コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
それから次々とテーブルに料理が並べられる。
「ハイ。お待たせしました。これ、うちの名物のビーフシチュー」
そして目の前に出されたそのビーフシチュー。
「これね。私大好きで。私にとっても両親にとっても大切な料理なんだ」
そう言った透子は嬉しそうに笑う。
「これは主人と私が一番大切にしている料理で。この料理をたくさんの人に食べてもらいたいって思って、このお店始めたの。開店当初からずっとここで皆さんに気に入って食べてもらっている名物料理。それをぜひ透子の大切な方にもうちの味食べてもらいたくて」
「嬉しいです。いただきます」
その言葉が嬉しくて笑顔で返すも、胸がいっぱいになって言葉が詰まりそうになる。
「ウマッ! トロトロ」
口に入れた瞬間、とろけてなくなりそうなくらい柔らかくて、思わずすぐその美味さに声が出る。
「美味しいでしょ~? 私どんな高級店のシチューより、うちのこのシチューが一番最高だって思ってるんだよね」
透子がそう言うように、ホントにそう感じるくらいのシチューで。
「うん。オレもそういう店行ったことあるけど、これはホント、ウマい」
「よかった」
実際どんな高級店で食べるより美味くて。
それだけじゃなく、なぜだか懐かしい気持ちになって、初めてビーフシチューを食べた時の感覚に似ていて。
小さい頃に食べた初めてのシチューがあまりにも美味かったことを今でも覚えてる。
どこで食べたのかも正直もう覚えてないけど、でも初めてのその感動はしばらくオレの中に残っていて、それから無性にあの味が恋しくなって親にまた食べさせてほしいとねだっていたこともあった。
「これが透子がずっと愛してきた家庭の味?」
「そう。両親の愛がたっぷり詰まった家庭の味」
「嬉しい。そんな料理オレも食べれて」
透子が家族と一緒に愛してきたそのシチューを今食べれていること。
そして、ずっと忘れていた懐かしいオレの昔の家族との記憶を、そのシチューでまた思い出せたのも嬉しくて。
また新しい気持ちを透子に教えてもらった。
何かを食べて、こんなに幸せな温かい気持ちになれるということ。
何度もそんな気持ちを透子はオレにくれる。
なんとなく、今のこの気持ちは、多分オレにとって忘れちゃいけない記憶のような気がして。
この記憶はオレにとって大切なような気がして。
今はなぜかそんな風に思える自分が心地よくて。
そのシチューの温かさや美味さが、温かい気持ちと共に、口いっぱいに胸いっぱいに広がった。
「ねぇ、透子。お母さんとちょっと話出来そう?」
「あっ、そだね。席移動しようか」
食事が終わりコーヒーを待つタイミングを見計らって透子に声をかける。
「お母さん。一緒に話出来るかな? コーヒー向こうの席で一緒に飲まない?」
「あっ、そうね。わかった。じゃあ向こうの席に移動してて。用意出来たら一緒に持って行くわね」
透子が声をかけてくれて、奥のテーブル席へと移動した。
「ごめんなさいね。ゆっくりお話出来なくて」
「いえ。無理言って休みの日にこちらこそすいません。すごく美味しかったです。どのお料理も、でもやっぱり特にビーシチューは絶品でした」
「ありがとう。私も食べて頂けて嬉しいわ」
そしてようやく透子のお母さんとゆっくり話をし始める。
「透子さんに作ってもらった料理も絶品でした。料理上手なのも納得出来ました」
「透子にもたまに厨房手伝ってもらったり、家のこと任せてたから、自然と覚えてくれて。この店を開いた時も悠翔がまだ小さくて、悠翔の面倒も透子に任せっきりで申し訳なかったなって」
「ハルくんとの時間も楽しかったからそれはそれで楽しかったよ」
「悠翔の面倒も見ながら、うちの店も手伝ってくれたり、ホント透子には感謝しっぱなしで」
「昔っから透子さん面倒見よかったんですね」
「そうなの。ホント透子には助けてもらってばっかり」
なんか想像通りの透子で嬉しくなる。
どこまでも透子は透子で。
昔からずっと透子で。
想像しただけで、オレはまたその頃の透子に恋しそうになる。
きっとオレがこの店にいた頃出会っていたとしても、間違いなく好きになっていたんだろな。
そんな風に思える透子はやっぱりすごくて。
やっぱり知れば知るほど、透子をどんどん好きになっていく。
今も昔も、そしてきっとこの先の未来も。
「実は僕の最初の透子さんとの出会いも透子さんに面倒見てもらったのがきっかけで」
「えっ? そうなの?」
「僕が新入社員として入って来た時に新人研修で指導してもらったのがきっかけだったんです」
「あら。そうだったのね」
「僕がどうしようもない新人だったんですけど、透子さん親身に教えてくれたり相談に乗ってくれたりして。それで僕は救われたんです。ずっと自分の人生も自分自身も否定してたんですけど、透子さんは唯一そんな僕に光を与えてくれた人でした。なので、透子さんは僕の人生も価値観も変えてくれたかけがえのない大切な人です」
それほどオレにとって大切な存在だと、透子の家族みんなに知ってほしい。
「そう。透子は会社でもそうやって誰かの光になれてたのね」
「はい」
「透子はこういう感じだから、全部自分でいろいろやろうとしたり、抱えなくてもいいことまで抱えて無理するところがあるの。家のこととか弟のこと任せちゃってた私たちの責任ではあるんだけど。でもその分人のことを第一に考える優しい子で。正直ずっと周りの人のために生きてきたところもあるから、いつ自分の幸せをちゃんと選んでくれるか心配してるところがあったの。だけどこうやって透子のことをわかってくれた人に出会えて、ちゃんと自分の幸せも選んでくれてホントによかった」
「きっと僕はそんな透子さんだから惹かれたんだと思います。さり気なく気にかけてくれる人で。でもちゃんとその人の気持ちに寄り添ってくれる。出会った日からずっと透子さんは僕の憧れの人です」
「透子。ちゃんとあなたのこと理解してくれる方と出会えて幸せね」
「うん」
出会った頃から、ブレることなかったその想い。
口にすればするほど、その想いは強くなる。
自分にとってどれだけ愛しい大切な存在なのかを実感する。
そしてちゃんと安心してもらいたい。
これからオレと一緒にいること。
透子にもお母さんにも。
そしてちゃんと祝福してもらいたい。
透子とこれから生きていく幸せを。
「それで今日は透子さんと結婚のお許しを・・・」
「あっ、そういうのいいから」
意を決して、結婚のお願いをしようとしたら、まさかの反応。
「え?」
「そんな堅苦しいのは大丈夫よ。うちには父親もいないし反対する理由もない。もうこうやって一緒にいただけでどんな方かわかるし、透子が幸せそうにしてるだけでそれでもう十分わかります」
そして嬉しい言葉と優しい笑顔。
透子はこんなにも優しい家庭で育ったから、やっぱり今の透子なんだな。
透子を信じて、透子の幸せだけを願っているのが伝わって来る。
透子がオレに接してくれる同じ優しさ。
「透子? あなたは今幸せなんでしょ?」
「はい」
「樹さん? あなたも透子を幸せにしてもらえるんでしょ?」
「はい。必ず幸せにします」
「それじゃあ、問題なし。透子。結婚おめでとう。幸せにしてもらってね」
「はい・・・。お母さん。ありがとう」
「父親が亡くなってからも、透子は私たち家族をずっと支えてくれて、たくさん頑張って来てくれた。だから今度は透子が幸せになる番。透子今までたくさんありがとね」
「お母さん・・・」
透子がその言葉を聞いて隣で涙ぐんでいるのがわかる。
そんな透子の手をそっと下の方で握り締める。
ただ好きになっただけの人だったのに。
こんなにも素敵すぎる女性で。
その人はオレにとって、大きなことも小さなことも、意識しなければそのまま気付かずいるようなことも気づかせてくれる、愛溢れる優しさ溢れる人。
数えきれない程オレにたくさんの幸せをくれる人だった。
今までは透子がこの店を家族を助けて支えて来たように、これからはオレが全力で透子を支えて守り続ける。
これからの透子のすべてはオレが支える。
すべてオレが抱える。
これからはオレが誰よりも透子を幸せにする番。