透子にお願いしていたお店に行く約束の日。
仕事を時間通りに終えて、透子と一緒に会社からそのお店へと向かった。
「ここです」
そしてそのお店に到着する。
「ここが透子のご両親の夢が詰まったお店か」
「そう。私の大好きな場所」
”ビストロ Mochizuki”
そのお店は外観からしてなぜだか少し懐かしく感じるような雰囲気で。
ここに昔からの透子の想い出が詰まっていて、ずっとここで育って来た場所かと思うと少し胸がいっぱいになる。
「ただいま」
そしてそう言いながら店へと入る透子。
「おかえり」
この人が透子の・・・。
出迎えながら向けてくれるその笑顔に透子の温かさを少し感じる。
オレの母親とは全然違うタイプの、雰囲気からして温かくて優しさを感じられるような人。
「お邪魔します」
顔を合わせて嬉しそうにしている透子を見ながら、オレも挨拶して中へ入る。
「ようこそ」
「はじめまして。透子さんとお付き合いさせてもらってる早瀬 樹と申します」
「透子の母です。今日はわざわざこんな所まで来て頂いてありがとうございます」
「いえ。こちらこそお休みの日にわざわざお時間作って頂きありがとうございます。これ、よろしければぜひ」
そう言って手土産を渡す。
「まぁまぁ、お気遣いありがとうございます。でもそんな堅苦しいのはもうこれくらいにして、早速私が食べて頂きたい料理ご用意してもいいかしら?」
「あっ!はい!お願いします」
正直好きな人の母親に会うということは、かなりの緊張なワケで。
少しでも印象良く思われたいし、ちゃんと大切にしていることも伝えたい。
だけど、逆にそんなオレの緊張をほぐしてくれるような雰囲気にしてくれる。
そして透子に案内されて二人でカウンターの席へ。
「この席ね。私の特等席で」
「へ~」
「この席から両親が料理作っている姿だったりとか、楽しそうにお客さんと話してる姿見るのが好きで。バイトある時以外も、ハルくん連れてこのカウンターでよくご飯食べてたんだよね」
「そっか。ずっとそんな昔からここは透子が家族の皆と過ごせる大事な場所だったんだね」
「うん。常連さんが多い店でね。気兼ねなくここで楽しい時間が過ごせるようにってお店だから、そこは私たちが来ても、常連さんが皆家族みたいに接してくれて」
「いいね。そういうの」
その時を思い出しながら、幸せそうに嬉しそうに語る透子の顔は、また初めて見る顔で。
ホントにこの店が家族でいれる場所が好きだったんだなと伝わって来る。
ここまでの二人になれたから知れたこと。
そんな透子を知れてまた胸が温かくなる。
「あっ。何か飲む?」
「あっ。うん。じゃあ・・・、これで」
「了解。ちょっと待ってて」
そう言ってキッチンに準備をしに行く透子。
「ワイン持ってくね。あっ、何か手伝おうか?」
「透子はいいわよ。今日はお客さんなんだから」
「あっ、そっか。つい、いつもの癖で」
「今日はあなたが大切な相手とこの店でゆっくり素敵な時間過ごしてちょうだい」
「うん。ありがとう」
少し離れた場所で、透子とお母さんとのやり取りが目に入る。
自然に手伝って声をかけている透子の姿を見て、昔はこうだったのかなと少し想像してしまう。
その頃の透子は、どんな感じだったんだろう。
高校生の透子も可愛かったんだろうな。
きっとあんな風に笑顔でこの店も明るくしていたんだろうな。
なぜだか自然とその姿が想像出来る。
なんだか少し懐かしいようなくすぐったくなるような。
その頃の透子を知らないはずなのに、なぜだかそんな錯覚を感じてしまう。
そして透子がワインとグラスを手にして席に戻って来る。
「はい。どうぞ」
「ありがとう」
ワインを注いでくれる透子に。
「じゃあ透子も」
オレも透子のグラスに注ぎ返す。
「透子こんな風にいつも動いてたの?」
「あっ、そう。ごめんね。ついいつもの癖で動いちゃった。今の仕事とは全然違うんだけどさ、案外ここでのこういう時間も好きなんだよね。いろんな人が笑顔になる姿身近で見れる。そこは今の仕事とも同じかも」
「確かに。笑顔にして喜んでもらいたいって商品を提供してる部分では同じだね」
「うん」
「そっか。このお店は透子の原点なんだね」
「そうかも」
「なんか気配り出来るとことか自然な距離感で面倒見いいとことかさ」
「そう?自分ではそんな風に意識したこともないけど」
「すぐ自分より他人優先しちゃうとことかさ」
「うーん。そうなのかな。ただ皆笑顔でいてほしいって、結局いつも思っちゃうから」
「うん。きっとそういうとこかもね。誰も傷つけたくなくて笑顔でいてほしいから、つい透子自身が我慢して犠牲になっちゃって」
「犠牲って(笑)」
「そう自分で感じないのがきっと透子だから」
「でも。少しでも笑顔になれる方法があるなら遠回りでもその道に行きたいとは思うかな」
「オレたちもそうだったもんね」
「うん。樹だってそうじゃん。私も傷つかないように、周りの誰も傷つかないように、自分を信じてその道を切り開いてくれた。樹はそれが実現出来る人」
「それも。透子がいなきゃ出来てないよ。昔のオレは誰が傷ついたとしても気にしてなかったから」
透子がいたから。
透子と一緒にいたかったから。
透子が好きだからすべて出来ただけ。
不可能なことも可能に出来るって実現させてくれたのは、透子。
オレ一人じゃ何も出来ない。
透子を悲しませたくなかったから、オレはそんな自分になれたんだ。
「だけどREIKA社長に対しては、違ったでしょ?」
「あぁ・・まぁ」
「樹もさ、原点そこにあるんじゃないかな。お母さんは樹にとってはずっと守りたい存在だったんじゃない?」
「そうだね」
「実際ホントにお父さんのことそこまで憎んでた? 尊敬出来たとこもあったんじゃない?」
「まぁ。頑なにそう思い込もうとしてたとこあったかも。若い自分には母親が傷ついて犠牲になったって思ってたから」
「ホラ。きっとそういうことだよ」
「え?」
「私は別に犠牲になったって思ってないのに、樹は私をそう思ってたように、お母さんも犠牲になったって思ってる。だけど本当はお互いを想ってのことだった。結局はさ、それは本人たちじゃわからないことで、自分達で納得してる現実もあるってことだよね」
「あぁ・・・確かに」
「その時はそうするしかないどうしようもない選択だった。だけど、今が幸せかどうか。REIKA社長はどう思う?」
「今は・・・あの人は自分のやりたいことをやって今も幸せそうに輝き続けてる。息子から見ても眩しいくらい」
「うん。だよね。REIKA社長は決して後悔してないと思う。自分の夢を応援してくれたお父さんに感謝してるんじゃないかな」
「そうだね。そうかもしれないね」
「だけど、それで悲しい思いをしていたのは樹には変わりない。だけど、樹はちゃんと乗り越えられた。樹はちゃんとそれを力に変えられる人」
「うん。それがあったから、透子との今もあるワケだし。その環境も透子と出会えたことも、どれも意味があって今に繋がってるのかも」
「きっとそうだと思う。うちも今は父親がいなくて寂しい時もあるけど、でもその分母も父の想いを引き継いで、この店で頑張ってるし、ハルくんも父親の代わりになろうと今必死に頑張ってる。それだけで十分かな」
「うん。そうだね」
普通の人なら、きっとそんなところまで気にもしない。
だけど、透子は自分のことのようにオレの家族を気にかけてくれる。
きっとそれは透子が家族の幸せを知っているから、誰よりその大切さを知っているから。
だからきっと当たり前のように透子の中でそれは存在している。
それがどれだけオレを救ってくれたか、支えられてきたか、きっと透子は気付きもしていないだろうけど。
だからこそ、やっぱり透子はオレにとって大切な人なんだと実感する。
透子が意識していてもしていなくても、透子が存在してくれているだけで、一緒にいてくれるだけで、オレには意味があるから。
それはきっとオレにとってもまだ知ることのない、透子もまだ今は気づいていないことも、まだまだこれからたくさんあって。
それを一緒に知っていくことで、またオレにその意味を感じさせてくれるだろうから。
透子がいてくれる限り、大きな意味をずっと与え続けていってくれるはずだから。
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