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真実を知った俺は、奥出に謝った。事は終息に向かおうとしている。
「さあ、約束を守る時が来たわ。あなたの願いは何かしら」
「約束? それはもう話してもらったじゃないか」
「今話したことは約束に含まれないわよ。だから、新しい願いを言ってもらわないと」
奥出は最初から真実を話そうと決めていた。ということは、俺との約束など、最初から意味のないものだったということだ。そんなこと言っても、新しい願いなんてすぐには決められない。
「うーん、もう知りたいことを知れたから満足なんだが、どうしようか」
「別に今日中に決めなくてもいいわ。こういうのは急ぐものでもないでしょ?」
「そうだな、じゃあ、お言葉に甘えて、後日にしてもいいか?」
奥出は小さく頷いた。俺は何を願えばいいのだろう。
俺の気持ちを伝えてもいいのだろうか。気持ち悪いと思われるかもしれない。そんなこと思われるくらいなら、俺の気持ちなど伝えないほうがマシだ。
「拓斗、浮かない顔をしているね」
「全てが終わって、なんだか暇になったんだよ」
「それは本当に暇だからそうなっているのかな? 僕はそうは思わないけど」
最後の日から二日が経過した。俺はまだ願いを決めきれていない。俺の様子がおかしいことは、友人がすぐ見抜いてくる。
「他に何だって言うんだよ。俺は案外、あの一連の出来事を楽しんでいたのかもしれないな」
「それはいいことじゃないか。大変なことには変わりなかったけど」
「解決したら解決したで、なんか心に穴が開いたような気がするんだよ」
俺の感覚がなんだかおかしい。事件は解決したのに、心のもやもやが晴れない。真実だって、知りたいことだって全て聞いたのに。
「あれから生徒会長とはどうなったんだい?」
「どうなったもこうなったもない、連絡先は交換しているから、たまに連絡がくるぐらいかな」
「ほう、内容は?」
やけに聞いてくるじゃないか。友人はあまり男女のそういう関係に興味を示さないのだが、俺に関わることだから気になるのだろうか。
「特別なことは何もない。『おはよう』、『いい天気ですね』、『おやすみ』ぐらいだよ」
「仲良くなった男女の会話とは思えないね。もっと楽しい話をしたらどうだい?」
「確かに仲良くはなったけど、俺たちはそういう関係じゃないんだぞ?」
俺が本気で願ったら、奥出は拒否せず受け入れてくれるだろうか。こんな経験もない男は、やっぱりお気に召さないかもしれない。
「拓斗は少し臆病なところがある。自信を持ってもいいはずなんだけどね」
「別に俺はかっこいいわけでもないし、自慢できることもないんだ。ネガティブになっていくのは必然だろ?」
「それは君が勝手に思っているだけさ。僕はね、君がとても魅力のある男だってことを知っているよ」
いきなり褒めたって何も出ないぞ。いや、気持ちは嬉しいけども。他人がどれだけ俺のことを褒めようとも、心のどこかで、お世辞なのではないかと怯えている。
「お前から見て、奥出は俺の事どう思ってるかな」
「もう少し踏み込んだ関係になりたいと思っているんじゃないかな。彼女とゲームをしていて思ったけれど、君の話をすることが多かったから」
「そうなのか? 俺と関わらなければいけない状況だったから、仕方なく俺の話になったとか、そういうのじゃないのか?」
俺は何かと理由をつけて、自分が期待しないように仕向けている。期待をすれば裏切られる可能性があることを知っている。それは、期待しなかった場合より重くのしかかるのだ。
「本当に君は心配性だね。そんなに心配なら、彼女と直接話をすればいいのに。話せばわかる相手だってこと、君が一番理解しているだろう?」
「そうだな……。うじうじしていてもしょうがないよな。でも、俺はこういう感覚初めてだから、怖いんだよ。逆にお前は同じ立場に立ったら、勇敢に行動できるのか?」
「僕は、どうだろうね」
またはぐらかす。友人はいつもこうだ。俺は基本、友人と恋愛話をすることはない。それは、興味がないというのと、もう一つは、そういう経験がないから、というのが大きい。そもそも、友人が誰かを好きになったというのを聞いたことがない。
「お前に恋愛感情はあるのか?」
「またそうやって失礼なことを。あるに決まっているじゃないか。でも、安易にはなすものでもないだろう?」
「友達なら何でも話せて当然、までとは言わないけど、少しは興味あるぞ」
友人が一瞬、俺から目をそらした。照れているのだろうか。
「正直、初恋というものは既に経験済みだよ」
「マジか、益々興味湧いてきた」
「さすが男だ。そういう話に食いつくのは本能と言うべきだろうね」
誰に恋をしていたのか、あるいは、現在進行形でしているのか、全く見当がつかない。というか、どういう人がタイプなんだろうな。
「で、その初恋っていつのことだよ」
「君と出会う前から接点はあったんだ。年上の人なんだけどね」
「ほうほう、先輩というわけか」
そんなわけで、俺は友人の初恋話を聞くことになった。
友人が生まれる前から、隣に住んでいた家族。その一人娘はよく友人の家に遊びに来ていた。事業の関係で接点があった二つの家庭は、一人の男の子の誕生を楽しみにしていた。
「生まれてきたら、私の本当の弟のように可愛がってあげたいな」
その言葉の通り、少女は友人が生まれてから、ほぼ毎日会いに来ていた。友人が物心ついてからも、その習慣は変わらなかった。
「どうして僕に会いに来てくれるの?」
「それは、本当の弟みたいに大事だからだよ」
少女と友人の歳の差は十歳。友人は少女の背中を常に追いかけ、少女はそれを常に受け入れ続けた。憧れる気持ちが、いつの間にか恋心へ移行していったのだ。
「僕の隣にずっといてね」
「そんなの、当たり前だよ」
これが幼い友人の、初恋だった。
一通り友人から話を聞いたが、そんな関係の女の子がいるなら、俺が気づかないはずがないのだが。
「満足したかい?」
「ああ、まあ、いい話だと思うけど、一つ疑問があるんだよ」
「何かな?」
俺と友人が出会ったのは小学三年生の時、その時からそんな話は聞いたことがなかった。
「俺が知っている限り、お前の隣の家はずっと空き家じゃないか」
「そりゃあ、君と出会った日に引っ越していったからね」
「ずっと一緒じゃなかったのかよ」
急に引っ越しなんて、どう考えてもおかしい。
「娘さん、引っ越しの一週間前に亡くなったんだ。なんてことない、交通事故だったよ」
「そう、だったのか」
「僕の両親の車が盗難に遭って、その車に轢かれてね」
これは、確かに安易に話せるものではないな。でも、悲しみを共有するのもまた、友達だと思う。
「だからお前は、今でも罪悪感を背負って生きているのか」
「そうかもしれない。直接は僕たちのせいじゃなくても、遺族は僕たちを見ると思い出してしまうから、離れていったんだ。ここから、僕の家族も、親戚も、『優しく』なって、今に至るってわけさ」
「そういうことだったのか」
これが全ての原点で、あの異様な空気は、必要以上に守ろうとする姿勢は、抑えきれない悲しみや悔しさから生まれたものだったんだ。
「周りからすれば、儚い初恋だと思うよ」
「簡単に儚いという言葉で片付けられるものでもないだろ」
「でも、僕はもうそれでいいと思うんだ。深く考えても、もう彼女は戻ってこないのだから」
友人は全てを先読みし、陰で動く天才。でも、友人をそうさせたのは、結局過去の出来事だったというわけだ。天才は最初から天才なのだと、思い込んでいた俺は浅はかだと思った。