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「単純バカな女」
玄関から戻ってきた聖夜さんは呟くようにそう言うとクスクス笑った。
「雪乃?」
名前を呼ばれて“ビクン”と肩が揺れた。
「よく、頑張ったね」
そう言って、聖夜さんは私の頭を優しく撫でてきた。
多分、レイナさんに付いた嘘のことを言ってるんだろう……。
「そうだ。先にシャワーでも浴びて来たら?」
「えっ?……い、いい、です」
私は首を左右に振った。
男性と、ふたりきり。
そんな中でシャワーなんて浴びること出来ないよ。
ましてや、聖夜さんは彼氏ではなく人を殺めた犯罪者なのに……。
「不潔な女の子は嫌われるよ?」
聖夜さんはそう言ってクスクス笑った。
シャワーを浴びるのが面倒とかではなく……。
「それとも、シャワーを浴びることが出来ない理由でもあるの?」
私は首を左右に振った。
犯罪者である彼を前にして、本当の理由なんて言えるはずもなく……。
「じゃあ、大丈夫だね。あっ!心配しないで?キミがシャワーを浴びてるときに何かしようとか考えてないから……」
「えっ?」
聖夜さんの言葉に思わず声が出てしまった。
何だか彼に心の中を見透かされてるようで怖い……。
「あ、あの……お先、でした……」
結局、私はシャワーを浴びた。
パソコンに向かっている聖夜さん。
「あぁ……」
私の言葉に、聖夜さんはパソコンの画面を見つめたまま、そう返事をした。
“パタン”とノートパソコンを閉じた聖夜さん。
「僕もシャワー浴びて来るね」
そう言って立ち上がると、部屋を出て行った。
聖夜さんがいなくなった部屋。
私は自分が座っていた場所に腰を下ろした。
音を発するものが何もなく、静かな部屋の中で私の頭の中に浮かんだのは家族のこと。
お父さんもお母さんも今頃、私を探してるかもしれない。
塾の先生も心配してるかもしれない。
私はもう、両親のところには帰れないのかな……。
学校に行き、塾に行き、平凡でつまらない毎日だったけど、そういう生活も、もう出来ないのかな……。
帰りたい……。
お父さんとお母さんの元へ帰りたい……。
私は膝をギュッと抱え、そこに顔を埋めた。
「雪乃?どうしたの?」
聖夜さんの声が聞こえ、顔を上げると目の前に聖夜さんの顔があった。
“ドクン”と跳ねる胸の鼓動。
シャンプーの香り、濡れた髪がセクシーで、胸をドキドキさせる。
「雪乃?何で、泣いてるの?」
えっ?
私は膝に目を落とした。
さっきまで顔を埋めていた膝が濡れている。
その時、自分が泣いているのがわかった。
「ねぇ、雪乃?何が悲しいの?」
聖夜さんの指が私の頬に触れる。
“ビクン”と跳ねる体。
ポロポロと零れ落ちる涙。
「ねぇ、泣かないで?僕もね、こんな真似はしたくないんだよ……」
「だったら!」
私はそう叫び、唇を噛み締め、彼の顔を見た。
だったら、私を解放してよ。
「でもキミは、見たらいけないものを見てしまった……」
「言わない。誰にも言わないから……」
「信用、出来るわけないでしょ?」
聖夜さんはそう優しく言って、私の頭を撫でると私の傍から離れた。
そして、再びパソコンの電源を入れた。
“ピンポーン”
玄関の呼び鈴が鳴る。
玄関の方をチラリと見た聖夜さんは、立ち上がる。
「どちら様ですか?」
部屋のドアのところから玄関に向かって、そう声をかける聖夜さん。
「夜分、遅くにすいません。ちょっと宜しいですか?」
「どちら様ですか?」
名乗らない相手に、聖夜さんは同じことを言う。
「○○署の者ですが……」
警察?
ここで声を出せば……。
もしかしたら……。
「いい?声を出したりしたらダメだよ?もし出したら、どうなるかわかるよね?」
聖夜さんは小さな声でそう言って、ニッコリ微笑んだ。
何で?
警察が来てるのに、そんなに冷静でいられるの?
聖夜さんは部屋のドアを閉めると、玄関へ行った。
警察と、どんな話をしているのかわからない。
でも多分、今日あった殺人事件のことを聞かれてるのかもしれない。
「まいったな……」
しばらくして、聖夜さんはそう言いながら部屋に入って来た。
パソコンの前に座る聖夜さん。
「今日の殺人事件のことを聞かれちゃった」
そう言ってクスッと笑う聖夜さん。
「あの女が殺された時間、何をしてましたか?だって。笑っちゃうよね」
「何て、答えたんですか?」
「ん?家にいましたって言ったよ」
そりゃそうだろう……。
アリバイを聞かれて、自分が殺しましたと言うバカはいない。
私は聖夜さんに何てバカなことを聞いたんだろうって少しだけ後悔した。
「キミの両親が捜索願を出したみたいだね」
「えっ?」
捜索願?
「高校生の娘が塾にも行かず連絡も取れなくて行方不明だもん。まぁ、普通の親なら心配するよね……」
聖夜さんはパソコンのキーボードを叩きながらそう言った。
「ついでに雪乃の写真を見せられて、この子を知らないか?だって。うちにいるのにね。警察もバカだよ……」
聖夜さんは再びクスクス笑った。
何だか犯罪を楽しんでるみたい。
彼は犯罪をゲームにしか思ってないのかもしれない。
「恐く、ないんですか?」
「えっ?何で?」
「だって……」
殺人事件の聞き込みがあったり、私の行方を聞かれたり……。
警察をバカだと言う聖夜さん。
だけど警察は、どんなことをしてでも犯人を捕まえるプロだ。
素人がプロに勝てるわけない。
「バレなきゃいいんでしょ?」
「そうだけど……」
「さっきも言ったよね?僕は絶対に捕まらないって……。でもなぁ……」
えっ?
でも、何?
「問題はレイナなんだよね……」
えっ?
レイナさん?
彼女の何が問題なんだろう……。
「雪乃のこと、嘘ついちゃったでしょ?」
「…………あっ」
聖夜さんの言いたいことがわかってしまった。
私は施設で育ったことになっている。
そこが嫌で逃げ出して、聖夜さんに拾われた設定。
だけど、捜索願が出ている今、もし公開捜査になったら……。
顔がテレビに出るかもしれない。
それをレイナさんが見たら……。
「まぁ、レイナは単純バカだから、誤魔化せば大丈夫かな?同姓同名の別人だと言い張れば、信用しそうだよね」
聖夜さんが、いくらレイナさんをバカだと言っても、本当に信用するだろうか……。
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