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#timelesz
いちごみるく
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いちごみるく
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朝。まだ空気が少し冷たい時間。
〇〇のスマホが鳴る。
〇〇「……ん」
画面を見る。廉からの電話。
〇〇「……廉」
すぐに出る。
〇〇「もしもし」
廉『おはよ』
少しだけ明るい声。でもどこか落ち着いている。
〇〇「おはよ……どうしたの」
廉『今から出る』
〇〇「え」
一瞬で目が覚める。
廉『今日、海外行くわ』
〇〇「……もう?」
廉『うん。急やけど』
少しだけ笑う声。
廉『ちゃんと挨拶しとこ思って』
〇〇は布団の中で固まる。
〇〇「……そっか」
声が小さくなる。
廉『昨日言ったけど、ほんまに行く』
〇〇「うん……」
廉『しばらく戻れへんけど』
少し間が空く。
廉『ちゃんと待ってるから』
その言葉で胸がぎゅっとなる。
〇〇「……うん」
廉『無理すんなよ』
〇〇「廉もね」
廉は少し笑う。
廉『じゃあな』
〇〇「……うん」
電話が切れる。
静か。
スマホを握ったまま、〇〇はしばらく動けなかった。
北斗は隣でその気配を感じていた。
起きているのに、何も言えないまま天井を見ている。
まだ薄暗い寝室。
同じベッドの中で、〇〇はスマホを握ったまま固まっていた。
通話が終わった音だけが、余韻みたいに残る。
〇〇「……行っちゃった」
小さく呟く。
隣で北斗がゆっくり起き上がる。
北斗「今の、廉?」
〇〇「うん」
北斗「海外?」
〇〇「……うん」
短い返事。
それだけで全部伝わる空気があった。
しばらく沈黙。
北斗は天井を見たまま、起ききれない顔で息を吐く。
北斗「急だな」
〇〇「昨日も言ってたけど……ほんとに行った」
北斗「そっか」
それ以上何も言わない。
言えない、の方が近い。
〇〇は布団の中で少し丸くなる。
胸の中がまだざわざわしている。
嬉しいのに、寂しい。
ちゃんと好きって言われたのに、距離ができる現実。
〇〇「……変だね」
北斗「何が」
〇〇「好きなのに、ちょっと苦しい」
北斗は一瞬だけ目を閉じる。
北斗「……そういうもんじゃね」
〇〇「そうかな」
北斗「たぶん」
また静かになる。
〇〇はスマホを握ったまま天井を見る。
北斗は横で起き上がりながら髪をかき上げる。
北斗「まぁでも」
〇〇「ん?」
北斗「お前はちゃんと選べばいいんじゃね」
〇〇「……選ぶ?」
北斗「どっちがとかじゃなくてさ」
北斗「ちゃんと納得できる方」
〇〇はその言葉を聞いて黙る。
北斗はそれ以上何も言わないでベッドから降りる。
でも部屋を出る前、少しだけ振り返る。
北斗「無理すんなよ」
そう言ってドアを閉めた。
〇〇「せっかくだし、みんなで鍛えない?」
北斗「みんなで?」
〇〇「うん、どうせならさ。樹とか勝利とかも」
北斗「絶対うるさいやつじゃん」
〇〇「でも楽しそうじゃない?」
北斗は少し考えてから笑う。
北斗「まぁ確かに、それはそれで地獄だけど面白そう」
〇〇「でしょ?」
〇〇はスマホを取り出してグループを開く。
〇〇「じゃあ送るね」
北斗「もう決定かよ」
〇〇「行動早い方が続くって言うじゃん」
北斗「それ風磨の言葉な」
〇〇「じゃあなおさら正解じゃん」
すぐに〇〇はメッセージを送る。
〇〇『ねぇみんな、ジム行かない?北斗と一緒に行くんだけど、せっかくだからみんなで鍛えようって話になった!』
数秒後。
慎太郎「え、行く!!!」
樹「絶対途中で笑って終わるやつ」
ジェシー「いいね!筋肉つける!」
風磨「……お前ら絶対続かないだろ」
勝利「でもちょっと興味ある」
原「普通に行くわ」
〇〇「ほら、全員来そう」
北斗「ノリ軽すぎだろ」
〇〇「こういうの大事だから」
北斗は小さく笑ってスマホを置く。
北斗「じゃあ地獄のトレーニング始まるな」
〇〇「頑張ろうね」
北斗「お前が一番続かなそうだけどな」
〇〇「失礼すぎる!」
笑いながらも、少しだけ空気が前向きになる。
廉のことで揺れた朝の空気が、少しずつ日常に戻っていく。
ーーーーーーーーー
13:30
楽屋は樹、ジェシー、慎太郎、北斗。
朝から少し騒がしい空気の中、それぞれが準備をしている。
きょもと高地は別の仕事。
北斗は椅子に座りながらスマホを見ている。
昨日から少しだけ気持ちが落ち着かないまま。
慎太郎「で、北斗元気なくない?」
樹「それな」
ジェシー「何かあった?」
北斗「別に」
いつもの返事。
でも樹はすぐに気づく。
樹「その“別に”はあるやつだろ」
北斗は一瞬黙る。
慎太郎「え、なになに?」
ジェシー「気になるじゃん」
北斗はスマホを少し握り直す。
北斗「……廉来てた」
樹「あー」
慎太郎「え?」
ジェシー「マジ?」
空気が少し変わる。
北斗「〇〇と会ってた」
慎太郎「そっか……」
樹「で?」
北斗は少し間を空ける。
北斗「普通に、まだ好きって言ってた」
ジェシー「うわ……」
慎太郎「リアルだなそれ」
北斗「で、〇〇も好きって言ってた」
樹「……だよな」
慎太郎「それきついやつじゃん」
北斗は軽く笑う。
北斗「ちゃんと両思いだった」
その言い方はどこか乾いている。
ジェシー「どうすんのそれ」
北斗「どうもできねぇだろ」
慎太郎「でもさ」
北斗「いいんだよ」
少し強めに遮る。
北斗「元からそういう関係じゃねぇし」
樹はそれ以上言わない。
ジェシーも黙る。
北斗はスマホを見る。
トレーニンググループに届いた〇〇のメッセージ。
“みんなでジム頑張ろ!”
その通知を見て、少しだけ息を吐く。
北斗「まぁいいんじゃね」
慎太郎「何が?」
北斗「ちゃんと進んでんだろ、あっちは」
そう言って画面を閉じた。
楽屋。樹、ジェシー、慎太郎、北斗の4人。朝の準備の音と軽い会話が混ざっている。北斗だけが少し静かだった。
樹「で、お前それでいいの?」
北斗「何が」
樹「全部だよ」
一瞬空気が止まる。
慎太郎「ちょ、樹」
ジェシー「まぁまぁ」
でも樹は止まらない。
樹「廉が来て、〇〇と会って、両思いで終わりそうで、それ見て“いいんじゃね”って終わるの?」
北斗はすぐには答えない。
ペットボトルを握ったまま視線を落とす。
北斗「……別に終わってねぇし」
樹「じゃあ何なの」
北斗「俺は関係ないだろ」
少しだけ硬い声。
慎太郎「でもさ」
北斗「いや、ほんとに」
北斗は立ち上がる。
北斗「俺がどうこうできる話じゃねぇじゃん」
ジェシー「でも気持ちはあるでしょ?」
その一言で北斗が止まる。
空気が重くなる。
北斗「……あるよ」
小さな声。
慎太郎もジェシーも黙る。
樹の表情も少し緩む。
樹「じゃあそれでいいの?」
北斗はしばらく黙る。
そして小さく息を吐く。
北斗「いいも悪いもさ」
北斗「〇〇が選ぶだろ」
樹「……」
北斗「それだけ」
そう言ってスマホをポケットに戻す。
でもその指先はほんの少しだけ力が入っていた。
空気が一瞬だけ止まる。
樹「じゃあまた前みたいに〇〇と廉が付き合ってた頃の北斗、見てられなかったやつになるの?」
北斗「……」
ジェシー「樹、それはさすがに」
慎太郎「いやでもさ……」
北斗はすぐに否定しない。
できなかった。
少しだけ視線を落として、ゆっくり息を吐く。
北斗「……あの時は」
樹もジェシーも慎太郎も黙る。
北斗「普通にきつかったよ」
正直な声だった。
北斗「隣にいるのに、全部向こうのもんで」
北斗「何もできないの分かってんのに、ずっと見えてて」
言葉にするほど、あの時の感覚が戻ってくる。
北斗「そりゃ無理だったろ」
樹「……」
北斗は少しだけ笑う。
でもその笑いは軽くない。
北斗「でもさ」
ジェシー「うん」
北斗「今は別に、同じじゃねぇよ」
慎太郎「どう違うの」
北斗は少し間を置く。
北斗「もう“知らないふり”はできる」
樹「それ、強くなったってこと?」
北斗「さぁな」
北斗はスマホを軽く回しながら、ぽつりと言う。
北斗「ただ見方が分かっただけ」
ジェシー「見方?」
北斗はそこでやっと目を上げる。
北斗「俺がどうこうする話じゃないってこと」
一瞬、静かになる。
でも樹は納得してない顔をする。
樹「でもそれってさ」
樹「また同じこと起きても、我慢するってことじゃん」
北斗はすぐに返さない。
ほんの少しだけ、目が揺れる。
北斗「……どうだろな」
その曖昧さが、逆に一番リアルだった。
楽屋の空気が少し重くなる。
慎太郎「でもさ、それって北斗らしくなくない?」
北斗「何が」
慎太郎「ほんとはさ、もっとちゃんと言うタイプじゃん」
北斗は一瞬黙る。
ジェシー「うん、確かに」
樹「我慢してる時点でらしくねぇ」
北斗はペットボトルを軽く握り直す。
北斗「別に我慢してねぇよ」
樹「してるだろ」
北斗「してねぇって」
少しだけ強くなる声。
でもその裏に余裕はない。
北斗は立ち上がる。
北斗「俺が何か言ってどうなるんだよ」
慎太郎「気持ちは変わるかもしれないじゃん」
北斗「変わんねぇよ」
即答だった。
その速さが逆に本音っぽい。
ジェシー「ほんとに?」
北斗は一瞬止まる。
北斗「……知らねぇよ」
ぽつりと落とすように言う。
樹「ほらな」
北斗「うるせぇな」
軽く返すけど、目は少しだけ揺れている。
慎太郎「北斗さ、ちゃんと自分のことも考えなよ」
北斗「考えてるよ」
樹「それで?」
北斗は少し黙る。
北斗「……今はそれでいいって思ってるだけ」
その言葉は強がりにも本音にも聞こえた。
ジェシーはそれ以上言わずに、少しだけうなずく。
樹もため息をつく。
樹「まぁお前がそう言うならいいけどさ」
北斗は何も言わずスマホを見る。
画面にはトレーニングのグループ。
〇〇の名前。
北斗は一瞬だけそこを見て、すぐに画面を閉じた。
楽屋の空気はまだ少し重いまま続いている。
慎太郎「でもさ、北斗ってさ」
北斗「ん」
慎太郎「ほんとにそれで平気な顔できるタイプじゃないじゃん」
北斗は軽く笑う。
北斗「できてるだろ」
樹「今だけな」
その一言でまた少し沈黙が落ちる。
ジェシー「無理してるの、バレてるよ」
北斗はペットボトルを置く。
少し音が響く。
北斗「……だから何」
樹「だからさ」
樹「ちゃんと自分の気持ち認めろって話」
北斗は視線を外す。
北斗「認めてるよ」
慎太郎「じゃあ動けばいいじゃん」
北斗はすぐに答えない。
ジェシー「〇〇のこと好きなんでしょ?」
その言葉に空気が一瞬止まる。
北斗「……好きだよ」
小さく、でもはっきりした声。
樹「じゃあなんで止まってんの」
北斗は息を吐く。
北斗「止まってねぇよ」
樹「止まってるだろ」
北斗は少し笑う。
北斗「止めてんのはあっちだろ」
慎太郎「どういう意味」
北斗「〇〇が選ぶってこと」
ジェシー「でもそれ待ってるだけじゃん」
北斗は一瞬黙る。
その沈黙が長い。
北斗「……それしかねぇだろ」
その声は少しだけ弱かった。
樹はため息をつく。
樹「お前ほんとさ」
樹「優しいんだかバカなんだか分かんねぇな」
北斗は少しだけ目を伏せて笑う。
北斗「うるせぇよ」
ーーーーーーーーー
🌃夜21:00。事務所のジム。雨の音が外で静かに続いていて、貸切の空間は少しだけ特別な空気になっていた。
樹「ほんとに誰もいないの珍しすぎ」
ジェシー「こういうのテンション上がるね!」
慎太郎「逆に静かすぎて落ち着かないまである」
北斗「お前ら来た瞬間から騒がしいんだよ」
〇〇「でもこういうの好きかも」
風磨「好きとかじゃなくてやるんだよ」
原「普通に今日きつそうな予感する」
勝利「ちゃんと続くかそこだよね」
北斗は軽くストレッチしながら〇〇を見る。
北斗「無理すんなよ」
〇〇「うん、ちゃんとやる」
樹「絶対途中で笑って終わるやつじゃんこれ」
ジェシー「でもそれも含めて楽しいよね」
慎太郎「最悪筋トレより喋って終わりそう」
風磨「喋るな動け」
原「風磨いると空気締まるな」
勝利「でもその方がちゃんとやるよね」
〇〇は軽く腕を回しながら笑う。
〇〇「なんかほんとに部活みたい」
北斗「お前絶対すぐ疲れるタイプだろ」
〇〇「うるさい」
樹「北斗も人のこと言えないだろ」
ジェシー「でも意外と北斗ちゃんとやるからね」
慎太郎「そこは真面目なんだよな」
風磨「よし、全員集合」
原「始まるなこれは」
勝利「ちゃんと追い込まれるやつだ」
全員がそれぞれ軽く笑いながら位置につく。
雨音だけが静かに響く中で、いつもの空気とは違う夜のトレーニングが始まろうとしていた。
ウォーミングアップが終わった瞬間から、空気が一気に変わる。
風磨「はい、ここからが本番」
〇〇「え、もう本番なんですか」
樹「早くない?」
風磨「遅いくらいだろ」
ジェシー「うわ、きた」
慎太郎「終わったなこれ」
北斗は〇〇の隣でフォームを見ながら小さく笑う。
北斗「まだ序盤だぞ」
〇〇「それが一番怖いんだけど」
原「普通にこれきついよね」
勝利「でもここ超えないと意味ないやつ」
風磨「はい喋らない、いくよ」
次の瞬間、ガチの筋トレメニューが始まる。
重さ、回数、セット数。
容赦なく積み上がっていく。
〇〇「……無理かも」
慎太郎「もう言ってるじゃん」
樹「開始5分でそれはやばい」
ジェシー「頑張れ〇〇!」
北斗「水飲め、水」
〇〇「いやこれ水の問題じゃない」
風磨「はい弱音禁止」
〇〇「え、無理ですって普通に」
原「でもまだ半分もいってないよ」
勝利「ここからが一番キツいやつ」
〇〇「え、嘘でしょ……」
どんどん体が重くなる。
腕も足も言うことを聞かなくなってくる。
〇〇「ほんとにこれやばい……」
北斗「だから言っただろ」
〇〇「聞いてない!」
樹「いや聞けよ」
ジェシー「でもちゃんと効いてるってことだよ!」
慎太郎「ポジティブすぎるだろそれ」
風磨「あと2セット」
〇〇「えっ」
原「地獄のカウントきた」
勝利「ここ乗り切ったら変わるよ」
〇〇「変わる前に死ぬんだけど」
北斗は横で少しだけ笑う。
北斗「ほら、あとちょい」
〇〇「ちょいじゃない!」
それでも周りに引っ張られるように、なんとか食らいついていく。
息が上がって、足が震えて、それでも止められない空気の中で、ただ必死に続けていた。
息が上がる中で、〇〇は必死に動きを続けていた。
周りのスピードには全然追いつけていない。
樹「〇〇だいぶ遅れてるぞ」
ジェシー「でもちゃんとやってるのえらい!」
慎太郎「普通にすごくない?」
勝利「フォームはちゃんとしてるから大丈夫」
原「ペース合わせればいけるよ」
〇〇「……きつい」
風磨「きついのが普通」
〇〇「普通が無理なんですけど」
北斗は横で同じメニューをこなしながら、ちらっと〇〇を見る。
北斗「無理なら少し休め」
〇〇「いや、まだいける」
そう言ってまた動き出す。
でも明らかに一番遅い。
それでも止まらない。
樹「お前ほんと負けず嫌いだな」
〇〇「負けたくないわけじゃなくて……置いてかれるの嫌なだけ」
ジェシー「かわいい理由だね」
慎太郎「でもそれでちゃんと続いてるのえらい」
勝利「そこ大事だよね」
原「ペースは後で上げればいいし」
風磨「はい、あと1セット」
〇〇「え、まだあるの?」
風磨「ある」
〇〇「……はい」
息を整えながらも、また動き始める。
腕も脚も限界に近いのに、歯を食いしばってついていく。
北斗はその横顔を見て少しだけ目を細める。
北斗「……ちゃんとやるじゃん」
小さくそう呟いて、自分もペースを合わせて動きを続けた。
風磨「はい、アップ終わり。ここから本番な」
〇〇「え、さっきのは本番じゃないんですか?」
樹「今のは準備運動だったんだよね普通に怖い」
ジェシー「ここからがトレーニングだね!」
慎太郎「まだ入口かよ」
勝利「ここから種目別に分かれる感じかな」
原「自分の鍛えたいとこやる?」
風磨「じゃあ各自、やりたい部位決めてやって」
風磨「ちゃんと考えてやれよ」
樹「はいはい、腕」
ジェシー「俺は全身!」
慎太郎「じゃあ俺も全身でいいや」
勝利「俺は体幹かな」
原「背中いくわ」
北斗「胸」
〇〇「え、どうしよう」
みんなの視線が少しだけ集まる。
樹「〇〇どうする?」
〇〇「私、えっと……」
周りを見てもよく分からない。
器具も名前も曖昧で、正直ついていけてない。
〇〇「チェストプレス……ってやつやってみたいかも」
風磨「いいじゃん」
北斗「分かりやすいな」
〇〇「でもやり方がちょっと……」
慎太郎「あー初心者あるある」
ジェシー「一番大事なとこ!」
勝利「まず軽いのでいいよ」
原「フォーム見ながらやろ」
〇〇はマシンの前に立つ。
でも動かし方が分からず固まる。
〇〇「これどうやって動くの……?」
樹「出た」
慎太郎「完全初心者だ」
ジェシー「かわい」
北斗は隣に来て、軽くレバーを指さす。
北斗「ここ押すだけ」
〇〇「え、これ?」
北斗「そう。最初軽めでいい」
〇〇が動かそうとするが、思ったより重い。
〇〇「……重っ」
北斗「だから軽くって言っただろ」
〇〇「いや軽いのどれ!?」
風磨「それ一番軽い」
〇〇「嘘でしょ……」
樹「筋力ゼロ説あるな」
〇〇「うるさい!」
慎太郎「でも最初そんなもんだよ」
勝利「少しずつでいいからね」
原「焦らなくていいよ」
ジェシー「一緒に頑張ろ!」
北斗は隣でフォームを支えながら小さく笑う。
北斗「ほら、ちゃんとやればできる」
〇〇「ほんとに?」
北斗「たぶん」
〇〇「たぶんなんだ」
少しだけ不安そうにしながらも、
〇〇はもう一度マシンに手をかけた。
〇〇がもう一度マシンに手をかけると、まだぎこちなく止まる。
〇〇「これ本当に合ってる?」
北斗「合ってるけど、ちょっと力入りすぎ」
北斗はすぐ隣に立って、片手で軽くレバーの動きを確認する。
距離が近くて、〇〇は少しだけ肩に意識がいく。
〇〇「こう?」
北斗「うん、でも肘もうちょい引いて」
北斗が後ろから軽く位置を直す。
手が一瞬だけ〇〇の腕の近くに触れる。
〇〇「……近い」
北斗「教えてんだろ」
北斗は淡々と言いながらも、目線は真剣。
ジェシー「北斗先生になってる」
樹「距離近すぎだろそれ」
慎太郎「普通にカップル指導みたいになってる」
勝利「でも分かりやすいね」
原「初心者にはその方がいい」
風磨「はい、喋るな集中」
〇〇は息を整えてもう一度押す。
今度はさっきより少しだけスムーズに動く。
〇〇「……できたかも」
北斗「今のいい」
北斗は軽く頷いて、次の動作に移す。
手はまだ近くにあって、必要最低限だけ支える。
〇〇はその距離に少しだけ落ち着かないまま、でもちゃんと動けているのが嬉しくて集中する。
樹「〇〇ほんと伸びるタイプだな」
ジェシー「素直に吸収してる!」
慎太郎「最初より全然いいじゃん」
勝利「フォーム安定してきた」
原「この調子でいけるね」
北斗「そのまま3回」
〇〇「了解……!」
北斗の声だけがすぐ横から聞こえる距離で、〇〇はもう一度しっかりと力を込めた。
ーーーーーーーーー
北斗side
北斗は横で〇〇のフォームを見ながら、ほんの少しだけ眉を寄せていた。
危なっかしいのに、ちゃんとやろうとしてるのが分かる。
北斗「力入りすぎ」
言いながら自然に距離を詰めて、レバーの軌道を軽く直す。
触れるのは最小限、それでも十分伝わるはずだった。
〇〇「……近い」
北斗「教えてるだけだろ」
軽く返すけど、自分でも距離が近いのは分かってる。
ジェシー「北斗先生だね」
樹「完全にマンツーマンじゃん」
慎太郎「優しすぎない?」
勝利「分かりやすいからいいと思うよ」
原「初心者には正解だね」
風磨「はい集中」
周りの声を聞きながらも、北斗の意識はほぼ〇〇に向いていた。
フォーム、呼吸、力の入り方、全部見てしまう。
北斗「今のいい」
少しだけ素直に出た言葉に、自分でも内心驚く。
〇〇の動きが少しずつ安定していくのを見て、安心する反面、変な感覚もあった。
距離が近いまま進むこの時間が、妙に落ち着かない。
でも離れる理由もない。
北斗「そのままいける」
短く言って、もう一度だけ軌道を支える。
指先が触れそうな距離で、必要なことだけを伝える。
それだけでいいはずなのに、なぜか目が離せなかった。
〇〇は息を切らしながら、もう一度チェストプレスを押す。
腕が震えていて、明らかに限界が近い。
〇〇「っ……重い……」
北斗「あと少し」
すぐ横で北斗が支える。
〇〇の額から汗が垂れて、頬を伝う。
髪も少し張り付いていて、呼吸も荒い。
北斗はその様子を見て、一瞬だけ視線を止める。
樹「〇〇めちゃくちゃ頑張ってんな」
ジェシー「根性あるね!」
慎太郎「最初できなかったのにすごくない?」
勝利「ちゃんとフォーム崩れてないのえらい」
原「かなり集中してるね」
風磨「あと2回」
〇〇「えぇ……」
声が完全にへとへと。
北斗は少しだけ笑う。
北斗「ほら、押せる」
〇〇「北斗それ毎回言う……」
北斗「実際できてるだろ」
〇〇は苦しそうな顔のまま、もう一度押す。
その瞬間また汗が首元を伝う。
北斗は反射的に目を逸らしかけて、すぐ戻す。
変に意識するな、と自分に言い聞かせる。
でも近い。
近すぎる。
〇〇「っ……無理……」
北斗「無理じゃない」
低い声でそのまま支える。
〇〇は息を整えながら最後の一回を押し切る。
風磨「はい終了」
〇〇「……終わったぁ……」
そのまま力が抜けて背もたれにもたれる。
北斗は横で小さく息を吐く。
なぜか自分まで疲れていた。
チェストプレスが終わった瞬間、〇〇は完全に力が抜ける。
〇〇「……もう無理……」
そのままふらふら立ち上がって、ジムの端の方へ移動する。
樹「〇〇大丈夫か?」
ジェシー「顔赤いよ!」
慎太郎「かなり追い込まれてるじゃん」
勝利「ちょっと休んだ方がいいね」
原「最初でここまでやれば十分だよ」
風磨「無理して倒れる方がダメだからな」
〇〇は壁際に座り込む。
細い腕で水を持ちながら、肩で息をしている。
汗で髪も少し乱れていて、呼吸もまだ整わない。
〇〇「……きつすぎる……」
小さく呟いて水を飲む。
北斗は少し離れた場所からその姿を見る。
元々細いのに、さらに絞ろうとしてる。
こんな体でここまでやる必要あるのかって思うくらい。
樹「〇〇ほんと体力ないな」
慎太郎「でもちゃんと最後までやってたのすごい」
ジェシー「根性はあるね!」
勝利「かなり頑張ってたと思うよ」
原「初心者であれは普通にえらい」
北斗は少しだけ眉を寄せる。
息を切らしながら水を飲む〇〇が、なんか危なっかしい。
北斗「……無理しすぎなんだよ」
小さく呟いて、タオルを持ったまま〇〇の方へ歩いていった。
北斗「ほら」
〇〇「……ん?」
北斗はタオルを〇〇の頭に軽く乗せる。
〇〇「あ、ありがと……」
北斗「顔やばいぞ」
〇〇「自分でも分かってる……」
樹「〇〇ほんと限界じゃん」
慎太郎「生まれたての小鹿みたいになってたよ」
〇〇「うるさい……」
ジェシー「でもちゃんと最後までやってたのすごかった!」
勝利「途中でやめなかったの偉いよね」
原「初心者って大体逃げるからな」
風磨「まぁ今日は合格ライン」
〇〇「その基準怖いんだけど……」
北斗は〇〇の隣にしゃがむ。
北斗「水ちゃんと飲め」
〇〇「飲んでる……」
北斗「もっと」
〇〇「スパルタ増えた」
樹「北斗めちゃくちゃ世話焼いてんじゃん」
北斗「うるせぇ」
慎太郎「でもずっと〇〇見てたよね」
北斗「フォーム確認だろ」
ジェシー「近かったね〜」
〇〇「それは思った」
北斗「教えてただけだって」
勝利「まぁ初心者には必要だよ」
原「ちゃんと分かりやすかったしね」
〇〇は水を飲みながら深く息を吐く。
〇〇「……ほんとジム行く人尊敬する」
樹「まだ初日だからな」
慎太郎「明日もっとやばいよ」
〇〇「やめて怖いこと言わないで」
ジェシー「筋肉痛は勲章!」
〇〇「その文化知らない!」
風磨「でも続けたら変わるぞ」
〇〇「変わる前に倒れそうなんだけど」
北斗は少し笑って、〇〇の額を見る。
まだ汗が残っていて、呼吸も完全には戻っていない。
北斗「今日はもう休め」
〇〇「え、まだやるの?」
樹「いやお前は休めって意味だろ」
〇〇「あ、そっち……」
慎太郎「完全に脳も疲れてるじゃん」
〇〇「だってほんと限界……」
そう言いながら壁にもたれる〇〇を見て、北斗は小さくため息をついた。
〇〇は壁にもたれたまま、水を飲みながらみんなを見る。
まだ足に力が入らない。
風磨「はい次いくよ」
樹「まだやんの?」
風磨「当たり前だろ」
慎太郎「終わった空気出してたの誰だよ」
ジェシー「ここからが本番だね!」
勝利「ジェシーだけずっと元気なんだよな」
それぞれ別の器具へ向かっていく。
樹は腕。
慎太郎は脚。
ジェシーは相変わらず全身。
勝利は体幹。
原は背中。
風磨は黙々と追い込み。
北斗は胸を中心に続けている。
〇〇「……みんなすご」
普通に会話しながら鍛えてるのが信じられない。
樹「〇〇休憩長くね?」
〇〇「立てないの」
慎太郎「ガチで限界じゃん」
ジェシー「頑張った証拠!」
勝利「無理しないでね」
原「最初はそんなもんだよ」
北斗はベンチプレスを終えてタオルで汗を拭く。
腕にも首元にも汗が浮いていて、呼吸も少し荒い。
〇〇「……え、すご」
思わず小さく漏れる。
樹「北斗地味に筋肉あるからな」
慎太郎「脱いだら普通にやばいタイプ」
ジェシー「ちゃんと鍛えてるもんね!」
勝利「フォーム綺麗だよね」
原「慣れてる感じする」
北斗「お前らうるせぇ」
そう言いながらも、また次のセットへ入る。
動きに無駄がなくて、〇〇はぼーっと見てしまう。
〇〇「……なんかみんな別人みたい」
樹「ジムだと人格変わるやついるからな」
慎太郎「風磨とか特に」
風磨「聞こえてる」
ジェシー「でも〇〇もちゃんと頑張ってたよ!」
〇〇「もう今日は見る係でいい……」
そのまま座ってみんなを眺める。
雨音と器具の音。
いつもの仕事場とは全然違う空気だった。
〇〇は少し休んでから、ゆっくり立ち上がる。
〇〇「……ちょっと回復したかも」
樹「ほんとか?」
慎太郎「無理すんなよ?」
〇〇「見るだけだから大丈夫」
水を片手に、それぞれのところを回り始める。
まず樹。
腕のトレーニング中。
〇〇「うわ、腕すご」
樹「何その感想」
〇〇「血管やばいんだけど」
樹「鍛えてるからな」
慎太郎「樹マジで腕誘いよね」
ジェシー「ディスってる!」
樹「おい!!」
〇〇「ごめんって」
次は慎太郎。
脚トレ中で、かなり苦しそう。
〇〇「顔やばいよ?」
慎太郎「脚はほんとキツい!」
樹「でも脚逃げると後で詰むぞ」
ジェシー「慎太郎頑張れ〜!」
勝利「脚トレ一番大変そう」
原「見てるだけで疲れる」
風磨「あと5回」
慎太郎「鬼!」
次はジェシー。
相変わらず楽しそうに動いている。
〇〇「なんでそんな元気なの」
ジェシー「楽しいから!」
〇〇「その感覚が分かんない」
樹「ジェシーだけ世界違うんだよ」
勝利「でも楽しめるの強いよね」
原「続くタイプだよな」
慎太郎「体力バケモンだし」
次は勝利。
静かに体幹トレーニングをしている。
〇〇「勝利すごい静か」
勝利「体幹は集中するからね」
〇〇「絶対きついでしょそれ」
勝利「かなりくるよ」
樹「勝利意外とストイックだからな」
ジェシー「ちゃんとしてるよね!」
原「フォーム綺麗だし」
慎太郎「ブレないのすご」
次は原。
背中を鍛えている。
〇〇「背中ってどうやって鍛えるの?」
原「引く系が多い」
〇〇「難しそう……」
原「慣れると楽しいよ」
樹「原ほんと筋トレ慣れてるな」
慎太郎「普通にジム似合う」
ジェシー「爽やか!」
勝利「安定感あるよね」
最後に北斗。
ベンチでまた胸トレをしている。
〇〇「まだやってる……」
北斗「まだ終わってねぇから」
〇〇「すご」
北斗は汗を拭きながら〇〇を見る。
北斗「休んでろって」
〇〇「ちょっと気になったから見に来た」
樹「北斗だけ滞在時間長くね?」
慎太郎「確かに」
ジェシー「気になるんだ」
〇〇「違うって!」
勝利「でも北斗分かりやすく教えてくれるしね」
原「初心者には安心じゃない?」
北斗は小さく笑って、また器具へ手をかけた。
最後に〇〇は風磨のところへ向かう。
風磨は黙々とトレーニングを続けていて、空気がもう完全にガチ。
〇〇「……なんか近づきにくい」
樹「それな」
慎太郎「ジムの風磨ちょっと怖いんだよな」
ジェシー「集中モード!」
勝利「でも一番詳しいよね」
原「ちゃんと追い込むタイプだし」
風磨は器具を戻してタオルで汗を拭く。
風磨「何」
〇〇「いや、見学……」
風磨「暇なの?」
〇〇「限界なの」
樹「それはそう」
慎太郎「〇〇今日頑張ったもんな」
ジェシー「ちゃんと最後までやってた!」
勝利「初心者であれはすごいと思う」
原「普通に根性ある」
風磨は〇〇をちらっと見る。
風磨「まぁ逃げなかったのは偉い」
〇〇「おぉ、褒められた」
風磨「でも体力無さすぎ」
〇〇「そこは否定できない……」
風磨はまた器具に座る。
重さを上げる音が響く。
〇〇「え、それ持ち上がるの?」
風磨「持ち上げるんだよ」
〇〇「怖……」
樹「風磨重量おかしいんだよな」
慎太郎「毎回思う」
ジェシー「筋肉すごいね!」
勝利「ちゃんと積み上げてる感じする」
原「継続の力だな」
風磨はそのまま一気に押し切る。
呼吸は荒いのに、フォームは全然崩れない。
〇〇「……え、すご」
小さく本音が漏れる。
風磨「お前も続けたら多少変わる」
〇〇「多少なんだ」
風磨「今の体力ならまずそこ」
慎太郎「厳しいなぁ」
樹「でも正論」
ジェシー「一緒に頑張ろう!」
勝利「みんなでやれば続きそうだよね」
原「確かに一人よりいいかも」
〇〇はみんなを見ながら少し笑う。
〇〇「……なんか部活みたい」
雨音が響く貸切のジムの中、
それぞれ違うメニューをやりながらも、空気はどこか心地よかった。
ーー
気づけば時間は23:00。
雨はまだ静かに降り続いている。
風磨「今日はこの辺で終わりな」
樹「やっと終わった……」
慎太郎「足死んだ」
ジェシー「楽しかった!」
勝利「ちゃんと疲れたね」
原「久々に追い込んだ感じする」
〇〇は壁にもたれながらぐったりしている。
〇〇「……もう動けない」
北斗「最初から飛ばしすぎなんだよ」
〇〇「だってみんな普通にやるから……」
樹「初心者が合わせる量じゃないのよ」
慎太郎「でもちゃんと最後までいたの偉い」
ジェシー「ほんと頑張った!」
勝利「無理しすぎない程度に続けようね」
原「継続が大事だから」
それぞれ軽く片付けをして、順番にシャワールームへ向かう。
ジムのシャワー室と着替えスペースの間にはドアがあって、男女で分かれている。
〇〇は先に女性側へ入っていく。
〇〇「シャワー浴びたら帰れる……」
北斗「そのテンションでも喋ってんのすごいな」
〇〇「気力だけ……」
少しして。
〇〇がシャワーを終えて、着替えスペースでバッグを開く。
その瞬間固まる。
〇〇「……あ」
小さな声。
バッグの中をもう一度確認する。
でもない。
〇〇「替えのシャツ忘れた……」
女性側から声だけが聞こえる。
樹「え?」
慎太郎「マジ?」
ジェシー「やっちゃったね!」
勝利「それ困るやつだ」
原「帰り寒くない?」
〇〇「最悪……」
でも女性側と男性側はドアで分かれてるから、気まずくて出られない。
〇〇「どうしよう……」
北斗は少し黙ってから、自分のバッグを開く。
北斗「……Tシャツならあるけど」
一瞬静かになる。
〇〇「え」
樹「北斗優し」
慎太郎「救世主じゃん」
ジェシー「よかったね!」
勝利「助かったね」
原「それなら大丈夫そう」
〇〇はドア越しに少し迷った声を出す。
〇〇「……でも気まずい」
北斗「別に見るわけじゃねぇだろ」
〇〇「そうだけど!」
樹「じゃあドアの前置いとけば?」
慎太郎「それでいいじゃん」
北斗「……ほら、置いとく」
そう言って北斗はドアの前にTシャツを置いた。
〇〇「……ありがと」
ドア越しに小さく聞こえた声に、北斗は少しだけ笑った。
少しして、女性側のドアがゆっくり開く。
〇〇「……お待たせ」
全員の視線が一瞬集まる。
樹「でっか」
慎太郎「ぶかぶかじゃん」
ジェシー「めちゃくちゃサイズ違うね!」
勝利「袖長い」
原「完全に借り物感あるな」
北斗のTシャツは〇〇にはかなり大きくて、肩も落ちている。
袖も長くて、裾も太もも近くまである。
〇〇「……最悪」
恥ずかしそうに裾を引っ張る。
その時、肩が少しずれて、下着の紐が見えかける。
北斗「おい」
北斗がすぐ小さく声を出す。
〇〇「え?」
北斗は自分のタオルを軽く〇〇の肩に乗せる。
北斗「見えてる」
〇〇「……っ!」
慌てて肩元を押さえる〇〇。
樹「あー」
慎太郎「北斗早」
ジェシー「気づくの早かったね!」
勝利「ちゃんと隠した方がいいね」
原「風邪ひくし」
〇〇「もうほんとやだ……」
顔を隠すようにしゃがみ込む。
北斗「だから確認しろって」
〇〇「忘れてたんだって……」
北斗はため息をつきながらも、タオルが落ちないよう軽く肩を押さえた。
風磨「はいはい、帰るぞ」
樹「青春みたいになってんな」
慎太郎「ジム後イベント多すぎ」
ジェシー「楽しいね!」
〇〇「楽しくない!」
それでも空気はどこか穏やかで、雨音の中、みんな帰る準備を始めた。
それぞれ荷物を持って出口へ向かう。
雨はまだ降っていて、外の空気が少し冷たい。
〇〇「寒……」
北斗「ほら」
北斗は自分のパーカーを〇〇に軽くかける。
〇〇「え、いいの?」
北斗「風邪ひかれる方がだるい」
樹「出たそれっぽい優しさ」
慎太郎「北斗今日ずっと世話焼いてんな」
ジェシー「優しいね!」
勝利「ちゃんと見てるんだね」
原「自然にやるのすごいな」
北斗「お前らうるせぇ」
〇〇はぶかぶかのTシャツの上からパーカーを羽織る。
それでもサイズが大きくて、袖が余る。
〇〇「……なんか全部大きい」
樹「北斗とのサイズ差えぐいな」
慎太郎「完全に彼シャツじゃん」
〇〇「やめてその言い方!」
ジェシー「でも似合ってるよ!」
勝利「雰囲気あるね」
原「普通に自然」
北斗は少しだけ視線を逸らしてバッグを肩にかける。
北斗「帰るぞ」
〇〇「うん……」
ジムの自動ドアが開く。
雨の匂いが一気に入ってくる。
樹「うわ、まだ降ってる」
慎太郎「最悪だー」
ジェシー「でも夜の雨ちょっと好き!」
勝利「滑らないようにね」
原「車近い?」
風磨「送るやつ分けるか」
〇〇は北斗のパーカーの袖を少し握りながら、小さく息を吐く。
筋トレで疲れてるはずなのに、妙に心臓だけ落ち着かなかった。
ジムの入口を出ると、雨の中に黒い警備車両が何台か止まっている。
スタッフ「はい、こっちお願いしますー」
樹「毎回思うけど物々しいな」
慎太郎「夜だと余計すごい」
ジェシー「雨だから滑らないでね!」
勝利「気をつけて乗ろう」
原「荷物多いな今日」
〇〇は北斗のパーカーを羽織ったまま、少し眠そうに歩く。
筋トレ後で完全に体力が切れている。
北斗「ちゃんと歩ける?」
〇〇「……たぶん」
樹「たぶんって言ってる時点で危ない」
慎太郎「ほんと限界なんだな」
雨が強くなってきて、スタッフが急いで傘を差す。
スタッフ「〇〇さんこっちです!」
〇〇「ありがとうございます……」
でも足元がふらつく。
北斗「おい」
北斗がすぐ腕を軽く支える。
〇〇「……ごめん」
北斗「謝んな」
ジェシー「ナイスキャッチ!」
樹「自然すぎるんだよな」
勝利「反応早かったね」
原「慣れてる感じする」
慎太郎「絶対普段から見てるじゃん」
北斗「うるせぇって」
風磨「はいはい、早く乗れ」
それぞれ車に分かれて乗り込む。
雨音が車体を叩く中、ドアが閉まる。
〇〇は座席に座った瞬間、大きく息を吐く。
〇〇「……疲れた」
北斗「だから最初から飛ばしすぎ」
〇〇「でも楽しかった……」
北斗はその言葉に少しだけ表情を緩める。
車は静かに走り出した。
車は雨の中を静かに走り続ける。
〇〇は途中からかなり眠そうで、窓にもたれながらぼーっと外を見ていた。
樹「〇〇もう半分寝てるだろ」
慎太郎「今日一番頑張ってたもんな」
ジェシー「お疲れさま!」
勝利「筋肉痛すごそう」
原「明日起きれるかな」
北斗「絶対無理だろ」
〇〇「起きるし……」
声に全然力がない。
そのまま少し静かになって、気づけば車はマンション前へ到着する。
スタッフ「着きましたー」
〇〇「……はや」
樹「いや普通に40分くらい乗ってたぞ」
慎太郎「途中寝てたじゃん」
〇〇「寝てない……」
ジェシー「絶対寝てたね!」
勝利「かなり疲れてるんだね」
原「今日はゆっくり休みな」
風磨「ちゃんとストレッチして寝ろよ」
〇〇「はい……」
ドアが開いて、夜の冷たい空気が入ってくる。
雨は少し弱くなっていた。
北斗「降りれる?」
〇〇「……たぶん」
北斗「またそれかよ」
小さく笑いながら、北斗は先に車を降りる。
〇〇もゆっくり後を追う。
ぶかぶかのTシャツにパーカー姿のまま、眠そうに立っている。
樹「ほんと彼シャツ感抜けねぇな」
〇〇「まだ言うの!?」
慎太郎「だってサイズ感やばいもん」
ジェシー「かわいいね!」
勝利「風邪ひかないようにね」
原「お疲れー」
それぞれ軽く手を振る。
〇〇「お疲れさまー……」
北斗「じゃあまた連絡する」
樹「次は〇〇潰れない程度にな」
慎太郎「絶対また来いよ!」
ジェシー「次もっと楽しもう!」
勝利「無理ない範囲でね」
原「ちゃんと継続な」
〇〇は小さく笑いながら頷く。
そのまま北斗と並んでマンションの中へ入っていった。
エレベーターのドアが閉まる。
外の雨音が遠くなって、一気に静かになる。
〇〇「……はぁ」
小さく息を吐いて、そのまま壁にもたれる。
北斗「限界じゃん」
〇〇「……眠い」
北斗「そりゃあれだけ動けばな」
エレベーターがゆっくり上がっていく。
〇〇はぼーっとしたまま目を擦る。
ぶかぶかのパーカーの袖が余っていて、完全に力が抜けていた。
北斗「ちゃんと立ててる?」
〇〇「んー……」
返事も曖昧。
次の瞬間、〇〇の体が少し傾く。
北斗「おい」
北斗がすぐ腕を掴える。
〇〇「……ありがと」
そのまま〇〇は軽く北斗の肩にもたれた。
北斗「寝るなよ」
〇〇「寝てない……」
完全に眠そうな声。
北斗は小さくため息をつく。
でも離すこともしない。
〇〇の髪からまだ少しシャンプーの匂いがして、妙に近い。
北斗「……危なっかしいなほんと」
〇〇「ん……」
もう返事になってない。
エレベーターの数字だけが静かに上がっていく。
北斗は肩にもたれたままの〇〇を見下ろして、少しだけ困ったように笑った。
エレベーターが止まる。
北斗「着いたぞ」
〇〇「……ん」
眠そうなままゆっくり顔を上げる。
北斗は〇〇の肩を軽く支えながら先に降りる。
〇〇もふらふらした足取りで隣を歩く。
北斗「ほんと大丈夫?」
〇〇「だいじょぶ……」
全然大丈夫そうじゃない。
廊下を歩いて、自分たちの部屋の前に着く。
北斗が鍵を開ける。
ガチャ、と静かな音。
北斗「ほら、入れ」
〇〇「ただいま……」
北斗「おかえり」
同居してるいつもの部屋。
でも今日は筋トレ後で、〇〇は完全に電池切れだった。
玄関に入った瞬間、その場にしゃがみ込む。
北斗「おい」
〇〇「……足むり」
北斗「だから言っただろ、飛ばしすぎだって」
〇〇「でも楽しかった……」
北斗は少しだけ笑う。
北斗「ならよかったけど」
〇〇は靴を脱ぐのも遅くて、動きが全部スロー。
北斗は先に荷物を置いてキッチンへ向かう。
冷蔵庫を開けて水を取り出す。
北斗「ほら、水」
〇〇「ん……ありがと」
眠そうな顔のまま受け取る。
ぶかぶかのTシャツにパーカー姿のまま、ソファへ倒れ込む。
北斗「そのまま寝るなよ」
〇〇「寝ない……」
言いながらもう半分目が閉じている。
北斗はその姿を見て小さくため息をつく。
北斗「ほんと体力ないな」
〇〇「……北斗たちがおかしいの」
北斗は少し笑いながら、〇〇の前にタオルを置いた。
同じ部屋の、いつもの夜。
でも今日は妙に静かで、少しだけ心地よかった。
その時、テーブルの上のスマホが鳴る。
〇〇「……ん」
ソファに沈みながらスマホを見る。
通知画面。
〇〇「あ」
北斗「何」
〇〇「この前頼んだやつ」
北斗「……あー」
〇〇が前に“欲しい”と言っていたバスローブ。
結局お揃いで買ったやつだった。
北斗は黒。
〇〇は白。
通知には“明日お届け予定”の文字。
〇〇「ほんとに届くんだ」
北斗「頼んだからな」
〇〇は少し笑う。
〇〇「絶対北斗黒似合う」
北斗「お前は白だろ」
〇〇「なんで?」
北斗「なんとなく」
〇〇「適当」
北斗は水を飲みながら肩をすくめる。
北斗「でもお前黒だと怖い」
〇〇「失礼なんだけど」
小さく笑いながらソファに埋まる〇〇。
スマホを見つめながら、ぽつりと呟く。
〇〇「なんかさ」
北斗「ん?」
〇〇「同居っぽい」
北斗は一瞬だけ止まる。
北斗「……今更?」
〇〇「いや、なんかこういうの」
〇〇「お揃いとか、届くとか」
北斗は少し視線を逸らす。
北斗「お前が欲しいって言ったんだろ」
〇〇「北斗もノリノリだったじゃん」
北斗「否定はしねぇけど」
〇〇はその返事に少し笑う。
静かな部屋の中、スマホの通知だけがまだ光っていた。
〇〇はソファに沈んだままスマホを見る。
〇〇「……今何時?」
北斗も時計を見る。
北斗「0時半」
〇〇「え、もう?」
北斗「帰ってきてからだいぶ経ってる」
〇〇「やば……」
樹たちと話したり、だらだらしてるうちに時間が過ぎていた。
〇〇はソファの背もたれに頭を預ける。
〇〇「もう今日終わるじゃん……」
北斗「明日休みじゃねぇんだから寝ろよ」
〇〇「でも筋肉痛怖くて寝たくない」
北斗「意味分かんねぇ」
〇〇「起きた時絶対終わってる」
北斗は少し笑いながら空になったペットボトルを片付ける。
北斗「まぁ終わるだろうな」
〇〇「ひど」
北斗「初日であれだけやれば当たり前」
〇〇「歩けなかったら責任取って」
北斗「知らねぇよ」
〇〇は眠そうな目のまま北斗を見る。
〇〇「……でも楽しかった」
北斗は少しだけ動きを止める。
北斗「ならよかったじゃん」
〇〇「うん」
小さく笑う〇〇。
その顔を見て、北斗も少しだけ表情を緩めた。
〇〇はソファに寝転がったまま、ぼんやり北斗を見る。
〇〇「ねぇ」
北斗「ん?」
〇〇「筋肉見してー」
北斗「は?」
〇〇「今日みんなすごかったから気になる」
北斗「嫌だよ」
〇〇「なんでー」
北斗「めんどい」
〇〇「いいじゃん減るもんじゃないし」
北斗は呆れた顔で見る。
北斗「お前そのテンションでよく喋れんな」
〇〇「眠いけど気になる」
北斗「意味分かんねぇ」
〇〇はソファから少し身を起こす。
〇〇「ちらっとでいいから」
北斗「絶対嫌」
〇〇「えー」
北斗「今日ジムで見ただろ」
〇〇「ちゃんとは見てない」
北斗「見なくていいんだよ」
〇〇「ケチ」
北斗は小さく笑って、タオルを肩にかけ直す。
〇〇「樹も慎太郎もジェシーもすごかったし、勝利も原ちゃんも細いのにちゃんと筋肉あったし」
北斗「急に評価会始めんな」
〇〇「で、北斗は?」
北斗「知らねぇ」
〇〇「絶対あるじゃん」
北斗はため息をつきながら、少しだけ腕まくりする。
〇〇「おぉ」
北斗「これで満足?」
〇〇「思ったよりある」
北斗「失礼だな」
〇〇「なんか細いイメージだった」
北斗「普通に鍛えてるから」
〇〇は眠そうな目のまま腕を見る。
〇〇「……ずる」
北斗「何が」
〇〇「同じジム行ったのに私だけ瀕死」
北斗は吹き出す。
北斗「初心者だからだろ」
〇〇「北斗の体力分けてほしい……」
〇〇はソファに埋まりながら、まだ北斗の腕を見ている。
〇〇「……なんか悔しい」
北斗「何がだよ」
〇〇「ちゃんと筋肉あるの」
北斗「お前今日何見てたんだよ」
〇〇「いや、服着てると細いじゃん」
北斗「まぁな」
〇〇「脱ぐと違う」
北斗「その言い方やめろ」
〇〇は少し笑う。
でも眠さで目は半分閉じていた。
北斗はキッチンでコップを片付けながら振り返る。
北斗「もう寝ろ」
〇〇「まだ寝ない……」
北斗「絶対そのまま寝落ちする」
〇〇「しない……」
声がどんどん小さくなる。
北斗「説得力ゼロ」
〇〇はソファから少しだけ手を伸ばす。
〇〇「北斗ー」
北斗「ん?」
〇〇「筋トレ続けたら私も変わる?」
北斗は少し考える。
北斗「まぁ多少は」
〇〇「多少なんだ」
北斗「でも体力はつくだろ」
〇〇「それ欲しい……」
〇〇はそのままクッションを抱える。
〇〇「でも今日ほんと楽しかった」
北斗「ならまた行けば」
〇〇「……北斗いるなら行く」
北斗の動きが一瞬止まる。
〇〇は眠そうで、たぶん深い意味なんてない。
でもその言葉だけ妙に残る。
北斗「……はいはい」
小さく返して、視線を逸らす。
〇〇「次はちゃんと着替え持ってく」
北斗「それは絶対な」
〇〇「もうあれ恥ずかしすぎた……」
北斗「見えてたしな」
〇〇「言わないで!」
北斗は少し笑う。
静かな部屋に、二人の声だけがゆっくり響いていた。
北斗は時計を見て小さく息を吐く。
北斗「……もう寝るぞ」
〇〇「んー……」
北斗「返事適当すぎ」
〇〇「眠い……」
北斗「だから寝るんだよ」
北斗はテーブルの上を軽く片付けて、部屋の電気を少し落とす。
〇〇はソファに沈んだまま動かない。
北斗「おい」
〇〇「……動けない」
北斗「知ってる」
〇〇「足が終わってる」
北斗は呆れたように笑う。
北斗「ほら、立て」
〇〇「むり」
北斗「子どもか」
そう言いながら北斗は〇〇の前に立つ。
〇〇は眠そうな目のまま北斗を見上げる。
〇〇「……筋肉痛くる?」
北斗「100%くる」
〇〇「やだ……」
北斗「諦めろ」
〇〇は小さく唸りながら、やっと立ち上がる。
でもふらつく。
北斗「危な」
自然に腕を掴えて支える。
〇〇「……ありがと」
北斗「だから無理しすぎなんだよ」
〇〇はそのまま北斗の腕を軽く掴んだまま歩く。
寝室までの短い距離。
静かな部屋。
眠気でぼーっとしながら、二人でゆっくりベッドへ向かっていった。
ベッドに入った瞬間、〇〇はそのまま布団に沈み込む。
〇〇「……むり……」
北斗「お疲れ」
〇〇は返事もしないまま、枕に顔を埋める。
ぶかぶかのTシャツの袖を握ったまま、もう完全に限界だった。
北斗は隣で小さく笑う。
北斗「秒じゃん」
〇〇「……ねてない……」
声がもうほとんど聞こえない。
北斗「いや寝る直前だろそれ」
〇〇は少しだけ北斗の方へ近づく。
でも目はもう閉じかけている。
〇〇「……たのしかった」
北斗「ん」
〇〇「また……いく……」
そこまで言って、完全に静かになる。
北斗「……寝たな」
規則的な寝息だけが聞こえる。
本当に一瞬だった。
北斗は天井を見上げながら小さく息を吐く。
ジムでのこと。
車の中。
ぶかぶかのTシャツ姿。
眠そうに笑ってた顔。
色んなものが頭に残って離れない。
隣を見る。
〇〇は完全に熟睡していた。
北斗「……無防備すぎだろ」
小さく呟いて、布団を少しだけ〇〇の肩まで上げる。
外ではまだ雨が静かに降っていた。
〇〇は完全に眠った。
ジムで疲れ切ったせいか、いつもよりずっと深く眠っている。
北斗は少しだけ目を細める。
濡れた髪も、眠そうに笑ってた顔も、全部まだ頭に残っていた。
ゆっくり手を伸ばす。
そして、そっと〇〇の頬に触れる。
指先で軽くなぞると、〇〇は小さく動くだけで起きない。
北斗「……」
柔らかい感触に、胸の奥が苦しくなる。
好きだ。
ずっと前から。
自分でも嫌になるくらい。
でも言えない。
言った瞬間、今の関係が変わる気がする。
隣にいられるこの距離が壊れる気がする。
北斗は小さく笑う。
苦しそうな、諦めたみたいな笑い。
北斗「……鈍感」
こんなに近くにいるのに。
同じ部屋で、同じベッドで眠ってるのに。
それでも“好き”だけは届かない。
北斗は指を離そうとして、でも少しだけ止まる。
離したくないと思ってしまう。
〇〇「……ん」
寝返りを打った〇〇が、無意識に北斗の方へ近づく。
北斗の呼吸が止まりそうになる。
〇〇は何も知らないまま、安心したように眠っている。
北斗「……ずるいんだよ」
小さく呟いて、北斗はゆっくり目を閉じた。
ーーーーーーーーー
☀️静かな朝。
先に目を覚ました〇〇は、ぼんやりしたまま天井を見る。
隣には北斗。
同じベッドで、少しだけ距離を空けて眠ってる。
昨日みんなで行ったジムの疲れなのか、珍しくぐっすり寝ていた。
〇〇は寝返りを打とうとして。
〇〇「っ……」
背中が痛い。
腕も重い。
完全に筋肉痛だった。
〇〇「最悪……」
小さく呟くと、隣の北斗が薄く目を開ける。
北斗「……朝から何」
〇〇「筋肉痛」
北斗「だから言ったじゃん」
寝起きの低い声。
北斗は片目だけ開けたまま〇〇を見る。
〇〇「北斗が追い込むからでしょ」
北斗「自分で重量上げてた人が何言ってんの」
〇〇「ノリ」
北斗「怖」
〇〇は布団を顔まで引き上げる。
北斗は少し笑って、また目を閉じかけた。
でも〇〇がじっと見てることに気づいて、ゆっくり視線を戻す。
北斗「……何」
〇〇「いや、今日静かだなって」
北斗「朝だから」
〇〇「違う。なんか昨日から」
北斗の表情がほんの少し止まる。
昨日。
廉と〇〇が並んで話していた姿。
それを見たあとから、北斗は自分でもわかるくらい距離を取っていた。
〇〇には関係ない。
そう思ってるのに、うまく普通にできない。
北斗「気のせい」
〇〇「それ便利だね」
北斗「だろ」
〇〇が小さく笑う。
そのあと、起き上がろうとして固まった。
〇〇「……待って」
北斗「何」
〇〇「腕痛すぎる」
北斗「ははっ」
〇〇「笑うなって」
北斗「どんだけやったんだよ昨日」
〇〇「覚えてない……」
〇〇はなんとか起きようとして、バランスを崩す。
その瞬間。
北斗が反射的に腕を掴んだ。
北斗「危な」
〇〇「あ、ごめん」
北斗「謝んなくていいから」
近い距離。
〇〇が見上げると、北斗はすぐ視線を逸らした。
それが少し気になる。
〇〇「……やっぱ変」
北斗「何が」
〇〇「最近、ちょっと避けてる感じする」
図星だった。
北斗は一瞬黙って、それから笑う。
北斗「考えすぎ」
〇〇「そうかな」
北斗「そう」
でも掴んだ手は離さない。
〇〇はそのまま北斗を見ていた。
〇〇「じゃあ離さないでよ」
北斗「……え?」
〇〇「今の距離感、結構好きだから」
無意識。
悪気もない。
だから北斗は困る。
北斗「……それ他で言うなよ」
〇〇「なんで?」
北斗「勘違いする」
〇〇「誰が」
北斗は答えない。
答えられない。
その代わり、小さく息を吐いて〇〇を立たせる。
北斗「ほら、まず顔洗ってこい」
〇〇「んー……」
立ち上がった瞬間。
〇〇「痛っ」
北斗「大袈裟」
〇〇「いやほんとに無理」
北斗「明日動けなくなっても知らんって言ったよな」
〇〇「言ってた……」
北斗は呆れながら笑う。
その笑い方が、久しぶりに少し柔らかくて。
〇〇は気づいたみたいに北斗を見る。
〇〇「今の顔好き」
北斗「……朝から不意打ちやめて」
〇〇「?」
北斗は片手で顔を覆った。
ほんとに、無自覚が一番たち悪い。
〇〇「何その顔」
北斗「なんでもない」
〇〇「絶対なんかある」
北斗「ない」
〇〇は納得してない顔のまま洗面所へ向かう。
その後ろ姿を見送りながら、北斗はベッドに座ったまま息を吐いた。
もう少し普通にできると思ってた。
廉のことがあっても、今まで通り隣にいられると思ってた。
でも実際は全然無理だった。
好きなのを隠すほど、不自然になる。
洗面所から水の音が聞こえる。
その数秒後。
〇〇「北斗ー!」
北斗「なに」
〇〇「助けて」
北斗「嫌な予感する」
〇〇「腕上がんない」
思わず笑ってしまう。
北斗「嘘だろ」
〇〇「ほんと!!髪結べない!!」
北斗は肩を揺らしながら洗面所へ向かった。
鏡の前で〇〇が真剣な顔をして立っている。
両腕を少し上げた状態で止まっていた。
北斗「なにその状態」
〇〇「限界」
北斗「情けな」
〇〇「笑うなって」
北斗は笑いながら〇〇の後ろに立つ。
そして洗面台に置いてあったヘアゴムを手に取った。
〇〇「……できるの?」
北斗「前メイクさんに教わった」
〇〇「なんで」
北斗「撮影の待ち時間」
〇〇「器用だなぁ」
北斗は〇〇の髪を手に取る。
シャンプーの匂い。
近すぎる距離。
細い首筋。
意識しないほうが無理だった。
でも北斗は何事もない顔で髪をまとめていく。
鏡越しに〇〇が北斗を見る。
〇〇「……上手」
北斗「だろ」
〇〇「女子力高い」
北斗「やめろ」
〇〇が笑う。
その笑顔を見ると、また胸が痛くなる。
北斗は結び終わって少し離れた。
北斗「はい完成」
〇〇は鏡を見て目を丸くする。
〇〇「え、普通にすご」
北斗「俺を誰だと思ってんの」
〇〇「SixTONESの松村北斗」
北斗「その通り」
〇〇「でもなんか悔しい」
北斗「なんで」
〇〇「私より上手い」
北斗が吹き出す。
その瞬間。
〇〇のスマホが鳴った。
洗面台に置いてあった画面が光る。
表示された名前。
“廉”
北斗の笑顔が一瞬止まる。
〇〇「あ、廉だ」
何気ない声。
でも北斗は自然に視線を逸らした。
〇〇は気づかないまま電話を取る。
〇〇「もしもし?」
北斗はその場を離れようとする。
けど。
〇〇が無意識に服の袖を掴んだ。
〇〇「待って」
北斗「……何」
〇〇「どっか行かないで」
電話越しに廉の声が聞こえる。
なのに〇〇は北斗を見ていた。
北斗は何も言えなくなる。
〇〇「もしもし?」
廉『おはよ。起きとった?』
〇〇「今起きた」
廉『声やば。完全寝起きやん』
〇〇「昨日ジム行ったせいで全身終わった……」
廉『あー、絶対そうなる思ったわ』
〇〇「北斗が追い込むから」
その名前が出た瞬間。
北斗の動きが少し止まる。
電話越しの廉も、一瞬黙った。
廉『……北斗おるん?』
〇〇「いる」
北斗はそのまま洗面所を出ようとする。
けど〇〇が無意識に袖を掴んでいて動けない。
廉『朝から一緒なんや』
〇〇「うん」
廉『そっか』
少しだけ低くなる声。
でも〇〇は気づかない。
〇〇「で、どうしたの?」
廉『今日の入り何時やっけ思って』
〇〇「昼過ぎ」
廉『ならまだ余裕あるな』
〇〇「でも筋肉痛で死にそう」
廉『歩けてる?』
〇〇「無理」
廉『湿布貼っときや』
〇〇「貼って」
廉『今から行ったろか?』
冗談っぽく笑う声。
でも北斗の空気が変わる。
〇〇「えー、どうしよ」
廉『ちょっと迷うなや』
〇〇「だってほんとに痛いもん」
廉『ほな行くで?』
〇〇はそこで北斗を見る。
北斗は笑ってる。
けどどこか遠い。
〇〇「……んー、いいや」
廉『なんでやねん』
〇〇「北斗いるし」
静かになる。
廉も。
北斗も。
〇〇だけが何も気づいてない。
廉『……仲良いな、お前ら』
〇〇「普通じゃない?」
廉『普通、ねぇ』
その言い方に少しだけ感情が混ざる。
北斗は視線を落とした。
〇〇「てか廉、朝から珍し」
廉『たまにはええやろ。声聞きたかってん』
〇〇「なにそれ」
廉『あかん?』
〇〇「別にいいけど」
廉が小さく笑う。
そのあと少し静かになって。
廉『……〇〇』
〇〇「ん?」
廉『無理しすぎんなよ』
〇〇「してない」
廉『してる時ほどそう言うやん、お前』
〇〇は少し黙る。
図星だった。
廉『ちゃんと周り頼りや』
〇〇「頼ってる」
廉『北斗に?』
〇〇「うん」
また数秒静かになる。
北斗はその会話を聞きながら、苦しそうに息を吐いた。
廉『……そっか』
今度の声は、さっきよりずっと小さい。
〇〇「?」
廉『いや、なんでもない。ほなまた後でな』
〇〇「はーい」
通話が切れる。
静かになった洗面所。
〇〇はスマホを置いて振り返る。
北斗は壁にもたれたまま、ぼんやりしていた。
〇〇「北斗?」
北斗「……ん?」
〇〇「どうしたの」
北斗は少し笑う。
北斗「別に」
でもその顔は、全然“別に”じゃなかった。
通話が切れたあとも、少しだけ沈黙が残った。
〇〇は鏡越しに北斗を見る。
北斗は視線を合わせないまま、洗面台の端に寄りかかっていた。
〇〇「……ほんとにどうしたの」
北斗「だから何もないって」
〇〇「ない人そんな顔しない」
北斗「どんな顔」
〇〇「今にも倒れそうな顔」
北斗は思わず笑う。
北斗「大袈裟」
〇〇「大袈裟じゃない」
〇〇は振り返って北斗を見る。
近い距離。
でも北斗はまた少しだけ下がった。
その動きに、〇〇の眉が寄る。
〇〇「……またそれ」
北斗「何が」
〇〇「距離取るやつ」
北斗「取ってない」
〇〇「取ってる」
真っ直ぐ言われて、北斗は黙る。
〇〇はじっと北斗を見たあと、小さく息を吐いた。
〇〇「私なんかした?」
その言葉に、北斗がすぐ顔を上げる。
北斗「してない」
〇〇「じゃあなんで」
北斗は答えられない。
“廉がいるから”なんて言えるわけない。
“好きだから苦しい”なんてもっと無理だった。
〇〇「……北斗」
北斗「ん?」
〇〇「私、こういう空気やだ」
静かな声。
責めてるわけじゃない。
だから余計に痛い。
北斗は視線を逸らしたまま笑う。
北斗「ごめん」
〇〇「謝ってほしいわけじゃない」
北斗「……うん」
〇〇「普通にしててほしいだけ」
北斗の喉が詰まる。
普通。
今までみたいに。
隣にいて、笑って、近くて。
それが一番難しい。
〇〇はそんな北斗を見ながら、少し困った顔をする。
〇〇「北斗ってさ」
北斗「何」
〇〇「一人で抱え込む時あるよね」
北斗「買い被り」
〇〇「違う」
〇〇は即答した。
〇〇「わかりやすいもん」
北斗「……わかりやすいなら終わってる」
〇〇「終わってない」
そう言って〇〇は北斗の服の袖を軽く掴む。
昨日から何回もしてる無意識の動き。
その度に北斗の心臓は振り回される。
〇〇「話せないなら無理に聞かないけど」
北斗「うん」
〇〇「でも離れないで」
また、それ。
北斗は苦しそうに目を閉じる。
〇〇は多分、深い意味なんてない。
ただ今の関係が心地いいだけ。
でも北斗にとっては違う。
北斗「……ずるい」
〇〇「え?」
北斗「〇〇、そういうとこある」
〇〇「なんの話?」
北斗は小さく笑って、〇〇の頭を軽く押した。
北斗「ほら、準備しろ」
〇〇「誤魔化した」
北斗「誤魔化してない」
〇〇「してる」
北斗はそのまま洗面所を出ていく。
でも背中越しに。
〇〇「北斗」
呼ばれて足が止まる。
〇〇「今日、終わったら一緒帰ろ」
北斗は少し黙ってから、小さく笑った。
北斗「……はいはい」
その返事だけで、〇〇は嬉しそうに笑った。
それを見た北斗は、また苦しそうに目を伏せた。
昼過ぎ。
準備を終えた二人は時間をずらしてマンションを出た。
下にはそれぞれのマネージャーの車が停まっている。
〇〇はキャップを深く被りながら欠伸した。
〇〇「……眠」
マネ「顔むくんでるよ」
〇〇「わかってる」
マネ「今日ビジュアル撮影もあるから頑張って」
〇〇「終わった……」
マネが笑いながら後部座席のドアを開ける。
その時。
向こうの車から北斗が降りてきた。
黒マスクにパーカー姿。
北斗も〇〇に気づいて足を止める。
数秒だけ目が合った。
〇〇「おはよ」
北斗「もう昼」
〇〇「細かい」
北斗「筋肉痛?」
〇〇「ほんとにやばい」
北斗が少し笑う。
でもその笑い方はやっぱり少し遠い。
〇〇はそれに気づいて眉を寄せた。
〇〇「……まだ変」
北斗「何が」
〇〇「北斗」
北斗は答えない。
代わりに〇〇のキャップを軽く下げる。
北斗「顔隠しとけ」
〇〇「雑なんだよなぁ」
北斗「ほら乗れ」
〇〇「はーい」
〇〇は車に乗り込む。
ドアが閉まる直前。
〇〇「今日終わったら一緒帰るからね」
北斗は少し黙ってから笑った。
北斗「……了解」
ドアが閉まる。
車が走り出した。
後部座席で〇〇は窓の外を見る。
反対側では北斗の車も動き出していた。
マネ「今日の松村くん静かじゃない?」
〇〇「やっぱそう思う?」
マネ「なんか元気なく見える」
〇〇は小さく息を吐く。
〇〇「喧嘩とかじゃないんだけどね」
マネ「ふーん」
〇〇「絶対なんか考えてる」
マネ「まあ松村くん、抱え込むタイプっぽいし」
〇〇「それ」
〇〇はシートに寄りかかる。
朝からずっと気になってる。
距離を取られてる感じ。
避けられてるみたいな空気。
でも理由はわからない。
マネ「聞かないの?」
〇〇「聞いた」
マネ「で?」
〇〇「“別に”だって」
マネ「あー、男の別にはなんかあるやつ」
〇〇「でしょ?」
マネが笑う。
一方、北斗の車。
マネ「珍しく静か」
北斗「いつもです」
マネ「今日のは違う静かさ」
北斗は窓の外を見る。
〇〇の車はもう見えない。
マネ「なんかあった?」
北斗「別に」
マネ「はい出た」
北斗が少し笑う。
マネ「〇〇ちゃんと喧嘩?」
北斗「してない」
マネ「ならよかったけど」
北斗は返事をしない。
頭の中には朝の会話ばかり残っていた。
“離れないでよ”
“今の距離感、結構好きだから”
無自覚な言葉ばかり刺さる。
そこに廉まで重なって、余計に苦しくなる。
マネ「……松村くんさ」
北斗「ん?」
マネ「わかりやすすぎ」
北斗「何がですか」
マネ「いや、別に」
今度はマネが笑った。
北斗は小さくため息をついて、シートに深くもたれた。
ーーーーーーーーー
〇〇side
13:00。
最初の現場は雑誌撮影。
スタジオに入った瞬間、空気が切り替わる。
さっきまで眠そうだった〇〇はもういない。
スタッフ「お願いします!」
〇〇「よろしくお願いします」
笑顔、姿勢、声。
全部完璧。
メイク直しの数分ですら、次の企画書を確認している。
カメラマン「さすがだなぁ」
編集「表情の切り替え早すぎる」
シャッター音が止まらない。
可愛い、綺麗、かっこいい。
要求されるものを一瞬で変える。
ページごとに別人みたいだった。
15:30。
移動車。
〇〇は水を飲みながら次の台本を開く。
マネ「五分だけ寝る?」
〇〇「いや、セリフ入れる」
マネ「朝筋肉痛で死んでた人とは思えない」
〇〇「死んでるよ普通に」
そう言いながら、ペンで台本に印をつけていく。
16:10。
ドラマ撮影現場。
現場入りした瞬間、空気が少しざわつく。
スタッフ「〇〇さん入りました!」
共演者「おはようございます!」
〇〇「お願いします!」
主演。
現場の中心。
でも偉そうな空気は一切出さない。
スタッフの名前も細かく覚えてる。
疲れてるのに笑顔を切らさない。
監督「〇〇ちゃん、次感情強めいける?」
〇〇「はい、もう一回ください」
本番。
数秒で涙が落ちる。
モニター前が静まった。
監督「……OK!」
スタッフ「すご……」
でもカットがかかった瞬間。
〇〇「すみません、もう一回だけいいですか?」
監督「やる?」
〇〇「今のよりいける気がする」
誰より自分に厳しい。
だから売れ続ける。
18:40。
移動しながら雑誌インタビュー。
記者「最近忙しいですよね」
〇〇「ありがたいです」
記者「休めてます?」
〇〇「寝れてはいます」
マネが横で苦笑いする。
全然寝れてないの知ってるから。
記者「〇〇さんって弱音吐かないですよね」
〇〇「吐いてますよ普通に」
記者「想像つかないです」
〇〇「家だと結構だらだらしてます」
その瞬間、頭に浮かぶのは朝の北斗。
“顔隠しとけ”
“ほら乗れ”
少しだけ胸がざわつく。
記者「理想の支え合える関係ってありますか?」
〇〇「……え?」
急な質問に少し止まる。
記者「恋愛じゃなくても、仕事仲間とか」
〇〇は少し考えてから笑った。
〇〇「隣にいるのが自然な人、ですかね」
その答えを言った瞬間。
自分で少しだけ引っかかった。
20:10。
バラエティ収録。
長時間稼働なのに、スタジオでは誰より声を出す。
MC「〇〇ちゃん元気だね!」
〇〇「気合いです!」
スタジオが笑う。
共演者との絡みも完璧。
振られたら返す。
空気を止めない。
スタッフ受けもいい。
だから呼ばれ続ける。
でもCM中。
一人で椅子に座った瞬間だけ、ぼーっとスマホを見る。
LINE。
北斗とのトーク画面。
最後は朝。
“了解”
その二文字だけ。
〇〇は少し考えて、メッセージを打つ。
『まだ仕事?』
送信。
でも返事はまだ来ない。
21:00。
全スケジュール終了。
〇〇「お疲れ様でしたー!」
スタッフ達が拍手みたいに声を返す。
マネ「今日も働いたねぇ」
〇〇「働いた……」
やっと力が抜ける。
でもスマホを見る。
北斗からの返信は、まだ来てなかった。
車に乗り込んだ瞬間、〇〇はシートに沈み込んだ。
〇〇「……終わったぁ」
マネ「お疲れ。今日ほんと働きすぎ」
〇〇「今何時?」
マネ「九時ちょい」
〇〇はスマホを見る。
北斗からの返信はまだない。
既読もついてない。
〇〇「……まだ仕事かな」
マネ「松村くん?」
〇〇「うん」
マネはスケジュールを確認する。
マネ「まだ収録中じゃない?たしか音楽番組の企画撮り」
〇〇「どこ?」
マネ「え?」
〇〇「現場」
マネが〇〇を見る。
少しニヤける。
マネ「行くの?」
〇〇「……別に普通に迎え」
マネ「はいはい」
〇〇「何その顔」
マネ「いやぁ、心配なんだなって」
〇〇「なんか今日変なんだもん北斗」
マネ「まあ確かに」
〇〇は窓にもたれながら小さく息を吐く。
朝からずっと引っかかってる。
避けられてる感じ。
無理して笑ってる感じ。
それが嫌だった。
マネ「じゃ、向かう?」
〇〇「うん」
車が方向を変える。
夜の街を走りながら、〇〇はぼんやり外を見る。
疲れてるはずなのに眠くない。
頭に浮かぶのは北斗ばかりだった。
30分後。
スタジオ到着。
まだ収録の灯りがついている。
マネ「終わってないっぽいね」
〇〇「……ほんとだ」
スタッフが〇〇に気づいて慌てる。
スタッフ「え、〇〇さん!?」
〇〇「お疲れ様です」
スタッフ「どうしたんですか?」
〇〇「ちょっと北斗に用あって」
その一言で、周りが少しざわつく。
でも〇〇は気づかない。
スタッフ「松村さんならまだ中です!」
〇〇「ありがとございます」
スタジオの近くまで行くと、中から笑い声が聞こえる。
北斗の声も混ざっていた。
でも。
ドアが開いて出てきた北斗は、笑顔のまま固まった。
北斗「……え?」
〇〇「お疲れ」
北斗「なんでいるの」
〇〇「迎え」
北斗が言葉を失う。
周りのスタッフ達がニヤニヤし始める。
SixTONESメンバーまで気づいた。
ジェシー「え、〇〇じゃん!」
慎太郎「迎え来たの!?」
樹「うわ、すげぇ」
北斗「いや違っ……」
〇〇「?」
北斗だけが一気に動揺していた。
〇〇は普通に北斗へ近づく。
〇〇「LINE返ってこないからまだ仕事かと思って」
北斗「……見れてなかった」
〇〇「お疲れ。今日静かだったし」
その言葉に、北斗の表情が少し揺れる。
〇〇はそれを見て眉を寄せた。
〇〇「やっぱなんかあった?」
北斗「……ない」
〇〇「絶対嘘」
北斗は困ったみたいに笑う。
その後ろで樹が小声で呟く。
樹「これで付き合ってないの意味わかんねぇ……」
慎太郎「わかる」
北斗「聞こえてる」
スタジオに笑いが起きる。
でも北斗だけは、〇〇を見る目が少し苦しそうだった。
収録が終わるまで、〇〇はスタジオ横の控えスペースで待つことになった。
スタッフが飲み物を持ってきてくれる。
スタッフ「〇〇さん、これどうぞ!」
〇〇「ありがとうございます」
マネ「ほんと顔広いよね」
〇〇「長いからねぇ」
ソファに座りながらスマホを見る。
北斗はまだ収録中。
スタジオの中から時々笑い声が聞こえる。
〇〇はその音を聞きながらぼーっとしていた。
マネ「眠そう」
〇〇「ちょっと限界」
マネ「今日13時からノンストップだったもんね」
〇〇「でもまだ元気」
マネ「それが怖いんだって」
〇〇が笑う。
その時、スタジオのドアが開いた。
収録終わりのメンバー達がぞろぞろ出てくる。
ジェシー「あ、まだいた!」
慎太郎「ほんとに待ってたんだ」
樹「北斗愛されてんなぁ」
〇〇「普通に迎え来ただけ」
樹「その“普通”がもう普通じゃないのよ」
北斗「お前らうるさい」
北斗は疲れた顔で近づいてくる。
でも〇〇を見ると、少しだけ表情が柔らかくなった。
〇〇「お疲れ」
北斗「……お疲れ」
〇〇「終わった?」
北斗「今終わった」
近くで見ると、やっぱり疲れてる。
〇〇は自然に北斗の顔を見る。
〇〇「クマやばいじゃん」
北斗「〇〇に言われたくない」
〇〇「確かに」
二人とも笑う。
その空気に、周りのスタッフ達がまたニヤついていた。
マネ「じゃあ帰る?」
〇〇「うん」
北斗のマネも近づいてくる。
北斗マネ「松村くん送りますよ」
〇〇マネ「あ、一緒に乗せて帰る?」
北斗マネ「あー、それでもいいかも」
〇〇「乗ってけば?」
北斗は少し止まる。
一瞬だけ迷った顔。
でも。
北斗「……じゃあそうする」
樹「うわ、自然」
慎太郎「同棲感えぐい」
北斗「黙れ」
〇〇「何が?」
ジェシー「〇〇無自覚すぎ!」
〇〇「?」
意味がわからず首を傾げる〇〇。
北斗は片手で顔を覆った。
北斗「……帰るぞ」
〇〇「はーい」
マネ達に挨拶して、二人は同じ車へ向かう。
夜の駐車場。
並んで歩く背中を、スタッフ達がこっそり見送っていた。
スタッフA「距離感すごくない?」
スタッフB「なのに付き合ってないらしいよ」
スタッフA「嘘でしょ?」
その頃、車の後部座席。
〇〇は乗った瞬間シートにもたれた。
〇〇「……疲れた」
北斗「そりゃそう」
〇〇「今日ほんと働いた」
北斗「知ってる」
〇〇「なんで」
北斗「マネから聞いた」
〇〇「監視?」
北斗「違う」
北斗が小さく笑う。
朝より自然な空気。
〇〇は少し安心して目を閉じた。
その横顔を見ながら、北斗は静かに息を吐く。
やっぱり近くにいると、離れたくなくなる。
車が走り出して数分。
外の景色がゆっくり流れていく。
後部座席の〇〇はシートに沈み込んだまま、大きく息を吐いた。
〇〇「……今日ほんとやばかった」
北斗「何が」
〇〇「全部」
北斗が少し笑う。
〇〇「13時から雑誌撮って、ドラマ行って、打ち合わせして、インタビューして、収録して……」
北斗「働きすぎ」
〇〇「でしょ?」
〇〇はぐでっとしながら続ける。
〇〇「しかもドラマで泣くシーン3回撮り直した」
北斗「なんで」
〇〇「納得いかなかった」
北斗は少しだけ目を細める。
北斗「〇〇ってほんと自分に厳しいよな」
〇〇「普通じゃない?」
北斗「普通じゃない」
即答だった。
〇〇は少し笑う。
〇〇「でも今日監督に褒められた」
北斗「よかったじゃん」
〇〇「あと雑誌の撮影も楽しかった」
北斗「うん」
〇〇「バラエティはもう記憶ない」
北斗「それは危ない」
〇〇「気合いで乗り切った」
北斗が吹き出す。
その笑い声を聞いて、〇〇はやっと少し安心した顔になる。
〇〇「……今のほうがいつもの北斗」
北斗「え」
〇〇「朝ずっと変だったから」
北斗は視線を落とした。
〇〇は気づかないまま話を続ける。
〇〇「インタビューでさ、“支え合える関係って?”って聞かれた」
北斗「……なんて答えたの」
〇〇「隣にいるのが自然な人って」
北斗の呼吸が少し止まる。
〇〇「言ったあと、なんか変な感じしたんだよね」
北斗「……変?」
〇〇「うまく言えないけど」
〇〇は窓の外を見る。
夜景が流れていく。
〇〇「今日ずっと北斗のこと気になってたからかな」
その言葉に、北斗は何も返せなくなる。
マネ達は前で静かにしていた。
空気を読んでる。
〇〇「なんかさ」
北斗「ん?」
〇〇「朝から距離ある感じして嫌だった」
真っ直ぐな声。
北斗は苦しそうに笑う。
北斗「……ごめん」
〇〇「だから謝んなくていいって」
〇〇はそう言って、少しだけ北斗の肩にもたれた。
自然に。
眠そうに。
北斗の体が固まる。
〇〇「……安心する」
小さい声。
多分半分寝てる。
北斗はしばらく動けなかった。
前のマネ達がこっそり目を合わせている。
でも後ろの二人は気づかない。
北斗はゆっくり息を吐いて、〇〇が落ちないように肩を支えた。
北斗「……寝れば」
〇〇「ん……」
そのまま静かになる。
数十分後。
車がマンション前に止まった。
マネ「着いたよー」
〇〇「……ん」
〇〇はぼんやり目を開ける。
北斗「起きろ」
〇〇「眠……」
北斗「家着いた」
〇〇はゆっくり体を起こす。
でも北斗の肩にもたれていたせいで、近い。
目の前に北斗がいる。
〇〇「……あ」
北斗「何」
〇〇「ごめん、寄りかかってた?」
北斗「今さら?」
〇〇「うわ最悪」
北斗が小さく笑う。
その顔を見て、〇〇も少し笑った。
やっといつもの空気に戻った気がした。
マンションに着いて、二人は並んでエレベーターへ乗り込む。
深夜前の静かな空気。
〇〇は壁にもたれながら目を閉じる。
〇〇「……眠い」
北斗「風呂入るまで寝るなよ」
〇〇「わかってる……」
北斗は小さく笑いながらスマホをポケットに戻す。
朝よりずっと自然に話せてる。
それが少し嬉しかった。
エレベーターが止まり、二人で廊下を歩く。
そして部屋の前。
玄関横に置かれた大きめのダンボールを見て、〇〇が足を止めた。
〇〇「あ、届いてる」
北斗「何?」
〇〇「バスローブ」
北斗「……あー」
思い出した。
少し前、〇〇が撮影現場でバスローブにハマったと言い出して。
“絶対家にも欲しい”
そう騒いでいた。
その流れで。
“北斗も買おうよ”
と巻き込まれた。
北斗は最初かなり嫌がった。
でも結局押し切られて、お揃いで注文したのだ。
〇〇「やっと来たー!」
嬉しそうにしゃがみ込む〇〇。
北斗は玄関を開けながらため息をつく。
北斗「俺ほんとに着んのかな……」
〇〇「着る」
北斗「即答」
〇〇「だって絶対似合うもん」
北斗「知らない」
〇〇は箱を開け始める。
でも筋肉痛のせいでガムテープが剥がせない。
〇〇「……っ、痛」
北斗「だから貸せって」
北斗が横にしゃがみ、カッターで箱を開ける。
中にはふわふわのバスローブ。
白と黒。
〇〇「かわい!」
〇〇は白を取り出して抱きしめる。
北斗は黒を見下ろした。
シンプルだけど高級感がある。
〇〇「北斗黒似合うじゃん」
北斗「まだ着てない」
〇〇「絶対似合う」
〇〇は楽しそうに笑う。
その顔を見ると、北斗は強く否定できなくなる。
北斗「……しぶしぶだからな」
〇〇「着るんじゃん」
北斗「買わされたから」
〇〇「お揃い嫌?」
無意識の一言。
北斗は一瞬止まる。
〇〇は何も考えてない顔で白のバスローブを広げていた。
北斗「……嫌じゃない」
小さい声。
〇〇「ん?」
北斗「なんでもない」
〇〇「ねえ、これ今日着よ」
北斗「今?」
〇〇「うん。せっかくだし」
〇〇は眠そうなのにテンションだけ高い。
北斗はそんな〇〇を見て、少しだけ笑った。
北斗「子供かよ」
〇〇「北斗も着るんだよ」
北斗「はいはい」
〇〇「絶対逃げないでね」
北斗「逃げないって」
〇〇は満足そうに笑う。
その笑顔を見ながら、北斗は黒のバスローブを手に取った。
しぶしぶのはずなのに。
お揃いって言葉に、少し嬉しくなった自分がいた。
〇〇「じゃ、先入る」
リビングでバスローブを抱えたまま、〇〇が欠伸をする。
北斗「寝るなよほんとに」
〇〇「わかってるって」
〇〇はそのままふらふら洗面所へ向かう。
途中で振り返った。
〇〇「北斗、私出たらちゃんと着てね」
北斗「まだ言ってる」
〇〇「約束」
北斗は呆れながら小さく笑う。
北斗「……はいはい」
〇〇「よし」
満足そうに頷いて、洗面所のドアが閉まる。
しばらくしてシャワーの音。
北斗はソファに座りながら深く息を吐いた。
静かな部屋。
さっきまで隣にいた〇〇がいないだけで妙に広く感じる。
テーブルの上には白と黒のバスローブ。
北斗は黒い方をちらっと見る。
北斗「……ほんとに着んのかこれ」
自分で呟いて少し笑った。
でも〇〇が嬉しそうにしてた顔を思い出すと、結局断れない。
スマホが震える。
廉からだった。
“まだ一緒?”
短いメッセージ。
北斗は数秒画面を見つめる。
それから短く返した。
“今帰った”
既読がすぐつく。
でもその後、返信は来なかった。
北斗はスマホを伏せる。
考えたくないのに、考えてしまう。
廉はちゃんと気持ちを伝えてる。
自分は隣にいるだけ。
なのに。
今日〇〇が迎えに来た時、嬉しかった。
“北斗いるし”
その言葉に期待しそうになった。
北斗は小さく頭を抱える。
その時。
洗面所のドアが少し開いた。
〇〇「北斗ー」
北斗「ん?」
〇〇「シャンプーない」
北斗「昨日詰め替えたろ」
〇〇「そっちじゃなくて紫のやつ」
北斗「あー」
北斗は立ち上がって棚からボトルを取る。
洗面所の前まで行くと、ドアが少しだけ開いていた。
〇〇「ありがとー」
眠そうな声。
北斗はボトルだけ渡す。
〇〇「あとバスローブ着るの忘れないでね」
北斗「圧すごいな」
〇〇が笑う声。
その声を聞いた瞬間、北斗の表情が少しだけ柔らかくなった。
北斗「……早く出てこい」
〇〇「はーい」
ドアが閉まる。
北斗はしばらくその場に立ったまま、小さく息を吐いた。
やっぱり、こういう時間が一番好きだった。
北斗はソファに座ったまま、テーブルの上の黒いバスローブを見る。
ふわふわで、生地もかなりいい。
値段も普通に高かった。
最初見せられた時、北斗は本気で引いた。
『高くない?』
そう言った記憶がある。
きっかけは数日前。
〇〇がやたらテンション高く帰ってきた夜だった。
〇〇『環奈がさ!』
北斗『急にでかい声出すなって』
〇〇『環奈と大志くんがお揃いで着てるバスローブあるんだけど!』
スマホを突きつけられる。
そこには、部屋着姿で並ぶ 橋本環奈 と 中川大志 の写真。
白のお揃いのバスローブ。
〇〇『これめっちゃ人気なんだって!』
北斗『へぇ』
〇〇『質もすごいらしい』
北斗『ふーん』
〇〇『かわいくない!?』
北斗『まあ……』
その時点で北斗は嫌な予感がしていた。
そして案の定。
〇〇『欲しい』
北斗『買えば?』
〇〇『彼氏とお揃いで着たい』
北斗『……』
北斗の心臓が嫌な音を立てる。
でも〇〇は何も気づかないまま続けた。
〇〇『でも彼氏いない』
北斗『そうだな』
〇〇『だからしゃーなしで北斗お揃いしよ』
北斗『しゃーなし言うな』
〇〇『えーいいじゃん』
北斗『嫌なんだけど』
〇〇『絶対似合うって!黒!!』
〇〇は完全に楽しそうだった。
北斗だけが妙に意識してしまっていた。
お揃い。
家で二人。
同じバスローブ。
全部破壊力が強い。
北斗『……高いし』
〇〇『でも質いいんだよ?』
北斗『いやそういう問題じゃ』
〇〇『ねえお願い』
〇〇がソファの横から顔を覗き込む。
その距離の近さに北斗が黙る。
〇〇『北斗とならいいや』
無邪気な一言。
それが一番危ない。
結局。
北斗は押し切られた。
黒。
〇〇は白。
注文確定のボタンを押したあと。
〇〇『楽しみー!』
って笑ってた顔を、北斗は今でも覚えてる。
そして現在。
洗面所からシャワーの音。
テーブルの上には、そのバスローブ。
北斗は黒い方を持ち上げる。
北斗「……ほんとに着る流れなんだよな」
小さく笑いながら、生地を指で触る。
確かに質はいい。
しかも、〇〇が喜ぶ顔が簡単に想像できる。
だから結局。
嫌とは言えなかった。
しばらくして。
洗面所のドアが開く音がした。
〇〇「……あつ」
湯気と一緒に〇〇が出てくる。
白いバスローブ姿。
髪は半乾きで、頬が少し赤い。
北斗はその瞬間、動きが止まった。
〇〇「どう?」
くるっと一回回る。
ふわっと裾が揺れた。
〇〇「めっちゃよくない?」
北斗は数秒黙る。
〇〇「……北斗?」
北斗「いや」
〇〇「うん」
北斗「思ったよりちゃんとしてる」
〇〇「感想それ?」
〇〇が笑う。
でも北斗は内心かなり困っていた。
似合いすぎる。
しかも風呂上がり。
白いバスローブが妙に大人っぽく見える。
〇〇は全く気づかず髪をタオルで拭いていた。
〇〇「肌触りやばい」
北斗「へぇ」
〇〇「環奈がハマるのわかる」
〇〇はソファへ座る。
脚を抱えるみたいに丸くなって、満足そうに笑った。
〇〇「買って正解だった」
北斗「高かったけどな」
〇〇「質いいからいいの」
北斗「はいはい」
〇〇はそこで北斗を見る。
黒いバスローブはまだソファ横。
〇〇「……あれ?」
北斗「何」
〇〇「着てない」
北斗「今から」
〇〇「逃げようとした?」
北斗「してない」
〇〇「怪しい」
〇〇はじーっと北斗を見る。
北斗はため息をついた。
北斗「わかったよ」
〇〇「よし!」
北斗は黒いバスローブを持って立ち上がる。
〇〇はそれを見ながらニヤニヤしていた。
北斗「その顔やめろ」
〇〇「絶対似合うもん」
北斗「期待値上げんな」
〇〇「上がるって」
北斗はそのまま洗面所へ向かう。
ドアが閉まる直前。
〇〇「北斗ー!」
北斗「何」
〇〇「ちゃんと着て出てきてね!」
北斗「うるさい」
〇〇の笑い声が響く。
北斗はドアを閉めて、小さく息を吐いた。
鏡に映る自分を見る。
そして手元の黒いバスローブを見る。
北斗「……ほんと何してんだろ」
でも。
嫌じゃない自分が、一番厄介だった。
北斗が洗面所に入ったあと。
〇〇はソファに座ったままスマホを手に取る。
そして通話ボタンを押した。
数コール後。
環奈『もしもーし』
〇〇「環奈ー!」
環奈『え、なにテンション高』
〇〇「届いた!」
環奈『あ、バスローブ?』
〇〇「そう!!!」
環奈が笑う。
環奈『やっと来たんだ』
〇〇「今着てる」
環奈『どう?』
〇〇「めっちゃいい。肌触りやばい」
環奈『でしょ?あれほんと沼るよ』
〇〇は嬉しそうに袖を触る。
〇〇「環奈が着てた意味わかった」
環奈『大志もずっと着てるよ』
〇〇「いいなぁ」
環奈『あんたもお揃い買ったじゃん』
〇〇「まあね」
環奈『松村くんと』
〇〇「うん」
その瞬間、電話越しで環奈が吹き出した。
環奈『ほんと意味わかんないんだけどその関係』
〇〇「何が?」
環奈『普通“彼氏と着たいけど彼氏いないから北斗でいいや”ってならないのよ』
〇〇「え、でも似合うと思って」
環奈『そこじゃない』
〇〇は首を傾げる。
環奈『で?松村くん着てるの?』
〇〇「今着替えてる」
環奈『え、ちゃんと着るんだ』
〇〇「最初めっちゃ嫌がってたけどね」
環奈『そりゃそうでしょ』
〇〇「でも押し切った」
環奈『かわいそ』
〇〇が笑う。
環奈『てか今日一緒だったの?』
〇〇「朝からずっと」
環奈『同棲中だもんね』
〇〇「うん」
環奈『……慣れって怖』
〇〇「?」
環奈は少し笑ったあと、声を落とした。
環奈『で、最近どうなの』
〇〇「何が?」
環奈『松村くん』
〇〇は少し黙る。
そしてソファに沈み込んだ。
〇〇「……今日変だった」
環奈『変?』
〇〇「なんか距離ある感じ」
環奈『喧嘩?』
〇〇「してない。でも避けられてるみたいで嫌だった」
環奈『ふーん』
〇〇「だから迎え行った」
環奈『行動が彼女なんよ』
〇〇「違うって」
環奈『いや違わん」
〇〇はクッションを抱きしめる。
〇〇「でも帰りはいつも通りだった」
環奈『〇〇さ』
〇〇「ん?」
環奈『自分が松村くんにどれだけ特別なことしてるかわかってる?』
〇〇「え?」
環奈『わかってない顔してる』
〇〇「……なんでみんなそういうこと言うの」
環奈『だって傍から見たら完全に』
その瞬間。
洗面所のドアが開く音。
〇〇は反射的にそっちを見る。
そして固まった。
黒いバスローブ姿の北斗。
濡れた髪をタオルで拭きながら出てくる。
黒が似合いすぎて、一瞬言葉が出ない。
環奈『もしもーし?』
〇〇「……やば」
環奈『何が』
〇〇「北斗、似合いすぎる」
環奈『は?見せて』
北斗「絶対嫌」
環奈の笑い声が電話越しに響いた。
環奈『ちょっと待って、ほんとに着てるんだ』
〇〇「やばくない?」
北斗「騒ぎすぎ」
北斗は髪を拭きながらリビングへ入ってくる。
黒いバスローブ。
サイズ感もぴったりで、余計に似合っていた。
〇〇は完全に見入っている。
〇〇「え、普通にモデルみたい」
北斗「うるさい」
でも少し耳が赤い。
環奈は電話越しでその空気を感じ取って、小さく笑った。
環奈『……はいはい』
〇〇「何その反応」
環奈『いや、もういいわ』
〇〇「え?」
環奈『今の松村くん絶対〇〇のこと見てるでしょ』
北斗「……橋本さん」
環奈『図星っぽいね』
〇〇「?」
〇〇だけが意味わからない顔をしている。
環奈はため息混じりに笑った。
環奈『もう夜遅いし、私は彼氏のとこ戻るから切るね』
〇〇「え、早」
環奈『あと〇〇』
〇〇「ん?」
環奈『ちゃんと人のこと見な』
〇〇「何それ」
環奈『そのまんまの意味』
〇〇は首を傾げる。
北斗は視線を逸らした。
環奈は最後に少し優しい声で笑う。
環奈『じゃ、おやすみ』
〇〇「おやすみー」
通話が切れる。
部屋が静かになる。
〇〇はスマホを置いて、改めて北斗を見る。
〇〇「……ほんと似合う」
北斗「まだ言う?」
〇〇「だって悔しいもん」
北斗「なんで」
〇〇「私より着こなしてる」
北斗が吹き出す。
北斗「知らないって」
〇〇も笑う。
さっきまで電話越しで環奈が感じていた空気。
近すぎる距離。
自然すぎる会話。
そして。
〇〇を見る時だけ少し柔らかくなる北斗の目。
環奈は全部察していた。
だからあえて、もう何も言わなかった。
〇〇はソファの上で膝を抱えたまま、じっと北斗を見る。
北斗はタオルで髪を拭きながら冷蔵庫を開けていた。
黒のバスローブ姿。
ラフなのに妙に様になってる。
〇〇「……やば」
北斗「また?」
〇〇「え、待ってほんとに似合う」
北斗「はいはい」
〇〇「いや、想像以上なんだけど」
北斗は水を取りながら苦笑いする。
北斗「そんな褒める?」
〇〇「だってカッコよすぎる」
北斗の手が止まる。
〇〇は全く気づかず続けた。
〇〇「なんか海外俳優みたい」
北斗「急にスケールでかいな」
〇〇「いやほんと。雑誌の撮影みたい」
北斗「風呂上がりだけど」
〇〇「それがいい!」
〇〇はソファから立ち上がる。
そして北斗の近くまで来て、じーっと見る。
北斗「……近い」
〇〇「ちょっと待って、黒大正解じゃん」
北斗「白嫌だったからだろ」
〇〇「うん。白だと色気やばそう」
北斗「何の話?」
〇〇「今でもやばいのに」
北斗は思わず視線を逸らす。
耳が少し赤い。
〇〇「スタイルいいし肩幅あるからめっちゃ映える」
北斗「分析やめろ」
〇〇「てか普通に欲しい」
北斗「何が」
〇〇「この北斗のビジュアル写真」
北斗が吹き出す。
北斗「意味わかんない」
〇〇「絶対ファン死ぬって」
〇〇は本気で言っていた。
北斗は困ったみたいに笑う。
でも〇〇は止まらない。
〇〇「ねえほんとに鏡見た?」
北斗「見た」
〇〇「どう思った?」
北斗「……別に」
〇〇「嘘。絶対ちょっと“似合うかも”って思った」
北斗「思ってない」
〇〇「思った顔してる」
〇〇は楽しそうに笑う。
北斗はその顔を見て、小さく息を吐いた。
褒められて嬉しいとかじゃない。
〇〇にそんな顔で見られてること自体が危ない。
〇〇「えー、写真撮りたい」
北斗「嫌」
〇〇「なんで」
北斗「絶対橋本さんに送るだろ」
〇〇「バレた」
北斗「ほらな」
〇〇が笑う。
そのまま北斗の袖を軽く掴んだ。
〇〇「でもほんと買ってよかった」
北斗「〇〇が満足ならいいよ」
〇〇「北斗も嬉しいくせに」
北斗「……」
〇〇「図星?」
北斗は少し黙ってから、諦めたみたいに笑った。
北斗「……まあ、思ったより悪くない」
〇〇「ほら!」
嬉しそうに笑う〇〇。
〇〇は北斗の袖を掴んだまま、じっと顔を見る。
北斗「……何」
〇〇「いや」
〇〇は少し目を細めた。
〇〇「ほんとに顔良すぎるなって」
北斗「急に悪口みたいに言うな」
〇〇「褒めてる」
北斗が笑う。
その瞬間。
〇〇「近くで見ていい?」
北斗「……は?」
〇〇「ちゃんと見たい」
北斗「意味わかんない」
〇〇「だって似合いすぎるんだもん」
〇〇は本気だった。
ただ純粋に“見たい”だけ。
でも北斗には心臓に悪すぎる。
北斗「もう十分見てるだろ」
〇〇「まだ足りない」
北斗「怖」
〇〇は少し前へ近づく。
北斗は反射的に半歩下がった。
〇〇「なんで逃げるの」
北斗「逃げてない」
〇〇「逃げてる」
〇〇はまた距離を詰める。
近い。
風呂上がりのシャンプーの匂い。
白いバスローブ姿の〇〇が、真っ直ぐ北斗を見上げている。
北斗は視線の置き場に困った。
〇〇「……やっぱり顔小さい」
北斗「観察やめろ」
〇〇「肌綺麗」
北斗「うるさい」
〇〇「睫毛長」
北斗「もういいって」
〇〇は楽しそうに笑う。
その笑顔が近くて、北斗は困ったみたいに息を吐いた。
北斗「〇〇さ」
〇〇「ん?」
北斗「距離感バグってるってよく言われない?」
〇〇「言われる」
北斗「直したほうがいい」
〇〇「なんで?」
北斗は答えに詰まる。
〇〇はそんな北斗を見て首を傾げた。
〇〇「北斗だから平気じゃん」
その一言に、北斗が静かに目を閉じる。
〇〇はまだ気づかない。
その言葉が、どれだけずるいか。
〇〇「ねえ北斗」
北斗「何」
〇〇「睫毛ほんと長い」
北斗「まだ言う?」
〇〇「あと肌綺麗」
北斗「やめろって」
〇〇は笑いながらさらに顔を近づける。
北斗は後ろへ下がる。
〇〇「逃げた」
北斗「逃げる」
〇〇「なんでー?」
北斗「近いんだよ」
〇〇「別にいいじゃん」
〇〇はそのまま北斗の腕を軽く掴む。
北斗「うわ」
〇〇「止まれー」
北斗「嫌です」
北斗は笑いながらリビングの端へ逃げる。
でも〇〇は楽しそうについてくる。
〇〇「待って待って」
北斗「絶対なんかする顔してる」
〇〇「してない」
北斗「嘘」
次の瞬間。
〇〇が脇腹をこちょっと触った。
北斗「っ、やめっ」
反応した北斗を見て〇〇が爆笑する。
〇〇「弱っ!!!」
北斗「最低!」
〇〇「見つけた!!」
〇〇は完全にスイッチが入った。
またこちょこちょしようと近づく。
北斗「ほんとやめろって!」
笑いながら逃げる北斗。
黒いバスローブ姿のままソファを挟んで距離を取る。
〇〇「北斗逃げるの速い!」
北斗「当たり前だろ!」
〇〇「待ってよ!」
〇〇も笑いながら追いかける。
さっきまで重かった空気が嘘みたいだった。
北斗はソファの後ろへ回り込む。
北斗「落ち着け!」
〇〇「やだ!」
北斗「子供か!」
〇〇は笑いすぎてふらつく。
北斗「危なっ」
反射的に腕を掴む。
そのまま勢いで、〇〇が北斗にぶつかった。
〇〇「あ、ごめ……っははっ」
北斗「笑ってる場合じゃない」
でも北斗も笑っていた。
久しぶりに、心から自然に。
〇〇はそんな北斗を見上げる。
〇〇「……やっと戻った」
北斗「何が」
〇〇「今日の北斗」
北斗の笑顔が少しだけ止まる。
〇〇はまだ笑ったまま続けた。
〇〇「今の顔のほうが好き」
北斗は困ったみたいに目を逸らした。
ほんとに。
無自覚が一番危ない。
時計を見ると、もう深夜1時を回っていた。
さっきまで笑って騒いでいたリビングも、少しずつ静かになる。
〇〇はソファにもたれながら欠伸した。
〇〇「……もう無理」
北斗「そりゃそう」
〇〇「今日働きすぎた」
北斗「自覚あるんだ」
〇〇「ある」
〇〇は眠そうなまま目を擦る。
白いバスローブの袖が大きくて、子供みたいだった。
北斗は少し笑う。
〇〇「何」
北斗「いや、さっきまで騒いでたのに急に静かだなって」
〇〇「充電切れ」
北斗「知ってる」
〇〇はそのまま立ち上がる。
でも筋肉痛で変な歩き方になる。
北斗「歩き方終わってる」
〇〇「笑うな」
北斗「明日絶対もっと痛いぞ」
〇〇「聞きたくない……」
二人で寝室へ向かう。
部屋の灯りは暖色で薄暗い。
ベッドへ近づいた瞬間、〇〇はそのまま倒れ込んだ。
〇〇「……無理ぃ」
北斗「髪乾かした?」
〇〇「半分」
北斗「ちゃんと乾かせ」
〇〇「眠い」
北斗はため息をつく。
そしてドライヤーを持ってくると、ベッド横に座った。
〇〇「え」
北斗「ほら」
〇〇「やってくれるの」
北斗「このまま寝られるほうが面倒」
〇〇は少し笑って、素直に座り直す。
静かな部屋にドライヤーの音だけが響く。
北斗の指が髪を軽く通る。
〇〇はぼんやり目を閉じた。
〇〇「……気持ちいい」
北斗「寝るなよ」
〇〇「んー……」
でも数分後には完全にうとうとしていた。
北斗は乾かし終わるとドライヤーを止める。
〇〇は眠そうなまま振り返った。
〇〇「ありがと」
北斗「どういたしまして」
〇〇「北斗優しい」
北斗は少し笑う。
〇〇はそのまま布団に潜り込む。
北斗も反対側へ入った。
同じベッド。
静かな夜。
〇〇「……北斗」
北斗「ん?」
〇〇「今日迎え行ってよかった」
北斗の動きが少し止まる。
〇〇「朝より元気になってたから」
北斗は暗い天井を見ながら、小さく息を吐いた。
北斗「……〇〇のおかげ」
〇〇「でしょ」
少し誇らしそうな声。
北斗が笑う。
その笑い声を聞いて安心したみたいに、〇〇は目を閉じた。
数分もしないうちに寝息が聞こえ始める。
北斗は隣を見る。
無防備に眠る〇〇。
白いバスローブのまま、布団を抱えている。
北斗は静かに目を細めた。
好きだな、と思う。
苦しくなるくらい。
でもその気持ちは、今日も言えないままだった。
コメント
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マッジで最高👍🏻🌟 ○○ちゃんの気持ち分かる。 私も、久しぶりにバッチバチに動いたその翌日が、起きた瞬間からもう分かるもん。あ。って笑
102話、読み終えました。北斗の距離感の変化と、それに気づきながらも自然に距離を縮めようとする〇〇の無自覚な優しさが、もう本当にじんわりきました。とくにバスローブ姿で笑い合うシーン、あの空気感がたまらなく好きです。環奈との電話も、北斗を見る目が変わってきてる感じがしてドキドキしました。廉くんの存在もまだあって、この先どうなるんだろう…続きが気になります。素敵な時間をありがとうございました🌷