『…鉄朗くん』
「んー?」
『…なんでもない、笑』
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毎週水曜日に、私は彼の元へと行く。彼の為に可愛くなって、身体のケアもして。
彼のタイプに近づけたか、鏡で全身をチェックしてからドアに手をかける。
インターホンを鳴らして、家の前で待つ。
少しすると彼の声が聞こえてきた。
「お、いらっしゃい」
「上がってー」
高校生らしい陽気な声。
私はこんな年下に振り回されているのか。
でもそれでいい。
少しでも彼のそばに居られるのなら。
「え今日めっちゃ可愛い」
「俺の為に可愛くしてきたの?」
『…うん!笑』
鉄朗くんの好みは「ふわふわした女の子」。笑顔が可愛くて、身長が小さくて…。
まさに、ウサギみたいな女の子。
「次は、ツインテールできてよ笑」
『…え?』
「お願い」
「見たいんだ、氷麗のツインテ」
『…いいよ笑』
あーあ、ツインテール…好きじゃないのに。
前にも、言ったはずなのに。
もう覚えてないんだ……私との会話。
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「今日はサンキュ笑」
『ううん…気にしないで』
時間はあっという間に過ぎ、もうお別れの時間。
「次会うとき楽しみにしてるわ笑」
『…うん』
『待ってて!』
自分を偽って、偽ってる自分を愛してもらう。
でも、どんなに嘆いても泣いても私は貴方からは離れられないの。
『…彼女さん?』
「ン笑」
「久しぶりにあいたいって」
あー…その顔。大嫌い
『…そ、笑』
『楽しんできてね』
「ン笑」
何で私、愛してもらおうとか馬鹿なこと考えたのかな。
鉄朗くんの1番は私じゃないのに。
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『…ってかんじ、』
「うわー、会うのやめれば?」
「依存してるって」
私は今、親友の美琴と鉄朗くんについて話している。
「いつもどんな格好で行ってるの?」
「高嶺の氷麗ちゃん笑」
『やめてって…』
私の昔のあだ名… “高嶺の花”。
正直、こんなあだ名好きじゃなかった。
『…これ』
私が美琴に見せた写真。前に鉄朗くんと2人で出かけたときに撮った大切な宝物。
「はっ?!これ氷麗?!」
『だからそうだって…』
美琴にとっては信じられないことだと思う。
ザ女の子って感じの服装に、可愛い女の子がするメイク。手にはパンケーキ。
そして、信じられないほどの笑顔。
「は…嘘でしょ」
「ここまで…できるの?」
『…うん』
「氷麗……スカート嫌いじゃん」
「この靴だって…」
鉄朗くんが好きって言ったから。
『いいの、』
『鉄朗くんの為なら』
きっと私は彼に依存してる。
けど私は「依存」を「愛情」と呼ぶ。
『鉄朗くんは…私を愛してくれてるんだよ』
「氷麗…」
美琴が心配してくれてるって分かってる。
けど、私には鉄朗くんしかいないの。
だって誰も、こんなにも私を愛してくれる人は居ないから。
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「私は別れた方がいいと思うけど」
「でも氷麗が幸せならそれでいい!」
「いつでも相談きくからね」
『うん。ありがとう』
美琴と別れ、私は自分の家へと歩き出す。
その途中で次のデートには何を着ていこうか、メイク変えたら気づくかな、とか。
そんな乙女みたいなことを考えている。
『って、鉄朗くんは本気で私のこと好きなわけないし…笑』
21歳が何をそんなに真剣に悩んでるんだろう。
馬鹿みたい。
途中でスーパーに寄り、必要なモノを買う。
『……』
今度家に呼んで、何か作ってあげたら喜ぶかな。
鉄朗くんの好きな魚…買っていこう。
「…氷麗?」
『え?』
『…なんで、』
「久しぶり…綺麗に、なったね」
『京治がここに…?』
私が高校三年生のときに付き合っていた元カレ。
でも私にはもう関係ない。
「…少し、話せない?」
『……わかった。けど、ちょっと買い物済ませたいから』
「うん」
あーダメだ。
やっぱり、思い出しちゃう。
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『お待たせ』
「いいよ、そんなに待ってないし」
2人でベンチに座る。
上を見あげると満月が私たちを照らしている。
『で…話って?』
「…別れたときから今までも氷麗を忘れたことなんて一度もなかった」
聞きたくなかった一番の言葉。
私は忘れようと努力したのに。
「好きだよ氷麗」
「何年経っても…この気持ちが変わることなんてない」
真剣な眼。
吸い込まれそう。
鉄朗くんが好きなのに、過去の恋人で少しでも揺らいでしまう私は…最低?
鉄朗くんとは「都合のいい関係」。
京治ともう一度付き合ったら?、京治は死ぬまで私のことを愛してくれる。
「…復縁しようとか、考えてない」
「ただ…気持ちを伝えたかっただけ」
『…そっか』
私たちの間に沈黙が流れる。
『…バレー、どう?』
この沈黙が耐えきれなくて先に話したのは私の方。
「…結構、上達してる」
「木兎さんも相変わらず元気だよ」
『…そっか』
付き合ってた頃に見た京治のトスアップ。
見た瞬間、全身を鳥肌が立った。
「こんなにかっこいい人が私の彼氏なんだ」って誇らしく思えた。
「…嫌な思いさせたら、ごめん」
『え?』
「もしかして…まだ」
「あのこと…気にしてる?」
『…はッ』
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高校三年生の冬。
私はいつものように京治と一緒に登校をしていた。
教室に入ったその時、私は1人の女の子に呼び出された。
「えっと…氷麗ちゃんに話があるの!」
「今いいかな、?」
とっても可愛らしい女の子だった。
私は周りを見ないので同じクラスだったときには多少驚いた。
『…いいけど、』
その女の子に呼び出された場所は体育館。
“言うのは恥ずかしいから、氷麗ちゃんは体育館倉庫に入って欲しい”ということだった。
正直、この時から嫌な予感はしていた。
だって、ただ話すだけなのに私だけ体育館倉庫?
体育館倉庫の中は暗くて、寒くて。
ただ、1人が怖かった。
『あの…話って、何?』
「あー、それ。嘘だから笑」
『え?』
ドアの向こうからは悪魔のような笑い声。
ここから出ようとドアに手をかけたが鍵がかかっていて出られなかった。
「高嶺の花だから何?笑」
「私の方が京治くんに似合ってるに決まってる!」
「アンタみたいな冷血女子より、女子力高くて可愛い私の方が似合ってるから」
『そんな…!』
こんな漫画みたいな展開、くるはずがないと思ってた。
京治は隠れファンが多いから、陰口叩かれるくらいはあるだろうと思ってた。
体育館倉庫の中は、暗くて…寒くて。
静かで、耐えられない空間だった。
『京治…』
京治の名前を呼んだって、来てくれない。
まず学年が違うし、心が通じてるわけでもない。
『…助けて』
私が発見されたのは次の朝だった。
倉庫を掃除しようと思った先生がドアを開けたところ、私が倒れてたという。
私が目を冷めたとき、京治はいなかった。
【ごめん氷麗、大事な試合がある。また、お見舞い行くね。】
との内容だった。
正直、もうどうでも良かった。
次第に私は “京治と別れよう…” そんな考えが頭を支配していった。
「氷麗!」
『…けいじ』
京治が来てくれたのは手紙から3日経ったクリスマスイブの日だった。
私はそのときにはもう退院していて、京治は私の家まで来てくれたんだ。
「その…お見舞い行けなくてごめん」
「体調…平気?」
京治がくれたのは優しい言葉。
『うん、もう大丈夫』
「よかった…」
けど、私はもう我慢の限界だった。
『別れよ』
「…、は?」
『私もう疲れた』
『耐えられない』
京治は絶望した顔で私を見ていた。
今でも忘れられない。
「なん、で?お見舞い行けなかったのごめん」
「別れるのだけは…俺、了承しないから」
別にもうそれでいい。
私はただ、地獄から開放されたいだけ。
『私は別れたい』
『今までありがとう、ばいばい』
私は京治の言うことに耳を傾けないで、自分勝手に別れた。
クリスマスイブの夜、私は薄暗い部屋の中でただジッと泣いていた。
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そんな最悪な思い出が蘇る。
『気にして…ないッ』
「…そっか」
「言いたいことはそれだけだよ、氷麗」
京治は立ち上がると、私の手を握った。
「ただ、好きなだけだよ」
「叶わない恋って…辛いね」
寂しそうに笑う京治を見て私は何も言えなかった。
「…考えまとまったら連絡待ってるね」
「家まで、送ってく」
『いいよ…近くだし』
「、わかった」
「おやすみ、氷麗」
『…おやすみ』
私はどこまで素直じゃない女の子なんだろう。
私がもっと素直だったら、鉄朗くんの一番になれて、京治を傷つけさせずにすんだのかな。
満月の光に照らされながら私は1人で夜道を歩く。
すると、前からカップルらしき2人組が歩いてくるのがわかった。
「もうっ!鉄朗くんったら!」
『え…』
“鉄朗” 今確かに女の人は言った。
じゃあ、男の人は…。
「お前が可愛いのが悪ぃ笑」
『……』
鉄朗くんの声は何百回も聞いてる。
私が見間違えるはずない。
男の人は明らかに、鉄朗くんだった。
もしかしたら気づいてくれるかも、って思ってる私。
『…そんなわけ、ないじゃん』
鉄朗くんの隣にいるのは、鉄朗くんの1番の人。
私はメイクも違うし服装も違う。
気づいてくれるわけなんかないじゃん。
期待して、馬鹿みたい。
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家に着き、ドアノブに手をかける。
開けようとした途端、私の手に雫が垂れてきた。
『……え?』
その雫は止まることを知らず、次々と零れ落ちてきた。
私、いつの間に泣いてたんだろ。
「叶わない恋」ってやっと自覚したのかな。
鉄朗くんなら心のどこかで愛してくれてるって自分に言い聞かせてた。
そんなこと、ないのにね。
LINEを開いて、【赤葦 京治】という名前をタップする。
【京治】
私が一言送ると、すぐに既読がついた。
《どうしたの?》
LINEからでも分かる、優しい言葉。
今はもう、 ただ縋り付きたい。ただ、それだけ。
【上書きしてほしい】
【家来てくれない】
またしてもすぐに既読がつく、けど京治からの返信は一向にこない。
引かれた…とか?。でも、そっか。
急に「上書きしてほしい」なんて気持ち悪いよね。
《本当に俺でいいの?》
京治からきた言葉。
どこまであの人は優しいんだろう。
あんなに、突き放したのに。
【京治がいいの】
【家で、待ってるね】
泣き顔を晒したくなかった。
だからあえてお迎えには行かない。
こんな酷い顔の私が、隣歩いてたら嫌でしょう?
インターホンが鳴り、駆け足でドアの前に行く。
扉を開けば、もう後戻りはできない。
いいんだ、これで。ずっと鉄朗くんに縋ってても意味なんかない。
むしろ、鉄朗くんを縛り付けてるだけだ。
『いらっしゃい、上がって』
「……お邪魔します」
私が泣いてたことに気づいたのか、一瞬顔が曇る京治。
どこまでも勘が鋭いね。京治は。
昔と何にも変わってない。
ピコンッとスマホから音がした。
見ると、鉄朗くんからだった。
私は少し考えたあと、画面を開き深呼吸してから言葉を送った。
《次いつ会える?》
《会いたい》
ダメだ、揺らいじゃダメ。
会って話をするんだ。ちゃんと。
【明日の午後7時に近くの海来て】
【話したいことある】
《わかった》
会話はすぐに終わった。
京治とベッドで横になる。
京治を横目で見ると、バチッと目が合う。
「本当に…俺でいいの?」
「後悔とか、ない?」
どこまでも心配性な京治に、少しだけ笑みが溢れる。
『京治だから上書きしてほしいの』
京治は男の子らしい笑顔を見せる。
そして、私に深いキスをして_。
「好きだよ、氷麗」
「愛してる」
『私も…大好きだよ、京治』
きっと、これで良かったんだ。
私はただ誰かに愛してほしかっただけ。
鉄朗くんに、じゃない。
誰でも良かったんだ。
__________________
「お疲れ」
「ごめん、ちょっとやりすぎた」
『ううん、平気』
鉄朗くんも、やり過ぎたあとは謝ってくれてたっけ。
でも、もうどうでもいい。
私には京治がいるんだから。
『あのね…京治、話したいことがある』
そう言うと京治の顔は緊張した顔になる。
きっと、あの時のこと思い出してるんだ。
『実は____』
話終えると、私はいつの間にか泣いていて。
京治はずっと私のそばにいてくれて私の話をただ静かに聞いてくれた。
「そっか、ごめん」
「俺のせいだよね」
『違う、京治のせいじゃない』
全部、私が悪いんだ。
誰でもいいって理由で、鉄朗くんに手出して。
最低だ、私。
「…もう、黒尾さんじゃなくていいの?」
『うん』
『私は京治だけだから』
「良かった…」
「俺も氷麗だけだよ」
幸せだ。
最初から、別れなければ良かったんだ。
心の奥どこかでは京治に愛されたいって気持ちがあったんだ。
大好きだよ、京治。
もう、終わりにするから。
__________________
約束の午後7時。
私は京治に事情を説明した。
京治は笑顔で「行ってらっしゃい」と言ってくれた。
髪の毛は少し巻いて、大人の女の人が着るような服に赤いリップ。
そして、ハイヒール。
鉄朗くんの好み正反対。
いいんだ、これで。元の私はこれなんだから。
もう偽る必要も無い。
私が着いた頃にはもう鉄朗くんはいた。
『お待たせ、鉄朗くん』
「氷麗!、、、は?」
鉄朗くん、混乱してるだろうな。
ツインテールで来るって、話してたもんね。
「おま、、え…何その格好」
『これが本来の私だよ、鉄朗くん』
『今までは自分を偽ってただけ』
「は……??」
もう、鉄朗くんを縛り付けたくない。
鉄朗くんはあの子と幸せになってほしいから。
『言いたいことは一つだけ』
『もう鉄朗くんとは会わない』
「は…なんで」
『私は鉄朗くんに愛してほしいんじゃなくて誰かに愛してほしかっただけ』
『その誰かが、鉄朗くんだっただけだよ。』
『だからごめんね』
『縛り付けちゃってごめん。彼女さん、いるのにね笑』
これが最初で最後の貴方との時間。
「…俺は…氷麗を都合のいい女なんて思ったこと、一度もない」
『え…?』
「…最初は、身体の相性合うなとか、そんな感じだったけど」
「次第にどんどん氷麗に惹かれてって…」
「ごめん、俺のわがままで氷麗を我慢させて。本当にごめん」
『…ううん、鉄朗くんは悪くないよ』
むしろ、騙した私が悪い。
正直に話してたら…何かは違ったかな。
『私ね、スカートもツインテールも嫌いだったんだ』
「え」
『けど鉄朗くんのためにいっぱい頑張った』
『私はハイヒールが好きだし、こんな女の子らしくないんだよ』
『鉄朗くんが知らないだけで…私はもっと』
私はもっと、最低な女だよ。
「…そんなこと、言うなよ」
鉄朗くんの顔は寂しそうな…そんな顔。
胸が締め付けられて痛い。
正直に話すって、こんなに辛いんだ。
『ごめんね、もう会えない』
「嫌だ、って…言ったら」
鉄朗くん…声震えてる。
『嫌だって言っても無理だよ』
『ごめんね』
もう泣いても喚いても、これが最後。
私なりのケジメ。
『鉄朗くんは彼女さん幸せにしてあげるんだよ』
『私のことは忘れて幸せになってね』
「無理、氷麗のこと忘れるとかできない」
『ダメだよ』
『鉄朗くん、引きずるでしょ?』
『俺のせいだって』
「……」
『あ、図星?』
もう、そろそろ終わりにしよう。
あーあ、楽しかったな。
鉄朗くんと一緒に過ごした時間。
『ばいばい、鉄朗くん』
「氷麗ッ!」
『…追ってきちゃダメだよ』
『さよなら』
さよなら
鉄朗くん_。
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