テラーノベル
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春の終わり、まだ少しだけ冷たい風が吹く夕方。
レッスン終わりのスタジオで、勇斗は床に寝転びながら天井を見上げていた。
「はあ……今日も疲れたなあ」
そう言いながらも、どこか楽しそうだ。そんな彼を、少し離れたところから吉田仁人がじっと見つめている。
「勇斗、風邪ひくよ」
そう言って差し出したタオルを、勇斗は子どもみたいな笑顔で受け取った。
「ありがと、仁人。やっぱ優しいなあ」
いつも通りの、なんてことない会話。
でも最近、仁人の胸は、その“いつも通り”に追いつかなくなっていた。
きっかけは、ほんの小さなことだった。
ある日の取材で、「メンバーの中で一番信頼している人は?」と聞かれた勇斗が、迷いなく「仁人」と答えたのだ。
「なんかさ、仁人って俺のことちゃんと見てくれてる気がするんだよね」
その言葉を聞いた瞬間、仁人の心臓は強く跳ねた。
“ちゃんと見てくれてる”
それは、ずっと仁人が勇斗に対して思っていたことだったから。
誰よりも無邪気で、誰よりも努力家で、誰よりも繊細な勇斗を、そばで見守ってきた。支えたいと思ってきた。
でもそれは、メンバーとしての気持ちのはずだった。
はず、だったのに。
帰り道、二人きりになった夜。
「ねえ仁人」
不意に呼ばれて、仁人は足を止める。
「俺さ、最近ちょっと変なんだよね」
勇斗は珍しく真剣な顔をしていた。
「仁人が他の人と楽しそうにしてると、なんか……モヤモヤする」
冗談だと思いたかった。でも、その目は本気だった。
「それってさ、俺だけ?」
静かな夜道。街灯の下で、勇斗の横顔が少し赤く見える。
仁人は、ずっと隠していた気持ちが、もう隠せないところまで来ていると悟った。
「……俺もだよ」
声は、思ったより震えていなかった。
「勇斗が笑ってると嬉しいし、落ち込んでると放っておけないし。正直、メンバー以上の気持ちかもしれない」
一瞬、沈黙が落ちる。
次の瞬間、勇斗が小さく笑った。
「よかった。俺だけじゃなかった」
そう言って、そっと仁人の手に自分の指先を重ねる。
ぎゅっと握るわけでもない。ただ、触れているだけ。
でもその距離が、今までとはまるで違った。
「これからどうする?」
仁人が問いかけると、勇斗は少し考えてから言った。
「今まで通り、隣にいてよ。…でも……俺のこと、特別に好きでいて」
その言葉に、仁人は思わず笑ってしまう。
「わがまま」
「うん。でも、仁人ならいいでしょ?」
ずるいな、と思いながらも、仁人はそっと答える。
「うん。いいよ」
二人の間に流れる空気は、これまでと同じようで、少しだけ甘く、温かかった。
友達でも、メンバーでもない。
でも、どれよりも大切な関係。
夜風の中、並んで歩く二人の距離は、もう迷いなく近かった。
付き合い始めてからも、二人はこれまで通りを装っていた。
スタジオではいつも通りふざけ合い、カメラの前では自然体。
でも、
楽屋のソファに並んで座る距離が、ほんの少し近い。
目が合う回数が、やけに多い。
そして何より、空気がやたらと甘い。
最初に気づいたのは、メンバーの一人だった。
「……ねえ、最近のさのじん、なんか変じゃない?」
ぽつりとこぼれたその一言に、空気が止まる。
「え、どこが?」ととぼける勇斗。
その横で、仁人は一瞬だけ視線を逸らした。
それを、見逃すメンバーではなかった。
決定的だったのは、ある日のリハーサル後。
仁人がうっかりスマホをソファに置きっぱなしにしてシャワーへ。
その瞬間、画面が光る。
通知表示に出た名前は
勇斗
そしてプレビューに表示された一言。
「今日も好き」
沈黙。
数秒後、楽屋にいたメンバー全員がゆっくりと顔を上げる。
「……え?」
「え???」
「これ、どういうこと???」
ちょうどそのタイミングで戻ってきた勇斗と、あとから入ってきた仁人。
メンバー全員の視線が一斉に突き刺さる。
「ちょっと二人とも、座って」
まるで事情聴取のような空気。
勇斗は観念したように、ぽりぽりと頬をかく。
「えっと……その……」
仁人は一度深呼吸してから、静かに言った。
「俺たち、付き合ってます」
一瞬の静寂。
次の瞬間――
「マジ!?!?」
「だから最近距離近かったのか…」
「うわー!そういうこと!?!?」
大騒ぎ。
勇斗は顔を真っ赤にしながら叫ぶ。
「言うつもりだったんだって!」
「いつ!?来年!?」
ツッコミが飛び交う中、仁人は勇斗の手をそっと握った。
その自然な仕草に、メンバーが一斉に「うわぁ……」と声を揃える。
「いや、隠すならちゃんと隠せよ!」
「でもさ、なんか納得かも」
「お似合いではあるよな……」
からかい半分、でもどこか優しい声。
しばらく笑いが落ち着いたあと、メンバーの一人がにやりと笑う。
「まあさ、幸せならいいんじゃない?」
その一言で、張り詰めていた空気がふっと緩む。
勇斗は目を輝かせる。
「ほんと?」
「ただし!」
指を突きつけられる。
「イチャイチャは楽屋の外でな!」
「ええー!?」
笑い声が響く。
その夜。
帰り道、二人きり。
「バレちゃったね」
勇斗が笑うと、仁人も肩をすくめる。
「勇斗が“今日も好き”なんて返すから」
「だって本当だもん」
まっすぐな言葉に、仁人は一瞬言葉を失う。
「……まぁ、俺もだけど」
今度は隠す必要もない。
メンバーにからかわれながらも、ちゃんと受け入れてもらえた。
それだけで、胸が温かい。
「これからも、隣にいてね」
「当たり前」
指先がそっと絡む。
今度は、少しだけ堂々と。
メンバー公認になった“さのじん”は、今日もグループの中で一番自然に、そして一番幸せそうに笑っている。
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