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忘れようとすることをやめてしまえば、身体の中から溢れ出すように思い出される雅人との想い出たち。
「あのね、チキンが思ったよりパサパサになったの」
「そうなのか? うまいぞ」
優奈の言い訳もあまり気にしない様子で、大きな口を開けて二口でサンドウィッチの一切れ目を食べ終えてしまった。
「あ、そっちはね、卵焼き焦げてて」
「そうなのか? おししいよ。この家で座ってきちんと食事を取ったことなんて初めてかもしれないな。それが優奈が作ってくれたものでだなんて考えもしなかった」
そんな言葉と共に、目を細めて嬉しそうに笑顔を浮かべてくれている。
雅人がこのマンションにいつから住みだしたのかはわからないが、やはりモデルルームのような整い方は在宅頻度によるものが大きいのかもしれない。
たくさん用意したサンドウィッチはみるみる減っていって、雅人に食べろと言われ優奈も口に運んでみるが……どう考えてもマヨネーズと塩こしょうに助けられている気しかしなかったけれど。
(でも、おいしいって食べてくれた……嬉しい)
好きな人にこうして自分が作ったものを食べてもらう喜びや、感じるドキドキも。
長く忘れてしまっていたものだから、妙にくすぐったい。
「デリバリーにしておけって言ってたのに。気を遣わせたんだな、悪かった」
お皿の上にあった大量のサンドウィッチが姿を消してすぐに、雅人は優奈に言った。
「アパートの片付けも終わったし、ちょっとは何かしたかったんだもん。あ! そうそう、近くのスーパーに行ったら色々食材がいいのばっかりそろってて高くてびっくりしたよ」
「金は? 優奈が出したのか? 明日も行く予定なら俺のカード渡しておくよ」
「それって明日もご飯作ってまーくんのこと待ってていいってこと?」
雅人の発言に目を輝かした優奈。
その姿を見て、雅人は”しまった”とでもいうように口元を押さえて黙り込んでしまった。
「今日は……たまたま早かったんだ。無理しないで寝てく」
「じゃあ作るだけは? お金だってちゃんと貯めてたのから使うし、食べやすいものにするし」
雅人の声を遮ってテーブルに身を乗り出す。
すると雅人はイスを少し引いて優奈から距離を取った。
「……優奈」
なかなか、やはり。
ガードが堅い雅人。しかしここで大人しく引き下がったとして。
結局は想いを殺すことなどできない。
それを知ってしまった優奈は、高校三年の冬。あの失恋の頃よりも厚かましくなれてしまっているのだ。
「作ってる間楽しかったんだぁ。あ、いや焦ってたんだけどね、うまくいかなくて。でも私昔はこんなふうにまーくんのことばっかり考えてお菓子作ったり料理したりしてたなぁって」
にっこり笑顔を作った優奈を暫し見つめた後。
「…………わかった。ありがとう、楽しみにしてる」
雅人は決して穏やかではない顔と声で、優奈のわがままな提案を聞き入れてくれたのだった。
「そういえば優奈、風呂はまだ? もう遅いから早く入っておいで」
「お、お風呂!?」
唐突な雅人の言葉に優奈の声はあからさまに上擦った。
「入らないつもりか? 俺は後で良いから先に入って早く寝るんだ」
ピシャリと言ったその顔は、やっぱりお兄ちゃんの顔をした雅人。今から二十五歳の女が入浴をしようかというのに特に気にする様子もない。
(まぁ、そりゃそうか……。どこに妹の入浴に興奮する兄がいるんだってね)
今度はチクリと胸が痛くて苦しい。
なんとも忙しい心臓だ。
「わかった、お風呂入ってきます」
もう数回使用してる雅人宅のバスルームだけど、雅人本人が在宅中に使用するのは初めてだ。
ドアで隔てられているとはいえ、雅人がすぐ近くにいる空間の中で裸になるのは緊張する。
(って、緊張なんてしても虚しいだけなんだから落ち着け落ち着け……)
特に何かあるわけでもないだろうに、念入りに身体を洗って、脱毛してある部分以外のムダ毛なんかもチェックしたりして。
ほかほかと湯上がり、まーくんも時間遅いんだから早く入りなよ!と、背中をぐいぐいバスルームに向かわせようとしたが。
「俺はもう少しあとでいい」と、頑なな雅人はなんとキッチンの片付けを始めてしまう。
「それやめて!私やるから!」
叫ぶ優奈を笑ってシッシと追い払う。
(ねえねえ、知ってるかよ私?)
遠足は家に着くまでが遠足。料理は片付けまでが料理。
良いところを何一つ見せれていない、この現実よ。