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仕返し
ちらりと時計を見たら、さっき見てからまだ10分も経ってかなった。
確認してた打ち合わせの資料は全然頭に入らなくて、もう何度も同じ行を目で追っている。
参ったな。
「…重症かよ。」
小さくため息を吐き出したつもりだったけど、一人の部屋にそれは思いのほか大きく響いた。
若井は今夜から韓国だ。
TVの収録の打ち合わせをして、そのまま空港へ行くって、今朝言ってたっけ。
「21時ころに飛ぶからね!
ついたら電話する!」
韓国なら、国内と変わらないくらい近いのに大げさだよ。俺だって忙しーの! って笑って送り出したはずなのに、結局この始末だ。
(もう着いててもおかしくないけど…)
「あーダメだ、ダメだ。何をやってるんだか。」
コーヒーでも入れようかとソファから立ち上がりキッチンへ向かうと丁度スマホが鳴った。
画面にはもちろん“若井”の文字。
慌てて戻って出たことがバレないように、できるだけいつも通りの声で電話に出た。
すぐによく通る声が響いてくる。
「あ、元貴?たった今着いたよ! こっちめっちゃ寒いよ! 飛行機少し遅れてさ、電話遅くなってごめん。
元貴の方は?げんき?何してたの?電波良くなくてビデオ通話できなくてさー」
若井がいつもの調子でどんどん話し続けるから、俺も平静を装っていつもの調子で答えた。
「ふつー今朝まで元気だったら、今も元気でしょ。明日の打ち合わせの資料見てたよ。」
『若井が気になって何も手につかなくてさぁ。時計ばっか見てたよ。 』
なんて絶対言えるわけないって考えてたら、若井が続ける。
「でもさぁ、やっぱ寂しい。
こっち来れるのは嬉しい事だけど、元貴と一緒が良かったよ。
朝まで一緒にいたのに、もう会いたいしさ。」
(え、なにコレ。どう返事したらいいの。)
ていうか、なんか脈早くない?オレ。
胸の奥がチカチカ熱い。
頬がほてるのが自分でもわかる。
ビデオ通話じゃなくて良かった…。
そう心底思いながら、スマホを持ったまま、ソファの上で膝を抱えた。
でも。
なんだかオレばっかり、ドキドキさせられてる気がしてちょっと悔しくなったのと。
若井があまりに素直過ぎるから「もう、降参だよ。」って思ったんだ。
「あ!マネージャー来たから、一回切るね。
元貴さ、明日早いでしょ?
もう寝て…… 『わかい。』 …え?」
切ろうとする若井をさえぎって、ありったけの勇気を振り絞った。
「オレも寂しい。早く、帰ってきて滉斗。
じゃあ、おやすみ!」
「え、ちょ」
あまりの気恥ずかしさに若井の返事も聞かずに通話を切った。
しばらく一人頭を抱えてソファにうずくまる。
「はぁ…」
(若井は今頃、どんな顔してるかな。)
なんて、電話した後も結局彼のこ とを考え続けてる自分に、ちょっと呆れるけど。
またその仕返しに、帰ってきたら耳元で「おかえり、滉斗」って言ってやろうかと俺は考えていた。
fin