テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#溺愛
オレンジ
53
#役者パロ
530
#リクエスト募集中
人生で初めて国太書きます色々おかしい
窓外から差し込む夏の陽射しが、容赦なく教室の机を炙っている。蝉の声が遠くで沸き立つように響く中、放課後の教室には、ただ二人きりの気配が取り残されていた。
黒板には、明日の時間割と「期末試験」の四文字が、白々と大きく書かれている。
「……あー、もう駄目。私の頭の容量は、とうの昔に限界を迎えたよ、国木田くん。これ以上、数式を詰め込もうとしたら、耳から知恵熱の煙が噴き出して、そのまま儚く消え失せてしまう」
机に突っ伏した太宰治は、長い黒髪を机上に乱雑に広げながら、気の抜けた声をあげた。
制服のセーラー服の袖から覗く腕には、いつもと変わらず白い包帯が幾重にも巻き付けられている。彼女は最初から女の子として生まれ、この学校に通い、そしていつもこうして、隣の席の生真面目な男を翻弄していた。
その隣で、眼鏡の奥の目を鋭く光らせ、寸分の狂いもなくノートに数式を書き連ねていた国木田独歩が、ぴくりと眉を動かす。
国木田は手にしていたシャーペンを机にコツンと置くと、深く、重いため息を吐き出した。
「太宰。お前が一日一回は机に突っ伏して、ありもしない命の危機を訴えるのは、我が理想の予定表にも既に組み込まれている。だがな、泣いても笑っても期末試験は明日からだ。ここで赤点を取れば、お前が楽しみにしていた夏休みの計画はすべて白紙、地獄の補習が待っているのだぞ」
「補習なんて、この世で最も美しくない響きだねえ。いっそ国木田くんのその綺麗なノートを枕にして、そのまま永遠の眠りにつきたいな」
「ふざけるな! このノートは俺の血と汗と、そして明日の満点のために編み出された至高の結晶だ。お前の涎で汚されてたまるか!」
国木田は自身の眼鏡を押し上げながら、太宰の頭をノートから引き離すように、その長い髪の毛の先を軽く指で弾いた。
太宰は「痛いなぁ」と大袈裟に頭を抱えながらも、体を起こして、不満げに頬を膨らませる。
女の子としての太宰は、男子の時よりも随分と線が細く、身長も国木田の胸のあたりまでしかない。だが、その中身、つまり人を食ったような態度や、掴みどころのない本質は、何一つ変わっていなかった。周囲の男子生徒からは「黙っていれば絶世の美少女なのに」と遠巻きに囁かれているが、その実態を一番よく知っているのは、入学以来ずっと隣の席で苦労をさせられている国木田だった。
「だいたい、お前は頭が悪いわけではないだろう。授業中も碌に前を見ず、ノートの端に変な自殺の方法の挿絵ばかり描いているから、こうして直前になって慌てることになるのだ」
「人聞きが悪いなあ。私はいつだって、どうすれば苦しまずに、かつ美しくこの世とおさらばできるかを真剣に研究しているだけだよ。それはそうと、国木田くん。この、因数分解の応用問題というやつ、何度見ても記号がただの記号にしか見えないのだけれど」
太宰は、自分の真っ白に近い数学のワークを国木田の方へと押しやった。
そこには、問題の答えではなく、首を吊っている案山子のような奇妙な落書きがぽつんと描かれている。
国木田はそれを見て、額に青筋を立てた。
「お前という奴は……! いいか、よく見ろ。この問題は、まずここの共通因数を括り出すことから始めるんだ。公式の通りに当てはめれば、小学生でも解けるような構造になっている」
「ええー、国木田くんの説明は堅苦しくて、私の柔らかい脳みそには刺激が強すぎるよ。もっとこう、お菓子を分ける時のような、優しい例え話にしてくれないかい?」
「黙れ。これは数学だ。お菓子などという軟弱なもので例えられるか。ほら、ここに鉛筆を持て。手を動かさないから覚えないのだ」
国木田はそう言うと、太宰の細い手に無理やりシャーペンを握らせた。
太宰は観念したように、ふぅ、と小さく息を漏らすと、国木田の綺麗な文字が並ぶノートを覗き込む。
二人の距離が、少しだけ縮まる。
太宰の髪から、ほんのりと石鹸のような、女の子特有の淡い香りが漂って、国木田の鼻腔をくすぐった。国木田は一瞬だけ言葉を詰まらせたが、すぐにそれを振り払うように、声を一段と大きくした。
「……何を見ている。ノートではなく、問題を見ろ」
「見ているよ。でも、国木田くんのノートって、本当に一文字の歪みもないね。性格がそのまま形になったみたいだ。ねえ、もし私がこのノートの余白に、可愛いお化けの絵を描いたらどうする?」
「即座にお前の額に消しゴムを叩きつける。それから、放課後の掃除をすべて押し付けるからな」
「手厳しいなあ。女の子に対する扱いが、少しばかり雑じゃないかい? これでもクラスの男子からは、それなりに大事にされているというのに」
太宰はわざとらしく小首を傾げ、悪戯っぽい笑みを浮かべて国木田の顔を見上げた。
長い睫毛の奥にある、深い茶色の瞳が、夕暮れの光を浴びてきらきらと輝いている。
国木田は、その視線から逃げるように顔を背け、ふん、と鼻を鳴らした。
「お前を普通の女子として扱った結果が、これまでの数々の不祥事だろう。授業中に倒れたかと思えば単なる寝不足、家庭科の調理実習では怪しげな薬草を混ぜようとして未遂に終わり、挙句の果てには川で溺れているのを発見されて警察沙汰だ。これのどこに、大事にされる要素がある」
「それは誤解だよ。私はただ、川の水の流れがとても綺麗だったから、少し身を任せてみたくなっただけで……」
「それを世間では溺死の未遂と言うのだ! 本当に、お前が私の隣の席でなければ、私は今頃もっと平穏な学生生活を送れていたはずなのだ」
国木田は頭を抱えながら、机の上のペンケースから一本の消しゴムを取り出した。
そして、太宰のワークに描かれていた落書きを、容赦なく消し去っていく。
「ああっ! 私の傑作が!」
「うるさい。こんなものを描いている暇があったら、この数式を百回唱えろ。ほら、ここに数字を代入してみろ」
国木田に促され、太宰は渋々といった様子で、シャーペンの芯を紙に滑らせた。
さらさらと、小さな音が響く。
驚くべきことに、一度国木田が手順を示しただけで、太宰の手は迷うことなく正しい答えを導き出していった。彼女は、やれば誰よりも早く理解できる頭脳を持っている。ただ、その頭脳を使う方向性が、いつも常人とは少しずれているだけなのだ。
「……ほら、できた。どうだい、国木田くん。私はやればできる子なんだよ」
「わかっているなら最初からやれ。お前というやつは、いつもそうやって余力を残すから、周囲を無駄にハラハラさせるのだ」
国木田は、太宰が書き込んだ正解を見て、僅かに表情を緩めた。
しかし、それも束の間、太宰はすぐにまたシャーペンを机に放り出してしまった。
「やっぱり駄目だ。一問解いたら、お腹が空いてきちゃった。国木田くん、何か食べるもの持ってない? 私の鞄の中には、もう干からびた実の付いた枝くらいしか残っていないんだ」
「なぜ女子の鞄からそんな不気味なものが出てくるのだ……。はぁ、仕方がないな。これでも食って、少しは頭を冷やせ」
国木田は、自身の学生鞄の中から、丁寧に包まれた小さな袋を取り出した。
中に入っていたのは、市販の小さなチョコレートがいくつかだった。彼は予定を立てる男だ。勉強中の糖分補給として、あらかじめ用意していたものだろう。
それを差し出すと、太宰の目が一瞬で輝いた。
「わあ、さすが国木田くん! まるでお母さんみたいだね!」
「お母さんと言うな! 俺はお前の親になった覚えはない!」
太宰は嬉しそうにチョコレートの包みを開けると、それを口に放り込んだ。
もぐもぐと動く頬は、普段の小難しい顔や、人を煙に巻くような表情とは違い、年相応の女の子のそれだった。
「んー、甘くて美味しい。国木田くんの優しさが五臓六腑に染み渡るよ。ねえ、もう一個ちょうだい?」
「駄目だ。それは次の大問を解き終わってからの報酬だ。お前は少しでも甘やかすと、すぐに怠けるからな」
「ちぇっ、ケチだなぁ。じゃあ、次の問題を解いたら、今度は国木田くんの口から直接食べさせておくれよ」
「なっ……!?」
国木田は、思わず持っていたノートを落としそうになった。
太宰は、からかうような視線を向けたまま、くすくすと喉を鳴らして笑っている。
彼女にとって、国木田のこういう生真面目な反応を見るのは、何よりの娯楽だった。最初から女の子として周囲に認知されているからこそ、こういう冗談が、より一層国木田を動揺させるということを、彼女は完全に理解して楽しんでいた。
「お前は……! 女子の身でありながら、そんな破廉恥な冗談を軽々しく口にするな! 少しは恥じらいというものを覚えろ!」
「恥じらいなら、いつだって鞄の底にしまってあるよ。でもね、国木田くんがそんなに真っ赤になって怒るから、ついいじめたくなっちゃうんだよねえ」
「赤くなってなどいない! これは夕陽の光のせいだ!」
国木田は慌てて窓の外を指差した。
確かに、いつの間にか太陽は傾き、教室の中は茜色の濃い光で満たされている。
二人の影が、教室の床に長く、静かに伸びていた。
太宰は、その窓の外の景色をじっと見つめた。
その横顔には、先ほどまでの悪戯っぽい雰囲気は消え、どこか遠くを見つめるような、寂しげな陰が差している。
こういう時の太宰は、国木田であっても、その心の奥底を覗き見ることはできない。彼女が最初から女の子であっても、その魂の根底にある、深い孤独のようなものは、変わらずそこに存在しているのだと、国木田は感じることがあった。
「……国木田くん」
「何だ」
「試験が終わったらさ、一緒に海にでも行かないかい?」
太宰は、窓に視線を向けたまま、ぽつりと言った。
「海? なぜ急にそんなことを言い出す」
「いやね、夏休みだし、たまには国木田くんのその完璧な予定表というやつを、私の手で盛大に狂わせてあげたいなと思って」
太宰は、そう言って振り返ると、またいつものように不敵に笑った。
だが、その笑顔の裏にある本心を、国木田は無下にはできなかった。
国木田は、手元のスケジュール帳を一度開き、それから静かに閉じた。
「……試験の結果次第だ。お前が全科目で平均点以上を取り、補習を回避できたなら、一日の内の数時間程度、お前の我が儘に付き合ってやらんこともない」
「本当かい!? やったぁ! じゃあ、国木田くんに新しい水着を選んでもらおうかな。それとも、一緒に砂浜で心中する計画を立てる?」
「海に行くと言っただけで、なぜ心中になるのだ! それに、誰がお前の水着など……!」
国木田は再び顔を真っ赤にして拳を握りしめた。
太宰は、その反応に大満足したように、今度は本当に楽しそうに笑い声をあげた。
「あはは、冗談だよ、冗談。でも、国木田くんが約束してくれたから、私、明日の試験は少しだけ本気を出してみようかな」
太宰は再びシャーペンを手に取ると、今度は落書きをすることなく、ワークの次の問題に目を向けた。
「……本当に、少しだけだからな。私の予定を狂わせるなら、それ相応の覚悟を持ってもらうぞ、太宰」
「うん。期待しているよ、国木田くん」
オレンジ色の光に包まれた教室の中で、二人の声が重なる。
不条理で、噛み合わなくて、けれどどこか切っても切れない繋がりを持った二人の、短い夏の放課後は、試験前夜の静けさの中へ、ゆっくりと溶けていくのだった。
コメント
7件
国太♀もよき……あれ、太宰さんってもしかして誰とでもカプ組めるんじゃね……?ふふふふふふ(怖)
因数分解私も分からないから国木田くんの解説を聞くという口実でいちゃいちゃを見たい(?)
ああ、もうこの二人の掛け合いが本当に可愛くてたまらなかったです!女子太宰が国木田くんをからかう時のあの悪戯っぽい笑顔と、それに真っ赤になって怒る国木田くんのギャップが最高でした。チョコレートのシーンの「お母さんみたい」から「口から食べさせて」までの流れ、思わず声出して笑っちゃいましたよ。それでいて最後の「海に行こう」の提案の時の太宰の横顔の寂しげな陰りが、彼女の本当の深さを感じさせて、とても心に残るエピソードでした。試験の結果がどうなるか、続きがすごく気になります!