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『消えた名前と残された愛』~a×s~DomSubユニバース



Side 佐久間


俺はいつも阿部ちゃんの隣にいるのが、いつも苦しかった。


それは、高校の屋上、夕焼けが阿部ちゃんの横顔を赤く染める、そんな美しい瞬間でさえ、俺の心を蝕む劣等感として存在していた。彼の完璧な輪郭、長く伸びた睫毛、そして、俺を見つめる優しい瞳。その全てが、俺とはあまりにもかけ離れていた。阿部ちゃんは、クラスの人気者で、運動神経抜群、学業も優秀。おまけに、その端正な顔立ちで、誰もが彼に憧れ、彼を慕っていた。Dom としての素質も、きっと彼には備わっているのだろうと、誰もが疑わなかった。


「佐久間、どうしたの?元気ないよね」


阿部ちゃんが、心配そうに俺の顔を覗き込む。その声は、いつも俺の心を温かく包み込むはずなのに、この日ばかりは、まるで鋭い刃物のように俺の胸を突き刺した。


「あ、いや、なんでもないよ。ちょっと疲れてるだけなんだ」


俺は慌てて笑顔を作った。でも、阿部ちゃんの前では、どんなに取り繕っても無駄だった。彼は俺のことを、俺自身よりもよく知っているから。


「本当に?最近ずっと元気ないよね。何か悩みがあるなら、俺に話してくれてもいいんだよ?」


阿部ちゃんの優しい声が、俺の心をさらに苦しめる。俺は、心の底から阿部ちゃんの Sub になりたいと願っていた。彼に身を委ね、彼の Dom としての一面を受け入れたい。しかし、俺は Sub 気質とはいえ、阿部ちゃんのような輝かしい Dom に釣り合う Sub ではないと、常に自分を卑下していた。俺は、いつも自信がなくて、どこか頼りない。阿部ちゃんの隣に立つには、あまりにも俺は未熟で、そして、何よりも「自分なんかじゃ釣り合わない」という思いが、俺の心を深く深く蝕んでいた。その劣等感は、まるで俺の影のように、どこまでも俺に付き纏い、俺の心を暗闇へと引きずり込もうとしていた。


「阿部ちゃんは優しすぎるんだよ。俺なんかの心配しなくても……」

「俺なんかって何だよ。佐久間は俺の大切な恋人…だろ?」


阿部ちゃんの言葉に、俺の胸がきゅっと締め付けられる。恋人。そう、俺たちは恋人なんだ。


「そうだよね。ありがとう、阿部ちゃん」


俺は精一杯の笑顔を見せた。でも、心の奥では、この関係がいつまで続くのかという不安が渦巻いていた。


このままではいけない。俺の劣等感が、いつか阿部ちゃんを縛り付けてしまう。

彼が、俺という存在のせいで、本来歩むべき輝かしい未来を閉ざしてしまうのではないか。そんな恐れが、俺の胸を締め付けた。

夜、一人になると、その不安はさらに増幅し、俺を眠れなくさせた。

阿部ちゃんの眩しい笑顔を思い出すたびに、俺の心は千々に乱れた。彼が、もっと相応しい Sub と出会い、心から幸せになる未来を想像する。その未来に、俺の姿はなかった。


ある夜、俺は一人で部屋にいた。机の上には、開きっぱなしの参考書。

でも、文字は全然頭に入ってこない。


「はぁ……」


深いため息が漏れる。そのとき、携帯が鳴った。阿部ちゃんからのメールだった。


『佐久間、明日の数学のテスト、一緒に勉強しない?俺の家においで』


いつもの阿部ちゃんらしい、気遣いに満ちたメール。でも、今の俺には、それがかえって辛かった。


『ありがとう。でも、今日は一人で頑張ってみるよ』


そう返信して、携帯を放り投げた。阿部ちゃんの優しさが、俺の劣等感をより一層際立たせる。俺は、彼の足手まといになりたくなかった。

そう思ったとき、俺の頭に浮かんだのは、裏社会で噂される「記憶消去薬」のことだった。

それは、特定の記憶だけを消し去るという、恐ろしくも魅力的な薬。まさか、自分がそんなものに手を出すなんて、夢にも思わなかった。

だけど、阿部ちゃんのためなら、俺はどんなことでもできる。彼が、俺という存在を忘れて、もっと相応しい Sub と出会い、心から幸せになるのなら、俺は喜んで自分の存在を消そうと決意した。この決断は、俺にとって、究極の愛の形だった。


薬を手に入れるのは、想像以上に困難を極めた。危険な裏路地を彷徨い、怪しげな人物と接触し、幾度となく命の危険に晒された。薄暗い路地裏で、冷たい視線に晒されながら、俺はそれでも足を止めなかった。


「おい、ガキ。本当にこんなもん欲しいのか?」


薄汚れた男が、俺を見下ろしながら言った。その手には、小さなガラス瓶が握られている。


「はい……お願いします」


俺の声は震えていた。でも、決意は揺らがない。


「まあ、金さえ払えば俺らには関係ねえけどな。でも、これ使ったら二度と元には戻らねえぞ?」

「分かってます」


男は肩をすくめて、瓶を俺に差し出した。


「じゃあ、後は知らねえ。勝手にしろ」


阿部ちゃんの幸せのためなら、どんな代償も厭わない。

そうして、ようやく手に入れた小さな瓶。手のひらに収まるほどの、何の変哲もないガラス瓶。中には、透明な液体が、まるで俺の決意を嘲笑うかのように、静かに揺れていた。


これを飲めば、俺と阿部ちゃんの記憶は、俺の中から消え去る。

そして、阿部ちゃんからも、俺の記憶が消える。そう、願った。そう、信じたかった。それが、俺にできる、唯一の愛の形だと。この薬が、俺たちの関係を終わらせる唯一の方法だと、俺は自分に言い聞かせた。


最後の夜。俺は、いつものように阿部ちゃんの部屋にいた。


「佐久間、今日はなんか機嫌いいね。何かいいことでもあった?」


阿部ちゃんが、俺の顔を見ながら微笑んだ。俺は、今日が最後だと思うと、逆に明るく振る舞えた。


「そうかな?阿部ちゃんと一緒にいると、いつも楽しいからかもしれない」

「そんなこと言われると照れるよ」


阿部ちゃんが頬を赤らめる。その表情が、俺の心に深く刻み込まれていく。


他愛ない話をして、笑い合って。テレビから流れる

BGM、阿部ちゃんの淹れてくれた温かいココアの香り。

その全てが、俺の心に深く刻み込まれていく。

しかし、俺の心は、鉛のように重く、胸の奥には、激しい痛みが渦巻いていた。

これが、阿部ちゃんと過ごす最後の時間。そう思うと、一秒一秒が、永遠のように長く感じられ、同時に、砂のように指の間から零れ落ちていくようだった。


「そういえば、佐久間。最近、将来のこととか考える?」


阿部ちゃんが、ふと真剣な表情になった。


「将来?」

「うん。俺たち、もうすぐ卒業だし。大学も別々になるかもしれないし……」


阿部ちゃんの声に、微かな寂しさが混じっている。


「そうだよね……でも、阿部ちゃんなら、どこに行っても大丈夫だよ。きっと素敵な人と出会って、幸せになれるよ」


俺の言葉に、阿部ちゃんは少し困ったような顔をした。


「なんで他人事みたいに言うんだよ。俺は佐久間と一緒にいたいんだ」


その言葉が、俺の心を深く抉る。彼の笑顔を見るたびに、その温かい声を聞くたびに、俺の決意は揺らぎそうになった。彼の無邪気な笑顔が、俺の心を締め付ける。だけど、俺は、この決意を貫かなければならない。彼の未来のために。俺が、彼を解放するために。


「俺も、阿部ちゃんと一緒にいられたら幸せだけど……でも、人生って、いろんなことがあるからね」

「佐久間……」


阿部ちゃんが、俺の手を握った。その温もりが、俺の心に深く染み込む。


「何があっても、俺たちはずっと一緒だよね?」

「もちろんだよ。ずっと、ずっと一緒だよ」


嘘だった。明日からは、俺たちの関係は終わる。

でも、この嘘だけは、俺の最後の優しさだった。


阿部ちゃんが、先に眠りについた。規則正しい寝息が、静かな部屋に響く。

月明かりが窓から差し込み、部屋全体を淡い銀色に染めていた。

俺は、そっと阿部ちゃんの隣に横たわり、その寝顔を見つめた。

長い睫毛が、白い頬に影を落とし、その唇は微かに開いている。

こんなにも愛しい人を、俺は自分の手で手放そうとしている。

涙が、止めどなく溢れてきた。熱い雫が、阿部ちゃんの頬に落ちる。彼は、少しだけ眉をひそめたが、目を覚ますことはなかった。

その寝顔は、あまりにも穏やかで、俺の罪悪感を一層深くした。俺は、彼の頬に触れたい衝動を必死に抑え込んだ。この温もりも、明日からは、俺の記憶から消え去るのだ。


「ごめん、阿部ちゃん」


俺は、震える手で、記憶消去薬の瓶を開けた。カチリ、と小さな音が部屋に響く。透明な液体が、瓶の口でキラリと光る。

その光は、まるで俺の罪を映し出しているかのようだった。

そして、俺は、阿部ちゃんの唇に、そっと自分の唇を重ねた。


これが、最後のキス。


俺の、最初で最後の、そして、永遠に届かないキス。

彼の唇の柔らかさ、その温もりが、俺の心に深く焼き付く。この感触も、明日からは、俺の記憶から消え去るのだろうか。俺は、この瞬間を、永遠に忘れたくないと、心の底から願った。


薬を、阿部ちゃんの口に含ませる。一滴、また一滴と、透明な液体が阿部ちゃんの喉に吸い込まれていく。俺の心臓は、激しく脈打っていた。ドクン、ドクンと、まるで警鐘を鳴らすかのように。罪悪感と、深い悲しみと、そして、阿部ちゃんへの途方もない愛が、俺の全身を駆け巡る。俺は、この行為が、彼にとって最善だと信じたかった。彼が、俺という重荷から解放され、自由に羽ばたけるように。俺は、彼の未来を、俺の存在で曇らせたくなかった。


「さようなら、俺の大好きな人」


掠れた声で、そう囁いた。その声は、涙で震え、ほとんど音にならなかった。

阿部ちゃんは、何も知らないまま、穏やかな寝息を立てている。

俺は、もう一度、阿部ちゃんの頬に触れた。

その温もりも、その柔らかな肌の感触も、明日からは、俺の記憶から消え去る。そう思うと、胸が締め付けられるようだった。俺は、彼の隣からそっと離れ、部屋を後にした。振り返ることはできなかった。振り返れば、きっと、俺の決意は揺らいでしまうから。俺は、彼の部屋のドアを静かに閉め、暗い廊下を一人、歩き出した。俺の足音だけが、虚しく響いていた。


――――――


翌日から、阿部ちゃんは俺を忘れた。

俺の存在は、彼の記憶から完全に消え去った。彼の瞳に、俺を認識する光は宿っていなかった。彼の視線が、俺を通り過ぎていくたびに、俺の心は深く傷ついた。俺は、遠くから彼を見守ることしかできなかった。彼の隣には、もう俺はいない。彼の笑顔は、以前と変わらず輝いていたが、その輝きの中に、俺の存在は微塵もなかった。


廊下ですれ違っても、阿部ちゃんは俺を見ることはない。まるで、俺が透明人間になったかのように。


「おはよう」


俺が声をかけても、阿部ちゃんは軽く会釈するだけ。その瞳には、俺を知らない人を見る、礼儀正しい距離感があった。


「あ、おはようございます」


丁寧だけど、よそよそしい返事。俺の心は、その度に千切れそうになった。


ただ、俺の心には、ぽっかりと空虚な穴が残った。

それは、阿部ちゃんを失った痛みなのか、それとも、彼から記憶を奪った罪の意識なのか。俺には、もう分からなかった。ただ、この空虚だけが、俺の存在を証明しているようだった。俺は、自分の手で、最も愛しい人との絆を断ち切った。そして、その代償として、永遠に埋まることのない空虚を抱えて生きていくことになったのだ。

そして手の中には自分の分が残った透明な液体の入った小瓶。


あとはこれを自分が飲むだけだった。


俺の人生は、あの日から、色を失った。

それでも、俺は、阿部ちゃんが幸せであることを、ただひたすらに願っていた。それが、俺にできる、唯一の償いだったから。


――――――



Side 阿部


社会人になって十年。

俺は、与えられた仕事をただこなすだけでなく、常にその先を見据えていた。

新入社員研修で受けた「Dom/Sub 適性検査」の結果は、俺の人生を決定づけるものだった。「極めて強い Dom 気質」――その診断は、俺の潜在的な能力を明確に示した。

以来、俺は自然と周囲を導く立場に立つことが多くなった。

それは、まるで、ずっと探し求めていた自分の居場所を見つけたかのような感覚だった。


俺は、持ち前の集中力と分析力で、どんな難題にも臆することなく立ち向かった。

プロジェクトのリーダーを任されれば、チームをまとめ上げ、個々の能力を最大限に引き出すことに尽力した。


俺の指示は明確で、決断は迅速。部下たちは俺を信頼し、尊敬の眼差しを向けてくれた。彼らが俺の言葉に耳を傾け、俺の意図を汲み取ろうとするたびに、俺の Dom としての本能は満たされていくのを感じた。

取引先との交渉でも、俺の Dom としての資質が有利に働き、多くの大型契約を成功に導いた。社内での評価はうなぎ上りで、若くして重要なポジションを任されるまでになった。俺は、まさに順風満帆なキャリアを歩んでいた。


だけど、どれだけ仕事で成功を収めても、俺の心の奥底には、常に拭い去れない空虚感が存在していた。

それは、まるで大切な何かを失ってしまったかのような、ぽっかりと開いた穴。

時折、胸の奥が締め付けられるような感覚に襲われる。

それは、特定の記憶を伴わない、漠然とした喪失感だった。

誰かを、何かを、ひどく求めているのに、それが何なのか、誰なのか、全く思い出せない。

ただ、その空虚だけが、俺の存在を静かに蝕んでいた。

まるで、俺の人生のパズルのピースが一つだけ、決定的に足りないような感覚。

この成功の裏で、俺は何か大切なものを置き去りにしてきた気がしてならない。

その「何か」が何なのか、俺は知る由もない。

ただ、この胸の痛みだけが、俺が失ったものの大きさを、静かに物語っていた。


だから俺は、この空虚感を埋めるために、さらに仕事に没頭した。


朝早くから夜遅くまでオフィスに残り、休日も返上して働く日々。疲労困憊になるまで自分を追い込むことで、一時的にその虚しさを忘れることができた。

しかし、ふとした瞬間に、その空虚感は再び俺の心を襲う。

窓の外を流れる雲、街角で笑い合うカップル、テレビから流れる感傷的なメロディ。そういった何気ない日常の風景が、俺の心の奥底に眠る喪失感を呼び覚ますのだった。


俺は、この感情の正体を知りたかった。

なぜ、これほどまでに満たされないのか。

なぜ、成功を手にしても、心が震えないのか。Dom としての能力は覚醒し、社会的な地位も確立した。

しかし、俺の魂は、まるで深い霧の中に閉じ込められているかのように、出口を見つけられずにいた。

この空虚感は、俺が Dom として覚醒する以前から存在していたのか、それとも、覚醒と引き換えに失われたものなのか。

その答えは、どこにも見当たらなかった。

俺は、この問いを抱えながら、ただひたすらに時間を過ごすしかなかった。まるで、何かに導かれるように、俺の人生は進んでいく。だけど、その道の先に何があるのか、俺には全く見当もつかなかった。


ある日、俺は取引先との重要な会議を終え、オフィスに戻る途中だった。

ふと、街角のカフェから流れてくるメロディが耳に飛び込んできた。

それは、高校時代によく聴いた、懐かしいラブソング。

その瞬間、俺の胸の奥が、ぎゅっと締め付けられるような感覚に襲われた。

特定の記憶は蘇らない。だけど、そのメロディが、俺の心の奥底に眠る、漠然とした喪失感を呼び覚ますのだった。

俺は、カフェの窓越しに、楽しそうに談笑するカップルを眺めた。

彼らの笑顔は、俺の心をさらに深く抉る。俺には、なぜか、そんな温かい関係が、永遠に手に入らないような気がしていた。この空虚感は、一体どこから来るのだろう。俺は、この感情の正体を知りたかった。そして、それを埋める何かを、心の底から求めていた。


続きは note にて公開中です。

作者名「木結」(雪だるまアイコン)でご検索ください。






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