テラーノベル
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「佐藤課長、ちょっといいかな」
翌朝、出社してすぐに部長から会議室へ呼び出された。
重苦しい空気の中、部長は机に置かれた書類に目を落としたまま、静かに口を開いた。
「君と高瀬くんのことで、良からぬ噂を聞いている。部下との不適切な関係…もしそれが事実なら、君の今後のキャリアにも響くし、何より部内の規律が乱れる。……どうなんだ?」
胃の奥がギュッと締め付けられる。
かつて宏太に「お前の代わりなんていくらでもいる」と自尊心を削られていた頃の恐怖が、一瞬だけ蘇りそうになった。
「それは……その…」
否定しなきゃいけない。彼を守るために、私がすべてを被って「勘違いです」と笑わなきゃいけない。
そう思って震える唇を開きかけた、その時。
コンコン、とノックの音が響き、返事も待たずにドアが開いた。
「失礼します。…部長、その話、俺も混ぜてもらえませんか」
そこには、いつになく鋭い眼差しをした高瀬くんが立っていた。
「高瀬、何を……」
「部長。佐藤課長を責めないでください」
高瀬くんは私の隣に堂々と並び、部長の視線を真っ向から受け止めた。
その背中は、昨夜私の部屋で甘えていた年下の顔とは似ても似つかない
一人の成熟した「男」の強さを湛えている。
「噂になっている『不適切な関係』なんてものはありません。……僕が、一方的に佐藤さんに惚れて、結婚を前提にお付き合いしてほしいと追い回しているだけです」
「な……結婚だと?」
部長が目を見開く。
私も、隣で彼が何を言ったのか一瞬理解できず、息を呑んだ。
高瀬くんは一度だけ私の方を向き、安心させるように微かに微笑むと、再び部長へ向き直った。
「彼女は、公私混同を一番嫌う人です。だからこそ、僕の気持ちをずっと撥ね退けてきた。……非があるのは、理性を抑えきれずにアプローチし続けている僕の方です。彼女のキャリアを汚すような真似だけは、絶対にさせませんので、この通りです」
「…高瀬、君……」
彼は、自分のキャリアが傷つくことなんて、最初から計算に入れていない。
ただひたすらに、私の「居場所」と「尊厳」を守るためだけに
会社という戦場で爆弾を投げたのだ。
「…───」
部長が何かを言いかけたが、高瀬くんの放った「覚悟」の熱量に、会議室の空気は完全に塗り替えられていた。
私は隣に立つ彼の、少し震えている
けれど力強く握られた拳を見つめた。
守られてばかりだった私の心に、熱い火が灯る。
彼がここまでしてくれたなら、私ももう、逃げるわけにはいかない。
おまる
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