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第35話:コラボ大成功と、新たな称号〜アイドルの駆け込み寺と、消費税へのカウントダウン〜
翌朝。
十勝平野の冷たい風が窓を揺らす帯広市のボロアパートで、俺は限界みそラーメンのダンボールに囲まれながら、スマホの画面を血走った目で見つめていた。
「……ひゃく、じゅう、にまん、にせん……」
YouTubeのクリエイターツール(ダッシュボード)に表示された、俺のチャンネル登録者数。
昨日、星乃宮アリス様との伝説の公式コラボ配信を終える前までは、多く見積もっても十五万人程度だったはずだ。それが、一夜明けた現在、信じられない速度で桁を増やし、見事『ミリオン(百万人)』の壁をあっさりと突破してしまっていた。
さらに恐ろしいのは、昨日のたった一時間の配信で叩き出された「推定収益」の額面だ。
「……あ、あははは。バグだろ、これ。絶対にGoogleのサーバーがイカれてる。俺の四畳半の家賃、何十年分だよ……ッ!」
乾いた笑いしか出ない。
炎上という名の社会死を覚悟し、「アイドルの悩みなんて、底辺の税金への恐怖に比べたらカスリ傷だ!」と魂の説教(八つ当たり)をぶちかました結果。
アリスの心を救ってしまった俺に対し、十万人のアリス騎士団(ファン)たちが感謝の念を込め、俺のチャンネルに怒涛の勢いで赤スパ(一万円〜五万円の投げ銭)を叩き込み続けたのだ。
そして今、SNSのトレンドは完全に俺とアリスの話題で持ちきりだった。
『#星乃宮アリスの涙』
『#消費税に怯えるルシフェル』
『#底辺の神髄』
『#カスリ傷名言』
「終わった……。いや、始まっちまった。俺の、消費税課税事業者(売上一千万円オーバー)へのカウントダウンが……!」
俺は頭を抱え、三万円のゲーミングチェアの上で悶え苦しんだ。
大金を手に入れて絶望する男など、世界中を探しても俺くらいのものだろう。だが、四十年間、金を持たずに生きてきた底辺にとって、急激な大金は「命を狙われる(国税庁に)」という強烈な恐怖に直結するのだ。
その日の夜。
俺は事態の収拾を図るため、そして何より「これ以上俺に金を投げるな」と警告するために、緊急の雑談配信枠を取った。
『【警告】お前ら、本当にいい加減にしろ(主に金銭的な意味で)』
配信開始ボタンを押した瞬間、俺の三十万円のゲーミングPCですら一瞬フリーズしかけるほどの、とんでもない人数のリスナーが押し寄せてきた。
『待ってたぞ!』
『ミリオン達成おめでとうおおおお!』
『英雄のお出ましだ!』
『スパチャ:10,000円(うちの姫を救ってくれた御礼、昨日投げきれなかった分です!)』
『スパチャ:5,000円(騎士団第一支部より、納税の足しにしてください!)』
「だから投げんなって言ってんだろォォォ!!」
俺は配信開始一秒で、マイクに向かって絶叫した。
110
177
ゆうき あきや
835
「お前らアリス騎士団! 姫が泣き止んでスッキリしたからって、その感謝の矛先を俺の口座に向けるな! 俺の今年の売上がとんでもないことになってんだよ! このままじゃ来年、税務署のマルサ(査察部)が俺の部屋のドアをチェーンソーで破って入ってくるぞ!!」
『wwwwwwwww』
『税務署はチェーンソー使わないから安心しろww』
『おっさんの悲鳴が心地いい』
『完全に騎士団のオモチャにされてて草』
俺の常連リスナーたちも、アリス騎士団に混ざって大爆笑している。
昨日まで「姫に近づく男は燃やす」と殺気立っていた騎士団たちは、すっかり俺の「税金に怯える情けない姿」に毒気を抜かれ、完全に俺のチャンネルの常連(保護者)と化してしまっていた。
「だいたいな! お前らが俺を英雄扱いして拡散しまくったせいで、今日一日で何が起きたか知ってんのか!?」
俺は画面共有をオンにし、自分の仕事用メールボックス(受信トレイ)をモザイク付きで画面に映し出した。
「見ろ! スタプロの他のアイドルとか、別の企業勢のVTuberの運営から、『うちのタレントとも公式コラボして、ぜひ人生の厳しさを教えてやってほしい』『うちの姫も最近病んでるので、底辺のリアルで喝を入れてほしい』って依頼が、一日で三十件も来てるんだよ!!」
『ファッ!?www』
『三十件!?wwww』
『大人気じゃねえか!!』
『人生相談枠が各企業にバレたww』
「バカヤロウ! 俺はケースワーカーの鈴木さんに怯えながら、一人で細々と限界みそラーメンのレビューして、細々と小銭を稼ぎたいだけなんだよ! なんだよ『喝を入れてほしい』って! 俺は寺の住職か!!」
俺が血涙を流しながら叫ぶと、コメント欄に一際目立つ大きな文字が流れた。
『完全にアイドルの駆け込み寺じゃんww』
「…………は?」
『それだ!!』
『アイドルの駆け込み寺www』
『病めるトップアイドルを、底辺の屁理屈で救済する帯広四畳半の寺www』
『住職(元ナマポ・現在納税に怯える四十歳)』
『ご利益:税金への恐怖で他の悩みがどうでもよくなる』
『ルシフェル和尚、うちの推しも救ってやってくれ!』
『スパチャ:50,000円(お布施です。和尚、納税頑張って!)』
「お、お布施って言うなァァァ!! ただの課税対象の売上だろうが!!」
『アイドルの駆け込み寺』。
その不本意極まりない、しかし昨日の出来事を見事なまでに言い表した二つ名は、瞬く間にリスナーの間で定着してしまった。
「やめろ……俺を聖人みたいに扱うな。俺はただ、消費税(インボイス)と予定納税に怯えてるだけの、情けないおっさんなんだ……っ!」
俺の悲痛な叫びは、数万人のリスナーの大爆笑と、雪崩のように押し寄せるお布施(赤スパ)にかき消されていく。
星乃宮アリスとの大一番を、まさかの「説教からの大団円」で乗り切ってしまった俺。
だが、その代償はあまりにも大きかった。
『アイドルの駆け込み寺』という称号を得た俺のチャンネルには、今後、様々な悩みを抱えた企業勢VTuberたちが列をなしてやってくることになるだろう。
そして、その度に俺は同接を稼ぎ、スパチャを投げられ、果てしなく高い「税金の壁」へと押し上げられていくのだ。
「……鈴木さん」
俺は、北海道帯広の冷たい夜空(ダンボールの隙間から見える天井)に向かって、かつての担当ケースワーカーの名を呟いた。
「自立するって……こんなに、胃が痛くて、恐ろしいことだったんですね……っ」
大金と名声、そして新たな称号を手に入れた四十歳の夜。
俺の脳内は、これから襲い来るであろう『確定申告』という名のラスボスの姿で、絶望的に塗りつぶされていた。
コメント
1件
読み終わりました〜!「アイドルの駆け込み寺」って称号、めちゃくちゃしっくり来てますね(笑)消費税に怯えるおっさんの悲鳴がシュールで面白いのに、ちゃんとアリスとの関係性も温かくて。あと、鈴木さんに「自立するって怖いですね」って呟くシーン、なんかじんときました。アルバイト時代の担当ケースワーカーにまで名前を覚えられてるって、よっぽどだったんだな…って。笑いの中に沁みる一文でした🌷