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最近、やたらとくにおが俺に話しかけてくることが多くなった。何かと後ろをついてくるし、俺の隣に座ってくるし。前からかまえかまえとうるさいやつだったが、近頃は何も言わずに近寄ってくる。
なんというか、気色悪い。
俺だってグループメンバーにそんなことを言いたくはないのだけれど。前の方がまだ可愛げがあったのに、変な態度をされると本気なのかと勘繰ってしまう。あくまでビジネスカップル。くにおの方が何度かその線を超えてきそうな時はあったけれど、決して本当に好きなわけではない。くにおのふしぎな接触が始まったのが、二ヶ月くらい前からだった。それを指摘した方がいいのか、放置していてもいいのか、よくわからない。変に意識しすぎると、これからあいつに対してどう接していいか、どこまで触れていいのか、距離感がよくわからなくなってくる。いくら天然だと言われている俺でも、そんなに鈍感じゃない。
とあるダンスの練習の日。休憩に自販機で水を買い、そこで座り休んでいると、レッスン室から出てきたくにおが、俺の姿を見つけて表情を明るくして寄ってきた。尻尾を振っているのがよくわかる。
「お疲れこたー」
「ん、お疲れ〜」
そしてくにおはそのまま俺の隣に座り、ペットボトルの水をごくごくと飲んだ。距離が近い。変に考えないように、スマホを取り出してエゴサを始めた。
いろんなリスナーからの投稿が、画面をスクロールするたびに見える。嬉しい言葉だったり、棘のある言葉だったり。その中にポツポツと見える、「くにこたイチャイチャしすぎ!」「くにこた尊い♡」みたいな投稿が一際俺の目に留まるのだった。…俺が意識しすぎているだけなのかも?実は、俺の方がくにおのこと好きなのか?……いや、それはありえない。一緒にいてドキドキする、とかあったことないし。
すると突然、くにおが俺のスマホを覗き込んだ。
「あ、エゴサしてる。俺もしよー」
「……」
いきなり近づかれてびっくりしながらも、平静を装って画面を見続けた。いちいち距離感の掴めないやつだ。そんな近づかなくても見えるだろ。…なんて、やっぱり意識しているのは俺のほうかもしれない、と思い、くにおに申し訳ない気持ちが湧き上がる。しかし、このままモヤモヤ考えてもどうしようもないと思ったので、とりあえず聞いてみることにした。
「…なぁ、最近、どしたの。やたらと距離近いけどさぁ」
「え?…や、なんでもないよ。てかさ、最近話題の……」
一瞬、変な空気が俺とくにの間を流れた。何、そのそっけない態度。いつもお互いに遊び誘ったりご飯行ったりしてて、何も変わらない、変わってないはずなのに。…やっぱり意識してるってこと?
そう思った瞬間に、体の内側から燃えるような熱が、俺の中を巡ったのがわかった。別にくにおのことをそんな目で見てるとか、そんなんじゃないけど。気恥ずかしさみたいなものを感じて、ますます俺の頭の中は混乱するばかりだった。
**********
そこからまた数日、くにおとの接触は増えていった。出かけたり、一緒にゲームする時間も増えて、メンバーからも変な視線を浴びることがしばしば。弁解することも面倒くさくなってきて、でもこのまま無駄に考え続けるのも嫌なので、この際はっきりさせてやろうと、くにおに俺の家でゲームしよと誘ってみた。普通に「すぐ行く」と返事が来た。ここら辺はいつもと大して変わらない。
数十分後、インターホンが鳴って扉を開けると、嬉しそうな表情のくにおが立っていた。お菓子の詰まったコンビニの袋を差し出して、「お邪魔します」と入っていく。
「俺と遊ぶ時、嬉しそうだよね」
「え?そうかなぁ」
「そうだよ」
そうして家に上がって、会話しながらゆるゆるとゲームをしていた。ゲームしている最中は熱が入り、お互い画面に張り付いているものの、休憩するとさっきの熱が嘘のように、電池が切れたように倒れ込むのだった。気づいたらだいぶ時間が経っていて、用意しておいた2リットルの麦茶も無くなって、くにおが「アイス食べたい」なんて言い出すから、2人でコンビニに買いに行き、戻ってきては「疲れた眠い」と言ってそのまま横になった。
……いやお前の家か。
横になってすぐに眠りに落ちたくにおの横に座り、ポーズしていたゲームをシャットダウンする。さっきまで騒がしかった空間が一気に静かになり、完全に落ち着いた2人の時間だった。1人は眠っているが。暇になって、とりあえずくにおの寝顔を写真に収め、いつか晒してやろうかなんて考えながら、1人そわそわとそこから動けずにいた。
「綺麗な寝顔…」
くにおの髪をさらりと撫でてみる。よくリスナーに「よしよしされたい」とか言ってるから、俺もよしよしと頭を撫で回した。くすぐったそうな顔をして、また清らかな顔ですぅすぅと寝息をたて始める。つまんなくなって、聞いていないのも承知できいてみた。
「……ねぇ、俺のこと、好きなの」
「好き」と言う単語に少しドキドキしたけれど、当然くにおの反応はない。
…もし、本当に好きだったら、付き合ったりするのだろうか。そしたらまた距離が近くなって、ハグとか、キスとか、───その先とか。あったりするんだろうか。
考えて頭が熱くなる。変なことを考えてしまうのは、俺がこうしたいと望んでいるのか、ただの欲求不満。後者だったら最低すぎる。
くにおに対してこんな感情を抱くことに自分自身も驚いた。一人で赤くなって、もやもやして、こんなにも感情を動かされる。
───やっぱり、俺は……。
また暇になって、今度公式配信でやる予定のゲームの予習でもすることにした。
**********
「……あれ、もう夜…?」
「ん〜、7時くらい」
「……なんかいい匂いする…」
「お前が帰らないから夕食作るの遅れたじゃん」
「俺の分は?」
「図々しいな…。まぁ、あるけど」
また尻尾を振るのが見えた。わかりやすいんだよ、くにおは。キッチンに立つ俺の元まで寄ってきて、フライパンの中身を見て目をかがやかせる。相変わらず距離が近い。
「え、めっちゃ美味しそう」
「……ねぇ、最近変だって。こんな、距離詰めてきてさ。俺になんかあるなら言ってよ」
「だから何もないって」
「……俺のこと好きなの?」
「……」
聞いた瞬間、黙り込んで顔を逸らした。微かに紅潮する頬が、その答えを予測させる。今更って感じだけれど。
少しの間があって、くにおがぼそりと呟いた。
「…やっぱもう、帰るね」
「え、2人分作っちゃったんだけど」
「ごめん、……」
「ねぇ、待ってよ」
コンロの火を止めて、リビングで荷物をかき集めるくにおの手を掴んだ。くにおは振り払おうとしたが、俺はその手にぐっと力を込めて離さなかった。くにおがこっちに顔を向けることはなく、お互い硬直状態のまま黙っていた。
「ちゃんと答えて欲しいんだけど」
「……なんか、変なんだよ」
「……何?」
「だから…、最近こたのこと変に…意識しちゃう………っていうか…」
「…ごめん、聞こえな、」
「っもう、全部言わせんな…!」
急に怒り出したくには、ソファの上にあったクッションを俺の顔に投げつけて出て行った。その拍子に掴んでいた手が緩み、するりと抜け出したくにおは、荷物を抱えて部屋を出て行った。呆然とクッションを握っていると、玄関の扉を、バン!と締める音がした。そして静寂が訪れる。
…しつこく確認しようとしたのがいけなかったか。でもやっぱり、俺はうやむやにはしたくなかった。お互いに、この気持ちに整理をつけるべきだと思ったから。今後のグループの活動のためにも。というか、あんな反応をされたらもう「yes」と言っているようにしか見えない。ため息を一つついて、投げられたクッションを元の位置に戻した。
「…おかず食べきれるかなぁ…」
またキッチンに向かって、お皿にフライパンの中身を盛っていると、ゆっくりと、玄関の扉の開く音がしたと思ったら、赤らめた顔のままのくにおがぽつりと、「忘れ物…」とリビングに戻ってきた。びっくりして俺はまた固まった。くにおはいそいそと机の上に置いていたスマホを掴んでカバンの中にしまった。変わらないアホっぽさに、ふと笑いがこみ上げた。
「……あは、ははははっ」
「何、…なんで笑うの」
「だって、潔く出てって、戻ってきたの…っ、ふ、くくくっ」
「あーもー!笑わないで!」
くにおがまた俺に殴りかかってきた。軽くポコポコと殴るような攻撃にすら少し愛おしさが混じる。その拳を手で受け止めて、ぎゅっと握った。あからさまに揺れた瞳に、くにおが動揺したのが伝わってくる。遅れて、くにおはその手を振り払おうと抵抗してきた。
「ちょっ……離して!」
「やだ。……ちゃんと聞きたいんだけど」
「っ…、お、俺だってわかんないっ……!」
「じゃあ今までのはなんだったの?」
「……っはいはい好きです!好きだから!……多分!」
「なにそれ。はい、ちゃんと言うまで帰しませーん」
くにおの荷物を肩から奪い取り、机の前に座らせ、用意したご飯を置いた。さすがに2人分は食べきれないので食べてもらわないと困る。くにおは俺にされるがままに、「いただきます」とご飯を小さな一口で食べ始めた。もぐもぐと口を動かすのに、やっぱり食べるのはゆっくりで、だんだん小動物みたいに見えてきた。
「……俺こんな食べれないんだけど」
「知ってる。食べ終わるまで見ててやるから」
「見てなくていいって!俺赤ちゃんじゃないから!」
「あはは、早く食べないと冷めるよ」
不思議と俺は今幸せな気持ちだった。胸の奥が満たされていた。自分に好きだという感情があったのかはわからない。ただ無性に、この純粋なかまってさんにどうしようもないほど愛おしさが湧いてくる。なんだかんだでくにおも、先ほどの張り詰めていた気が緩んだように柔らかい表情で笑うのだった。くにおと向かい合う中で、程よい緊張感と気恥ずかしさのある雰囲気がこの部屋を包んでいた。
いつもどおりのペースで食べ終わったくにおは、早々に食べ終わってテレビを見ていた俺の方に寄ってきた。
「またひっついてきて。どうしたの」
「……ん〜〜〜…」
頭をぐりぐりと俺の肩に押し付けてくる。甘えているのか、本当の犬みたいでまた笑えてしまう。口元を引きつらせ必死に笑いを抑えながらその頭を撫でた。
「こたのこと好きでも、…いいの」
「ん〜、まあ、いいんじゃね」
「俺…男だけど」
「俺は気にならないし」
「……ふふ」
その日は少しだけ、離れるのが惜しかった。いつも触れていた肩から、腕から伝わってくる体温が、今日は特別温かかったように感じる。
「じゃあ、また」
「うん。おやすみ、こた」
最後まで離さなかった指先が離れたとき、くにおと視線が交わった。幸せの熱を帯びたその目は澄んでいた。…わかりやすいやつだ。
玄関の扉を閉めたとき、せわしなく動いていた感情がようやく休まって、幸せで満ちた気がした。