
「……来ればいいだろ」
反射だった。
「……それ、どういう意味だ」
「そのまんまだろ」
逃げられない。
頬に触れられる。
「自分で分かってんのか」
「……分かんねぇよ」
「……じゃあ、教えてやるよ」
また距離が消える。
今度は迷わない。
自分から少し近づく。
触れるのが当たり前になる。
「……ほんとにいいのかよ」
「……知らねぇよ」
それで十分だった。
「……やばいな、これ」
「……今さらだろ」
それから回数が増えた。
気づけば、ほぼ毎日。
「……また来てんのかよ」
「そっちこそ」
会えばすぐ触れる。
「……なあ」
「他でこういうこと、してねぇよな」
「……は?」
「誰かと」
「してねぇよ」
即答だった。
桃は少し息を吐く。
「……ならいい」
「……そっちは」
「してねぇよ」
胸が軽くなる。
「……ならいい」
おかしい。
でも止められない。
会えない日、落ち着かない。
「……来いよ」
「無理だって言っただろ」
それだけで苛立つ。
「なんでだよ」
「用事あるって」
「どんな用事だよ」
踏み込みすぎだと分かってる。
「……お前、ほんと面倒くせぇな」
でも目は優しい。
「……うるせぇよ」
「そんな顔してるくせに」
引き寄せられる。
「……離れられねぇんだろ」
否定できない。
「……そっちだって」
「否定してねぇだろ」
距離が消える。
理由なんていらなかった。
全部——
「……お前だから」
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