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「手を繋いでも……いいかな?」
鎖骨までの黒髪の毛先と制服のスカートの裾を風で揺らしながら、彼女が言った。
頬を赤く染め、モジモジしている。
差し出された手に俺の手を重ねると、緊張しているのかほんのりと汗ばんでいた。
トクゥン
「行こう?」
「う、うん」
いかん。
放課後の青春シチュエーションに惑わされるな。
俺は三十四歳。子持ちのサラリーマンだぞ!
大人の俺がどうして女子高生と制服デートする羽目になったのか。
全てはあの恐ろしい土曜日から始まった――
◆◆◆
「ふひゃあ!」
「変な声出すなよ、総司」
「だってメルリィのフィギュアにトレーナーにポスターだよ!?」
助手席に座る息子の総司が、戦利品が詰まった大きな紙袋を愛おしそうに抱えている。
十月下旬の夜は肌寒い。しかもここは山道だし、大雨だから普段より冷えている。俺は車の暖房を入れた。
せっかくの土曜日にどうしてこんなところを走行しているのかというと、総司が今日開催の声優ライブに行きたいと懇願してきたからだ。
「あんまり無駄遣いするなよ」
「俺はいつも買い食いも寄り道もしてないよ」
「父親としてはむしろそっちに遣って欲しいんだけど」
ヘッドライトの灯りだけでは視界が悪い。
「アニメばっかり観て友達と遊びに行かないし」
「父さんは昔声優だったんだからオタクの気持ちはわかるだろ!?」
「俺は収集の趣味はなかったけどな」
エナジードリンクを一口飲んだ。
昨夜の残業のせいで疲れているこちらとは対照的に、十七歳の総司は元気溌剌だ。
俺はまだ三十四歳だが、高校生と比べるとやはりおっさんだな。
年齢おかしくない?
そんなことは、今までに何度も言われてきた。
珍しいかもしれないが、総司は正真正銘俺の息子だ。高校二年生のとき、同い年の相手との間にできた。
コミュ障のオタクだが、可愛いことに変わりはない。それにこの性格は家庭環境のせいかもしれないから、俺にも責任があるしあんまり強く言えない部分が――
「父さん!」
「おう?」
「今雷の音が聞こえなかった!?」
「そうか?」
「怖いから早く帰ろうよ」
「天気の悪い日こそ速度を出さない安全運転が――うわっ!」
耳を覆いたくなるような雷鳴が轟いて、俺の身体は飛び上がった。
「ふう……びっくりしたっていうか……はっ!?」
急に何かが飛び出してきて、驚いた俺は反射的にハンドルを切ってしまった。
見えたのは禍々しい光る瞳。耳がピクピク動いて茶色くて小顔で足が細長い。どうやら鹿のようだ。キュートな外見も夜の山道では化け物に見える。
コンマ数秒。
大きな音に合わせて身体が倒れてハンドルにぶつかった。
「父さん!?」
総司の声で我に返って上体を起こし、フロントガラスの先を見て状況を理解した。
俺の運転ミスのせいで、車がガードレールを突き破って落下している。
落ちたら、死ぬ。
――パパぁ、カブトムシ捕ったよ!
こんなときに頭に浮かぶのは、小さい頃の総司の姿。総司だけは守らなければ。
俺はシートベルトの制止を力技でねじ伏せて助手席に身を乗り出し、覆い被さりながら総司を抱き締めた。
神様、どうか息子のことだけは助けてください。
◆◆◆
目を開けると、天国と呼ぶには安っぽい、多少黄ばんだ天井が見えた。
手足の指を動かそうとしたら、素直に動いてくれた。
指先にパキッとしたシーツの感触。消毒薬の匂いもする。
「あ、目が覚めましたか?」
開きっぱなしのドア。廊下を歩いていたらしい若い看護師さんが近寄ってきた。
ていうか、どうして看護師がいる?
途端に記憶が戻ってきて、サーッと血の気が引いた。
「あのっ、もう一人ここに運ばれましたよね!?」
俺は勢いよく上体を起こして、近くにきた看護師さんの腕を掴んだ。
「大丈夫よ。奇跡的に二人ともほぼ無傷でした」
「よかった……えっと……息子は……」
どこですか? と、尋ねようとしたらドアの向こうから声がした。
「目が覚めたのね!」
ゆるく巻いた金髪を揺らしながらズカズカ向かってくる。毛皮のコートを身にまとい、室内なのにサングラスを装着して芸能人オーラをまき散らしている彼女は、俺の元妻の麗羽だ。
目頭が熱くなった。
麗羽は総司の学校のイベントがあるときくらいしか会いにきてくれないが、母親の仕事を隠したい総司はもう何年も「くるな」と言い続けている。
だから麗羽の姿を生で見たのは本当に久しぶりだ。
「麗羽! 俺のことを心配してくれるのか!? 俺たち別居して長いけど、やっぱり家族は一緒に暮らしたほうがいいと思うんだ。三人でやり直そ――」
「コラッ! 麗羽じゃなくてママでしょ!」
「は?」
「いつから人を呼び捨てにする子になったの?」
「十七年前から?」
「頭を打ったせい? ねえ、総司。大丈夫?」
総司?
元夫と息子を間違えるなんて、ダメすぎないか。
「料理も掃除もできない女だけど、そこまでダメとは思ってなかったのに」
「いい加減にしないとママ怒るわよ」
「うわっ、急に顔を近付けてくるなよ。キ、キスとかさ……久しぶりすぎて心の準備ってもんが。最後はいつだっけ? 十年前かな。結構経っちゃった……な……?」
キスを避けるために顔を背けると、夜の窓に映る自分の顔から目が離せなくなった。
ところどころ外に跳ねた癖っ毛の黒髪は、いつもの俺と同じ。だけど違うのは前髪が長いこと。今は怪我の確認のためか斜めに流されているが、垂らせば顔を隠せそうだ。
俺は営業的な仕事をすることもあるから上司に怒られないようにいつも短髪にしているので、そんなはずはない。
ベッドから身を乗り出して窓に顔を寄せると、よりはっきりと見えた。
「れれれ麗羽!?」
「だからママって――」
「俺、総司?」
「本当に大丈夫?」
「俺……俺……俺えええええ!」
「総司!?」
俺は感情に任せて頭を抱えてぶんぶん振った。ガンガンするけど、止められない。
「総司になってるううう!?」
「酷い事故だったそうだし、まだ混乱しているのね」
「な、なあ!? 俺……じゃなくて父さんにはどこに行けば会える!?」
「それが……」
麗羽の顔が曇った。
彼女の代わりに、看護師さんが教えてくれた。
「パパは別の個室にいて、まだ目覚めていないんです」
俺の魂が総司の中に入っているなら、総司の魂はどこに行ったのか。
目覚めていない以上確認はできないが、俺の身体に入っていると考えるのが妥当だ。
その場合は、俺の身体が生きているなら総司も無事に生きているということになる。
「ねえ、総司?」
総司の身体が今目覚めたのだから、俺の身体だってもうすぐ目覚めるはずだ。
そしたら総司と相談し合って解決策を探らないと。
「総司ってば!」
麗羽の声にびっくりして思考が止まった。
「な、何?」
「今日はママの家に泊まりなさい」
「あーうん……じゃない、ダメ! 自分の家に帰る!」
「どうして? 事故に遭ったばかりだし、パパがいないと一人になるのよ?」
「俺は一人で大丈夫だし!」
「パパがしばらく目覚めないようなら、ママのお家に引越してきなさい」
「え?」
「当然でしょう? まだ高校生なのだから」
総司の身体で、麗羽と暮らす?
俺はしばし考えて、ゆっくり口を開いた。
「……嫌だ」
「どうして!?」
「俺、一人で父さんを待つ!」
今俺が総司として麗羽の家に行ったら、元の身体に戻った後本物の総司がずっと麗羽の家で暮らす流れになるかもしれない。
総司が七歳のときに俺は麗羽と離婚することになったが、親権は譲るつもりだった。
けれども総司が、『パパのごはんのほうがママより美味しいからずっとパパと一緒にいる』と言って自らの意志で俺についてきたのだ。
それなのに目が覚めたらママの元でとんでもなくマズいごはんを食べる羽目になるなんて、可哀想すぎるだろ!?
おまけに俺は総司を幸せにしようと家事を頑張り、学校行事やPTAの会議にも積極的に参加してきた。他の保護者たちからスーパーダディと言われるほどに全力だった。
家族三人でやり直せるならまだしも、手塩に掛けた息子をただ奪われるのは辛すぎる。
「母さんは声優や養成所の講師の仕事でほとんど家にいないだろ。そんな状況で一緒に暮らしたって、場所が変わった一人暮らしだし」
「一理あるわね」
案外素直に納得された。
「それでも一人にするわけには……」
「じゃ、じゃあさ、少しだけ様子を見てくれよ! 俺がきちんとできたら認めて、できなかったら母さんの家に行く。それでいいだろ!?」
◆◆◆
さて、とんでもない事態になったわけだが、俺は深夜に一人タクシーに乗って世田谷区の外れにある小さな一軒家に帰った。
俺の身体はまだ目覚めていない。
怪我はほとんどないのに意識だけが戻らないのだ。ショックが大きかったからかもしれないと医師は言っていたが、死んでいない以上きっと目覚めてくれるはずだ。
「それまで総司の日常を守るぞ!」
決意したはいいが、サラリーマン斉木智正として片付けなければいけないこともある。
会社のパソコンに、月曜日に提出予定だった大事な企画書が入っているのだ。
アレを提出しないとマズい。あの内容で進めないとめちゃくちゃ損失が出る可能性があるしヤバいぞ。
パソコンだけなら他の社員でもロックを解除することはできるだろうが、俺がセキュリティ対策をしすぎたせいで他人には発見できない場所に企画書を保管している。
方法は一つ。
会社に侵入して、クラウド上の共有フォルダに移すしかない。
翌日の早朝に家を出て、渋谷にある四階建ての自社ビルに辿り着いた。
侵入方法はシンプルだ。社員証を使ってドアの横のカードリーダーをピッとするだけ。
俺が働いているのは中規模の芸能プロダクション。社員の誰かしらは土日も出勤しているが、早朝なら誰もいないだろうという算段だ。
「よし、計画通り」
向い合せのテーブルが三つずつ二列並ぶコンテンツマネジメント部のオフィス。真ん中にある俺のデスク上のパソコンを起動し、企画書をクラウド上にある共有フォルダに入れた。
セキュリティ的にはダメなことだが、緊急だから仕方ない。
「へへっ。スパイの気分だな」
心臓がバクバクする。
やっとパソコンのシャットダウンまで終わり、俺は気が抜けて伸びをした。
ちょろいちょろい。さあ帰ろ――
ガチャ
ワーグナーの『ワルキューレの騎行』が頭の中を駆け巡った。
おそるおそるドアに目をやると、オフィスカジュアルな格好をした長い茶髪の女性が立っている。
「そ、総司君?」
彼女はそう言って目を丸くした。
小長谷七海――事務担当の二十六歳。俺の後輩で、総司のことも知っている。
「こ、小長谷さん」
「どうしてここにいるんですか?」
「えええええっと」
パソコンは閉じ済みだから勝手にいじったことはバレていないだろうが、切り抜ける言い訳が必要だ。
困ってしまってズボンのポケットに手を突っ込んだら、堅いものに当たった。
引っ張り出すと、ピンクのツインテールにパンツが見えそうな白いミニワンピースを着たアニメキャラクターのキーホルダーだった。
「これは……!」
うちに所属している人気アイドル声優の芹澤紗世が演じている、昨日総司がしこたまグッズを買ったキャラクターだ。
これだ!
「どうしても紗世ちゃんに会いたくて!」
「どういうことですか?」
「紗世ちゃんが演じたこのメ……メ?」
名前、何だっけ。
くそう。ここまで出かかっているのに出てこん。
ええい。こうなればヤケだ。
小長谷さんに向けて、俺はキーホルダーを突き出した。
「げほげほ……あー乾燥してるから咳が出たー。つまり俺はこのキャラが大好きで、紗世ちゃんに会いたくて侵入したんだ!」
「……」
沈黙が重い。
おい、小長谷さん。何か言ってくれ。
しかも無表情かよ。ドン引きされるほうがまだ楽なのに。
「……そっか。総司君、メルリィのことが大好きなんですね」
メルリィ。
そうだ。そうそう。
すっきりした!
「でもね総司君。勝手に侵入したらダメです。このやり方は紗世ちゃんも怖がると思います。推しには近付きすぎないのがルールで――」
「紗世おおおお!」
野太い叫び声に、か細い小長谷さんの声が掻き消された。
俺たちが廊下に出ると、奥からスーツを着た小太りの中年男性が走ってきた。
汗をかいているせいでラーメンを食べている最中みたいに眼鏡が曇っている。
「紗世のマネージャーさんじゃないか」
「知ってるんですか?」
「あ……父から聞いたから」
「なるほど。総司君のお父さんは紗世ちゃんのミーチューブやSNSのプロモーション責任者ですもんね」
マネージャーさんは俺たちの前で止まった。
「はあ……はあ……紗世……いない」
「大丈夫っすか?」
「だいじょぶ……紗世……ぜー……はー……探して……」
マネージャーさんはその場に四つん這いになってしまった。
「紗世ちゃんまた撮影から逃げ出したんですね」
「紗世の奴ワガママ姫っぷりが加速してるな。裏方に好かれないと芸能界には長くいられなくなるのに」
「総司君……?」
「ふへっ!? 父がそんなことを言ってたような気がする! そ、そうだ。俺紗世ちゃんが隠れてる場所わかるかも」
俺は走って廊下の角を曲がり、休憩室に駆け込むなり隅にある冷蔵庫の陰を覗いた。
「見つけた!」
案の定、体育座りで縮こまっている紗世がいた。
へそのあたりまで伸ばした黒のロングヘアで、頭の両サイドにリボンをつけているフランス人形のように可愛い色白の美少女。
声優としての演技力うんぬんより、本人が超美少女という理由で一躍スターに上り詰めた存在で、ファンだけでなくアンチも多い。
「あんた誰!? マネージャーの回し者!?」
「そんな感じ。でもまたここに隠れたんだな」
「また?」
「隠れるにしてももっといいとこがあるんじゃないか?」
「ここはあったかいし居心地がいいのよ」
「猫かよ。ていうか、いい加減にしろよ紗世。お前のためにたくさんのスタッフさんたちが働いてるのに!」
「はあ?」
「一人でも輝けるっていうなら好きなだけ逃げてもいいと思うけどな」
じとっと睨みつけてくる紗世を見下ろしながら、俺は溜め息を吐いた。
「一人でミーチューブの撮影や編集をやったり、観客が一人か二人しかいないご当地イベントでパフォーマンスしたりする勇気はないだろ? だったらスタッフさんたちに迷惑を掛けちゃダメだ」
「うるさい! だからあんた誰よ!?」
「俺は斉木――」
やべっ。本名言っちゃうところだった。
「斉木総司だ」
「斉木って……」
「うわっ!? コラ、何をする!?」
紗世が俺の長めの前髪をかき分けて、凝視してきた。
「そっくり。まさか斉木智正の親戚?」
「息子だよ」
「息子……? え、でもあいつまだ三十代前半とかだよね? あんた高校生くらいだよね?」
「そうだぞ。俺が……いや、うちのパパが十七歳のときに生まれたのが俺」
「ふーん。息子がいるってことは父親もきているの?」
「一応きてない」
「一応?」
「心は存在してる」
「よくわかんないけど、何年生?」
「高二」
「クソガキじゃん」
「同い年だろーが」
紗世がきょとんと首を傾げた。
「あたし年齢非公開なんだけど」
「お、俺、紗世ちゃんのファンだから!」
「まあデビューしたときに取材先のミスで年齢が出ちゃったことあるから、ファンなら知っていても不思議ではないわね。でも本当にあたしのファン?」
「めちゃくちゃファンだぞ」
「ファンはこのあたしにそんなムカつく態度取らないと思うんだけど」
「い、いいから早く現場に戻れ!」
そのとき、俺を追い掛けてきたらしい七海とマネージャーさんが休憩室に入ってきた。
「ふんっ。ガキのくせにこの紗世様と堂々と喋れた根性は認めてあげるわ。だいたい皆緊張してどもったりあたしの目を見て話せなかったりするから」
そりゃあそうだろう。ほとんどの男子高校生は推しに会ったら緊張するだろうし。
「紗世!」
呼吸を整えたマネージャーさんが紗世の腕を掴み、立ち上がらせた。
「ちぇっ。捕まっちゃったか」
「逃げるなんてやめてくれよ!」
「マネージャーさんの言う通り。逃げるなんて言語道断だ」
「斉木総司、童貞っぽい顔してるくせにうっさいわよ」
「確かに童貞だろうが、悪口に使うなんて酷いだろ! 早ければいいってもんじゃないんだぞ!」
「あーあ。この童貞に免じて今日は働いてやるか。ねえ、マネージャーさん。ギリシャヨーグルトとアイスティー買ってきて」
「仕事してくれるなら何でも買ってくるぞ!」
紗世とマネージャーの背中を見送り、残された俺は溜め息を吐いた。
十七歳の身体になってまで、ワガママな小娘の機嫌を取るなんて虚しい。さっさと帰ろう。
「小長谷さん、俺もう帰るから」
「総司君が紗世ちゃんに説教する姿、お父さんみたいでした」
「ははは……」
俺は愛想笑いで誤魔化して、逃げ出した。
翌朝――
遂に総司のフリをして高校に行く日がきてしまった。
総司との生活を麗羽に奪われないためにも、完璧に高校生を演じてやる。
「ふー」
気合いを入れるために、校門の前で深呼吸した。
総司の長い前髪はダサいから切って全体をワックスで整えたし、それなりにイケている男子高校生になっただろう。
うん。大丈夫。
両頬を手のひらでパシパシ叩いていると、背後に気配を感じた。
「総司君、立ち止まってどうしたの?」
「新しい朝だし、気合いを入れて……いて?」
振り返りながら、俺の声はどんどんしぼんで目が点になった。
眼前に立つ少女の、あまりの美しさに。
鎖骨までの黒髪は毛先までつやつやで、天使のわっかが輝いている。
くりくりした大きな目に、くるんとカールした長いまつ毛。
高いのに小さくて形のよい鼻に、若いからとかそういう次元でなくAIといわれそうなくらい肌が綺麗だ。
どこかの芸能プロダクションの新人か!?
「総司君?」
「……」
「おーい、総司君?」
目の前で手をブンブンされて冷静になった。
「お、おう。おはよう」
「いつもと雰囲気が違う……かな?」
「ははっ。そうかな?」
「今日はその――カッコイイね。私、ドキドキしちゃった」
「!?」
俺の胸が、銃で射抜かれたかのように衝撃を受けた。
彼女の頬を赤らめてモジモジしているその姿。男心をくすぐりすぎる。高校生の時点でこんな振る舞いをしているなんて、末恐ろしい小娘だ。
「ふふっ。先に行くね」
彼女の背中を見送りながら、俺はまだ胸の高鳴りを押さえられずにいた。
「凛~! おはよ!」
一人の女子高生が、相変わらず突っ立ったままの俺の横を通り過ぎて先程の美少女を追い掛けた。
どうやらあの子は、凛というらしい。
凛――
俺は三十四歳。人並みに女性慣れはしてきたはずの大人なのに。子供にドキドキさせられた。
きっと高校という非日常なシチュエーションに酔いしれただけだ。
冷静にならなければ。俺はもう一度深呼吸した。