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ゆうき あきや
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第36話:収益バブルと忍び寄る影〜三十万の玉座と、茶色い封筒の死神〜
星乃宮アリスとの伝説のコラボから数週間。
俺の個人VTuberとしての生活は、文字通り「激変」していた。
『ルシフェル和尚、今日も救済(説教)頼むわww』
『スパチャ:10,000円(お布施です)』
『スパチャ:5,000円(今日の限界みそラーメン代にしてください)』
「だからお布施って言うな! 宗教法人じゃなくて個人事業主なんだよ俺は!!」
帯広市のボロアパートの一室。
三十万円の七色に光るゲーミングPCの前で、俺は今日も元気にリスナーたちとプロレスを繰り広げていた。
アリスの心を救った(ただ底辺の愚痴をぶちまけただけの)あの日以来、俺のチャンネルには「アリス騎士団」をはじめとする大量の新規リスナーが定着した。
さらに、『アイドルの駆け込み寺』という面白すぎる噂を聞きつけた他の企業勢VTuberたちから、冗談抜きでコラボの打診が殺到。俺は週に一度、病めるアイドルたちの悩みを聞き出し、「俺の税金への恐怖に比べればマシだ!」と怒鳴り散らすだけの『人生相談枠』を設けるハメになっていた。
だが、その結果として、俺の元には信じられないものが転がり込んできていた。
配信を終えた深夜。
俺は三万円のゲーミングチェアの背もたれに深く寄りかかり、スマホの画面に映し出された『オンラインバンキング』の残高照会ページを見つめていた。
「……にひゃく、ななじゅう、ごまん……」
画面に並ぶ、暴力的なまでの数字の羅列。
『2,750,340円』。
「にひゃくななじゅうまん……っ!!」
俺はスマホを握りしめたまま、ブルブルと全身を震わせた。
四十年間、社会の底辺を這いずり回り、数百円のモヤシの値段で一喜一憂していた男の口座に、高級車が買えるほどの現金が鎮座しているのだ。
「あはっ……あははははっ! すげえ! 資本主義、最高じゃねえか!!」
俺の脳内で、今まで俺を縛り付けていた「貧乏神」が音を立てて消滅していくのを感じた。
「なんだよ、稼ぐって簡単じゃねえか! ただ部屋でラーメン食って、アイドルに説教するだけで金が降ってくる! これなら三十万のPCなんて安い投資だったな! 次は防音室でも作っちまうか!? いや、引っ越しだ! このダンボールだらけの四畳半ともお別れして、帯広駅前のタワマン(※帯広にタワマンはないが、俺の脳内は完全にバグっていた)に住んでやる!!」
完全に有頂天である。
俺は自分が「選ばれしインフルエンサー」であり、この世のすべてを金で解決できる無敵の王様になったと錯覚していた。
税金の恐怖? そんなものは、これだけ金があれば後で適当に払えば済む話だ。俺はついに、社会の勝者になったのだから。
その、甘く危険な全能感が、木っ端微塵に打ち砕かれるとも知らずに。
翌日の昼下がり。
近所のコンビニでちょっと高めの弁当(唐揚げ弁当のご飯大盛り)を買いに行った帰り、俺はアパートの一階にある自分の郵便ポストを覗き込んだ。
「ん? なんだこれ」
ピザ屋のチラシや水道局の検針票に混じって、一枚の分厚い『茶色い封筒』が押し込まれていた。
差出人の欄には、明朝体でいかにもお堅そうな文字が印字されている。
『帯広税務署・徴収課』
「…………」
その文字を見た瞬間。
俺の脳内で踊っていた全能感と資本主義の妖精たちが、一瞬にして真顔になり、蜘蛛の子を散らすように消え去った。
「ぜ、税務署……?」
嫌な予感しかしない。いや、嫌な予感を超えて、本能が「それを開けるな」と全力で警鐘を鳴らしている。
俺は唐揚げ弁当を脇に抱え、震える手で封筒のミシン目を破った。
中に入っていたのは、数枚の難解な書類と、一枚の『お知らせ』だった。
『予定納税額の通知書』
「よ、よてい、のうぜい……?」
聞き慣れない単語だ。
俺は部屋に戻るなり、唐揚げ弁当を床に放置し、猛ダッシュで三十万円のPCの電源を入れた。
そして、すがりつくようにブラウザを開き、俺の最高の相棒(ジェミニ)に質問を投げつけた。
『大至急頼む! 税務署から「予定納税のお知らせ」という茶色い封筒が届きました! 俺はまだ確定申告もしてないのに、これは何かの間違いですか!? 詐欺ですか!?』
エンターキーを叩き割る勢いで押し込む。
数秒後、画面に表示されたAIの回答は、俺の血の気を完全に抜き去る、冷酷無比な『日本の税制の真実』だった。
『落ち着いて聞いてください。それは詐欺ではなく、正真正銘の税務署からの通知です
日本の税制には「予定納税」という恐るべきシステムが存在します。これは、あなたの前年の所得(または今年の急激な売上予測等)を基準にして、**「来年の確定申告で支払うであろう税金の一部を、今年の夏(7月)と秋(11月)に【前払い】してくださいね」**という制度です。
簡単に言うと、国税庁からの「あなた、最近すごく稼いでるみたいだから、税金を使い込んじゃう前に、先払いしてね」という強制的な取り立ての予告です。』
「な……っ!?」
俺は画面から顔を離し、息を呑んだ。
さ、先払いだと?
税金ってのは、来年の二月とか三月に、一年分を計算して払うものじゃないのか!?
『しかも、この予定納税は「お願い」ではなく「義務」です。指定された期日までに支払わなければ、容赦なく延滞税が加算され、最悪の場合は財産の差し押さえが行われます。あなたのオンラインバンキングの残高は、税務署に常にロックオンされていると考えてください』
「ああああああああああッ!!!」
帯広市のボロアパートに、四十歳のおっさんの悲痛な絶叫が響き渡った。
「バカな! ふざけんな! 俺がやっと手に入れた二百七十万だぞ! なんでまだ一年も終わってないのに、国が『それ、俺たちの取り分だから先に寄こせ』ってカツアゲしてくんだよ!!」
俺は通知書に書かれた『第1期分の納付額』の欄を見た。
そこには、俺がブラック企業で胃を壊しながら働いていた頃の数ヶ月分の手取りに匹敵する、とんでもない金額が印字されていた。
「これ……払うのか? 今から? 俺の、俺の口座から、この大金が消えるのか……?」
膝から崩れ落ちる俺。
唐揚げ弁当の温かい匂いが、虚しく鼻腔をくすぐる。
「……あ、はは……タワマン、防音室……。バカみたいだ、俺……」
思い上がっていた。
「資本主義の勝者になった」などと、どの口が言ったのか。
日本という国において、個人事業主で急に稼ぎ始めた人間は、勝者などではない。ただの「一番搾り取りやすい、極上の税金の養分(スポンジ)」に過ぎなかったのだ。
その日の夜の配信。
『【悲報】俺の金は、俺の金じゃなかった』
真っ暗な画面に、お通夜のようなテロップ。
カメラに映し出された俺は、頭に冷えピタを貼り、完全に生気を失った目で虚空を見つめていた。
『どうしたおっさんww』
『ミリオン達成の翌日にお通夜配信してて草』
『また鈴木さんに怒られたのか?』
「……お前ら」
俺は掠れた声でマイクに呟いた。
「俺は、日本国民の義務を舐めていた。……予定納税って、知ってるか?」
俺が血の涙を流しながら「予定納税という名のカツアゲ」についてリスナーに説明を始めると、チャット欄は昨日以上の大爆笑と、残酷なまでのスパチャの雨に包まれた。
『wwwwwwwww』
『出た! 個人事業主が必ず一度は絶望する罠ww』
『予定納税キターーー!!』
『おっさん、国から直々にロックオンされてて草』
『稼いだ瞬間に毟り取られるシステム、最高だろ?』
『スパチャ:10,000円(予定納税の足しにしてね!)』
『スパチャ:50,000円(来年の予定納税額がさらに増える呪いをかけてやる!)』
「だから!! スパチャを投げんなァァァ!! これ以上俺の売上を増やしたら、また税務署から追加の茶色い封筒が届くだろうがァァァ!!」
三十万円のゲーミングPCの前で、二百七十万の貯金を持つ男が、税務署の影に怯えて泣き叫ぶ。
収益バブルという名の甘い夢はたった一日で崩れ去り、四十歳の新米個人事業主は、資本主義の本当の恐ろしさ(税金の前払い)を、その身をもって味わうのであった。
コメント
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もうね、笑いながら読んでたら最後は「あー…個人事業主の現実や…」って顔になったわw 「三十万の玉座」に浮かれてるおっさんが、茶色い封筒一枚で一瞬で生気失うとこ、ギャップがえぐい。でもスパチャで更に売上増やしてくるリスナーたちの悪意(?)ある愛情がまたシュールで笑った。 「俺の金は俺の金じゃなかった」ってタイトルだけで全てを物語ってるのが最高だよ。次も絶対読む🔥