イポスに迫るライフルの弾丸。アザミの放つそれは当然ただの弾丸ではない。魔力の込められた弾丸だ。
「ふゥむ」
イポスは眉を顰め、魔法陣を二重に展開した。そこに弾丸が着弾し、一枚目の魔法陣を破壊して進み、二枚目の魔法陣も砕きかけたところで停止した。
「蒼晶金剛石《アイスブルーダイヤモンド》」
ライフルを防いだばかりのイポスの足元が凍てつき、淡い青色の氷がピシピシとイポスの足に伸びる。
「それも知って……ッ!」
未来を見ているイポスは足元から伸びる氷に捕まえられる前にその天使の翼で宙に浮いたが、そこを目掛けて放たれたライフル弾がイポスの眼前まで迫り、ギリギリで魔法陣に止められる。
「王手よ」
だが、対応の限界まで迫られたイポスの頭上から凄まじい重量の黒い岩石のようなものが落ち、宙に浮いていたイポスの体は地に落とされ、表面が煌めくごつごつとした漆黒の石に潰された。
「未来が見れたとしても、その未来に対応する度に未来は変化する。だったら、対応が追い付かないくらいに攻撃を続けて未来を変え続ければ、いつか限界は来るでしょ?」
「あり、ェなィ……僕はァ、勝利の未来をォ……最初にィ、見たぞォ……ッ!」
「さぁね。貴方が変なことして勝てるはずの未来を変えちゃったんじゃない?」
有り得ない、有り得ない。イポスは体を岩石に潰されたままうわごとのように呟き続ける。
「それと」
今度はさっきの倍ほど浮かんでいる魔法陣。それから目を離し、カーラは後ろを振り向いた。
「さっきから居ないのは気付いてるわよ」
カーラの指輪に嵌められた宝石が光り、透明化して背後に回り込んでいたグラシャラボラスの姿が露わになった。
「ッ! これはこれは、驚きま――――」
即座に振り向き、ライフルを撃ち放つアザミ。グラシャラボラスの頭部は完全に弾け飛び、その胴体もグロテスクにひしゃげた。
「さて、後は貴方だけね?」
ナベリウスに指を向け、不敵に笑うカーラ。アザミも無言でライフルを向ける。
「……そう、か……」
ナベリウスは広げていた両翼を下げた。同時に無数に浮かんでいた魔法陣が消失する。
「降伏でもする気ですか?」
眉を顰めるアザミ。ナベリウスは答えない。
「撃ちます」
発砲音。正確に制御された弾丸はナベリウスに真っ直ぐ向かい……その肉体を粉々にした。
「……これで終わり?」
余りの呆気なさに呟くカーラ。しかし、応答は無い。
「カーラさん、外にもこのフードを着た者達が居ます。一先ずそっちを片付けましょう」
「そう、ね……」
踵を返し、中華料理店の出口へと向かう二人。しかし、カーラは直ぐに足を止めた。
「いや」
カーラの指輪が、光っている。
「どうやら、まだみたいね」
二人は振り返る。原形も分からない程に飛び散ったカラスの死体。その上に、立っていた。
「――――我が名は、ネビロス」
死蝋化したような白い手。金属の靴と融合した肉と鉄の混じり合う足。胴体は古びた貴族服に隠され、その服には深緑の蔦が絡み付いている。背からは悪魔の翼が生え、頭には二本の角がぐねりと曲がって生えている。髪も目も漆のように黒いその男は、聞き覚えのあるしわがれた声で話した。
「ナベリウスは仮の名、仮の姿に過ぎない……俺は、ネビロスだ」
死んだはずのナベリウス。しかし、それは飽くまで仮の姿に過ぎなかった。真の姿を現したネビロスはその白い蝋のような手を二人に向けた。
「苦しんで、死ぬと良い」
光る宝石。構えられるライフル。だが、間に合わない。
「ぐッ!?」
「ッ!」
胸を抑え、膝を突く二人。
「奪われた尊厳は、名誉は……取り戻す必要がある」
手を上げるネビロス。すると、弾け飛んでいたグラシャラボラスの体が逆再生するように元に戻り、潰れていたイポスの体が膨らみ、その目に光が宿った。
「ククク、流石はネビロス様ですねぇ。本気を出せばこんなものという訳ですなぁ」
「ごめんねェ、可哀想にねェ。期待しちゃったかなァ。勝てると思っちゃったよねェ」
ネビロスは横に並ぶ二体を無視し、その虚ろな瞳を二人に向ける。
「随分、足掻いたようだが……ここで、死ね」
ネビロスが二人に向けていた手を強く握る。
「ッ、ガハッ」
「がッ、ぐ、ぅ……」
二人の身体中に切り付けられたような傷が刻まれ、そこから血が噴き出す。
「未来を見れるのはイポスだけではない……断言してやる。お前たちは……ここで、死ぬ」
次々に傷が刻まれ、血が噴き出していく。二人は血を吐き、揺れる意識の中で悪魔を睨んだ。
♦
ローブ共を倒し、進んだ先にはバラバラと人の死体が転がっていた。
「……そうか」
さっきの場所はエスカレーターが近く、人の流れを集められる場所だったので被害は少なかった。しかし、少し進んだこの場所は違う。
「誰も、居ないか」
周囲を見渡しても、誰も居ない。これをやったのは俺がさっき気絶させたフード共だと言うことだろう。
「……運が良かったな」
俺は地面に転がる死体たちに言った。同時に、彼らの体が浮き上がって一か所に集められていく。
「いや、良くはないか」
不幸中の幸い、という言葉が相応しいな。
「多分だが、この現代にはそう居ないぞ」
俺は目を閉じ、両手を胸の前で組んだ。
「――――蘇生術の使い手は」
魔力が、きらめいた。