テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
357
モブD
224
#恋愛
ばたっちゅ
3,479
#微糖
第二話 『涙の理由』
三歳になった。
普通の子どもなら、庭を走り回って遊んでいる頃だ。
だけど、リュシアンは違った。
朝、目を覚ます。
食事をする。
そして――魔力の訓練。
「……ふぅ。」
小さな両手を前に出す。
指先に集まる、淡い銀色の光。
ゆらゆらと揺れる魔力は、生き物のように暴れようとしていた。
(止めろ。)
少しでも気を抜けば、暴走する。
前世のゲームでは、この膨大な魔力が感情と共鳴し、世界を滅ぼした。
だから。
絶対に支配する。
「……っ!」
ぎゅっと拳を握る。
暴れる魔力を、一粒ずつ糸を紡ぐように整えていく。
額から汗が流れた。
息が苦しい。
子どもの体では、まだ長く耐えられない。
それでも。
やめなかった。
毎日。
毎日。
何百回。
何千回。
魔力を集めては散らし。
集めては散らし。
少しでも乱れたら最初から。
「リュシアン様、お休みになられては……」
侍女が心配そうに声を掛ける。
しかし。
小さな銀髪の少年は首を振った。
「まだ。」
たった一言。
また魔力を練る。
(足りない。)
(もっと。)
(もっと完璧に。)
感情に左右されないくらい。
完全に。
支配する。
それだけを考えていた。
◇◇◇
ある日の夕方。
いつものように魔力を制御していた。
小さな光の粒が部屋いっぱいに浮かぶ。
百。
二百。
三百。
一つたりとも揺れない。
静止している。
あと少し。
あと少しだけ。
(……今だ。)
ふわり。
すべての光が、一斉に花びらのように舞った。
暴れない。
乱れない。
一粒たりとも。
完全な制御。
その瞬間。
「……できた。」
ぽつりと呟く。
同時に。
ぽろり。
一粒だけ涙が零れ落ちた。
嬉しかった。
怖かった。
安心した。
いろんな感情が胸に溢れた。
でも。
涙はその一粒だけ。
次の瞬間には、もう表情は静かだった。
(これで……。)
(世界は滅ぼさない。)
そう信じたかった。
◇◇◇
「リュシアン様!」
侍女が部屋へ飛び込んできた。
「まあ!」
「涙を……!」
リュシアンは慌てて目元を拭う。
「あ……。」
しかし遅かった。
侍女は青ざめている。
「旦那様!」
「奥様!」
「リュシアン様が……!」
数分後。
両親が部屋へ駆け込んできた。
「リュシアン!」
「どこか苦しいのか!?」
母はすぐに抱き締める。
「何があったの……?」
リュシアンは困ってしまった。
(違うんだけどな……。)
魔法が成功しただけ。
でも。
「転生者です」
とも言えないし。
「未来で世界を滅ぼします」
なんてもっと言えない。
「……なんでも、ない。」
静かに答える。
母は胸を痛めたように目を伏せた。
「また……。」
「我慢してしまうのね。」
(え?)
父も苦しそうな顔をする。
「三歳の子が……。」
「泣くことすら我慢するなんて……。」
(違います。)
心の中で否定する。
でも。
言えない。
言葉にならない。
母は涙ぐみながら頬を撫でた。
「もう大丈夫。」
「悲しまなくていいのよ。」
(悲しんでないんだけど……。)
リュシアンはますます困った。
◇◇◇
それからだった。
屋敷では、奇妙な噂が広がり始める。
「あの子は、生まれつき魔力が強すぎる。」
「その代償に……。」
「感情を悪魔へ差し出したらしい。」
「だから悲しみしか残っていないんだ。」
「それでも周囲を心配させまいと、涙を堪えて笑っている。」
誰が言い始めたのか。
分からない。
けれど。
使用人たちは、本気でそう信じ始めていた。
実際。
リュシアンはほとんど笑わない。
怒らない。
はしゃがない。
泣くこともない。
ただ。
魔法を使う時だけ。
あるいは、大切な人に何かあった時だけ。
ぽろり、と涙を零す。
その姿が、噂をより真実らしく見せていた。
ある老執事は、少年の後ろ姿を見つめながら静かに呟く。
「神は、あの幼子に大きすぎる力を与えられた。」
「だから代償として、喜びも怒りも奪われたのでしょう。」
「……なんと、おいたわしい。」
その言葉を、廊下の角でリュシアンは聞いてしまった。
(違う。)
(違うんです。)
感情がないわけじゃない。
笑いたい時もある。
嬉しい時もある。
泣きたい時だってある。
だけど。
怖い。
もし感情に飲まれたら。
もし前世と同じ未来になったら。
世界が滅んでしまうかもしれない。
だから。
隠すしかない。
誰にも気付かれないように。
小さな銀髪の少年は、ぎゅっと胸の前で手を握る。
(あと少し。)
(あと少しで、アルたちとも出会う。)
(その時までには……もっと強くならないと。)
まだ三歳。
けれどその小さな背中には、前世の記憶と世界の命運という、あまりにも重い秘密が乗っていた。
そして誰も知らない。
「感情を失った悲しい子」だと思われている少年が、本当は誰よりも大切な人たちを守りたいと願い、そのために感情を押し殺していることを。
コメント
3件
3歳でここまでの自制心…リュシアンの必死さがひしひしと伝わってきました。成功の一粒の涙、あれだけ頑張ったからこその安堵と喜びだったのに、周りに「悲しみ」と誤解されてしまう切なさ。でも彼の中には「世界を守る」という強い意志がある。小さな背中に重すぎる荷物だけど、誰よりも優しいんだろうなって思いました。このすれ違い、続きが気になります……!