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『再会から始まる、１０年越しの想い』～m×k～
Side康二
古びたアパートの階段を、ちいさな足音が駆け上がってくる。
俺は麦茶を注ぎながら、玄関のドアをそっと見た。七月の蒸し暑い夕方。蝉の声が網戸越しに響いている。
扇風機が、かたかたと頼りなく回る音が部屋に広がっていた。
「……来たかな」
控えめにノックの音がして、すぐに元気な声が聞こえた。
「せんせいーっ！」
俺は笑いながらドアを開ける。そこに立っていたのは、目黒君――通称めめ君。
黒くて大きな瞳、日焼けしたほっぺ、そしてランドセルよりも少し大きめのリュックを背負っている。今日も、おそらく中に詰まってるのは教科書とおやつ。
「いらっしゃい、めめ君。暑かったやろ、入って」
「うん！」
俺の部屋は、決して広くない。六畳一間、台所と押し入れがあるだけの古い部屋。
でも、めめ君はいつもここに来るのを楽しみにしてくれてるらしい。俺の家で勉強をするのが、どこか“特別”らしい。
ちゃぶ台の前に座った彼に麦茶を渡すと、「ありがと！」と屈託なく笑った。俺はその笑顔を見るたびに、不思議な気持ちになる。十歳も年が離れてるのに、どこか心をつかまれる。
「じゃあ、今日も宿題からな」
「うん……」
めめ君はランドセルからノートを取り出し、俺の隣にぴたりと座る。
夏の子どもの体温は、思ってるよりも高くて、ちょっと汗ばんだ腕が俺の肘に触れた。俺は意識しないふりをして、ノートを覗き込む。
「漢字、書けるようになってきたな」
「せんせいのおかげだもん」
真っ直ぐな目で、にこっと笑われると、何も言えなくなる。子ども特有の無防備さ。
でも、その瞳の奥には、時々年齢よりもずっと深いものを感じる。
そんな時だった。ノートの端にペンを走らせていためめ君が、急に俺の顔を見上げた。
「せんせい」
「ん？」
「せんせい……ぼくとけっこんして」
俺の中で、時間が止まった。
扇風機の風が、めめ君の髪をふわりと揺らす。蝉の声が、さっきよりも遠くに感じた。
「……え？」
思わず、聞き返してしまった俺に、めめ君は真顔のまま、もう一度はっきりと言った。
「ぼく、おとなになったら、せんせいとけっこんしたいの。だって、せんせいのこと、だいすきだから」
何かの冗談でも、子どもらしいごっこ遊びでもない。彼は本気だった。小さな指先が俺のシャツの裾をそっと握っている。その温度が、妙に生々しかった。
「……めめ君、それは……」
どう言葉を返せばいいのか、わからなかった。十歳の少年に「結婚しよう」なんて言われて、真剣に受け止めてしまう自分にも驚いていた。
「今すぐじゃなくていいの。ぼく、大きくなるから。だから、ほかの人とけっこんしないで。ね？」
俺の小指を、小さな指でそっとからめてきた。
――赤い糸なんて見えなかったけど。
それでも、その瞬間、なにかが指先から胸に染み込んできた気がした。
「……わかった。じゃあ、大人になってから、もう一回ちゃんと言いに来てな」
「ほんとに！？ やくそくだよ！」
満面の笑顔で、小指をぎゅっと引かれた。俺は、笑いながらも胸の奥がざわつくのを感じていた。
ああ、俺は――この子のその言葉に、本気で心を揺らされてしまっている。
――――――――――――――――
数年後
窓の外では、冷たい雨がしとしとと降っていた。
七月だというのに、夜風はどこか肌寒くて、俺は部屋の灯りを少しだけ暗くして、缶ビールのプルタブを静かに引いた。
ぷしゅっという音とともに、じわりと立ちのぼる泡。
いつもなら炭酸の強いハイボールを選ぶんだけど、今日はなぜか、苦いビールがしっくりきた。
小さなちゃぶ台の上には、一人分の晩ごはん。レンチンした焼き鳥と、コンビニで買ってきた枝豆。
たいしたものは何もない。
でも、それでいいと思えた。
「……変わってしまったな、俺」
そう呟きながら、口に含んだビールの苦みが、妙に懐かしく胸に染みた。
家に子供を呼んで勉強を教えてた自分。まだ若くて希望があったあの頃の自分。
ふと、思い出す。
――「せんせい、ぼくとけっこんして」
まるで昨日のことみたいやった。
小さな声、真っ直ぐな瞳、小指をそっと絡めてきた、あの子の手。
「……めめ君、今何歳やろ……」
ぼんやりと、指折り数えてみる。
俺が大学三年のとき、あの子は小学二年生やった。十歳差――。
「……てことは……もう、十八？」
びっくりして、ビールの缶をテーブルに置いた。
そんなに月日が経ってたのか。あの頃の記憶は、俺の中でずっと柔らかく、止まったままになってた。
俺は社会人になって、転職して、気がつけばもう二十代後半。
人付き合いもそこそこに、ひとりの生活に慣れてしまっていた。
あの小さな手を握っていた自分は、もういない。めめ君も、当然、あのままの姿ではない。
「……さすがに忘れてるやろ、あんな子どもの約束なんて」
自嘲気味に笑って、また一口ビールを飲んだとき。
――ピンポーン。
インターホンが鳴った。
この時間に？ 時計を見ると、午後九時を過ぎていた。配達でもない。友人もいない。しばらくの間、動けなかった。
「……誰や」
ゆっくりと立ち上がり、玄関のドアを開けると。
――そこに、いた。
雨に濡れた黒髪。すっとした長身。大きな瞳と、まっすぐな視線。
「……こんばんは、せんせい」
低くなった声に、心臓が跳ねた。
「……めめ……君？」
彼は少し笑った。
懐かしい、でも確かに大人びた笑み。あの頃の幼さを残しつつも、もう少年ではなかった。
「久しぶりです。……何年ぶりかな」
「……五年、いや、六年か……」
言葉にならない思いが、胸を熱くする。なんで急に。どうして今。
言いたいことは山ほどあるのに、声にならなかった。
「覚えてますか、あの時のこと」
あの時の事…まさか…
俺は黙ってうなずいた。
めめ君は、真剣なまなざしで言った。
「俺、大人になったら、もう一回ちゃんと言いに行くって、約束……しましたよね？」
雨のにおいと、静かな風。玄関の前に立つ彼の姿は、あまりにも現実味がなくて、夢の中にいるようだった。
でも確かに、今ここにいる。
子どもの声ではなく、大人の男の声で。
「せんせい。――もう一度言わせてください」
彼の唇が、ゆっくりと動いた。
「俺と、結婚してください」
心臓が、痛いほど跳ねた。
―――――――――――
Side目黒
はじめて、そのひとに会った日。
ぼくは、ランドセルのベルトが肩にくいこむくらいドキドキしてた。
「家庭教師の人に頼んだからね」って、お母さんに言われたとき、ぼくは“こわい人だったらどうしよう”って、そればかり考えてた。
大きな声で怒る人とか、ずーっと漢字ばかりやらせる人だったら、もう、お腹いたくなっちゃう。
でも――ドアを開けたら、その人は、ぜんぜんちがった。
「やあ、きみが目黒くんやな。よろしくなぁ」
やさしくて、あったかい声だった。
笑った顔が、太陽みたいだった。
お兄さんみたいに背が高くて、細くて、でも、笑うと子どもみたいにくしゃってなる目元が、なんだか……すごく、ずるい。
「あ……うん。よろしく……」
うまく言えなかった。声がうわずって、少し顔が熱くなった。
ちゃぶ台の向かいに、先生――康二先生が座る。
ぼくは、ドキドキしすぎて、えんぴつを何度も持ち直した。
「よし、じゃあまずは、好きな教科からやってこか。漢字？ さんすう？ なにが得意なん？」
「……えっと……どっちも、すきじゃない……」
正直に言ったら、ふふっと先生が笑った。くすぐったい笑い声だった。
「正直でよろしい！ よし、じゃあまずは“すきになれる”ところから探してこな」
言葉は大人っぽいのに、声と笑顔は子どもみたい。
不思議だった。
“大人”って、もっとかたくて、つめたくて、こわいと思ってた。でも、先生はちがった。なんだか、あったかい。
それに、いいにおいがした。洗濯したてのシャツのにおいと、やさしいミントみたいなにおい。
ノートを広げて、先生がぼくの隣にすわったとき、少しだけ肩が触れた。
びくってしたけど、先生は気づいてないふうに、さらさらと字をノートに書いていく。
「“星”って字、書けるか？」
「……ほし？」
「そう、夜の空に光ってるやつな。これは“日”って字と、“生きる”って字がくっついてるんやで」
「えっ、生きてるの？」
「そや。昔の人はな、星は“生まれた光”やと思ってたらしいわ」
先生の声が、すこし低くて、静かで。
字の説明なのに、なんだか詩みたいに聞こえた。
「……きれい」
思わず言ってしまった。
星のことじゃなくて――たぶん、先生のことを、言った。
でも、先生は気づかずに笑って、「せやなあ」って言った。
そのあとも、先生と一緒にノートに字を書いて、たまに話をして、間違えて、笑って。
気づいたら、ぜんぜんつまらなくなかった。むしろ、楽しかった。嬉しかった。帰らないでほしいって、思った。
「来週も、来てくれる？」
「もちろんやん。毎週、水曜と金曜やったな」
「……よかった」
それを聞いて、胸のなかが、ポンッてなった。熱くて、ふわっとして。言葉にならないきもち。
お母さんが呼んで、先生が帰ってしまったあと、ぼくはひとりで机の上を見つめてた。
先生が書いてくれた“星”の字。
きれいな字だった。だけど、ぼくの胸の中は、もっとごちゃごちゃしてる。
なんで、帰らないでほしいって思ったの？
なんで、先生が笑うと胸がぎゅってなるの？
なんで、となりに座るだけで、心臓がドクドクしたの？
そして――
「……これは、“こい”？」
小さくつぶやいたその言葉は、自分の声じゃないみたいだった。
でも、それ以外に言いあらわせない、あの気持ちの名前を、ぼくはどこかで知っていた。
胸の奥が、ふるふる震えてるみたいに、あたたかい。
会いたいなって、思ってしまう。会っても、緊張して目をそらしたくなるのに。
これが、こい――。
そう思ったそのとき、ぼくの中の何かが、音もなく、芽を出した。
「せんせい、ぼくとけっこんして」
あのとき、あの一言は、ただの“子どもの可愛い冗談”だったかもしれない。
少なくとも、先生はそう受け取ったんじゃないかな、って思う。
だって、先生は笑ってたから。
いつものあったかい顔で、「じゃあ、大人になってから、もう一回ちゃんと言ってな」って、そう言った。
でも――あれは、ほんとうに本気だった。
子どもだったけど、冗談なんかじゃなかった。
僕の中では、はっきりしてた。あれは“好き”って気持ちの、一番まっすぐなかたちだった。
先生のことを思うと、胸の奥がぎゅうっと苦しくなって、顔が熱くなって、でも見たくて、話したくて、隣にいたくて――。
その全部をまとめたら、「けっこんして」って言葉になった。
それしか知らなかった。
でも、それしか言えなかった。
その日から、僕の中に、ひとつだけ強い気持ちが生まれた。
「先生に、好きになってもらえるようになりたい」
それは、いつかまた“本気で”あの言葉を伝えるために。
先生に、子どもとしてじゃなくて、“一人の男”として見てもらうために。
時間は過ぎて、小学校を卒業した。
中学生になって、制服を着て、電車に乗って新しい学校に通うようになった。
家庭教師はもう終わっていたけれど――先生のことは、ずっと頭から離れなかった。
―――――――――だから、俺は変わろうと思った。
苦手だった勉強も、がむしゃらにやった。
テストの点数、クラスの順位、先生に言われたちょっとした一言まで、全部が自分の中で意味を持つようになった。
「できるようになったね」って言ってくれた、あの笑顔をもう一度見たくて。
部活では誰よりも汗をかいて走った。
何度も膝を擦りむいて、筋肉痛で階段を登れない日が続いたけど、それでも俺はやめなかった。
「一生懸命な姿がかっこいい」――先生がそう言ったから。
その言葉ひとつが、俺のエンジンだった。
鏡を見て、幼さが残る輪郭にため息をついた夜もある。
少しでも大人に見えるように、髪型を変えてみたり、服を選び直してみたり、眉毛の形を整える練習をしたり。
中身が追いつかなくても、外見からでも近づきたかった。
「先生の隣に立てる自分」っていうのが、どんなふうか、毎日考えてた。
本気だった。
小学生の頃の「けっこんしてください」が、ただの冗談とか、子どもらしい空想だったなんて、絶対に言いたくなかった。
俺の中ではあれが始まりだった。
その一言で、俺の人生の「好き」の基準は決まったんだ。
“先生に好きになってもらえる自分になる”
その目標だけで、何年も走ってこれた。
俺が何かを頑張るたび、胸の奥ではいつも、先生が見てくれてるような気がした。
何かをやり遂げるたびに、胸のどこかで「今の俺、少しだけ誇れるかも」って思ってた。
いつか会えるなら、そのときにはもう――子どもじゃなくなっていたい。
軽くあしらわれるような“可愛い後輩”でもなく、“昔の教え子”でもなくて。
ちゃんと、“一人の男”として、先生の前に立ちたかった。
だから今も、俺は走り続けてる。
あの日の告白を、“想い”に変えるために。
――――――――――――
Side康二
「俺と、結婚してください」
心臓が、痛いほど跳ねた。
一瞬、現実の輪郭がぼやけたような気がして、目の前の彼の姿を確かめるようにまじまじと見つめてしまった。
黒髪はしっとりと濡れて、前髪から一滴、ぽたりと落ちる。
背はすっかり俺より高くなっていて、顎のラインは大人の男のそれだった。
あんなに小さかったのに。俺の袖をつかんでた、ちいさな手だったのに。
「……っ、めめ君……？」
その瞬間だった。
ふわり、と。
雨の湿気をやさしくまとうように、彼の腕が俺の肩に回されて――次の瞬間、俺は、抱きしめられていた。
「は、め、えっ……？」
驚いて言葉にならない俺の耳元で、めめ君が小さく笑った。
「先生、彼氏いないよね？」
「……はっ？」
その問いが頭に届くより早く、彼の鼻先が俺の首筋に触れた。
「……あー……先生、いい匂い」
まるで安心するみたいに、子どもの頃みたいに、そう言いながら頬を俺の首元にすり寄せてくる。
くすぐったくて、でも、振りほどくタイミングを完全に逃していた。
「せんせい、先生……会えてよかったぁ」
雨で少し冷えた体温。けれど、その言葉には、熱がこもっていた。
懐かしい声。でも、低くなった。
あの頃とはちがう、深い響きが胸に染み込んでくる。
「……ちょ、まっ……めめ君……なにしてんの……」
抵抗しようとしたけれど、肩をぎゅっと抱かれたまま、まるで子犬みたいにすり寄ってくる彼に、俺の力はどこかへ逃げていった。
香りがした。
石けんと、雨と、ちょっとだけ汗の匂い。懐かしくて、くすぐったいにおい。
こんな近くで、誰かに抱きしめられるなんて、久しぶりだった。
それが、あの、あのちっちゃかっためめ君――信じられなかった。
「……え、え、どういうことなん……」
混乱したままの俺の頭の中をよそに、めめ君はさらにぐっと力を込めて、俺の身体を自分の胸元へと引き寄せる。
いつの間にこんなに大きくなったんや。
俺の頬が、彼のシャツにすべって触れた。心臓が、また跳ねた。
「俺ね、ずっとこうしたかった。……本当に、ずっと」
その声は、真剣だった。
子どもだった頃の純粋さを残したまま、大人の体温と強さをまとった声音。
俺は、完全に呆気にとられていた。
振りほどくことも、笑ってごまかすこともできなかった。
胸の奥で、懐かしさと戸惑いと、なにかあたたかいものがぐるぐる渦巻いていた。
「ほんまに……、めめ君なん……？」
問いかける俺の声は、情けないほどに掠れていた。
それでも、めめ君は優しくうなずいて、小さく囁いた。
「そうだよ、先生。俺だよ。――先生に“会いに来た”俺」
その言葉が、胸の奥にゆっくりと、深く沈んでいった。
「俺ね、ずっとこうしたかった。……本当に、ずっと」
その囁きが、耳元でじわりと響いて、胸の奥にまで届く頃には、俺の手はもう宙を彷徨っていた。
抱きしめられているのに、拒めなかった。温かくて、どこか懐かしくて、でも明らかに“男の腕”になっていたその包囲に、体が言うことをきかなかった。
けれど――次の瞬間。
「――っと、ストーップ！！」
俺は両手をぱんっと広げ、ぐいっとめめ君の体を押し返した。
「ちょ、ストップ！ めめくん！！」
強めに言ったのは、自分を取り戻すためでもあった。
顔が、耳まで熱い。心臓はばくばく言ってる。
だけど、“先生”として、ここでなぁなぁになるわけにはいかん。
ぐいっと距離をとって、改めて彼の姿をまじまじと見つめた。
「……って、めめくん……制服やん！！」
ネクタイが少し緩んだままの高校の制服。
雨で肩が少し濡れていて、でもそのままの姿で堂々と立ってる。
ちょっと見ない間に、こんなに大きくなって、色気なんか纏っちゃって……いやいや、そうじゃなくて！
「まだ高校生やろ！？ こんな時間に出歩いたらアカンやろ！！」
声が少し大きくなった。けど、それくらい動揺してたんや。
時計を見れば、もう夜の九時過ぎ。制服のまま、雨の中、電車に乗って、わざわざ俺のアパートまで来たんかと思うと――感動よりも心配が勝った。
「保護者の人になんて言って来たん。塾って嘘ついたんちゃうやろな！？ それとも、無断で出てきたん……？」
俺の声に、めめ君の表情が、ふっと沈んだ。
さっきまでの強さが少し和らいで、視線が床のほうへ落ちていく。
「……怒んないで……ごめん」
その小さな声が、雨のしずくみたいに胸に落ちた。
目の前の彼は、確かに背は高くなって、体格も立派になったけど――
あの頃の“めめ君”のままだった。俺の説教にしゅんとなって、目を伏せる姿も、変わってない。
「……ほんまに、もう……」
ため息まじりに頭を掻いて、でもその後に続く言葉を見つけられなかった。
彼がわざわざ来てくれた理由も、告白も、全部わかってた。でも、今日この場で答えを出すには、あまりにも急すぎた。
「……先生に会えて、嬉しかった」
ふいに顔を上げためめ君が、優しく笑った。
その笑顔は、少しだけ寂しげで、それでもどこか誇らしげで。
「ほんとに、……嬉しかったよ。じゃあ、また」
そう言って、くるりと背を向けた。
制服の背中、濡れた肩、すらりと伸びた脚――
子どもの頃の記憶が、まるで蜃気楼みたいに、そのシルエットに重なった。
「めめ君……！」
名前を呼ぼうとしたけど、声は喉の奥で止まった。
彼は振り返らなかった。
まるで、“ちゃんとまた来る”って心に決めてるみたいに、真っすぐに夜道へ歩いて行った。
雨の音だけが残る。俺の部屋の前には、もう誰もいなかった。
続きは note にて公開中です。
作者名「木結」（雪だるまアイコン）でご検索ください。
※本編のその後を描いた“登場人物が成人後の関係性”に焦点を当てた特別編（18歳以上推奨）も収録しております。閲覧の際は、年齢とご体調に応じてご自身のご判断でご覧ください。
