コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
(……怖気づいてはだめ。演奏相手がだれであっても、壇上の主役は私。そう、私なの)
試験官が見ているのは受験生の私の演奏。
王国一番と認められた者の演奏ではない。
プレストの登場に動揺したものの、私はすぐに平静を取り戻す。
私はプレストへ合図を送り、二曲目の演奏を始めた。
☆
私は練習通りに課題曲を弾く。
激しい曲に感情を込めて。
譜面通りではない弾き方でも、激しさが伝わるのならと自分なりに奏でる。
ピアノの音色は主張することはなく、私の演奏に合わせている。
プレストの弾き方は、グレンによく似ている。
自分がやりたいことを全て出し切れる気がする。
調子の良いまま、私は最後の一音を弾き終えた。
これで課題曲すべてを弾き終えた。
後は、合否を待つだけ。
その音が会場からなくなったところで、私は構えを解き、試験官に一礼した。
パチパチパチ。
試験官ではない人物の拍手の音が聞こえた。
(お義父さまとお姉さまが会場にいた……? いいや、編入試験は関係者以外、立ち入り禁止よ。二人は校門の外で、私を待っているはず)
以前、実技試験を受けた時、クラッセル子爵が鑑賞していたことがあった。
今回もそれだろうかと考えたが、入試試験は不正防止などの観点で、関係者以外、校内に立ち入ることを禁止している。
この会場にいるのも、受験者の私と奏者のプレスト、試験官の三人しかいないはずなのに。
一体誰が拍手をしたの?
「素晴らしい演奏だった」
拍手をした人物が私の前に現れる。
彼は高価な服を身に着けていて、クラッセル子爵と同じかそれ以上の爵位を持った貴族なのだとわかる。茶の髪を後ろに結びつけ、同色の瞳は私をじっと見ていた。
初対面のはずなのに、聞き覚えのある声をしている。
この声は――、クラッセル子爵に拾われる前、孤児院に入る前、私がお母さんと一緒に暮らしていた時に聴いた気がする。
「……えっと、あの」
「ロザリー・クラッセル。試験は終わった。壇上からおりなさい」
戸惑っている私に試験官が指示を送った。
私はその通りにし、ヴァイオリンをケースに仕舞った。
「編入試験中です。見学といえども、受験生を困惑させる行為はおやめください」
「だが、あの子は合格だろう?」
試験官に止められ苦言を呈されるも、貴族の男は平然としていた。
「合格……、というのは?」
私は男の発言を聞き逃さなかった。
どうして試験官でもない、見学者の彼が私の合否を知っているのだろうか。
「プレスト、そうであろう?」
「はい。ロー……、ロザリーさんのヴァイオリンは素晴らしいものでした。彼女の師であるクラッセル子爵の奏法を忠実に再現していると思います」
男は壇上にいるプレストに意見を問う。
プレストは言葉に詰まったものの、評価を男に告げた。
「試験官よ、プレストもそう言っておるのだ。当然、ロザリーは合格であろう?」
「……はい」
男に詰められ、試験官はこの場で合否の結果を出した。
「ですが、トルメン大学校の音楽科は弦楽器の最高峰と言われております。無条件で合格にしろなど、無茶なことを申すのは――」
「分かっておる。だが、ロザリーの演奏は王都の楽団と遜色ない音色だったと思うがね」
「ま、まあ……」
「あのっ」
貴族の男とプレスト、試験官たちの間でどんどん話が進んでゆく。
現状が呑み込めていない私は、彼らの話題が途切れたところで声をかけた。
「私は課題曲を弾かずとも……、合格だったのですか?」
彼らの話からするに、私は貴族の男によって編入試験を受けなくとも合格になっていたらしい。
そんな無茶が通るのは、この男がトルメン大学校に多額の寄付をしたからだろう。
だが、試験官たちの言う通り、トルメン大学校の音楽科は最高峰の弦楽器奏者を育成する教育機関。
学校のプライドとして、裏口入学のようなことを認めたくはなかったはず。
そのため、試験官たちは私の実力を見るため、結果を告げずに課題曲を弾かせた。
結果、彼らに見合うものになっていたようだが。
「この方が私を合格にしろと申したのですか?」
「そうだよ。ロザリー」
「私、あなたのこと存じません。一体――」
声は聞き覚えがある。
だけど、幼いころの記憶だ。
誰かと勘違いしているかもしれない。
でも、目の前にいる貴族の男は私のことを知っているのだろう。
学校に多額の寄付をして、私を裏口入学させようとしたのだから。
私が問うと、貴族の男は悲しい表情を浮かべていた。
「僕のこと、覚えていないのか……。でも、最後に会ったのは七年前のことだ。忘れても仕方ないかもね。ローズマリー」
「あっ」
ローズマリー。
その一言で私は思いだした。
ロザリーである私を『ローズマリー』と呼び間違える、一人の男性のことを。
「アンディおじさん……、なの?」
私はその男性の名を口にした。