翌日、今日こそは環奈の様子を見に行こうと出勤する前から決めていた俺は、柄にも無く浮ついていた。
幸いな事に、今日はいつもの常連客たちの来店も無く、比較的穏やかだった。
新規の客を見送った俺はそのまま外で煙草を吸いながら休憩していると、近くの音楽スタジオで練習でもしていたのか、煙草を吸いながら話し込んでいたバンドマンらしき男二人の話し声が聞こえて来た。
「なぁ今日さ、これからキャバクラ行かね?」
「珍しいな、お前がそういうとこ行きたがるの」
「いや、実はさ俺の女、つい最近キャバクラで働き出したんだよ」
「はあ? マジかよ? お前自分の女そういうとこで働かせちゃう訳?」
「まあ、彼女……ではあるけど、キープ的な? 将来性を考えれば一番理想的な奴なんだけどさ、真面目っつーか、良い子ちゃん過ぎてつまらねぇんだよなぁ」
「へえ~?」
「そいつ俺の事めちゃくちゃ好きでさ、金が必要だって言ったらどんどん貢いでくれるんだよ」
「マジかよ? すげーな」
「今じゃ彼女って言うよりATM的な感じなんだよなぁ。ただ最近貯金も尽きてきたって言ってたから冗談でキャバクラででも働けよって言ったら本当に働き始めたんだよ。馬鹿だろ?」
「お前ひでぇな」
「良いんだよ。本人が勝手にやってるんだし。それに最近は金貰う時しか会ってねぇし。あ、後、むしゃくしゃしてる時とか、無性にヤリたくなった時だな。今じゃアイツはそういう要員なんだよ」
「鬼畜過ぎる」
話を聞いてみれば、すげぇ不愉快極まりない内容だった。
そりゃ俺だって金の為に女騙してるようなとこはあるけど、そこまでクズじゃない。
(ああいう男の女って、何が良くて付き合ってんだ?……見る目無さ過ぎだろ)
胸糞悪くなった俺が店内に戻ろうとした、その時、
「で、お前の女、どこのキャバクラで働いてんだよ?」
「ああ、確か【HEAVEN】とか言ってたな。金はアイツに払わせるからさぁ、飲み行こうぜ」
「そうだな。お前の女がどんな奴かも気になるし、行くか」
「それじゃあ彼女に連絡入れとくわ」
店の名前を耳にした俺の脳裏には、嫌な予感が浮かんでいた。
(……まさか、な)
最近働き始めたというところが環奈と被るけど、環奈以外にも入って来た女は結構いると聞いていたし、そんな偶然ある訳ないと言い聞かせ、ザワつく心を鎮めながら俺は店へ戻って行った。
いくら何でも、あんなクズな男の彼女が環奈の訳が無い。
そう自分に言い聞かせるも、あれからどうしても気になった俺は何も手につかなくなる。
(駄目だ……確かめねぇと気が済まねぇ)
これでは仕事にならないと判断した俺は礼さんの元へ行き、
「礼さん悪いけど、今日は帰らせてくれ」
ここで働くようになってから初めて、早退する事を申し出た。
「どうしたんだよ、お前が勤務中に帰るだなんて」
「どうしても気になる事があるんだ」
「…………まあ、お前がそこまで言うんだから、余程の事なんだろ。たまにはいいさ、今日は常連の姿もねぇみてぇだしな」
「あざっす、礼さん!」
普段は絶対こんな事はしないし今日は常連が来る予定も無いことから、礼さんの了承を得た俺はさっさと着替えを済ませると急いで店を後にしてHEAVENへと向かった。
「あれ? 芹さん珍しいですね、営業時間中に来るなんて」
HEAVENに着くと、顔馴染みのボーイが俺を見て驚いていた。
確かに、いつもは営業時間外で来る事しかないからその反応も頷ける。
「明石さん居るか?」
「はい、事務所に居ますよ」
「分かった。話あるから邪魔するぜ」
明石さんが事務所に居る事を確認した俺はそのまま事務所へ向かい、
「明石さん、お疲れ様っす」
「何だ? 万里じゃねぇか。お前、勤務中じゃねぇのかよ?」
「今日は特別に帰らせてもらったんです」
「へえ? 珍しい事もあるもんだ」
「今日って環奈、来てますか?」
「ああ、けど今接客中だぜ? 新規でバンドマンの男二人の席に着いてる」
「バンドマンの男……」
あの時の話は環奈の事では無い、それを確かめに来たはずだったのに、明石さんのその言葉を聞いた瞬間、俺の身体は怒りで震えそうになった。
「明石さん、ちょっと頼みがあるんすけど……」
そして、その怒りを抑えつつ、俺はある事を明石さんにお願いする事にした。