テラーノベル
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放課後のチャイムが鳴っても、遥は動かなかった。教室のざわめきが遠ざかり、ドアが閉まる音のあと、世界は静かになった。
誰もいない廊下を歩く。
窓の外には夕日がにじんで、床のタイルに淡い金色の帯を落としていた。
目的もなく、足だけが動いていた。
でも、辿り着いたのは──旧校舎の一番奥、誰も入らないはずの図書室だった。
ドアの鍵は壊れたままだった。
軋む音を立てて開くと、埃の匂いと、沈殿した空気が遥を包んだ。
本棚はところどころ倒れかけていて、読みかけの本が机に開いたまま残っている。
ここは、何かが止まったままの場所だった。
遥は、その奥の隅にしゃがみこんだ。
何度も来たはずなのに、今日だけは──冷たかった。
「……俺、やっぱり……信じたかったんだな」
声にすると、涙が出そうだった。
「バカみたいだな。
信じてもらうことなんか、望んでなかったくせに……」
「なのに……日下部のあの顔、思い出すだけで、……」
喉の奥が熱くなる。
「……気持ち悪いよな。
蓮司の言う通りだ。
俺は……優しさに耐えられない。
赦されるとか、好きだとか……そういうの、全部……怖くて、気持ち悪くて」
「だから──また裏切ってほしいって、思ってたのかもしれない」
そうすれば、自分の中の“信じたい”って感情を、壊せるから。
蓮司の声が、脳裏に響く。
あの軽くて冷たくて、でも核心を突く声。
「“やめて”って言いながら、“裏切って”って祈るんだよな、そういうとき」
遥は両手で頭を抱えた。
「……やめろ。やめろよ……」
誰に向かって言っているのか、自分でもわからなかった。
ただ、蓮司の声と、日下部の不器用な視線と──自分の汚れきった核が、交差する。
「日下部がいないだけで、こんなに……」
誰にも言えない。
誰にも、わかってもらえない。
自分がどれだけ、“守りたかったはずのもの”を、自分で壊してきたか。
それに気づいた今が──いちばん、吐きそうだった。
暗い部屋の中で、遥は膝を抱えて丸まった。
自分の声すらも怖くて、ただ、目を閉じて。
──優しさが、いちばん残酷だった。
──日下部のいない今日が、いちばん地獄だった。
だから遥は、静かに祈った。
(帰ってくんなよ……)
(俺が壊す前に──もう、帰ってこないで)
だけど、心の底では、
(帰ってきて)
という声が、何度も何度も、同じだけ、響いていた。
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