「こら。そうしていたら、また寝るぞ。ブランケットを離せ」
呆れに困惑さも追加されたグレンシスの声で、ティアはのろのろと顔を上げた。
娼館と違う煌々と明るい部屋でグレンシスを見て、平常心を保てる人などいるのだろうか。
(もうっ。眠いわけじゃないのに!直視できないだけなのに!)
そんな文句を言いたいけれど、口に出すことはしない。だって結局、カッコイイという褒め言葉になってしまうから。
容姿を褒められることなんて、グレンシスにとったら日常茶飯事だろう。
記憶にすら留めてもらえなかったとしても、面と向かってその他大勢の扱いを受けるのは、とても嫌だ。
うじうじとするティアだが、急かすグレンシスの視線を感じて、追い立てられるようにソファから立ち上がる。
「……お待たせしました」
「行くぞ」
鷹揚に頷いたグレンシスは、ティアと並んで廊下を歩き始めた。
グレンシスは、いつも通りの歩幅で廊下を歩こうとして、すぐにティアの歩調に合わせてくれる。
口が悪いくせに、息するように自分を貴婦人のように扱ってくれることに、ティアは
無性に腹が立つ。これじゃあ、いつまで経っても恋心が消えてくれない。
一人で勝手に始めてしまった恋だから、グレンシスに八つ当たりだってできやしない。
「なに、不貞腐れてるんだ?すぐに寝れるんだから我慢しろ」
「別に眠くなんかないです」
「それ……お前が言うのか?」
そんな会話をしていたら、向かいから大きな籠を持ったメイドが歩いてきた。
先ほど玄関ホールにいた最年長のメイドだ。髪に白いものが混じっている。
グレンシスに気づいたメイドは、あっと小さく声を上げ、すぐに籠を床に置いて一礼する。
その瞬間、メイドが僅かに顔をしかめたのを、ティアは見逃さなかった。
「あの、これってもしかして客間に持っていくんですか?」
「へ?………あ、いえ。………そ、そうですが」
「じゃあ、私が持っていきます」
リネンが入った見るからに重そうな籠を、ティアは何のてらいもなく両手で抱えて持ち上げた。
すかさずグレンシスが眉を寄せる。
「ティア、ここは私の屋敷だ。勝手なことをされては困る。籠を離しなさい」
「嫌です」
「お前なぁ」
語尾を強めるグレンシスを無視して、ティアは籠を抱えたまま、しゃがんで老女に近いメイドと視線を合わせる。
「腰、痛むんですよね?……お大事にしてください」
本当なら移し身の術を使いたいところだが、こんなところでいきなり披露をしてしまえば、メイドは驚いて余計に腰を痛めてしまうかもしれない。
それに、グレンシスの前で術を使うことにも抵抗がある。
ティアは少し悩んで、メイドに労わる言葉を掛けるだけにした。
「あ、ありがとうございます」
目を白黒させながら礼の言葉を紡ぐメイドに小さく頭を下げると、ティアは首をひねってグレンシスを見上げた。
「騎士様、お部屋に案内してください」
きっぱりと言い切られ、グレンシスは息を呑む。
その僅かな間に、ティアは籠を抱えて、ぽてぽてと歩き出してしまった。
「おいっ、そっちじゃないっ」
慌てて声を掛けたグレンシスは、心の中でくそっと悪態を吐いてティアの後を追った。
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