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友人の言う通り、言ってみなければ分からない。俺の気持ちをちゃんと伝えてこそ、この事件は完全に終わることが出来ると思う。
「いきなり電話してくるなんて、珍しいわね」
「明日、俺の願いを伝えたい。放課後、俺のクラスの教室に来てくれるか?」
「分かったわ。楽しみにしているわよ」
今になって緊張してきた。奥出との電話も会話も、もう何回も経験しているはずなのに、本当の気持ちを伝えようとすると、口がもごもごして上手く伝えられなくなるのだ。
翌日の放課後、奥出は教室に現れた。
「わざわざありがとう。待ってたよ」
「拓斗くんは少しまるくなったわね。前はとげとげしていて、近寄りづらかったのに」
「そうだったのか? それはなんかごめん」
もしかしたら、クラスメイトがあまり近づいてこなかったのは、俺がそういう雰囲気を醸し出していたからかもしれない。友人も思っていたのだろうか。というか、言ってくれればよかったのに。
「別に気に障ったことはないわ。怒らせるようなことなんて何もしていないじゃない」
「それはそうかもしれないけど、やっぱり場の空気っていうのは大事だろ?」
「いいのよ。人はそれぞれ似たような人と集まって、場の空気を作り出しているのだから」
確かに、俺は友人といる時にはまた別の空気になっているから、友人は何も思わず、何も言わなかったのかもな。
「俺と一緒にいて、他に何か変わったか?」
「そうね、退屈な日々が、少し楽しくなったかしら」
「それなら良かったよ」
俺が誰かの楽しみになれるなんて、思ってもいなかった。それがまさか生徒会長だなんてことも、想像していなかった。
「それで、拓斗くんの願い、聞かせてくれる?」
「あ、うん。もちろんだよ」
「やけに緊張しているのね。そんなに言いづらいものなの?」
こんな気持ちは初めてだ。ずっと友人と一緒で、恋愛なんて無関係だと思っていた。俺が家族や親戚以外の人を信じ、仲良くなるということはあり得ないと決めつけていた。
「いや、言わなきゃいけないんだ。だからちゃんと隠さず言うよ」
「なんだかこっちまで緊張してしまうわ」
「俺、こういうの初めてだから、許してくれよ」
せめて友人が隣にいてくれたらな、少しは気が紛れるのに。でも、そんな方法は相手に失礼だって分かっているから。いい加減覚悟を決めないと。
「ゆっくりで大丈夫よ」
「俺と……付き合ってくれないか?」
「こんなこと言いたくはないけれど、それ、期間限定ってことかしら」
そりゃそう思うよな。俺だって同じ立場ならそう言うだろう。そうじゃないんだ、ちゃんと説明させてくれ。
「違う。この先ずっと、恋人として隣にいてほしいんだ」
「本気なの? 私のような面白くない女を選んで大丈夫?」
「そんなことない。この一か月、俺は奥出と関わってきて、会話だって面白いし楽しかったんだ。こんな出会い方だったけど、そんなの関係ないと思うから」
俺の願いなら何でも聞くって言っていたけど、奥出が俺のことをどうでもいいと思っているなら、この願いは叶わなくてもいい。
「あなたがそこまで想っていたなんて、知らなかった。このゲームが終われば、全て失うんだって思っていたの」
「なくならないよ。俺がそうさせない。奥出、お前の気持ちも教えてくれ。この願いは絶対じゃない、お前の気持ちで決まるんだ」
「私は……」
奥出が珍しく揺らいでいる。奥出もきっと、誰かと深く関わるということがなかったと思う。むしろ男となんて、嫌悪感すら抱いていたかもしれない。
「俺は奥出が好きだよ」
「私……私もよ」
「……え?」
聞き間違いだろうか、嬉しい言葉が聞こえた気がする。
「私も、拓斗くんが好きよ。あなたが言わなければ、私が言い出そうと思っていたくらいには好き」
「お、お前こそ本気なのか? お、俺でいいのか?」
「もちろんよ。あなたじゃなければ、他に誰が私とつりあうのかしら」
そんな強めの口調も嫌いじゃない。奥出は、確かに強気ではあるけど、どこか弱い部分もあるんだ。本当は色んなことを我慢してきたんだと、俺はこっそり思っているよ。
「俺の願い、受け入れてくれるのか」
「これは私の願いでもあったから、お互いさまね」
「まさか叶うなんてな」
恋人が生徒会長だなんて、ものすごい自慢になるだろう。いや、そうやって知らしめるのは良くないか。でも、言いふらしたい気持ちが抑えられない。
「ほら、恋人記念にハグでもしましょうか」
「い、いきなり?」
「恥ずかしいのなんて最初だけよ」
なんか経験者のように語っているが、絶対にそんな経験ないだろ。
「分かった。こ、これでいいか?」
「もっと近づかないと、私の体を抱きしめられないわよ」
「こ、これ以上?」
どうしよう、奥出がものすごく乗り気だ。こんなはずじゃなかったんだが。
「意外とハグって落ち着くのね。じゃあ、次は何をしようかしら」
「ま、まだあるのか?」
「次は私の下の名前を呼んで」
要求が一気に押し寄せてくる。そんな積極的だったのか、奥出。
「さ、早紀……」
「声が小さいわよ」
「早紀……!」
彼女の顔を見れない。どうせにやにやしているに違いない。
拓斗が知らないところで、友人は密かに見届けていた。
「本当に、世話が焼けるねえ」
校内には吹奏楽部の楽器の音色が、外からは運動部の掛け声が響き渡っていた。そんなものは気にせず、友人は拓斗と生徒会長の会話だけに耳を澄ませていた。
「両想いなんて羨ましい。僕にもできるかな」
「きっと、大丈夫」
友人は聞き覚えのある声に反応して後ろを振り返ったが、そこには当然、誰もいなかった。
「君が生きていたらよかったのに」
初恋というのはどうしても思い出深いもので、友人は割り切っていたつもりでも、その心の中には悲しみが溜まり続けている。
「僕は、拓斗と出会ったおかげで、君との思い出を全て塗り替えることに成功した。でも、今こんな場面を見ていると、拓斗までもどこかへ行ってしまいそうで怖いんだ」
これ以上何かを失うことが怖い友人は、拓斗の恋を邪魔することも、一瞬ではあるが考えた。拓斗が恋愛などしなければ、ずっと二人で、手を取り合っていくことが出来る。
「でも、邪魔なんかしたら、拓斗が可哀そうじゃないか。自分の幸せのために、拓斗の幸せを奪ったら、僕はもう拓斗の友達ではいられなくなってしまうよ」
誰かの願いが叶った時、それと同時に誰かの願いが叶わなくなることがある。拓斗と友人の間に、特別な関係性があったとしても、それは独占していい理由にはならないのだ。
「はあ、僕は二人の惚気を見るために、ここに来たわけではないんだけど。心のどこかで、失敗してしまえばいいって思っていた、なんてね」
友人は冗談交じりに言葉を吐いて、教室から離れていった。
俺は誰かの気配を感じて、教室の外を見た。
「どうしたの?」
「いや、誰かいた気がして」
「男女がイチャイチャしている光景なんて、見たい人がいるのかしら」
自覚はしていたようだな。でも、心当たりがないわけでもない、いや、さすがにあいつでも、そんなことしないか。
「思ったけど、恋人って具体的に何すればいいんだ?」
「別にいつも通りでいいじゃない。毎日会うことは前提だけどね」
「まあ、今度どこかに出かけようか」
奥出、いや、早紀は何時にも増して楽しそうだ。それにしても、事件のことについてまだまだ調べたいことがあるんだよな。これに関しては早紀にも手伝ってもらおう。友人の考察は合っていたのか、答え合わせの時間だ。