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地方公演を終えた夜、ホテルの廊下は静かで、 遠くの部屋からメンバーの笑い声がぼんやり聞こえていた。
昼間、リハから本番までずっと全力で走り切った佐久間は、 部屋に戻るとそのままベッドに倒れ込み、 ようやく重たい体を引きずってシャワーに向かった。
湯気の中で、今日のステージを思い出す。
ファンの笑顔、照明の熱、そしてふっかの声。
「さく、こっち!」
その一言に、どれだけ救われているか。
――本当は、気づいてほしい。
けど、気づかれたら困る。
そんな矛盾を抱えたまま、
シャワーを止めて、ふぅっと息を吐く。
(……あれ?服、ない)
うっかり忘れてしまっていた。
さすがに裸で出ていくわけにはいかないし、忘れてしまうのは前にもあったことだ。
いつもなら阿部ちゃんに「悪い〜!」って言えば笑って持ってきてくれる。
だから、何も考えずにドア越しに声をかけた。
「阿部ちゃ〜ん!悪い!服忘れた!ドアのところに置いといてー!」
しばらくして、
“コンコン”と軽いノックの音。
「置いとくぞー」
聞き慣れた低めの声。
――けど、それは阿部ちゃんじゃなかった。
(え……?なんで?いや、聞き間違いだよな?)
タオルをきゅっと掴んでドアを少しだけ開けると、 そこに立っていたのは、髪を乾かしたふっかだった。
「……ふっか!?なんで!?」
「部屋、俺が変わった。阿部ちゃんと交代してもらったんだ」
「え、えぇ!?なんで!?」
「さく、昼間ずっとしんどそうだったろ。気になって、さ」
そう言って、笑う。
いつものやわらかい笑顔なのに、
今はやけに近くて、心臓がうるさい。
「……ありがと。でも、まじでびっくりした……!」
「だろうな」
ふっかは苦笑しながら、服をドアの前に置いてくれた。
その手が、少しだけ震えているように見えたのは――気のせいかもしれない。
「今日は早く休めよ、さく。
明日もあるんだから」
ドアの向こうから聞こえる声が、
まっすぐで、優しくて、泣きたくなる。
(……そんな声で言うなよ)
(好きって、また止まんなくなるだろ)
「うん……ありがと、ふっか」
返事をした声が、ほんの少し掠れていた。
ドアを閉めたあと、佐久間は濡れた髪を押さえながら天井を見上げる。
――夢みたいだ。
でも、これが夢なら覚めなくていい。
けど、現実だとわかってしまうのは、
ふっかの優しさが“特別”じゃないってこと。
みんなにも同じように優しいから。
それでも、 自分だけに向けられたような言葉が、 まだ胸の奥で静かに響いていた。