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あおじる
8
二月の終わり。
まだ冷たい風が窓を揺らしている休日の午後だった。
セトは、大学生になったヴァルの家を訪れていた。
何度も遊びに来ている部屋。
玄関を開ければ、「おー、入れ入れ。」という声が聞こえるのも、もう当たり前になっていた。
「こんにちは。」
「いらっしゃい。」
テーブルにはノートパソコンが二台。
飲みかけのココアと、袋の開いたお菓子。
いつもの光景だった。
二人は向かい合ってパソコンを開く。
カタ、カタ、カタ……
部屋にはキーボードの音だけが静かに響いていた。
しばらくすると、ヴァルがふと口を開く。
「そういえばさ。」
「……はい。」
「もう卒業じゃん。」
その一言に、セトの手が止まる。
「……そうですね。」
「早かったなぁ。」
ヴァルはソファにもたれながら天井を見上げる。
「初めて会った時、お前全然喋んなかったのに。」
「『……はい。』しか言わなかったじゃん。」
セトは少しだけ困ったように笑う。
「……そんな時もありました。」
「そんな時しかなかった。」
「ひどいですね。」
「事実。」
二人は少しだけ笑った。
笑い終えると、ヴァルは少し真面目な表情になる。
「高校卒業したら、忙しくなるんだろうな。」
「大学行くんだろ?」
「……はい。」
「じゃあ、今みたいに毎週遊ぶのは難しくなるか。」
部屋が少しだけ静かになる。
セトは画面を見つめながら、小さく答えた。
「……少しだけ。」
「寂しいです。」
ヴァルは驚いたように目を瞬かせる。
「お。」
「そんなこと言えるようになったか。」
「……先輩のせいです。」
「またそれ?」
「……はい。」
「先輩が何度も話しかけてくれたから。」
「頼っていいって教えてくれたから。」
「今の僕がいます。」
ヴァルは照れくさそうに笑う。
「急に真面目だな。」
「……たまには。」
静かな空気が流れる。
セトはリュックへ手を伸ばした。
「そういえば。」
取り出したのは、一つのUSBメモリ。
青いストラップが付いた、小さなUSB。
ヴァルはそれを見た瞬間、目を丸くした。
「……それ。」
「はい。」
セトは静かに頷く。
「完成しました。」
数秒。
ヴァルは何も言えなかった。
中学最後の日。
“完成させてくれ。”
そう言って渡したUSB。
あれから何年も、セトはずっと持ち歩いていた。
「……マジ?」
「はい。」
「遊んでください。」
二人はパソコンへUSBを差し込む。
ゲームが起動する。
タイトル画面が映し出された瞬間、ヴァルは自然と笑っていた。
「懐かしいな。」
「ここ、俺が最初に作ったステージだ。」
「……少しだけ残しました。」
「分かった。」
「ちゃんと分かる。」
最後まで遊び終えたあと、ヴァルは静かに画面を閉じた。
しばらく何も話さない。
そして、小さく息を吐く。
「……ありがとな。」
「え?」
「完成させてくれて。」
「俺さ。」
「途中で終わると思ってた。」
「でも、お前は約束守ってくれた。」
セトは首を横に振る。
「約束だったので。」
「それだけです。」
ヴァルは笑う。
「そういうところ、変わんねぇな。」
「……そうですか。」
「うん。」
少しだけ間を空けて続ける。
「でも、一番変わったのは。」
「ちゃんと笑うようになったことかな。」
セトは少し照れくさそうに目を逸らした。
「……そうでしょうか。」
「そうだよ。」
「昔は笑わせようとしても全然だったのに。」
「今じゃ普通に笑う。」
「普通に頼る。」
「普通に『寂しい』って言う。」
「成長したなぁ。」
セトは静かに笑った。
「……先輩。」
「ん?」
「ありがとうございます。」
「こちらこそ。」
ヴァルも笑う。
「出会ってくれて、ありがとな。」
窓の外では、春を待つ風が静かに吹いていた。
これから二人は、それぞれ違う道を歩いていく。
会う回数は減るかもしれない。
忙しくなる日も来るだろう。
それでも。
「来週も来る?」
ヴァルが聞く。
セトは迷わず頷いた。
「……はい。」
「じゃ、お菓子買っとく。」
「甘いもの、多めで。」
「……ありがとうございます。」
二人は顔を見合わせ、小さく笑う。
青春は終わる。
けれど、二人の関係は終わらない。
静かな放課後は、静かな休日へ変わっただけ。
あの日から積み重ねてきた時間は、これからも変わらず続いていく。
それが二人だけの――
静かな青春。
コメント
1件
ああ、もう…最後の「来週も来る?」ってところでじんときました。セトが「寂しいです」って言えるようになったこと、ヴァルがそれをちゃんと受け止めて「成長したなぁ」って笑うところが、この二人の歩んできた時間そのものだなって。USBを渡すシーンも、長い約束が静かに叶う瞬間で、胸がいっぱいになりました。青春が終わっても、積み重ねた関係は続いていく——その描き方がとても優しかったです。素敵なエピソードをありがとうございます🌷