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「大事な話がある」
ユルーゲルが応接室を出て行くと、ロニが話しかけてきた。
「何か問題でもあった?」
いつもの台詞だが、どこか硬い口調にジェシーも、少しだけ緊張した。
「何故、魔法を依頼した者を探すんだ?」
あぁ、そのことか、とジェシーは長椅子に座り、隣を叩いた。その場所に、ロニは静かに腰を下ろす。
「私の目的を邪魔されないためよ」
「目的?」
「ロニだから言うけど、私は回帰前の生活に戻りたいの」
口に出すと、急に恥ずかしくなり、膝の上で両手を組んだりしながら俯いた。
だって、
「国外追放を望んでいる、なんて可笑しいかしら」
こんなことを考える令嬢など、どこを探してもいないはずだから。
「そこに俺がいるのなら、別に可笑しくはないよ」
「勿論、いるに決まっているじゃない! 回帰前はロニだって一緒にいたんだから、むしろいないと困るわ!」
ロニは、幼い頃から傍にいることが、当たり前の存在だった。
同い年でもない、二つ年上のロニとそういう関係になれたのは、偏に四大公爵の家に生まれたこと。そして、その一角であるゾド家に、セレナが生まれたからだ。
四大公爵家には、それぞれ役割があった。
我がソマイア家は、学者兼魔術師の家系。騎士のマーシェル家。代々宰相を輩出するメザーロック家。最後に、歴代王妃の家系であるゾド家である。
つまり、ゾド公爵家に女の子が生まれたということは、次期王妃を意味する。その補佐役として、四大公爵家の年の近い子供たちは、幼い頃から交流させられるのだ。
集まると自然に、二つ年下のセレナが中心となって、五つ年上のサイラスが、私とロニの面倒も一緒に見ている。そんな関係だった。
「一緒、か。……良かった」
「そうよ。何を言っているの?」
「だが、国外に住むだけなら、わざわざ追放される必要はないんじゃないか?」
確かにそう思うのは不思議なことじゃない。ソマイア家は、弟のカルロが家を継ぎ、マーシェル家に至っては、ロニは次男である。家に縛られる必要はなかった。
「でも、セレナに何かある度に、呼び出されるのよ、サイラスに」
「あぁ、そうか。俺たちは補佐役だから、それは避けられないか」
「だからといって、セレナがどうでもいい、というわけじゃないのよ」
「知ってる」
そう言って、ロニはジェシーの肩に頭を乗せた。
「ただ、創作活動に専念したいだけで……」
「そこに俺はいていいだよね」
「さっきも、そう言ったじゃない」
ジェシーも頭を傾けて、軽くロニの頭に当てた。
「なら、犯人を捜さなくちゃいけないな」
「それもさっき言ったわよ」
何を言っているの、と言おうとした瞬間、ロニの体が目の前に倒れ込んできた。慣れた調子で、長椅子の端に足を置き、頭をジェシーの膝に乗せた。
「どうしたの? 剣の練習でもしたわけじゃないのに、疲れることなんてあった?」
ロニとはよく、一緒に鍛錬をしていた。私の魔法とロニの剣。幼い頃から遊びのようにしていた後、いつの間にか、このような体勢で休憩することが、通例になっていた。
「うん。安心したからかな、凄く疲れた気分なんだ」
そう言って、不貞腐れたように顔を背けた。そんなロニの髪を、ジェシーも慣れた手つきで触れる。
「よく分からないけど、昨日は慌ただしかったものね」
ロニは空いた方のジェシーの手を、自らの方へ引き寄せる。その行為もよくあることだったので、驚くことなくジェシーは、ロニの髪を撫で続けた。
***
目を閉じて、仰向けになってからどれくらいが経っただろうか。ふと、頭からジェシーの手の感触がないことに気がついた。
代わりに聞こえてくる、寝息。そっと目を開けると、ジェシーの顔が近くにあった。
「ジェシー?」
声を掛けてみたが、返答はない。どうやら、ジェシーも寝てしまったようだ。
ロニは起き上がり、一旦ジェシーを横に寝かした。
「男と認識されていないのも、辛いもんだな。サイラスの気持ちが、よく分かるよ」
他の者に対しては、警戒心を怠らないジェシーが、自分の前では、こんなにも無防備になる姿を見て、ロニは溜め息をついた。
「ここまでしても、気づかないんだから」
それでもロニは、ジェシーの体を抱き上げて、部屋へと連れて行くのであった。