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魔王城での生活は、驚くほど色鮮やかに過ぎていった。
かつての私が住んでいた屋根裏部屋は
常に冷たく、明日の不安しかなかったけれど。
今の私の周りには、いつも温かな日差しと、誰かの笑い声がある。
「やっぱりディアヴィル様って、本当はすごく優しいですね」
お城の裏庭にある、私専用の薬草園。
植え替えたばかりの苗に水をやりながらふと呟くと
隣で腕を組んで私の作業を眺めていたディアヴィル様が、露骨に嫌そうな顔をして鼻を鳴らした。
「……フン、そんな風に褒めても何も出ないぞ。俺はただ、俺の妻が倒れて治療の仕事に穴を開けられては困るから、環境を整えているだけだ」
相変わらず、返ってくる言葉は素っ気ない。
けれど、今朝私が「あの苗、もう少し日当たりのいい場所に動かしたいな」と独り言を言ったのを覚えていて
わざわざ重い植木鉢をすべて運んでくれたのは、どこの誰だろう。
私は土を払って立ち上がり、不器用な彼の横顔を見てクスクスと笑った。
「そうですね。でも、そんな風に口では突き放しながら、手は動かしてくださるところ……大好きですよ」
「……お前というやつは。準備ができたなら行くぞ」
「今日は城の結界の外、珍しい植生がある森まで連れて行ってやると言っただろう」
彼は少しだけ耳を赤くして、私の手を強引に引いた。
結界の外にある、通称『幻影の森』
ここは魔力が濃く、下界では絶対に見られないような
青白く発光するキノコや意思を持って動くツタが茂る不思議な場所だった。
私にとっては絶好の薬草採取ポイントだ。
「危ないから俺のそばを離れるな。魔界の植物は、時として動物より獰猛だ」
「わかってますよ……って、見てくださいディアヴィル様! あの輝いているお花、すごく綺麗!」
珍しい薬草を見つけるたびに、私は幼子のように駆け寄ってしまう。
ディアヴィル様は呆れたように溜息をつきながらも
私のすぐ後ろを、決して影を離さないような距離感でついてきてくれる。
その、守られているという絶対的な安心感に、私は甘えていたのかもしれない。
事件は、私が崖のふちに咲く、純白の薬草に手を伸ばした時に起きた。
「グオオオォォッ!!」
突如、空間を切り裂くような咆哮が響き渡った。
茂みの奥から姿を現したのは、三つの頭を持つ巨大な魔狼───ケルベロス。
その鋭い牙には、粘り気のある唾液が滴り
赤く濁った瞳は私を明確な「餌」として捉えていた。
「っ……!」
身体がすくむ。
下界で聞かされていた、人間を食い殺す『残虐な魔物』そのものの姿がそこにあった。
あまりの恐怖に足が動かず、私はその場にへたり込んでしまった。
けれど。
「───俺の妻に、その汚い顔を向けるな躾していたはずだがな」
視界を遮るように、漆黒のマントが翻った。
ディアヴィル様が私の前に立ちふさがった次の瞬間
空気が、物理的な重圧を伴って激しく震えた。
彼は剣を抜くことさえしなかった。
ただ、右手を軽く前へかざしただけ。
「失せろ」