メッセージ返すのが面倒だったので光貴に直接電話した。ワンコールもならないうちに彼が応答する。『もしもしっ』
「もう怒ってないから謝らなくていいよ。光貴、結婚しよ。私のこと幸せにしてね」
それだけ言って電話を切った。
折り返しのコールやメッセージがあっても対応するのがなんとなく嫌で電源を落とした。画面が真っ黒になったスマートフォンを部屋のベッドの上に放り投げた。
ふう、とため息が出た。
結婚するというのにどういうこと?
本当にブルーな気分。
そうだ! 落ち込んだ時はRBに限る。
白斗の歌が無性に聴きたくなったのでRBの曲をかけると、メロディアスなイントロが始まり、すぐさま白斗の歌が部屋に流れた。
甘くて、低くて、心をゾクゾク震わせる声。
こんな声で愛を囁かれてみたい。
プロポーズをされてみたい。
――俺と結婚しろ。
白斗……――彼が言ったらこんな感じかな?
あのキャラは私の超・ドストライクだった。意地悪で不敵な笑顔が素敵で、女性を喰い殺してしまうようなサディストぶりに、心が高揚するのだ。まるで乙女ゲームから出て来た一番攻略が難しい孤高の魔王みたいな男。
白斗を初めて見た時のことを思い出した。光貴の店で好きな作家の漫画の新刊発売日に見た。
黒をバックにした雑誌の巻頭特集。四人組のビジュアル系バンド、RedBLUE――戦慄のメジャーデビューの見出しが目に留まり、雷撃たれたみたいに固まったのを覚えてる。少女漫画から抜け出たような、エロくて悪そうな男性が本当に現実にいるんだと驚いた。
白斗はエロティックさだけじゃなくて、綺麗さも兼ね揃えていた。本当に乙女ゲームのキャラクターみたいで、麗しく妖艶な男。
現実離れしすぎていた。彼に一目惚れだった。
その雑誌と発売したばかりのRBのCDを、好きな作家の漫画も買わずになけなしのお小遣いをはたいて買った。
それから、RBが解散するまでの十年間、私は彼の熱狂的なファンと化した。いや、熱狂的なストーカーと言っても過言ではないだろう。
ファンレターを書いて、バレンタインと彼の誕生日に毎年気持ち悪いメッセージ付き手作り菓子を送り付けることを延々と繰り返した。これを十年間続けたから立派なストーカーだと自負している。
RBの解散が決まった時は本当にショックだった。電撃解散で理由も知らされず、ただ解散するってそれだけだった。緊急決定の事項だったため、ラストライブさえ無かったのだ。
後日雑誌には、音楽性、方向性の違いから解散を決断したとありきたりな理由が掲載されて、ファンクラブ会誌も最後、解散についてのインタビューが紙面を飾っていたような気がするけど、正直何回も読んだ雑誌の内容なのにあまり覚えてない。辛すぎて心がシャットアウトしたのが原因だ。
そんな大好きなRBの解散が決まったその日。もの凄く落ち込んで泣いてたら、光貴に『律が好きやから、僕と付き合ってくれ』と言われたのだ。RBの解散ショックは僕が忘れさせるから、と。
光貴のことは正直に言うと異性として特別好きでもなかった。そういう関係に発展するとは露ほども思っていなかったけれど、付き合ってくれと言われ、RBのことがショックすぎたこともあり、その日に流れで男女関係なってしまい、私の初めてを光貴に捧げて今日に至る。
――お前を 奪いたい
抱きしめて 愛 カタル
臆病な俺 わかって
ウソでも 好きと言え
RBの曲で好きな歌『Liar』のサビが流れてる。
やっぱりRBを聴くと、彼らの音楽が好き過ぎて歌詞の影響を受けてるのが手に取るようにわかる。
私にはオリジナリティーが無いのだ。所詮、白斗の盗作もどきの歌詞しか書けない才能無し。
ジャケットを見ると、中央で真っ白のマイクスタンドを赤い舌を出して舐める様子の白斗と目が合った。
漆黒の髪をツンツンに立てて、右側だけ顎辺りまで伸ばした前髪に派手なビジュアルメイク。左の目元に三つの赤い宝石が付いてるのが彼のトレードマーク。ピアスも三連で、左からシルバーの極細の十字架、ゴールドのチェーン、赤いガーネットの宝石がはめ込まれた小さな百合クロス。デビュー当初から変わっていない小物。
同じ物が売っていないか必死に探した。ピアスは痛そうなので私はできなかったけれど、似たようなピアスを幾つも買って、引き出しの奥に眠らせてある。
白斗と同じものを持っているというだけで満足して、結局一回も使ってない。買って満足するオタク。
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