あかりはカウンターの中に入り、日向たち三人はカウンターに並んで座った。
みんなで、あかりの出した冷たいジュースを飲む。
やっぱり、カフェっぽくなってきたな。
まあ、お金はとってないんだが、とあかりが思ったとき、幾夫が寿々花に頭を下げた。
「すみません、寿々花さん。
青葉くんが突っ込んできてから、ここに通ってきていることは、たまたま見かけて知っていたんですが。
せっかく日向も静かに暮らしているのに、今、ゴタゴタしたくないなと思って。
妻にもあなたにも黙っていました」
あかりの両親は写真で、青葉の顔を知っていた。
弟の来斗は姉を妊娠させた男の顔も名前も知らないままだが――。
「どうぞ、頭をお上げください。
お気持ちわかりますので」
そう寿々花は幾夫に言う。
「大事な娘さんを妊娠させて放り出す形になった青葉には、さぞ、お腹立ちでしたでしょうに」
青葉と顔を合わせて、よく罵らなかったなと思ったようだ。
「いえ、とんでもない」
と幾夫は、しんみりと語る。
「青葉くんとは、一度、電話で話したことがあったんです。
彼が記憶を取り戻していなくなってしまう、少し前。
あんなに熱く、
『娘さんを必ず幸せにします』
と語っていた彼の記憶がないことがなんだか不憫で――」
こっちが泣きそうになりました、と幾夫は言った。
あのとき、青葉を見た幾夫が青ざめたので。
青葉は、娘の彼氏だと思われたのだと思ったようだったが、そうではなかった。
幾夫は、愛するあかりと我が子、日向の側にいても、なんの記憶もない青葉が可哀想になって。
泣きそうになるのを堪えていたのだ。
「突然、あかりの前から消えたことも。
また現れたことも、なにも、彼のせいではないのですから」
そんな父の言葉を聞きながら、
まあ、敢えて言うなら、運転下手のせいですよね……、
とあかりは思っていたが、寿々花の手前、黙っていた。
そのあと少し、孫とグランマの交流があった。
日向はレストランのレジ付近で売っていたオモチャの拳銃を、とてもとても大切にしていた。
やっぱり男の子だな。
……まあ、私も拳銃と手錠と自作の警察手帳をセットで持ち歩いてたけど、
とおのれの幼少期にも思いを馳せつつ、ほのぼの見ていたあかりだったが。
グランマ、寿々花はいつもの厳しい顔つきのまま、日向に言った。
「日向、危ないですよ、そんなものを振り回しては」
もうすぐ三つになる日向は一生懸命語った。
「ぐらんま、これはね、ニセモノのけんじゅうなんだよ」
グランマは言った。
「日向、そんなものを人に向けてはいけません」
日向は笑顔で言う。
「ぐらんま、これはね、オモチャなんだよ。
ひゅうがのタカラモノなの」
「日向、間違って、弾が出たらどうするの」
「ぐらんま、タマは入ってないんだよ。
オモチャだから」
「日向、人様を怪我させてはいけません」
日向は寿々花に向けて、引き金を引いた。
「ああ~……。
こうして、祖母が孫に殺されたりするんだな~、と思いながら見てたわ」
とのちにあかりは来斗に語った。
いやまあ、寿々花が日向のことを心配して言っていることは、あかりにはヒシヒシと伝わってきていたのだが。
日向に伝わるのは、まだまだ先のことだろう。
だが、最後には、
「ぐらんま、またね」
と日向が笑顔で去っていったので、ホッとした。
前に進まぬ三輪車を一生懸命こいで去りゆく日向の姿が消えるまで、寿々花は手を振り、見送っていた。
まだ日向がいた方を見たまま、しみじみと寿々花が言う。
「いい子に育ってよかったわ」
さっき、あなた、撃たれてましたけどね。
「やっぱり、あなたのご両親にお預けして間違いなかったわ。
私もあなたも日向に近寄らない方が、いい子に育つに違いないわ」
すみません。
私も巻き込まないでください……。
そこで、寿々花がくるりと振り向いて言った。
「ところで、あかりさん、さっきの青葉が突っ込んできた話だけど」
「あ、その話、まだ終わってなかったんですね……」
とあかりは苦笑いする。
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