テラーノベル
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クリスマスイブ、そしてクリスマスはもう過ぎていたが、街には今もまだイルミネーションが輝いている。
私は迅の車の助手席からその光を眺めていたが、そのうちに見慣れた光景が目に入ってきた。彼のマンションに到着するのももうすぐだ。
「着いたよ」
駐車場に車を停めて私を先に下ろした後、迅は後ろのシートから荷物を取り出し始めた。途中で買ってきたシャンパンやワイン、ソフトドリンクとちょっとしたスナック、他に私の二つのバッグだ。今日は普段使いのバッグに加えて、泊まるためのあれこれを入れた少し大きめのバッグを持参してきていた。
「自分の荷物は自分で持つわ」
バッグを受け取ろうと手を伸ばした私に、迅は笑顔で首を振る。
「大丈夫だよ。美祈ちゃんはケーキの箱を死守してて」
「で、でも」
「ケーキがぐちゃぐちゃになったら悲しいからさ」
迅はそんな理由を口にした。
それが、私に荷物を持たせないためのものであることはすぐに分かった。ここで押し問答しても仕方がないし、彼の言う通り、ケーキが傾いて形が崩れてしまうのは確かに避けたいところだ。中にはケーキが何種類か入っている。これらが私と迅のクリスマスケーキだ。元から何かしらのケーキを用意する予定でいた。話し合った結果、ワンホールケーキもいいけれど、それぞれ好きなものを選ぶのも楽しいだろうということになり、今回の形となった。
ある意味責任重大だわと思いながら、私は苦笑しながら頷く。
「分かったわ」
私は白い箱の取っ手を改めて持ち直し、さらにその底をそっと手で支えた。箱の中身が崩れないようにと慎重な足取りで、両手に荷物を持った迅の後を着いて行く。手が塞がっている彼の代わりに、エレベーターのボタンを押した。
「ありがと」
迅の後に続いて中に乗り込み、彼の部屋がある階のボタンを押した。彼の隣に立ち、その端正な横顔をそっと盗み見る。その表情は、いつもと変わらず穏やかだ。
緊張しているのは、どうやら私だけのようだ。彼と一緒にいても何ら違和感を感じることがなくなっている今も、ふとした拍子にどきどきするのは相変わらずだったが、今日はいつにも増して鼓動がうるさく、緊張感も尋常ではなかった。
「降りようか」
迅の声に我に返った。先に外に出た彼の後を追って、私もエレベーターから降りた。
部屋の前に着いた彼は荷物を片手に持ち直し、コートのポケットから鍵を取り出してドアを開ける。
「どうぞ」
迅に促されて、私は玄関に足を踏み入れた。
背後でドアが閉まり、ガチャリと鍵が降りた音を耳にした途端、私の緊張はさらに高まった。
「美祈ちゃん、先に入ってて」
「あ、うん、分かった」
私はそそくさと靴を脱いで玄関から上がり、廊下を進んだ。部屋に続くドアを開けた途端に目を見張る。
「どうしたの?あれ」
窓際に飾られたクリスマスツリーが、目に飛び込んできた。そんなに大きなものではないけれど、ピカピカとした飾りが部屋の灯りを反射していて綺麗だ。
「二人で過ごすクリスマスだし、って思って、買ってみたんだ。毎年使えるしね。とは言え、クリスマスらしい飾りは、これくらいしか用意できなかったんだけどね」
「十分だよ。でも」
私はふふっと笑った。
「迅君が一人で飾り付けをしていたところを想像すると、微笑ましいというか、なんというか……」
「じゃあ、来年からは一緒に飾り付けしよう」
来年からは――。
その言葉に、私の心は反応した。この先も、私はこの人と一緒にいてもいいということなのだろうかと、その意味を今すぐ迅に訊ねたくなった。けれど、もしもそれが迅にとっては深い意味のない、何気なく言っただけの言葉だったらと思うと、簡単に口には出せないと思った。
私の密かな動揺に、迅は恐らく気づいていない。彼は荷物をそれぞれの場所に置いてから、ツリーに近寄って行った。飾り付けた電飾のスイッチを入れて、嬉しそうな声を上げる。
「お、クリスマスっぽいね」
「ほ、ほんとね。綺麗」
なんとなくすっきりしない気分を引きずったまま、私は点滅する色とりどりの光を眺めていた。気づくと、いつの間にか私の隣に立っていた迅が囁く。
「美祈ちゃんも綺麗だ」
「またそんなこと言って……」
苦笑いを浮かべる私に、迅は軽く口づけた。
彼が甘い言葉を口にし、甘い行動を取るのはいつものことだ。でもやっぱり、私が動揺するのも毎度のことだ。
目を泳がせている私を見て、迅はくすくすと笑っている。
「さて、これは料理と一緒に出そうか。もらうよ」
私ははっとして、持ったままだったケーキの箱を彼にそっと預けた。
それを手に、迅は早速キッチンに向かう。
「私も手伝うわ」
私は迅の背中に声をかけた。
彼は振り返ってにっこりと笑う。
「ありがとう。こっちの準備ができたらお願いするね。それまで、のんびりしていて」
「う、うん……」
私を迎えに来る前に揃えておいたらしく、目の前のテーブルの上には、すでにグラスやカトラリーなどが並べられていた。私の出番はまだ来ないらしいと諦めて、私はやむを得ずソファに腰を下ろした。
「できたよ。運ぶの、手伝ってくれる?」
しばらく立って、ようやく迅から声がかかった。私はいそいそと立ち上がってキッチンに向かった。
料理などをひと通り運び終えたところで、迅がカウンターの上でケーキの箱を開ける。
「美祈ちゃんはどのケーキにする?」
声をかけられて、私はソファから立ち上がり、迅の元へ行く。彼の手元を覗き込み、中の一つを指差す。
「いちごのレアチーズタルトにするわ」
「じゃあ、俺は、こっちのムースケーキにしよう。後は明日食べようか」
明日、の単語にどきりとした。迅の口元に、意味ありげな微笑みが浮かんでいることに気づき、私は慌てて目を逸らした。
さて、食事の準備が整い、私たちは床の上に腰を下ろした。今日はラグの上にクッションを置いて、そこで寛ぐことにしていたのだ。
まずはシャンパンで乾杯した後は、迅の手料理に舌包みを打つ。中に数品出来合いの物もあるけれど、その他はいつもながら手の込んだ料理だ。もしかしたら、彼の方が私よりもレパートリーが多いんじゃないかと、少しだけ悔しく思う。
「迅君って、昔から料理が好きだったの?」
彼は私の前にサラダとオムレツを取り分けながら答える。
「好きっていうか、もともとは、やらざるを得なかったからかなぁ。ほら、ウチの親、離婚しただろ?母親が仕事で忙しかったから、俺が代わりに食事の支度をしていたんだよね」
また余計なことを言ってしまったようだと、私はほんの少し後悔する。
「そ、そっか……」
迅はそれを気にした風でもなく続ける。
「だけど、段々と面白くなっていってね。だってなんだか、化学の実験みたいじゃない?」
「科学の実験?」
その例えが可笑しくて私はふふっと笑った。
それを見た迅がほっと頬を緩めた。
「やっと普通に笑ったんじゃない?」
「え?普通って何が?」
私は小首を傾げて瞬きした。
迅は私の顔をのぞき込む。
「だって、ずっと緊張してたでしょ?」
「そんなことないわよ」
私は笑いながら彼から目を逸らしたが、緊張していないというのは嘘だった。なにせ今日は迅と約束した通り、朝まで一緒に過ごす。そのことを意識せずにはいられないし、緊張しないでいられるわけがないのだ。
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