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「雪乃ちゃんも、そんか感じだった?」
「えっ?」
いきなり話を振られて思わず声が出た。
あ、そっか……。
私は施設から逃げてきたことになってたんだ……。
本当は両親がいて、平凡だけど幸せな家庭に育って、いつもと同じ時間が流れて……。
そんな生活をしていた私からしたらレイナさんの人生は壮絶で、そんなのは物語の世界だけだと思ってた。
だから、自分の置かれてる状況をすっかり忘れていた。
「えっと……」
私は聖夜さんの方をチラッと見る。
静かに本を読んでいる聖夜さん。
今まで、いなかったんじゃないかと思わせるくらい静かで……。
「やっと、レイナの不幸話が終わった。もう聞き飽きたよ」
聖夜さんは、本をパタンと閉じると、そう言ってクスッと笑った。
「ちょっと、アキ!そんな言い方しなくてもいいじゃない!それにアキに話してたわけじゃないしぃ!」
「うん、そうだね。でもイヤでも聞こえてくるんだよね」
聞き飽きたって、聖夜さんはレイナさんの生い立ちを聞いたことがあるってことかな?
「レイナ、仕事に行かなくていいの?もう20時だよ?」
聖夜さんは、ゆっくりと立ち上がりながらそう言った。
「今日は休んじゃった」
「そうなんだ。悪い子だね」
聖夜さんはそう言ってクスクス笑うと、レイナさんの頭を軽くポンとして部屋から出た。
「私ね、キャバ嬢してんの」
レイナさんは私にそう教えてくれた。
「そうなんですね」
そう答えてみたもののキャバ嬢と聞いて、やっぱりなと納得している自分がいた。
その時、ふと、聖夜さんは仕事は何してるんだろう……と、気になった。
何歳かわからない聖夜さん。
もしかしたら学生かもしれない。
私はキッチンで水を飲んでいる聖夜さんの後ろ姿に目をやった。
「アキは?今日、仕事は?」
キッチンから部屋に戻ってきた聖夜さんにレイナさんが聞いた。
仕事ってことは、聖夜さんは学生じゃないのか……。
でも学生をしながら仕事もしてるのかもしれない。
こんな時間に仕事の話をするくらいだから。
学生だったら昼間は仕事は出来ないもんね。
私は、レイナさんの口から出た仕事という単語を聞いて、そんな余計なことまで頭の中で想像を膨らませていた。
「レイナと違って、休んだんじゃなくて、僕は今日は休みだから」
「いちいちムカつく言い方するわね~。あっ!でも今日は休みで良かったかもよ?私も休んで良かったかも。ここに来る時ね、凄いの見ちゃったし」
レイナさんの言葉を聞いて、体がビクンと跳ねた。
凄いのって……。
もしかして……。
忘れていた記憶が頭に甦る。
殺人現場、パトカーや救急車のサイレンの音。
でも……。
「へぇ……」
聖夜さんは、まるで他人事のような返事をしていた。
「へぇ……。じゃないわよ!ホントに凄いの見たんだから!」
「何を見たの?」
聖夜さんは、テーブルの上に置いてあるノートパソコンを開けながらそう言った。
「殺人事件!」
それを聞いて、私の体が再びビクンと跳ねる。
やっぱり……。
「殺人事件、ねぇ……」
その事件を起こした本人は、なんとも呑気だ。
「そこの公園で、女性の遺体が発見されたんだって!胸を刺されてたらしいよ。公園には野次馬がいっぱいいたし、警察官とかも凄くて!」
「あぁ、それでパトカーや救急車のサイレンがうるさかったわけだ」
興奮気味に話をするレイナさんとは対称的に冷静な聖夜さん。
立ち上げたノートパソコンを操作しながら、そう言った。
その時、一瞬、聖夜さんと目が合う。
冷たい視線にも関わらず、ドキンと胸が鳴り、怖さとかじゃなく、恥ずかしさで顔を下に向けた。
「あ、ホントだ。ネットニュースに載ってる」
「ねっ?だから言ったでしょ?」
レイナさんは私の傍から離れ、聖夜さんの隣に座ると、パソコンの画面を見始めた。
「被害者は20代の女性かぁ。まだ名前とかわかってないのかなぁ?」
「明日にはわかるんじゃないかな?」
「殺された動機とか何だろうね?」
「さぁ?」
そんな会話が聞こえてくる。
殺された動機は、私にもわからない。
だけど、犯人はわかってる。
レイナさんの隣にいる人が犯人で……。
それが言えたら楽なのに……。
その時、視線を感じて顔を上げた。
再び聖夜さんと目が合う。
少し微笑んだような顔で私を見ている。
レイナさんはパソコンの画面に釘付け。
さっきは感じなかった恐怖。
でも今は、聖夜さんの微笑んだような顔が少し怖いと感じていて、彼の微笑んでる意図がわからないから余計に怖い。
「ねぇ、アキ!今晩、泊めて!」
レイナさんは突然、大声でそう言った。
レイナさんの突然の大声で私の体はビクンと揺れる。
「何で?」
でも聖夜さんは驚きもせず、静かな口調でそう聞いた。
「何でって、怖いじゃん。まだ犯人があの公園辺りにいると思うとさぁ……」
犯人は、公園なんかにいないよ。
犯人は……。
私は聖夜さんをチラッと見た。
「もう、犯人はいないよ……」
「アキに何でそんなことがわかるのよ!」
「だって、犯人は捕まってないんだよ?もし、まだ公園の辺りにいたら捕まってるはずでしょ?」
「あ、そっか……」
さっきまでの勢いとは違って、気の抜けたような返事をするレイナさん。
「ねぇ、レイナ?もしキミが人を殺したとして捕まりたくなかったら、どうする?」
「えっ?な、何?いきなり……」
「例えばの話だよ」
「そりゃあ、遠くに逃げるでしょ」
「そうだね。僕もレイナと答えは同じ。だから公園で起こった殺人事件の犯人も逃げてるってこと」
「うん……」
「大丈夫だから、今日はもう帰った方がいい。もし何かあったら連絡してくれても構わないし」
「うん……。わかった」
レイナさんはそう言って立ち上がると、荷物を手に持った。
「雪乃ちゃん、バイバイ。またね」
私に笑顔で挨拶するレイナさん。
私もレイナさんに笑顔を見せて、頭を下げた。
レイナさんは、玄関まで聖夜さんに見送られ、帰って行った。
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