テラーノベル
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―君も一緒に来ないかい?―
だがその言葉は喉の奥で止まった、代わりに彼は明るく続けた
「そっ! そうか! じゃあ日曜迎えに行くよ、晩飯もあの子達に何か食わせるから、晴美は家でゆっくりしててよ!」
「本当に? じゃあ、お言葉に甘えようかしら」
晴美はにっこり笑って康夫を見つめた
「いつもありがとう、康夫・・・私達は夫婦じゃなくなったけど、あなたは子供達にとって本当に良いパパよ」
その言葉に康夫の頬は染まった、晴美の眩しい笑顔に5年前の離婚調停の記憶が蘇る
あの時、彼女の裏切り・・・親友の和樹との一夜の過ち・・・が全てを壊したはずだった、許せないと思っていた、しかし自分には彼女を責める資格がない・・何か月もジレンマに苦しんだ
なのに今彼女の笑顔を見ていると、そんな過去すら遠い記憶のように思える
―俺は・・・まだ君を愛している・・・でもそんなこと絶対に言えないよな―
康夫の胸には別の記憶も刻まれていた、5年前、彼が窮地に立たされたセクハラ裁判、あの時百武桃花からセクハラ疑惑をかけられ、康夫は職場でも裁判所でも追い詰められていた
桃花の主張は巧妙で、康夫の弁明は誰にも信じてもらえない状況だった、だが晴美が細川捜査官のアドバイス通り、桃花が家で晴美の高級化粧品や客用歯ブラシを無断で使っていた証拠を提出し
「セクハラされた人物が、相手の家で歯を磨くなんてあり得ない、彼女は積極的に上がり込んで、私の私物を無断で使用していた」
と証言した、その証言がきっかけで、間一髪で康夫は大逆転で勝訴し、どん底から救われたのだ
あの出来事は、康夫にとって一生忘れられない恩になった、晴美の証言は彼女の正義感と、かつての家族を守ろうとする強い意志がそこにあった
それから康夫は心を入れ替え、ニュースキャスターの華やかな世界を捨て、子育てを支えやすい地元の営業職に転職した
積極的に子供達の送迎や学校行事にも参加し、晴美を陰ながら支えようと決意した
だが、心の奥では別の願いがくすぶっていた、晴美と復縁したい、その想いは日増しに強くなるのに、康夫は口に出す勇気はなかった
「じゃあ、日曜な!」
康夫はアタッシュケースを握り直して改札の向こうへ歩き出した
「子供達に楽しみにしてるって伝えといて!」
「うん、ありがとう! また連絡するわ!康夫!」
晴美は手を振って見送った、彼女の笑顔は5年前と変わらず康夫の心を温かく・・・しかし切なく締め付けた
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