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#料理男子
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こちらもオートロックを解除すると、目の前に飛び込んできたのは水墨画の薔薇。
真っ赤な額に飾られて、壁にかけられた黒の濃淡だけで描かれた薔薇を見つつ、季節の大輪が彫られた屏風の向こうの廊下へ向かう。
リビングは二階までの拭き向けになっている。その壁に埋め込まれた窓はカーテンで覆われているがカーテンを開けたら庭がどの部屋にいても一望できるようになっているようだ。
まるでモデルルームのような室内に、変な汗が出てしまう。
もっと狭い空間はないのかな。私は、ソファで寝転んで横目でテレビさえ見れれば、こんな広い部屋じゃなくても一向に構わないのに。
『廊下は段ボールがあるから動きずらいかもしれない。君は一番日当たりのいい奥の部屋を使ってほしいな』
そう言われていたので、二階へ向かう。
まだ家の片付けが終わっていないらしい。段ボールが壁に並べられている。
奥のベランダへ続くホールには、グランドピアノまで置かれている。が、ピアノの下は段ボールだらけ。
やっぱり仕事が忙しのかな。私で良ければできる片づけは一緒にするのに。
あまりじろじろ家の中を見るのも失礼だろうと、そそくさと一番奥の部屋へ入った。
何もない、真っ暗な部屋。電気をつけると、使っていないのか少しだけ空気が籠った匂いがする。
でも、広い。お兄ちゃんの家のリビングがすっぽり入るぐらいはあるかな。
私の一人暮らしの荷物を全部そのまま持って来て置いても、全然空間が埋まらない。
自分の部屋なのに落ち着かないってどうしよう。
いや、まだ、自分がここに住むかもわからないし。
本当に住めるのか現実感が全くない。
それにお弁当を毎日作ってくれる、数年付き合っている彼女もいるかもしれない。
「紗矢、二階にいるの?」
「え、喬一さん、もう帰って来たの」
足音がして慌てて部屋から飛び出して二階から見下ろすと、スーツのジャケットを腕にかけた喬一さんが、私を見上げて笑っている。
「ただいま、紗矢。夜勤から自宅待機に変わったんだ」
「えーー……。おかえりなさい」
うう。無理だ。さっきの、さっきまで、こんな豪邸で落ち着かないって言おうと思ったのに。
ただいまって、たったその一言で胸が鷲掴みにされる。
毎日、あんなふうに微笑まれて言われたい。なんて。
「おかえりさないって、言われるのいいな。これから毎日聞けるのかと思うと顔がにやける」
「そうです、ね」
私も一言で舞い上がってました、とは言えず適当に言葉を濁してしまう。
近づいてくる彼が好きすぎる。
「ごめん。二階は散らかってるだろ。誰も上げないからいいかなって数年ずっと開けてない段ボールだらけ」
「私で良ければ、開封しますよ」
ネクタイを緩めながら階段を上がってくる喬一さんを見て、思わず肩にかけていたバッグを両手で抱きしめてしまった。
何をしても格好良く見えてしまう。
「いや、君も引っ越して来たら荷物整理あるだろ。その時に一緒にしようかな」
「私、本当にここに一緒に住んでいいんですか」
思わずこぼれた言葉だったが、喬一さんは目を丸くした。
そして、私の横にやってくると違和感なく肩を引き寄せてきた。
「……今更逃がす気はないけど、何か不満はあった? 改装する?」
「私、ソファに寝転んでゴロゴロするのが好きなだらしない奴だし。生ハムきゅうりだし。この家に似合わないですよ」
「あはは。大きなソファを増やそうか。寝転んでいいよ」