テラーノベル
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「僕ね!大人になったら、けいさつかんになるんだ!」
「へえ、警察官かあ」
「いい夢ね、どうしてなりたいと思ったの?」
暖かい記憶。優しい記憶。2人に手を繋がれたまま、子供は元気一杯に笑う。
「だって、かっこいいもん!僕も、けいさつかんになって、助ける!」
「おお、偉いぞ!流石、俺達の息子だな!」
「ふふふ、なれるといいわねえ、警察官。きっと大変よ」
「うん!でも、パパとママいるから、頑張れる!」
子供がそう言うと、2人は幸せそうに頬を緩ませた。
優しい記憶、色褪せない世界。
パキッと何かが割れる音がした。その音を合図に、世界の色が失われていく。
草も、花も、地面も、建物も、全てが朽ち果てていく。次第に、それは2人に及んでいき…。
「…パパ、ママ?」
気付けば、世界は死んでいた。
「パパ、ママ…!」
叫んでも叫んでも、あの2人は応えてくれない。見えるのは廃墟だけであり、そこには暖かさも何もなかった。
ぐじゅぐじゅと、ぐらぐらと。闇は子供を覆い、そして、バギッと嫌な音が辺りに響いた。
闇の隙間から、赤い液体が漏れる。バギッ、ゴギッ、グジュと耳を塞ぎたくなる様な不快音が続く。
だらん、と幼い手が垂れる。
その幼い手の向こう側には、《何か》がいた。どろどろした泥を纏った黒い《何か》。
そいつは幼い手のところへ、歩み、そして手を握った。
《何か》は優しく微笑み、握ったところに力を込めて…捻った。
また、嫌な音が辺りに響く。
《何か》は笑う、高らかに楽しそうに。
表情がない代わりに、泥を動かして混ぜて蠢いて。ひとしきり、笑ったあと《何か》は他に座る。
「………」
《何か》が見詰める視線の先。そこには誰もいない。あるのは朽ち果てたモノのみ。
だが、《何か》はまるで、そこにいる人物と見詰め合うように、ひたすらそこだけに視線を向けていた。
風が吹く、微弱な驚いた様な風が。
泥が動く、狂気と化した微笑みが造られる。
《何か》は微笑んだまま、泥を地面に叩き付けた。優しく、恐ろしく、弱く、強く。
《何か》の泥が柔らかくなり、地面に崩れ落ちる。泥は地面に吸収され、やがて残されたのは朽ち果てた世界のみとなった。
《何か》は消えた。消えたはずなのに。
ここにはいつまで経っても、狂気が残っていた。
♦︎♦︎♦︎
「…っあああ!」
布団から勢いのまま、飛び上がる。はあはあ、と乱れる息。額から汗が流れていくのが分かった。
「…さ、さっきのは」
心臓がバグバグいってて苦しい。息も思ったように吸えない。
さっき見た悪夢。悪夢がずっと俺の脳内で再生されている。
泥で出来た《何か》、朽ち果てていく世界、消えていく、2人。
最悪だ、何かもが最悪で最低だ。
「…くそ、くそ…」
気分が悪い。いっそこのまま吐いてしまいたい。胃液が込み上げてくるのを、なんとか抑えようとする。
背中に誰かの手が当たる。その手はゆっくりと俺の背中をさすってくれた。
次第に吐き気も、薄まっていった。
「落ち着いたか」
「……あ、鴉、さん…」
「見ただろう、《何か》を。あれが《怪物》だ」
「……」
「《怪物》は今、お前に寄生している。先程見た悪夢は、その《怪物》が見せたものだ」
「う、ウソって…」
だって、あれは作り話で、ただのお遊びで。
じゃなきゃ、何だと言うんだ。あの悪夢は、全部、本当だと?
「結論から言おう。このままだと、お前はいつか《怪物》に精神を支配され、廃人となってしまう。そうすればあとは、《怪物》として暴れ回るだけだ」
「…そん、な。そんなの、そんなのっ」
「信じられないのは分かるさ。だが、信じるしかないんだ。それとも、このまま廃人になりたいか?」
地獄のような悪夢だった。大切なものが朽ち果てて、最後にアイツが嗤っていた。
まるで、次はお前だと言わんばかりに。
馬鹿馬鹿しいのは分かっている。だが、あの悪夢を見てしまったら、どうにも嘘だとは思えなくなってしまう。
普通の悪夢じゃない、現実に似た予知夢だ。
「あ、あの…もしかして、鴉さんはそれで…」
「常識離れした《怪物》に有効なのは、同じく常識離れした《魔法使い》だけだ。お前のような一般人は、どうすることも出来ない」
「………」
「今回の《怪物》は厄介なんだ。人の精神の奥深くにまで寄生しているせいで、中々手出しすることができない。下手にやってしまうと、寄生された人が亡くなってしまうこともあるからな。実際、そいうことは過去に何件か起きている」
そして鴉は言う。
「選べ、廃人となり《怪物》として生涯を終えるか、私に協力するか。どちらかだ」
何でこうなったんだろう。どうしてこんなことに。
《怪物》だの《魔法使い》だの言われても、そんなの分からないに決まってるじゃないか。だって、俺はついさっきまではただの一般人だったんだぞ。
なのに、急にそんな、廃人だとか。もう、訳が分からない。
吐き気も戻ってきた。もし廃人になったら俺はどうなるんだ?死ぬのか?あの悪夢の再現を、俺は体感することになるということか?
…嫌だ、死にたくない。何が悲しくて廃人にならないといけないんだ。
「…お願いします、助けて、ください」
精一杯頭を下げて、鴉に頼み込む。
これが本当なのかは分からない、もしかしたらただのドッキリの可能性もある。だけど、あんな悪夢見せられちゃあ本当としか思えないんだ。
「信じてくれるのか」
「…信じるしかないかなと」
「そうか…そうだよな。分かった、とりあえずお前は寄生されている、それは分かってるよな?」
「は、はい…」
「今のお前は自分で《怪物》を制御できない、しかも最悪なことに寄生は結構進んでいるんだ」
「…は?」
「つまり、《怪物》が完全支配し始める、一歩手前ってことだ」
「はああ!?」
いやいや、そんなの聞いてないって!?
え、てことは俺かなーり不味い状況にあるってこか?嘘だろ!?
「え、え!なんでもっと早く…!」
「だから、そこが厄介なんだ。今回の《怪物》は大人しい。ゆっくりとゆっくりと、長い時間を掛けて寄生する。だからこそ、探知するのが遅くなったし、寄生もある程度まで進んでしまったんだ」
淡々とそう鴉は語っていく。もう、何だろう。頭も胃も痛くなってきた。
「正直、今回の《怪物》に対する有効打は未だにない」
「え?」
「各地に散らばった《怪物》が暴れ回らないよう、覚醒した時に備えて各々任務に着いているんだ。確か…6名くらいか」
「ゆ、有効打…ないんですか?」
有効打がないって、つまりどうしようもできないってこと?
「まあ、覚醒されたときの対処法はあるんだが…」
「それって」
「本人はほぼほぼ助からないな。覚醒されたってことは、中の《怪物》が完全支配を終えたということだし。それに、対処法といってもぶっ叩いて倒すだけだ」
「いやいや無理無理!」
俺が廃人にならないといけねえってことじゃん!それ結局死んじゃうから!
「…はっ!《魔法使い》って超能力かなんか持ってるんですよね!?」
「そんなところだな」
「じゃ、じゃあ今回の《怪物》に対して、有利な能力を持つ人っていないんですか!?」
「いる」
いるのかよ!?
「が、残念ながらそいつは行方不明なんだ」
「はいぃ?《魔法使い》なんでしょう!?」
「ああ、《魔法使い》だな」
「だったら何で!」
「まあ、《魔法使い》だからだろ。《魔法使い》とは、簡単になれるモノではない。それは正しく心であり、覚悟でもあり、決意でもあるんだ。そのせいか、殆どの《魔法使い》が曲者ぞろいさ」
「終わってんだろマジで!」
「ま、何とかなるさ」
くそっ、《怪物》めぇえ…!
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